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第二章 無意識に選ばれた部屋
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自宅の玄関の鍵が静かに回る音で、目が覚めた。
「……直人?」
ソファでうたた寝していた身を起こすと、三好が制服姿のまま立っていた。肩にかけた無線機と、夜勤特有の疲れた空気がそこはかとなく漂う。
「起こしました?」
「いや……おかえり」
時計を見ると朝の七時前。夜勤明けの時間になっていた。
「先にシャワー浴びますね。汗くさいので」
「いいよ。タオル、そこ」
三好は小さく頷いて、バスルームへ向かう。その背中を見送りながら、コーヒーを淹れた。ふたり分、何も考えずに。
シャワーの音が止んで、しばらくしてから三好が出てくる。髪は少し濡れたままで、部屋着に着替えている。
「……あ」
「どうした」
「コーヒー、俺の分まで」
一瞬、言葉に詰まった。
「なんか……ふたり分淹れるのが癖になった」
「ふふっ、嬉しい癖です」
それだけ言って、三好はカップを受け取った。距離がいつもより近い。すぐ傍にある柔らかい表情を見ながら訊ねる。
「夜、何もなかった?」
「巡回だけです。平和でした」
警備員らしい答え。その「平和でした」という言い方が直人らしくて、自然と耳に馴染んで聞こえた。
「眠いだろ」
「仮眠は取ってますから。でも……」
三好は少し迷ってから、言葉を続ける。
「恒一、今日お休みですよね。このまま、少し一緒にいません?」
「寝る?」
「寝る前に……朝ごはんとか」
遠慮がちなのにちゃんと希望を言うところが、可愛いと思ってしまう。俺は笑いながら頷いた。
「簡単なものでいいなら」
「十分です」
フライパンで卵を焼く音が室内に響く。三好は椅子に座り、制服の名残が消えた肩を軽くさすっている。
「疲れてる?」
「はい。でも、嫌じゃない疲れです」
俺は一瞬迷ってから三好に近づき、利き手に触れた。指先が少しだけ冷たい。
「手、冷えてる」
「仕事で、外にずっと立ってたので」
そのまま、包むように両手で温める。特別な意味はない――はずなのに、三好の動きが一瞬止まった。
「恒一、こういうのは――」
「なに」
「条件、破ってません?」
どこか冗談めかした言い方なのに、目は真剣だった。
「恋人なら、これくらい普通だろ」
「……役の、ですよね」
俺は答えなかった。代わりに、卵焼きを皿に乗せて差し出す。
「冷める前に食べろよ」
「……はい」
ふたりで並んで食べる朝の食卓。カーテン越しの光が、静かに部屋を満たしていく。
この時間が、いつまで続くのかはわからない。それでも俺は、余計なことを考えないことにした。
(――これは役だ)
そう思っているのに、胸の奥が少しだけ温かい――。
自宅の玄関の鍵が静かに回る音で、目が覚めた。
「……直人?」
ソファでうたた寝していた身を起こすと、三好が制服姿のまま立っていた。肩にかけた無線機と、夜勤特有の疲れた空気がそこはかとなく漂う。
「起こしました?」
「いや……おかえり」
時計を見ると朝の七時前。夜勤明けの時間になっていた。
「先にシャワー浴びますね。汗くさいので」
「いいよ。タオル、そこ」
三好は小さく頷いて、バスルームへ向かう。その背中を見送りながら、コーヒーを淹れた。ふたり分、何も考えずに。
シャワーの音が止んで、しばらくしてから三好が出てくる。髪は少し濡れたままで、部屋着に着替えている。
「……あ」
「どうした」
「コーヒー、俺の分まで」
一瞬、言葉に詰まった。
「なんか……ふたり分淹れるのが癖になった」
「ふふっ、嬉しい癖です」
それだけ言って、三好はカップを受け取った。距離がいつもより近い。すぐ傍にある柔らかい表情を見ながら訊ねる。
「夜、何もなかった?」
「巡回だけです。平和でした」
警備員らしい答え。その「平和でした」という言い方が直人らしくて、自然と耳に馴染んで聞こえた。
「眠いだろ」
「仮眠は取ってますから。でも……」
三好は少し迷ってから、言葉を続ける。
「恒一、今日お休みですよね。このまま、少し一緒にいません?」
「寝る?」
「寝る前に……朝ごはんとか」
遠慮がちなのにちゃんと希望を言うところが、可愛いと思ってしまう。俺は笑いながら頷いた。
「簡単なものでいいなら」
「十分です」
フライパンで卵を焼く音が室内に響く。三好は椅子に座り、制服の名残が消えた肩を軽くさすっている。
「疲れてる?」
「はい。でも、嫌じゃない疲れです」
俺は一瞬迷ってから三好に近づき、利き手に触れた。指先が少しだけ冷たい。
「手、冷えてる」
「仕事で、外にずっと立ってたので」
そのまま、包むように両手で温める。特別な意味はない――はずなのに、三好の動きが一瞬止まった。
「恒一、こういうのは――」
「なに」
「条件、破ってません?」
どこか冗談めかした言い方なのに、目は真剣だった。
「恋人なら、これくらい普通だろ」
「……役の、ですよね」
俺は答えなかった。代わりに、卵焼きを皿に乗せて差し出す。
「冷める前に食べろよ」
「……はい」
ふたりで並んで食べる朝の食卓。カーテン越しの光が、静かに部屋を満たしていく。
この時間が、いつまで続くのかはわからない。それでも俺は、余計なことを考えないことにした。
(――これは役だ)
そう思っているのに、胸の奥が少しだけ温かい――。
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