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課外授業:気になる教師
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(――やっぱ、似合わないよね)
「なー、どうしてラストで主人公の正治を、殺してしまったんだ。普通なら新天地でふたり仲良く、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしの、ハッピーエンドにするだろ」
「そうだよね、普通……」
最初はその設定で書こうと、思っていた――
「お前、誰か大事な人を、亡くしたことがあるとか?」
聞きにくそうに小さな問いかけで訊ねてきた三木先生に、ふるふると首を横に振った。
「大事な人はみんな、ぴんぴんしてますよ。そうじゃなく……現実は、そんなに甘くないから。みんながみんな、ハッピーエンドになるワケじゃないでしょう」
「確かにそうだが、何だか寂しいな。小説の中くらい現実を忘れて、楽しんでしまえばいいものを」
そうだね。現実を忘れるため、小説を書いていたハズなのに、どこかでひょっこりと、リアルが顔を出してしまう。
「奈美が現実で、苦しんでいるもの……年頃の女の子なんだから、やっぱ親父さんとのことか?」
「どうして、そう思うの?」
「んー、この小説に出てくる正治も、親父さんと上手くいってないから。それに今日鹿島と話し合いをしたときに家の話題が出た瞬間、すっごく怒っていただろ。今だって、すごーく怖い顔してる」
図星かと言いながら美味しそうにコーヒーを飲む、三木先生に呆れてしまった。何だかこの人の前では、どんどん自分が丸裸にされていく感じがする。
私もコーヒーに口をつけ、ぼやくように本音を言ってみる。
「まぁ、ウチにはウチの事情があるんだって。子どもの友達付き合いに、利害関係なんてないのにさ。父親がわざわざ、会社関係の子どものリストにチェックして持ってきたのね。それってすっごくムカつくでしょ、私は父親の駒じゃないって」
最後は怒りながら文句を言ったのに、三木先生はなぜか可笑しそうに肩を震わせて笑う。
「お前のことだ。腹が立ってリストを捨てただろうけど結局、親父さんの言うことをしっかり聞いてるじゃないか」
「ご指摘どおり、リストは直ぐに破り捨てたよ。だから誰にチェックついてるか、全然覚えてないもん。言うことなんて聞いてないよ」
小首を傾げる私の頭を、無造作に撫でた。
「分かってないっていうのが、更にポイント高いのな。あのさ女の子ってどうしても派閥みたいなのを作って、かたまる傾向にあるだろ。奈美の場合はそんなの無視して、いろんな友達を作ってる。あれだけたくさんの友達を作れば、チェックされたヤツとも仲良くしてる可能性があるだろ? 結果的には親父さんの言うこと、聞いちゃってるワケなんだよ」
理路整然とした三木先生の言葉に、内心ショックを受けてしまった。指摘されるまで全然気づかなかったけど、結局そういうことになる……。
「何て顔してんだ、そんなに親父さんに嫌がらせしたいのか?」
「嫌がらせって、そんなんじゃなく……」
ただ親のいうことを、このままきいていたくないだけ。自分のやりたいように、生きていたいだけなんだ。
「だったらさ卒業したら、僕のところへお嫁さんにくるといい。これって、すごい嫌がらせだろ?」
「は――?」
奇抜すぎる提案のせいで呆気に取られつつ、頬が自然と赤くなってしまった。
(私が、三木先生のお嫁さん!?)
――お嫁さん……。そのフレーズが、エンドレスで頭の中に流れていく。
「でもなー未成年って確か、親の承諾が必要だったような。幼な妻、ゲットならず?」
残念そうな表情をし、テーブルに両手で頬杖をついて、こっちを見た。
三木先生の言葉でお嫁さんのフレーズが、見事にかき消えたけれど――
「幼な妻って、一体……?」
「あーあ。大学の同期に自慢できると思ったのに、残念だなぁ」
私のためじゃなく、自分の自慢のためだったの? 一瞬だけでもドキドキしたのが、すっごく恥ずかしいじゃないっ!
テーブルに置かれた創作ノートを手に取り、両手でむんずと掴んでから三木先生の頭に目掛けて、思いきり振り下ろした。
こんな攻撃、全然響かないだろうけど……。
「もう奈美ってば、猛烈に照れちゃって可愛いなぁ」
「そうじゃなく!! 三木先生に対して、猛烈に腹が立ったんだってば」
「いいアイディアを提供したのに、酷いヤツだな」
唇を尖らせ、おもむろに立ち上がると、ダッシュボードに置いてあるタバコに手を伸ばした。
「ちょっと外にタバコ吸いに行ってくる。戻ってくるまでにノートに書いた僕の文章、きちんと読んでおけよな」
「わざわざ寒空の中で吸わなくても、ここで吸えばいいじゃん」
言いながらベランダに向かった背中に、思わず口を開いてしまった。
「んー? 大事な本にタバコのニオイ、つけたくないんだよ。それに、可愛い生徒もいるワケだしな」
ニヤッと笑いながら、ベランダに消えた三木先生。
ベランダの戸を開けたとき、すーっと冷たい空気が部屋に入ってきたせいで、身震いしてしまう。
本と一緒に大事にされたのは嬉しいけど、よくこの寒い中、タバコを吸いに行けるな。と違うところに、感心してしまった。
「尊敬していいんだか、本当に微妙な人だよ」
ぽつりと呟きテーブルに向き直ったら、向かい側に置かれたノートパソコンが目に留まる。
三木先生、一体何の仕事してたんだろ? もしかして、テスト問題を作っていたりして……。
ベランダでタバコを吸ってる姿をもう一度しっかり確認してから、素早くパソコンの前に回りこみ、中身を読んでみる。
「え――?」
てっきり授業で使うモノを書いてるもんだと思っていたから、その内容にビックリした。
『中国でのビジネスは既に潮時! これからの日系企業の行方とは――』
このタイトルから始まって、現在行われてる中国国内のビジネスを詳しく書きながら、日系企業のビジネス戦略を高校生の私でも理解できる内容がてんこもりに書かれていた。
「こういうのって、政経の分野じゃないのかな。すごく面白い……」
ちょっとだけ覗くつもりが読み進めれば進めるほど、目が離せなくなって。気がついたら前のめりになり、真剣に読んでしまった。
それなのに引き込まれて読んでたパソコンの画面が、音もなく一気に閉じられる。
「コラッ! 人のパソコン、勝手に見るなよ」
言いながら私の頭にゲンコツを落とした三木先生。頭の痛みも何のその、立ち上がって両手に拳を作り、抑えきれない興奮を言葉にしてやる。
「三木先生、すっごく面白い。世界経済とかそんなの全然興味なかったけど、コレ読んだらもっと勉強したくなったよ。国語の先生が政経の分野をこんな風に書くなんて、いろいろ調べなきゃ出来ないことだよね?」
「おー、まぁな……」
「やっぱり! 書いてある文章もすっごい読みやすいだけじゃなく、分かりやすいから自然と引き込まれちゃった。尊敬しちゃったよ、三木先生。すごいすごい! さすがは、元新聞記者だけのことはあるね」
「お前の感想って、すごいしか言葉が出ないのか。ボキャブラリー足らなすぎ」
ガッガリしたセリフを言いつつも、目元を赤らめさせ、明らかに照れた様子だった。
「えっと、何かすご過ぎて言葉に出来なくて……」
普段見ることの出来ない三木先生の顔に思わずどぎまぎして、なぜか照れがうつってしまった。頬が急速に赤くなり、熱をもっていく。
「人のことより、自分のことをちゃんとしなさい。まったく、困った生徒だな」
私の肩を掴んで回れ右をさせ、座ってた位置に誘導して強引に座らせた。掴んでる手が、異様に熱く感じる。三木先生ってば、まだ照れているのかな?
顔を仰ぎ見ようと、頭を上げたら。
「いちいち、こっちを見なくていいから。気にしなきゃならないのは、奈美が書いた小説だけだぞ。ちゃんと集中しろ」
私の頭を鷲掴みし、無理矢理テーブルの方に向けさせようとする。
「でも……」
「大人になると褒められることがないから、どんな顔していいか分からないんだ。わざわざ見るな、まったく……」
最後には私の頭をグチャグチャにする勢いで撫でまくり、諦めた顔して向かい側に座った。
さっきよりも、もっと頬が赤くなっているじゃない。
「ププッ、何か可愛い」
くすくす笑っている私に大きな咳払いをして、コーヒーをすすった。先生の威厳がほとんど感じられず、ますます笑いを誘う。
「僕はお笑い芸人じゃない。いい加減、笑いすぎだろ」
「ごっ、ごめんなさい。でもその文章、どこかの新聞か雑誌に載るんだよね?」
当たり前のことを聞いただけなのに、三木先生はしゅんと顔色を曇らせた。
「……ああ、このままってワケじゃないけどな」
「やっぱ直し、入っちゃうんだ。勿体ないな」
「しょうがないさ。僕の名前で、これが掲載されるんじゃないんだし」
え――?
「何て顔してんだ、アホ面丸出しだぞ」
「だって……どうして?」
「大人には、大人の事情ってものがあるんだ。しょうがないんだよ」
そう言って笑った三木先生だけど、瞳は正直だよ。どこか、やるせなさそうだもん。
「大人の事情って、そんなの勿体ないよ。絶対に勿体ないって!」
「すごいの次は、勿体ないか。まずは僕よりも、お前を何とかしなきゃならないな。ほら、手元に集中しなさい。赤で囲った言葉は――」
その後、三木先生の講義は続いたけれど私の集中力が続かず、すぐに終わってしまった。
――だって、気になってしまったから。
『古事記』に挟まれた写真に、今回のことしかり。三木先生の秘密が、気になって仕方なかった。
「なー、どうしてラストで主人公の正治を、殺してしまったんだ。普通なら新天地でふたり仲良く、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたしの、ハッピーエンドにするだろ」
「そうだよね、普通……」
最初はその設定で書こうと、思っていた――
「お前、誰か大事な人を、亡くしたことがあるとか?」
聞きにくそうに小さな問いかけで訊ねてきた三木先生に、ふるふると首を横に振った。
「大事な人はみんな、ぴんぴんしてますよ。そうじゃなく……現実は、そんなに甘くないから。みんながみんな、ハッピーエンドになるワケじゃないでしょう」
「確かにそうだが、何だか寂しいな。小説の中くらい現実を忘れて、楽しんでしまえばいいものを」
そうだね。現実を忘れるため、小説を書いていたハズなのに、どこかでひょっこりと、リアルが顔を出してしまう。
「奈美が現実で、苦しんでいるもの……年頃の女の子なんだから、やっぱ親父さんとのことか?」
「どうして、そう思うの?」
「んー、この小説に出てくる正治も、親父さんと上手くいってないから。それに今日鹿島と話し合いをしたときに家の話題が出た瞬間、すっごく怒っていただろ。今だって、すごーく怖い顔してる」
図星かと言いながら美味しそうにコーヒーを飲む、三木先生に呆れてしまった。何だかこの人の前では、どんどん自分が丸裸にされていく感じがする。
私もコーヒーに口をつけ、ぼやくように本音を言ってみる。
「まぁ、ウチにはウチの事情があるんだって。子どもの友達付き合いに、利害関係なんてないのにさ。父親がわざわざ、会社関係の子どものリストにチェックして持ってきたのね。それってすっごくムカつくでしょ、私は父親の駒じゃないって」
最後は怒りながら文句を言ったのに、三木先生はなぜか可笑しそうに肩を震わせて笑う。
「お前のことだ。腹が立ってリストを捨てただろうけど結局、親父さんの言うことをしっかり聞いてるじゃないか」
「ご指摘どおり、リストは直ぐに破り捨てたよ。だから誰にチェックついてるか、全然覚えてないもん。言うことなんて聞いてないよ」
小首を傾げる私の頭を、無造作に撫でた。
「分かってないっていうのが、更にポイント高いのな。あのさ女の子ってどうしても派閥みたいなのを作って、かたまる傾向にあるだろ。奈美の場合はそんなの無視して、いろんな友達を作ってる。あれだけたくさんの友達を作れば、チェックされたヤツとも仲良くしてる可能性があるだろ? 結果的には親父さんの言うこと、聞いちゃってるワケなんだよ」
理路整然とした三木先生の言葉に、内心ショックを受けてしまった。指摘されるまで全然気づかなかったけど、結局そういうことになる……。
「何て顔してんだ、そんなに親父さんに嫌がらせしたいのか?」
「嫌がらせって、そんなんじゃなく……」
ただ親のいうことを、このままきいていたくないだけ。自分のやりたいように、生きていたいだけなんだ。
「だったらさ卒業したら、僕のところへお嫁さんにくるといい。これって、すごい嫌がらせだろ?」
「は――?」
奇抜すぎる提案のせいで呆気に取られつつ、頬が自然と赤くなってしまった。
(私が、三木先生のお嫁さん!?)
――お嫁さん……。そのフレーズが、エンドレスで頭の中に流れていく。
「でもなー未成年って確か、親の承諾が必要だったような。幼な妻、ゲットならず?」
残念そうな表情をし、テーブルに両手で頬杖をついて、こっちを見た。
三木先生の言葉でお嫁さんのフレーズが、見事にかき消えたけれど――
「幼な妻って、一体……?」
「あーあ。大学の同期に自慢できると思ったのに、残念だなぁ」
私のためじゃなく、自分の自慢のためだったの? 一瞬だけでもドキドキしたのが、すっごく恥ずかしいじゃないっ!
テーブルに置かれた創作ノートを手に取り、両手でむんずと掴んでから三木先生の頭に目掛けて、思いきり振り下ろした。
こんな攻撃、全然響かないだろうけど……。
「もう奈美ってば、猛烈に照れちゃって可愛いなぁ」
「そうじゃなく!! 三木先生に対して、猛烈に腹が立ったんだってば」
「いいアイディアを提供したのに、酷いヤツだな」
唇を尖らせ、おもむろに立ち上がると、ダッシュボードに置いてあるタバコに手を伸ばした。
「ちょっと外にタバコ吸いに行ってくる。戻ってくるまでにノートに書いた僕の文章、きちんと読んでおけよな」
「わざわざ寒空の中で吸わなくても、ここで吸えばいいじゃん」
言いながらベランダに向かった背中に、思わず口を開いてしまった。
「んー? 大事な本にタバコのニオイ、つけたくないんだよ。それに、可愛い生徒もいるワケだしな」
ニヤッと笑いながら、ベランダに消えた三木先生。
ベランダの戸を開けたとき、すーっと冷たい空気が部屋に入ってきたせいで、身震いしてしまう。
本と一緒に大事にされたのは嬉しいけど、よくこの寒い中、タバコを吸いに行けるな。と違うところに、感心してしまった。
「尊敬していいんだか、本当に微妙な人だよ」
ぽつりと呟きテーブルに向き直ったら、向かい側に置かれたノートパソコンが目に留まる。
三木先生、一体何の仕事してたんだろ? もしかして、テスト問題を作っていたりして……。
ベランダでタバコを吸ってる姿をもう一度しっかり確認してから、素早くパソコンの前に回りこみ、中身を読んでみる。
「え――?」
てっきり授業で使うモノを書いてるもんだと思っていたから、その内容にビックリした。
『中国でのビジネスは既に潮時! これからの日系企業の行方とは――』
このタイトルから始まって、現在行われてる中国国内のビジネスを詳しく書きながら、日系企業のビジネス戦略を高校生の私でも理解できる内容がてんこもりに書かれていた。
「こういうのって、政経の分野じゃないのかな。すごく面白い……」
ちょっとだけ覗くつもりが読み進めれば進めるほど、目が離せなくなって。気がついたら前のめりになり、真剣に読んでしまった。
それなのに引き込まれて読んでたパソコンの画面が、音もなく一気に閉じられる。
「コラッ! 人のパソコン、勝手に見るなよ」
言いながら私の頭にゲンコツを落とした三木先生。頭の痛みも何のその、立ち上がって両手に拳を作り、抑えきれない興奮を言葉にしてやる。
「三木先生、すっごく面白い。世界経済とかそんなの全然興味なかったけど、コレ読んだらもっと勉強したくなったよ。国語の先生が政経の分野をこんな風に書くなんて、いろいろ調べなきゃ出来ないことだよね?」
「おー、まぁな……」
「やっぱり! 書いてある文章もすっごい読みやすいだけじゃなく、分かりやすいから自然と引き込まれちゃった。尊敬しちゃったよ、三木先生。すごいすごい! さすがは、元新聞記者だけのことはあるね」
「お前の感想って、すごいしか言葉が出ないのか。ボキャブラリー足らなすぎ」
ガッガリしたセリフを言いつつも、目元を赤らめさせ、明らかに照れた様子だった。
「えっと、何かすご過ぎて言葉に出来なくて……」
普段見ることの出来ない三木先生の顔に思わずどぎまぎして、なぜか照れがうつってしまった。頬が急速に赤くなり、熱をもっていく。
「人のことより、自分のことをちゃんとしなさい。まったく、困った生徒だな」
私の肩を掴んで回れ右をさせ、座ってた位置に誘導して強引に座らせた。掴んでる手が、異様に熱く感じる。三木先生ってば、まだ照れているのかな?
顔を仰ぎ見ようと、頭を上げたら。
「いちいち、こっちを見なくていいから。気にしなきゃならないのは、奈美が書いた小説だけだぞ。ちゃんと集中しろ」
私の頭を鷲掴みし、無理矢理テーブルの方に向けさせようとする。
「でも……」
「大人になると褒められることがないから、どんな顔していいか分からないんだ。わざわざ見るな、まったく……」
最後には私の頭をグチャグチャにする勢いで撫でまくり、諦めた顔して向かい側に座った。
さっきよりも、もっと頬が赤くなっているじゃない。
「ププッ、何か可愛い」
くすくす笑っている私に大きな咳払いをして、コーヒーをすすった。先生の威厳がほとんど感じられず、ますます笑いを誘う。
「僕はお笑い芸人じゃない。いい加減、笑いすぎだろ」
「ごっ、ごめんなさい。でもその文章、どこかの新聞か雑誌に載るんだよね?」
当たり前のことを聞いただけなのに、三木先生はしゅんと顔色を曇らせた。
「……ああ、このままってワケじゃないけどな」
「やっぱ直し、入っちゃうんだ。勿体ないな」
「しょうがないさ。僕の名前で、これが掲載されるんじゃないんだし」
え――?
「何て顔してんだ、アホ面丸出しだぞ」
「だって……どうして?」
「大人には、大人の事情ってものがあるんだ。しょうがないんだよ」
そう言って笑った三木先生だけど、瞳は正直だよ。どこか、やるせなさそうだもん。
「大人の事情って、そんなの勿体ないよ。絶対に勿体ないって!」
「すごいの次は、勿体ないか。まずは僕よりも、お前を何とかしなきゃならないな。ほら、手元に集中しなさい。赤で囲った言葉は――」
その後、三木先生の講義は続いたけれど私の集中力が続かず、すぐに終わってしまった。
――だって、気になってしまったから。
『古事記』に挟まれた写真に、今回のことしかり。三木先生の秘密が、気になって仕方なかった。
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