見えないライン

課外授業：誉められたい

１

　三木先生に教えてもらえる課外授業は、大体週一のペースで行われた。小説の書き方以外に、美味しいコーヒーの淹れ方や先生が手がける記事について、いろいろ教わることが多かった。

　国内外の政治経済や国会中継のことなど今まで自分が興味のない分野を、面白おかしく書いている文章を読めるのが、何より至福のひと時になっていた。

「こうやって三木先生の記事を読んでいたら、ニュースで言ってることが何気に理解が出来ちゃうんだよね。すごいなぁ」

　――誰よりも一番最初に、三木先生の書いた記事が読めちゃうこと――

　これが今の私の贅沢だったりする。

「喜んでるところ悪いが、相変わらずお前の感想はすごいしかないのか。心に感じたことが、他にも何かはあるだろう？」

「ん～……。文章の流れがすっごくキレイで読みやすくって、ムダに頭の中に入ってくる感じ。だから、すごいしか言葉が出てこないんだってば」

　ノートパソコンの前に座り込み、両拳を握りしめながら必死に熱く語る私を、はあぁと大きなため息をつき、仕方なさそうに見る三木先生。

「そんな感想なんて、誰も聞いていない。本当に残念なヤツだな」

　言いながらオデコに一発、デコピンをお見舞いしてくれる。

「さっさと自分の席に戻って、続きを書きやがれ。もっと風景描写を取り入れて、話に肉付けしていくんだ」

「はぁい……」

　オデコを撫でながら渋々向かい側に座り、自分の書いた文章に向かい合う。スカスカな可哀想すぎる自分が書いた文章に、お手上げ状態だよ。

「主人公の目に映る景色だけじゃなく肌に感じる日差しや温度、風の匂いや空気感。五感だけでも、いろいろ書くことがあるだろう？　頭で感じるんじゃなく、心に感じたままを書いていくんだ」

「簡単に言うよね、難しいなぁ」

　肩をすくめて首をかしげる私の両目を、三木先生の片手がいきなり塞いだ。顔半分覆う大きな手にどぎまぎしながら、慌てふためいてしまう。

「えっ!?　一体なに？」

「まぶたの裏に想像してみろ。正治がハナに出逢う海岸の場面を、映画のワンシーン仕立てで思い描くんだ」

「えっとえっと、夕方にしようかな。地平線に太陽がどんどん近づいてる感じ。赤い夕日が、ふたりを包んでいて……」

　想像しようと思えば思うほど、肌に感じる三木先生の手がどうしても気になって、言葉が続かなかった。

「それで、どうした？」

「うんと、そのぅ。きっとドキドキしたんです。いろいろ相まって……」

「それじゃ分からないって。抽象的すぎる」

　呆れながら三木先生は手を外し、私の顔を見て細い目を大きく見開く。

「何でお前、そんなに顔を赤くしてるんだ？」

「こっこれは、いろいろ想像したら、いろんな映像が浮かんだ、みたいな……」

　俯きながら必死に答えるしかない。三木先生の手を意識しちゃったなんて、口が裂けても言えないよ。

「そっかー。奈美はムッツリなタイプだったんだ」

　わざわざ両腕を組んでなるほどーと言いながら、しげしげとこちらを伺うように見る視線の痛いこと。

（どうして、そうなるの!?）

　一瞬でも三木先生を意識してしまった自分、バカみたいだよ。

　呆れて物が言えない私の胸の真ん中を、右手人差し指でトントンと軽く突ついてきた。

「心が正直って言うのは、いいことなんだぞ。何を想像したかは知らんが、ムッツリ万歳！」

「いや、何かそれ違うし――」

「それにしてもムッツリにしては、ちょっと発育不全だな」

　先ほど突ついた右手人差し指と、私の胸の辺りをチラチラ見比べる。その行動と言動に、思わず両腕で胸を隠してしまった。

「どっちがムッツリだよ！　教師のクセして生徒にセクハラをするとか、いいと思ってるの？」

「僕の場合ムッツリじゃなく、ちゃっかりだ。それに奈美の胸は残念ながら、セクハラレベルまでいかないだろ」

　その発言自体がセクハラだってば。何が、ちゃっかりだよ。

「ほらほら、何か言い返してみろ。もう降参か？」

　何が悔しいかってこれだっていう言葉で言い返せないのが、すっごく悔しかった。三木先生に勝てる日が、いつかやって来るのかな……。