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眠れぬ夜に触れるもの
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今夜は、妙に静かすぎる――。
崇の寝室からは、微かな物音も聞こえない。綾乃はどうしても眠れなかった。無駄に広いダブルベッドから抜け出し、廊下へと足を進める。冷えたフローリングに素足が触れるたび、少しずつ体温が削がれていく。
――眠れない理由は明白だった。
湊が同じ屋根の下にいる。ただそれだけで自分の中に渦巻く感情が、静かにざわめいた。
客間の前まで来たとき、不意に扉が静かに開く。薄明かりの廊下に、湊の姿が現れた。
「あ……ごめんなさい。起こしちゃった?」
綾乃の声に湊は少し驚いたような顔をして、すぐに首を横に振る。
「こっちこそ。眠れなくて……ちょっと水を飲みに」
それだけで済むはずだった。なのにふたりとも立ち止まったまま、動けない。
「義姉さんは?」
「わたしも……なんとなく眠れなくて」
言い訳のような会話。けれど、その場に漂う空気はそれとは違った。気まずさではない。言葉にできない、触れたら壊れてしまいそうな緊張がある。
少しの沈黙を置いて、湊がぽつりと口を開く。
「兄貴とは……今も、ああいう感じ?」
綾乃は一瞬だけ瞼を伏せた。そのまま静かに言葉を選ぶ。
「湊さんに……私がそんなこと言う資格がないって思ってた……でも」
言い淀むように、小さく息を吐く。胸の奥を罪悪感が締めつける――でも、それだけじゃない。
「でもね、私たぶん……あなたのこと、ずっと気にしすぎてたの」
まっすぐには言えない。けれど、それは確かに“越えてはいけない線”のぎりぎりにある言葉だった。
湊の目が大きく見開かれる。そして口元に浮かぶのは、どこか切ない苦笑。
「それ……義姉さんが言っちゃうんだ」
その声の響きに、綾乃の胸が跳ねる。哀しげなのに、どこか嬉しそうな湊の声。夜の静けさに溶けていくその声が、じんわりと心に染みていく。
言葉のない余白が、ふたりの間にゆっくりと満ちていった。
誰かがほんのひとつ、前へ踏み出してしまえば、すべてが壊れてしまう。それだけで、もう元の場所には戻れない気がした。
崇の寝室からは、微かな物音も聞こえない。綾乃はどうしても眠れなかった。無駄に広いダブルベッドから抜け出し、廊下へと足を進める。冷えたフローリングに素足が触れるたび、少しずつ体温が削がれていく。
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湊が同じ屋根の下にいる。ただそれだけで自分の中に渦巻く感情が、静かにざわめいた。
客間の前まで来たとき、不意に扉が静かに開く。薄明かりの廊下に、湊の姿が現れた。
「あ……ごめんなさい。起こしちゃった?」
綾乃の声に湊は少し驚いたような顔をして、すぐに首を横に振る。
「こっちこそ。眠れなくて……ちょっと水を飲みに」
それだけで済むはずだった。なのにふたりとも立ち止まったまま、動けない。
「義姉さんは?」
「わたしも……なんとなく眠れなくて」
言い訳のような会話。けれど、その場に漂う空気はそれとは違った。気まずさではない。言葉にできない、触れたら壊れてしまいそうな緊張がある。
少しの沈黙を置いて、湊がぽつりと口を開く。
「兄貴とは……今も、ああいう感じ?」
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「湊さんに……私がそんなこと言う資格がないって思ってた……でも」
言い淀むように、小さく息を吐く。胸の奥を罪悪感が締めつける――でも、それだけじゃない。
「でもね、私たぶん……あなたのこと、ずっと気にしすぎてたの」
まっすぐには言えない。けれど、それは確かに“越えてはいけない線”のぎりぎりにある言葉だった。
湊の目が大きく見開かれる。そして口元に浮かぶのは、どこか切ない苦笑。
「それ……義姉さんが言っちゃうんだ」
その声の響きに、綾乃の胸が跳ねる。哀しげなのに、どこか嬉しそうな湊の声。夜の静けさに溶けていくその声が、じんわりと心に染みていく。
言葉のない余白が、ふたりの間にゆっくりと満ちていった。
誰かがほんのひとつ、前へ踏み出してしまえば、すべてが壊れてしまう。それだけで、もう元の場所には戻れない気がした。
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