ドS上司の意外な一面

相沢蒼依

文字の大きさ
10 / 83
act:意外な優しさ

しおりを挟む
***
 ファイルを見直しきちんと修正して鎌田先輩にOKをもらってから、急いで必要な枚数をコピーする。次々とでき上がる書類を見ながら、思わずため息をついてしまった。

『最後までしっかり、資料に目を通して下さい』

 その言葉通りにしっかりと目を通した結果、私の手元にはとある紙が一枚あった。そこには(クロノス ライブ予定表)と書かれたタイトルと一緒に、今後のスケジュールが手書きで記載されていた。しかも、リハーサルまで書いてあるとか……。

「これを一体、私にどうすれと?」

 予定を見てライブ会場に顔を出しなさいという、上司からの業務命令――?

 深いため息を一つついたときにちょうどコピーが終わったので、書類をまとめて綴じてから鎌田先輩のところに持って行く。

「会議の書類、でき上がりました」

 目の前に差し出していつも通りに話しかけてみると、メガネの奥から覗き込むように私の顔を見ながら素っ気なく口を開く。

「ご苦労様でした。次の仕事がデスクに置いてありますので、すぐに取り掛かって下さい」

 なぁんて指示してきた。何となくだけど、とある紙について質問しにくい態度だよなぁ。

「ぼーっと突っ立って、何をしているんです? 早く取り掛からないと、時間がありませんよ。それとも何か、聞きたいことでもあるんですか?」

 ちょっとだけ眉間にシワを寄せ、追い立てるような早口で言われると、尚更聞きにくい。しかもその物言いも、コワくて聞けない。

「うっ……。聞きたいことはありません。すぐに取り掛かります」

 ただならぬ雰囲気を感じとり、鎌田先輩の傍から離れるべく踵を返した。

(この紙の意味は、本当に何!?)

 どうしたらいいのか分からないまま、その後いいつけられた仕事をした。

 正直、モヤモヤする。心の中はどうしても納得がいかない状況だったけど、定時を忘れて真剣に書類と格闘していた。手元にある書類を横にどけた瞬間、ポンと肩を叩かれて驚いてしまい、変な声が出てしまう。

「ひゃっ!?」

「お疲れ! お先に失礼するね」

 魅惑的な微笑みを口元に浮かべて、小野寺先輩が言う。その様子にしっかり頭を下げながら、ニッコリと微笑み返してあげた。

「お疲れ様です」

「定時を忘れるくらい仕事に没頭してたら、誰かさんみたいにこんなになるよ」

 両手の人差し指を使ってつり目を作り、眉間にシワを寄せて誰かさんのマネをする。その表情が思いのほか似ていて、笑いを堪えるのに必死だった。

「記念日、頑張って下さい」

「頑張る頑張る! いい曲、歌ってみせるよ」

「小野寺、お疲れ様でした」

 私たちの他愛ない会話に、素っ気ない声が割り込んできた。パソコン画面を見ながらこちらをチラリとも見ずに、鎌田先輩が言ったのだ。

 右手で私にバイバイしながら部署を出て行く小野寺先輩に、視線だけで挨拶した。

 ――ああ……またやってしまった。鎌田先輩から、ツッコミが入る前に帰っちゃおっと。

 ちょっとだけ肩を竦めてデスクの周囲を片付けたら、例の紙がひょっこり現れる。その様子が、見つけてくださいと言わんばかりで、どうにも収まりが悪い。

 どうしようかと思いながら上目遣いで、目の前の人を見つめてみた。

 眉間にシワを寄せながら鮮やかな指さばきで、パソコンを操っている。例えるならピアノで、高速ネコ踏んじゃったを弾いているみたいだ。

 不機嫌丸出しな鎌田先輩はとっても怖いけど、このままスルーするのも逆にコワイ。

 なけなしの勇気を振り絞って(それこそなけなしだよ)両手をデスクに置いて勢いよく立ち上がり、鎌田先輩の傍に行く。

「……何か、用ですか?」

 いつも通りの素っ気ない物言いに一瞬躊途惑ったけど、例の紙を目の前に思いきって突き出してみた。すると視線が私に向けられ、内心ドキドキしてしまう。

「……」

「……」

 無言――そして視線がジリジリと痛い。お互い言葉が出ない。何て切り出していいのか、全然分からない。

 困り果てる私を見てるメガネの奥にある眼差しが、フッと優しくなったように見えた。

(鎌田先輩って、こんな顔もするんだ――)

「昨日はどうでしたか? ……それは驚いたことでしょうね」

 視線をパソコンに戻し、また仕事を始める。刺すような目線から開放され、ちょっとだけ緊張感が解けた。

「鎌田先輩?」

「君の顔が、呆気にとられていました」

 適度に客で埋まっていたライブハウスの会場の中で、私をよく見つけられたな――さすがは鎌田先輩と言うべきか。

「正直驚いてしまって……いつもと違っていたから」

 スポットライトの中で生き生きと――

「……それで?」

 食い入るような視線で私の顔を見たけど、キーボードの手は止めない。

『それで、具体的な対応策は?』

 と聞かれた一昨日も、確かこんな状況だった。何かしら、きちんと答えないとヤバい。だって一昨日叱られたんだもん!

 声にはしなかったけど、私が先に質問を投げかけたハズなのに、なぜ逆に聞かれているんだろうか。

 ぼんやりと昨日の鎌田先輩を思い出してみたのだけれど、その姿が衝撃的過ぎて他のことがまったくもって思い出せない。

 金魚のように口をパクパクしている私を見て呆れてしまったのか、鎌田先輩がため息をつきながら視線をパソコンへと戻してしまった。再び視線の呪縛から解放され、ホッとしてしまい思わず――

「先週見たバンドは、結構良かったです」

 記憶のハッキリしていることを、口に出してみた。

「先週?」

「友人とあちこち、ライブハウス巡りをしているんですが……」

 言葉を続けようとしたけど、目の前で行われている行動に息を飲みこんでしまい、二の句が告げなくなってしまった。

 パソコンを見やる鎌田先輩の顔が瞬く間に鬼のような形相になり、キーボードを操る指使いはピアノを弾く感じを通り越して、叩きつけるようになっていて。

 ――私ってば、またしてもやってしまった感じ。地雷を踏んじゃったのかな……

 だけど理由が分からない。私の台詞に、怒らせるような要因があるとは思えないのに。

「あのですね……バンド巡りしてるのは、自分好みのイケメンを捜しているだけでして、そんでもってなかなか素敵なイケメンに会えない所に、鎌田先輩と偶然出会ってしまった、というか」

 ジロリと睨むように私の顔を見る、その視線が痛い。グサグサと突き刺さってくるみたい。

「今まで出会ったバンドの中で、鎌田先輩が一番素敵でした」

「…………」

 その時の鎌田先輩の眼差しが、意外なモノを見る目付きになった。そしてポロポロッと余計なことを喋ってしまった自分に、更に驚くしかない。

「今、自分が何を話したか、きちんと理解していますか? まるで支離滅裂です」

「……はい」

「で?」

 で? の意味が分からない。赤くなったり青くなったりする私に対し心底呆れたのかパソコンの手を止め、デスクに頬杖をつきながら白い目をして、しっかりとこっちを凝視する。

「何ていうバンドなんです、先週見に行ったというのは?」

 ――う~、覚えていないのだ、すべて愛子任せな私。

「……わかりません。だけどライブハウスは、しっかり覚えてます」

「そうですか」

 鎌田先輩、しばし沈黙。何かを考えているみたい。

 と思ったら突然パソコンの電源を落として、書類を片付け始める。だけど途中でフリーズ――顎に手をあてて、またしても考え始めちゃった。

 思慮が深すぎて全くついていけないけど、何か力になりたい! そういえば確か、厄介な案件を抱えてるって小野寺先輩が言ってたな。

「鎌田先輩、私にでもできそうなお仕事がありましたら、ドンドンおっしゃって下さい」

「はい?」

「今は仕事も大切かもしれないですけど、先輩にとってバンドも大事なものですよね?」

 迷うことなく目の前にあるスーツの袖をむんずと掴み、強引に引っ張ってやった。

「ライブハウスにご案内します。ここから歩いて、二十分くらいのところにあるんです」

「ちっ、ちょっと?」

「急ぎましょう!」

 渋る鎌田先輩を引きずるように、さっさと走り出した。

「早くしないと、始まりますよー」

 ズンズン社内を疾走する私と鎌田先輩は、かなり異様に見えたと後から同期に聞いた。だけどその時は必死で、それどころじゃなかった。

「っ……待って下さいっ!」

 会社の外に出た瞬間、鎌田先輩の叫び声がした。振り返ると、掴んでいた私の手をやんわりと袖から外す。

「君の足が遅いので、間に合いません」

 全力で鎌田先輩を引きずって走ってたからですと、文句を言いたかったが止めた――なぜだか優しそうな眼差しと目が合ってしまったから。

 メガネを外し、胸ポケットにしまう鎌田先輩。

「メガネなしでも、平気なんですか?」

「伊達なんです。童顔なので、会社では仕方なくかけてるんです」

 ――その顔のどこが童顔!?

「さて行きますよ、案内して下さい」

 そう言って、右手を差し出す。さっきは無我夢中で袖を引っ張ってたから、全然意識してなかったけど。

(手だよ手!)

 その事実に躊躇してたら突然、鎌田先輩が差し出した手を引っ込め、さっと後ろに隠してしまった。なんだろう――?

 不思議に思い首を傾げた瞬間、左手首を掴まれグイッと引っ張られる。

「わっ!」

「早く行きますよ、案内して下さい! 君のできることを率先して、手伝ってくれるのでしょう?」

 ――もしかして頼りにされてる? ……にしても足、速いなぁ。

 時々もつれそうになるけど、その度に速度を落とす鎌田先輩の背中を眺めながら、見えない優しさに胸がグッときてしまった。強すぎず弱すぎずな圧迫感の掴まれてる手首。じわじわと熱い――

 変にドキドキしたまま、あっという間にライブハウスに到着したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷徹社長の「契約」シンデレラ~一夜の過ちから始まる溺愛ルート!? 嘘つきな私と不器用な御曹司のオフィスラブ~

藤森瑠璃香
恋愛
派遣社員の桜井美月は、ある夜、会社の懇親会で泥酔し、翌朝目覚めると隣には「氷の彫刻」と恐れられる若き社長・一条蓮がいた。まさかの一夜の過ち(実際には何もなかったが、美月は勘違い)に青ざめる美月に、蓮は「責任は取る。だがこれは恋愛ではない、契約だ」と、彼の抱えるある事情のため、期間限定で恋人のフリをするよう持ちかける。破格の報酬と蓮の真剣な様子に、美月は契約を受け入れる。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

処理中です...