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番外編

文藝冬秋編集長 伊達誠一2

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 今日は定例の編集長会議。文藝社所有のビルの大広間でおこなわれる。

 上條春菜の事件で雑誌が一時的に完売したが、その後それに続くようなネタに巡りあえていないため、フォーカス ショットにトップの座を譲ってしまった現状を、上役から嫌味をまじえたお小言をいただく。

 今後の対応策として、上條良平のインタビューを載せることを提案し、一時的に難を逃れた。

(この件について、臥龍岡ながおか副編集長が異様に張り切っていたから、暴走しないように先手を打たなければ――)

 副編集長の提案を使い、ちゃっかり逃げ果せることができて、会議中はいつもより気が楽だった。

 その後、社長がほかの部署の編集長に喝を入れてから、会議は無事に終了。満足しながら大広間を出る。

「伊達編集長!」

 背中にかけられた、辺りに響くような甲高い声に、弾んでいた気持ちが一瞬で沈んだ。

雲母きらら編集長、お疲れ様です……」

 渋々立ち止まり、振り返りながら挨拶したら、真顔で隣に並ばれた。

 彼女は雲母きららサヨリ。新入社員で文藝社に入った当時、教育係に定評のある臥龍岡ながおかが面倒をみた逸材。その後、各部署を転々としたあとに、史上最年少で経済紙社会部の編集長に抜擢された、かなり仕事のデキる女性だった。

臥龍岡ながおか先輩はお元気ですか?」

(臥龍岡は元気が有り余って、社内に盗撮カメラを仕込み、チェックするのに必要以上に熱が入ってます!)

「それなりに、元気でやってますよ。ウチから異動した若槻は、うまくやってます?」

 事実を告げるわけにはいかないので、それなりにという言葉でうまいこと濁し、異動したメンバーの名前を口にした。

「臥龍岡先輩に頼まれたコですから、私が直に指導してます。現在は打たれ弱いメンタルを、少しずつ強化しているところなんですよ」

 眉毛の上にきちんと揃えられた、漆黒の前髪。その下にある瞳をキラキラさせて語る姿に、正直ゲンナリした。

 新人の教育係を手がけていたせいか、臥龍岡を崇拝する社員がそこかしこに居て、しかも揃って性格が過激寄りだったりする。

「ウチは忙しくて、きちんとした教育が行き届かず、若槻の本質を見抜けなかったことが、今回の異動の原因でした。雲母きらら編集長の手を煩わせることになってしまい、申し訳ないです」

 社会部は、別名ゴミ処理場とも呼ばれている部署だった。ハラスメントで問題を起こした社員や問題を起こした社員が、最初に飛ばされる場所でもある。

 集められた問題児たちを統括する雲母編集長の指導は相当厳しいらしく、一ヶ月を待たずに自主退職するか、それでも食らいついて仕事を全うするかの二択だけだと噂に聞いた。

「臥龍岡先輩からは、若槻はガッツがあるから、遠慮なく使ってやってねと言伝をいただいているので、そのとおりにこき使ってますよ♡」

「そ、そうなんですか……」

 弾んだ口調で告げているのに、目がまったく笑っていないせいで、リアクションに困り果てた。

「ついでに臥龍岡先輩を社会部に寄越してくだされば、もっともっと有効利用しますけど、お考えいただけないでしょうか?」

 彼女と会話をかわすと、必ずといっていいほど、臥龍岡を欲しがるセリフが口から出される。

「すみませんね~。彼はウチで存分に、有効利用している身なので」

 雲母きらら編集長に謙っている俺の横を、他所の部署の編集長が白い目でチラリと見、通り過ぎていく。

 売上が安定していない、雑誌の編集長――この現実を覆すには、まだまだ苦労をせざるを得ないだろう。

 ひきつり笑いを口元に浮かべていると思われる俺に、雲母きらら編集長はかわいらしく小首を傾げて、にっこりほほ笑む。

「久しぶりに臥龍岡先輩の顔を拝みに、編集部にお邪魔していいでしょうか?」

(Σ( ̄ロ ̄lll)ゲッ!! ここで解放されると思っていたのに、どんだけ臥龍岡ラブなんだよ!)
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