欲しがり男はこの世のすべてを所望する!

相沢蒼依

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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――

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***

 克巳さんと別れて、二階堂とこれからについての打ち合わせを終えて帰宅したのが、午前0時前のことだった。

 鍵を刺し込み家の中に入ると、リビングの明かりが目に入る。

(――もしかして克巳さん、あの後まっすぐに俺の家に来てくれたのか?)

 慌てて靴を脱ぎ捨て、リビングに続く扉を勢いよく開け放った。

「お帰り。遅くまでご苦労様」

 ソファに座っていた克巳さんが腰を上げ、ゆっくりと立ち上がる。迷うことなくその躰に、ぎゅっと抱きついてしまった。

「稜、事務所でのこと、なんだけど……」
「なに?」
「俺が女性と喋っているのを、あまり快く思っていなかっただろうなって。彼女は二階堂の元彼女なんだよ。彼について、いろいろ教えてもらっていただけなんだ」
「えっ? はじめの元カノ?」

 克巳さんの口から告げられた事実に驚いてしまい、それ以上の言葉が続かない。

「そう。俺も驚いてしまってね。しかも俺が手がけた書類のこととか、アレコレ先制攻撃をされたせいで、なんていうか……。自分の不出来に、ショックを受けてしまったんだ」
「俺は克巳さんが考えてくれた案は、自分で考えたものよりも良かったと思ったから、あのとき採用したのに――」

 ショックを受けたと言った彼をなんとかしたくて、終わってしまったことを蒸し返すように告げてしまった。でもこれは、俺の中では本当に良かったと思ったものなんだ。

「選挙のプロである、二階堂が却下したんだ。候補者の稜が良いと思っても、駄目なものは駄目。仕方ないさ」
「でも……」
「ヤツとの話し合いで、いいキャッチコピーができただろうか? 俺に聞かせてくれないか?」
「それよりも先に――」

 言いながら、克巳さんの頬を両手で包み込む。

「どうした?」
「キス、してほしい」

 俺の言葉に引き寄せられるように顔を寄せ、優しいくちづけをしてくれた。いつもならもっと濃厚なのを要求するところなんだけど、選挙が終わるまでは我慢しようと約束したから。

 お互いに好きなものを絶って、絶対に勝つと決めたから――。

「んっ……稜、これくらいの感じなら大丈夫?」
「それなりに大丈夫かも。克巳さんの気持ちが、しっかりと伝わってきたよ」

 さっきまで波打っていた心が、ゆっくりと鎮まっていく。こういうところで、好きな人の存在の大きさを思い知る。克巳さんは俺にとって、なくてはならない人だ。

「……それなりにって、じゃあまだ余裕があるということ?」

 どこか嬉しそうな顔して、頬に添えていた俺の右手を取り、甲にキスしてから、ふたたび顔を寄せたと同時に、額へ唇を押し当てる。柔らかい克巳さんの唇を、目を閉じて感じていたら、まぶたにもキス。そして左頬と右頬にもわざわざチュッとするものだから、なんだかおかしくなってしまった。

 まるで、キスのバーゲンセールみたい。克巳さんがしてくれるキスは、俺にとって貴重なものなのに、こんなふうに何度もされてしまったら、価値がなくなっちゃいそうだ。

 そんなことを考えている間に、上唇をぱくっと食み、優しく吸い上げてきた。

「ぁあっ、もっ、それ以上はダメ」
「もっと、キャパを増やせない? 疲れた稜を癒してあげたいんだ」
「最初ので、充分すぎるくらい癒されたというのに。これ以上刺激を増やされたら、寝た子が起きちゃうけど?」
「俺のは、稜に触れた瞬間から起きているよ」

(――楽しげな顔して、そんなことを言われても困るっちゅーの!)

「稜、そんな怖い顔して睨まないでくれ。わかってる、我慢しなきゃならないのは頭ではわかっているけれど、躰が反応してしまって」
「我慢しようねって約束したでしょ……って、うわっ!?」

 俺が喋っているというのに躰を反転させて、勢いまかせにソファへと押し倒されてしまった。

 普段、こんなふうに俺に手荒なことをしない人だからこそ、驚いてしまって声が出せずにいた。しかも押し倒したくせに跨るわけでもなく、その場に突っ立ったまま背中を向ける。

「どうしたの克巳さん。らしくないよ?」

 さっきまでは余裕ありまくりの笑顔を見せていたというのに、背中を向けてる今は、どこか辛そうに見えた。俺に手を出せないことに対してのつらさ……とは違う、なにかがあるような気がした。

 話しかけた俺を横目で見る克巳さんの眼差しから、なんとも言えないやるせなさを感じたから。

 押し倒されたソファから上半身を起こし、傍にあるテーブルを見やる。今日使った書類が、バラバラな状態で置かれているんだけど――付箋と一緒に、マーカーや赤い文字でたくさんの書き込みがされていた。

 はじめから、克巳さんが作った書類をちょっとだけ書き換えたことは口頭で聞いていたけど、もしかしてこの量をさっきまでやっつけたというのか!?

 俺が割り振った仕事をしながら、こんなことをあの場でこなせるなんて、はじめは相当できるヤツなんだな。だからか――。

「克巳さん……」

 自分とはじめを比べて、きっと落ち込んでいるんだ。それで様子がおかしかったんだな。
 
 起こした上半身を戻して、しっかりとソファに横たわり、両手を差し出してみる。

「ねぇ克巳さん。こんなふうに押し倒して放っておかれるのは、結構つらいんだけど。抱きしめてはくれないの?」

 疲れた自分なんか、どうでもいい。克巳さんを元気にしなきゃ。それに離れていた分だけ、傍にいたいよ。

 ソファの上で両腕を伸ばした俺の姿を、克巳さんは首を動かしてしっかり見たのに、素早くそっぽを向いてしまった。

(はじめごときに、なにをそんなにムキになって……)

「克巳さ――」
「君から、二階堂の香水の香りがするんだ。微かにだけど」
「えっ!?」

 いきなり突きつけられたことに、唖然とするしかない。

「そ、それは今日アイツと一緒にいることが多かったからだと、思うんだけど、さ……」

 克巳さんは党の幹部から、できるだけ俺との距離を置くように言われてるせいで、余程の用事がない限り、事務所でも離れていた。

 でも今はそんなの気にしなくたっていいのに、こうやって距離をとって、はじめにいらない嫉妬なんてして――。

 奥歯を噛みしめながら反動をつけて立ち上がると、克巳さんの腕を掴んだ。自分よりも大柄な彼をソファに押し倒すなんてできないから、とりあえず強引に引っ張って座らせ、抱きついた勢いで押し倒してやる。

「り、稜?」
「……はじめの匂い、克巳さんので消しちゃって。ぎゅっと抱きしめて、克巳さんの香りを今すぐにつけてほしい」

 俺は跨ったままでいた。克巳さんから手を出さない限り、俺からはなにもしないつもりだ。

「抱きしめてってそんなことをしたら、約束を反故にしそうだ」

 震える右手で俺の頬に触れてくる。頬に触れてから唇をなぞるように触れ、顎から首へと指が移動していった。

「ぁあっ……か、つみさ、んっ」
「ただ触れているだけなのに、そんな顔して煽らないでくれ」
「そんなの、無理だ、よ。俺を感じさせることができるのは、貴方だけ……なんだから」

 スラックスの下で猛っている下半身を、克巳さんの下半身にぐいっと押しつけてやる。
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