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叶side
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助けてくれた彼のライブの日、会社から出発しようとしたら、デスクの上の電話が急に鳴り響いた。仕事関係だと面倒なことが多いので、大抵は向こうがこちらに顔を出して用を済ませることが多いだけに、内線電話自体が久しぶりだった。
「はい、中林です」
『叶、俺だけど』
史哉さんの声。どこかの個室からかけているんだろうか。会社で、名前を呼ぶなんてしない人なのに……。
「何かあったんですか?」
『何だか急に、声が聞きたくなってな……』
――史哉さん。
『きちんと食べてるか?』
「適当につまめる物を、つまんでます」
電話の向こう側で、フッと笑った感じが伝わってきた。きっと呆れているよね。
『久しぶりに、外で食事でもしないか?』
「今日ですか?」
この後ライブハウスに行かなくてはならない。自分から行くと言ってる以上、キャンセルができないな。
『今夜なんだが、多少残業しないといけないんだ。だから十時以降になると思う』
済まなそうに史哉さんが告げた言葉に、内心ホッとした。その時間なら逆に有難い話だ。
「私もちょっと用事があって出なきゃならないので、遅くなっても大丈夫です」
『良かった……』
「はい?」
『電話に出たときの叶の声に、元気がなかったから』
慈しむような史哉さんの言葉が、じんと胸に沁みる。無意識に受話器をぎゅっと握りしめてしまった。
『じゃあ、いつもの場所で待ち合わせしてから行こうか。会社を出たら電話する』
「はい、待ってます」
そうして内線電話を切った。
いつも待ってばかりの自分――たまには我が侭言って困らせてみたい。でも実際は思ってることすら満足に言えなくて、ずっと我慢ばかりしていた。
ため息ひとつついてからその想いを吹っ切り、この日の仕事を手早く終えて、ライブハウスへと向かった。
ライブハウスの中、若いお客の中で自分ひとりが浮いてるんじゃないかと後ろ側の隅っこに座った。
「いくぜ、お前ら!」
あの髪の長い子が叫ぶと派手なドラムソロが始まる。ギターを持った彼が、舞台袖から出てきた。
その姿をじっと見つめたら不意に目が合った。途端に茹でダコのように、真っ赤になる彼。
あからさますぎる顔色に、思わずプッと笑ってしまった――すっごく分かりやすい。
行動も言動も自分の想いに素直な彼。史哉さんといるときの私は、いつもどこかにブレーキをかけていた。その違いを思い知らされたけれど、このときは素直に笑うことができた。
髪の長い子がその場を何とかしのぎ、彼は立ち直ったのか、しっかりと演奏をしていた。楽しそうにギターを弾いてる彼を、ずっと見つめ続けてしまう。
彼等の演奏が終わって舞台から降りていく姿を確認してから、自分のカバンからメモ用紙を取り出し、つらつらっとメアドを書く。これくらいのご褒美があってもいいよね。
そのとき肩で息を切らした彼が、私に向かって急ぎ足でやって来る。
「あのぅ、どうでしたか?」
頬を紅潮させて、おずおずと聞いてきた。こっちにまで緊張感が伝わってくる。
彼に名前とライブの批評を告げると、突然抱きつかれた。ライブの熱気よろしく火照った体に驚いて、つい殴ってしまった。史哉さんとは違う体温に、えらく戸惑ってしまった。
戸惑いを悟られないようわざと不機嫌になって、彼の名前を聞いてみる。
「山田賢一って言います……」
山田賢一くんね。
おどおどしている彼に皮肉を込めて、名は体を表してないと言ってやった。その言葉に項垂れてる彼に、例の紙切れを渡す。
途端に機嫌が直るその立ち直りの早さに、思わず舌を巻いた。
用事があるからと言ってライブハウスを出る私を、いつまでも彼は見送ってくれたのだった。
「はい、中林です」
『叶、俺だけど』
史哉さんの声。どこかの個室からかけているんだろうか。会社で、名前を呼ぶなんてしない人なのに……。
「何かあったんですか?」
『何だか急に、声が聞きたくなってな……』
――史哉さん。
『きちんと食べてるか?』
「適当につまめる物を、つまんでます」
電話の向こう側で、フッと笑った感じが伝わってきた。きっと呆れているよね。
『久しぶりに、外で食事でもしないか?』
「今日ですか?」
この後ライブハウスに行かなくてはならない。自分から行くと言ってる以上、キャンセルができないな。
『今夜なんだが、多少残業しないといけないんだ。だから十時以降になると思う』
済まなそうに史哉さんが告げた言葉に、内心ホッとした。その時間なら逆に有難い話だ。
「私もちょっと用事があって出なきゃならないので、遅くなっても大丈夫です」
『良かった……』
「はい?」
『電話に出たときの叶の声に、元気がなかったから』
慈しむような史哉さんの言葉が、じんと胸に沁みる。無意識に受話器をぎゅっと握りしめてしまった。
『じゃあ、いつもの場所で待ち合わせしてから行こうか。会社を出たら電話する』
「はい、待ってます」
そうして内線電話を切った。
いつも待ってばかりの自分――たまには我が侭言って困らせてみたい。でも実際は思ってることすら満足に言えなくて、ずっと我慢ばかりしていた。
ため息ひとつついてからその想いを吹っ切り、この日の仕事を手早く終えて、ライブハウスへと向かった。
ライブハウスの中、若いお客の中で自分ひとりが浮いてるんじゃないかと後ろ側の隅っこに座った。
「いくぜ、お前ら!」
あの髪の長い子が叫ぶと派手なドラムソロが始まる。ギターを持った彼が、舞台袖から出てきた。
その姿をじっと見つめたら不意に目が合った。途端に茹でダコのように、真っ赤になる彼。
あからさますぎる顔色に、思わずプッと笑ってしまった――すっごく分かりやすい。
行動も言動も自分の想いに素直な彼。史哉さんといるときの私は、いつもどこかにブレーキをかけていた。その違いを思い知らされたけれど、このときは素直に笑うことができた。
髪の長い子がその場を何とかしのぎ、彼は立ち直ったのか、しっかりと演奏をしていた。楽しそうにギターを弾いてる彼を、ずっと見つめ続けてしまう。
彼等の演奏が終わって舞台から降りていく姿を確認してから、自分のカバンからメモ用紙を取り出し、つらつらっとメアドを書く。これくらいのご褒美があってもいいよね。
そのとき肩で息を切らした彼が、私に向かって急ぎ足でやって来る。
「あのぅ、どうでしたか?」
頬を紅潮させて、おずおずと聞いてきた。こっちにまで緊張感が伝わってくる。
彼に名前とライブの批評を告げると、突然抱きつかれた。ライブの熱気よろしく火照った体に驚いて、つい殴ってしまった。史哉さんとは違う体温に、えらく戸惑ってしまった。
戸惑いを悟られないようわざと不機嫌になって、彼の名前を聞いてみる。
「山田賢一って言います……」
山田賢一くんね。
おどおどしている彼に皮肉を込めて、名は体を表してないと言ってやった。その言葉に項垂れてる彼に、例の紙切れを渡す。
途端に機嫌が直るその立ち直りの早さに、思わず舌を巻いた。
用事があるからと言ってライブハウスを出る私を、いつまでも彼は見送ってくれたのだった。
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