精霊徒然日記

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番外編

神在祭〜花畑の約束〜15

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「私は昔、ある女性に恋をした。もう、五百年も前の話だ。その女性は、地方の森の長を務めていて、 彼女に会えるのは、年に一度の神無月だけだった」
彼が話し始めると、花畑だったはずの場所が、いつの間にか出雲の光景にとってかわっていた。
恐らく、彼の能力の一つなのだろう。
 
幻の建御雷神と、カエデには見覚えのある女性が立っていた。  建御雷神は、その女性を見つめている。 女性はその視線に気付き、花が綻んだような笑顔を向けた。

――こんにちは。建御雷様。
 
「たった一度 顔を合わせただけで、彼女のことが頭から離れなかった。会う度に、話す度に、 私は焦がれていった。……だが、その女性は、他に愛した者がいた」
 
くるくると、めまぐるしく景色は変わっていく。 その中で、女性は様々な表情を建御雷神に向けている。
だがそれは、あくまで友人として接する者の態度だった。
 
「それを私は知っていたから、君が好きなのだと、愛しているのだと、告げられなかった。 そして告げられぬまま、彼女は愛する者達を守って、消えてしまった」

景色は夜のような暗闇に移り変わり、建御雷神の目の前から女性がいなくなった。
代わりに幻の玉依姫が現れ、彼に擦り寄る。
 
――兄様。あの方がいなくなっても、私がいつでも兄様のお側におります。 だから、どうか……。

しかし、建御雷神の姿がそこから消えてしまった。
そこで映像は途切れ、元の花畑の場所に戻る。
   
「私はそれを受け入れることができなかった。いくら神と呼ばれた私でも、一度 消えてしまった者の蘇生はできない。 何と無力なことだろうと思った。私は自暴自棄になり、ひたすらに武力を振るって仕事に没頭した。 何にも目を向けず、考えず。ただただ、色あせた毎日を送っていた。 そのせいで、私は君までも苦しませることになってしまった。」
「兄様……」
「その罰が下ったのだろう。異形に呪詛をかけられ、いつしかこの身には穢れがまとうようになった」

建御雷神はそう言って、小屋の中から腕だけを月夜の下にさらけ出した。
それを見て、息を呑む。
 
包帯を解いた腕には、びっしりと黒い痣が浮かび上がっていた。 すぐに腕は闇の中に引き戻される。

「私に呪いをかけた異形は言った」

――この呪いは生涯 消えることはなく、じわじわと身体を侵食しながら息絶えるだろう。

「そんな、兄様……!」
 
玉依姫は小屋に手をつく。 それ以上は、近づくことを許されない。
 
「私は会えなかった。何百年と君から兄様と呼ばれていた私は、こんな情けない姿を見られるのが耐えられなかった。 そしてお前の気持ちに応えられない自分が、どうしようもなかった。 ……だから、私は何も告げず、君の前から姿を消した」
 
建御雷神にとって玉依姫は妹のような存在だったのだろう。 だがそれとは裏腹に、玉依姫が成長するごとに建御雷神を見つめる目が変わっていった。
それを、建御雷神はどのような気持ちで見ていたのか。
 
「今からでも遅くありません! 天照大神に治してくれるよう、お願い申し上げれば……」
「もう、いい」
「何故!」

思わず声が大きくなる。
声を荒げる彼女の頬に、手が伸びた。

「もう、いいのだよ」
 
伸びた手は玉依姫に触れることはなく、寸前で止まる。 愛おしむ手つきに、玉依姫は声が出なかった。
 
「この呪いを受けた時、もう君には会うことはないだろうと思っていた。だが、再び会えた。 もう、それだけで、私は十分だ」
 
「嫌だ……兄様。我、私は……!」
 
玉依姫の目から涙が溢れる。 すがるように触れる腕からは、光が上がっていた。

『ただ、これだけはどうか覚えていてくれ。どんな形であれ、私は君を愛していた。そのことに、変わりはないのだ』

声がかすれ、空気に溶けていく。

「えぇ、私も――」

まばゆい光が三人を包んだ。


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光りの中。少女と少年は花畑に座り、互いに笑い合っている。やがて何か口にすると、少年は少女の手を取り、走り出す。 そして二人は光に紛れて消えていった。
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