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番外編
神在祭〜花畑の約束〜16
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その後、あの花畑でしばらく玉依姫は泣き続けていた。 しかし、もうあの小屋から彼の声が聞こえることはなかった。
「兄様……建御雷神の好きだった女性――ユキは、我の友人でもあったのだ」
花畑からの帰り道に、玉依姫は呟くように話してくれた。 口調こそ元に戻っていたが、泣き腫らした顔は、光の中で見た幼子そのものだった。
「ユキとは建御雷 同様、年に一度会うだけだったが、それでも我の最も親しい友だったのだ。 だからこそ、彼女が妬ましくて仕方がなかった」
そこで玉依姫は立ち止まり、カエデを振り返った。
「ユキが我から愛する者を奪ったように、我も彼女から奪ってやりたかった。だから我は、そなたを夫候補にした。 ……だが、もはやそれも意味がなくなってしまった」
「……では」
「あぁ、もうよい。とっとと、どこへなりとも好きにするがいい」
勝手に求婚を迫った彼女は、求婚の破棄すら吐き捨てるように言う。 しかし、これでカエデの肩の荷が下りたのも事実だ。
微苦笑を浮かべるカエデの頬を、玉依姫が手にとった。
「そなたはユキに似ておるよ。真面目で頑固で、すぐに意地を張る。そして、相手を見透かすようなその瞳が。 やはり、そなたはユキから生まれた者なのだな」
カエデを見つめる銀の瞳が、懐かしげに細まる。
カエデも、かつての友人だった人を見つめ返した。
「さて、もう夜明けだ。我は己の宮に帰るとしよう」
あっさりと頬から手を放し、玉依姫はカエデの横を通り過ぎる。
見ると、いつの間にか彼女の使いが林の側に立っていた。
そのまま帰るのかと思いきや、玉依姫は何かを思い出したのか、再び振り返る。
「いいことを教えてやろう。ユキが生きていた頃の話だ。 ユキは我に会う度、しょっちゅう話していたことがある。それは、何だと思う」
「……さぁ」
そんなこと、分かるわかもない。
カエデが首を傾げていると、玉依姫は口の端で にっと笑う。
「そなたのことだよ。ユキが話すことといえば、専らカエデ殿のことだった」
「え……」
意外な事実に、カエデは口をポカンと開ける。
「ユキがそなたに向けてた感情は、恋情ではなかったかもしれん。だが、ユキもカエデ殿を想っていた。 それだけは、知っていてくれ」
「――」
カエデは何も言えず、棒立ちする。 そんなカエデに 「ではな」と、玉依姫は森の中に姿をくらませた。
カエデがしばしその場に立ちつくしていると、向こう側から耳慣れた声が聞こえた。
「カエデ様ー!」
見ると、シキが息を切らせてこちらへ駆けて来るのが見えた。 その後ろには猿田彦もいる。
「シキ、猿田彦」
「カエデ様、どこかお怪我はありませんか!?」
「あぁ、大丈夫だ」
シキは心配顔でカエデを見上げる。 そんなシキの一方、猿田彦は大げさにため息をつく。
「あーあ。今年はお主のおかげで、とんだ後始末じゃわい。お主が警備兵を全滅させるものだから、 そこら中 大騒ぎだったんじゃぞ? 宴会にはほとんど出られんかった」
「迷惑をかけたな」
「全くじゃあ」
「じゃからのぉ」と猿田彦は懐から杯と徳利を取り出した。
「最後に、付き合ってもらうぞ」
どこまでも酒好きな友人に、カエデは呆れる。
「……もう朝だぞ。月だって、白んでいる」
「夜に飲んでも朝に飲んでも、別にええじゃろう! さぁ飲むぞ、飲むぞ! ほら、シキ殿も」
「え、僕、ちょっとお酒は……」
あっという間に賑やかになっていく森の中。 出雲大社へ戻ろうと、猿田彦がシキを連れて踵を返す。
カエデはもう一度、玉依姫が帰っていった場所に目を向けた。
かつてユキの友人だった人。 彼女はいなくなった二人の想いを抱え、これからも生きていくのだろう。
そして自分もまた、託された沢山のものを胸に秘め、森を守り続けていく。 自分の命が消えるその時まで、ユキが最後に残した言葉を果たすことができるだろうか。
ふと、先ほどの玉依姫の言葉を思い出す。
――ユキもカエデ殿のことを想っていた。それだけは知っていてくれ。
あの時、言うことができなかったことを、胸中で答える。
(……あぁ。ずっと、知っていたよ)
「カエデ! 何しとる。おいていくぞ!」
「カエデ様ー」
立ち止まるカエデを二人は呼ぶ。
カエデは微笑んで、それに応えた。
「あぁ!」
秋風が三人の間を通り過ぎていく。
薄く色づく月は、優しい光をたたえていた。
--------------------END
次回の更新は10月8日ぐらいを予定しています。
番外編ですが、もう少し続けていきたいと思うので、よろしくお願いします。
その後、あの花畑でしばらく玉依姫は泣き続けていた。 しかし、もうあの小屋から彼の声が聞こえることはなかった。
「兄様……建御雷神の好きだった女性――ユキは、我の友人でもあったのだ」
花畑からの帰り道に、玉依姫は呟くように話してくれた。 口調こそ元に戻っていたが、泣き腫らした顔は、光の中で見た幼子そのものだった。
「ユキとは建御雷 同様、年に一度会うだけだったが、それでも我の最も親しい友だったのだ。 だからこそ、彼女が妬ましくて仕方がなかった」
そこで玉依姫は立ち止まり、カエデを振り返った。
「ユキが我から愛する者を奪ったように、我も彼女から奪ってやりたかった。だから我は、そなたを夫候補にした。 ……だが、もはやそれも意味がなくなってしまった」
「……では」
「あぁ、もうよい。とっとと、どこへなりとも好きにするがいい」
勝手に求婚を迫った彼女は、求婚の破棄すら吐き捨てるように言う。 しかし、これでカエデの肩の荷が下りたのも事実だ。
微苦笑を浮かべるカエデの頬を、玉依姫が手にとった。
「そなたはユキに似ておるよ。真面目で頑固で、すぐに意地を張る。そして、相手を見透かすようなその瞳が。 やはり、そなたはユキから生まれた者なのだな」
カエデを見つめる銀の瞳が、懐かしげに細まる。
カエデも、かつての友人だった人を見つめ返した。
「さて、もう夜明けだ。我は己の宮に帰るとしよう」
あっさりと頬から手を放し、玉依姫はカエデの横を通り過ぎる。
見ると、いつの間にか彼女の使いが林の側に立っていた。
そのまま帰るのかと思いきや、玉依姫は何かを思い出したのか、再び振り返る。
「いいことを教えてやろう。ユキが生きていた頃の話だ。 ユキは我に会う度、しょっちゅう話していたことがある。それは、何だと思う」
「……さぁ」
そんなこと、分かるわかもない。
カエデが首を傾げていると、玉依姫は口の端で にっと笑う。
「そなたのことだよ。ユキが話すことといえば、専らカエデ殿のことだった」
「え……」
意外な事実に、カエデは口をポカンと開ける。
「ユキがそなたに向けてた感情は、恋情ではなかったかもしれん。だが、ユキもカエデ殿を想っていた。 それだけは、知っていてくれ」
「――」
カエデは何も言えず、棒立ちする。 そんなカエデに 「ではな」と、玉依姫は森の中に姿をくらませた。
カエデがしばしその場に立ちつくしていると、向こう側から耳慣れた声が聞こえた。
「カエデ様ー!」
見ると、シキが息を切らせてこちらへ駆けて来るのが見えた。 その後ろには猿田彦もいる。
「シキ、猿田彦」
「カエデ様、どこかお怪我はありませんか!?」
「あぁ、大丈夫だ」
シキは心配顔でカエデを見上げる。 そんなシキの一方、猿田彦は大げさにため息をつく。
「あーあ。今年はお主のおかげで、とんだ後始末じゃわい。お主が警備兵を全滅させるものだから、 そこら中 大騒ぎだったんじゃぞ? 宴会にはほとんど出られんかった」
「迷惑をかけたな」
「全くじゃあ」
「じゃからのぉ」と猿田彦は懐から杯と徳利を取り出した。
「最後に、付き合ってもらうぞ」
どこまでも酒好きな友人に、カエデは呆れる。
「……もう朝だぞ。月だって、白んでいる」
「夜に飲んでも朝に飲んでも、別にええじゃろう! さぁ飲むぞ、飲むぞ! ほら、シキ殿も」
「え、僕、ちょっとお酒は……」
あっという間に賑やかになっていく森の中。 出雲大社へ戻ろうと、猿田彦がシキを連れて踵を返す。
カエデはもう一度、玉依姫が帰っていった場所に目を向けた。
かつてユキの友人だった人。 彼女はいなくなった二人の想いを抱え、これからも生きていくのだろう。
そして自分もまた、託された沢山のものを胸に秘め、森を守り続けていく。 自分の命が消えるその時まで、ユキが最後に残した言葉を果たすことができるだろうか。
ふと、先ほどの玉依姫の言葉を思い出す。
――ユキもカエデ殿のことを想っていた。それだけは知っていてくれ。
あの時、言うことができなかったことを、胸中で答える。
(……あぁ。ずっと、知っていたよ)
「カエデ! 何しとる。おいていくぞ!」
「カエデ様ー」
立ち止まるカエデを二人は呼ぶ。
カエデは微笑んで、それに応えた。
「あぁ!」
秋風が三人の間を通り過ぎていく。
薄く色づく月は、優しい光をたたえていた。
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次回の更新は10月8日ぐらいを予定しています。
番外編ですが、もう少し続けていきたいと思うので、よろしくお願いします。
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