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番外編
神在祭~未来への語り部~4
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酒を飲んで二日酔いをしようが、変わらず朝はやってくる。
朝日が昇ると、神々と精霊は身支度を整えたのち仕事場へ向かっていく。それは猿田彦にも同様の責務として付きまとっていた。
「ふぁぁぁ……」
出雲大社の中を歩く猿田彦の目元にはうっすらと隈が浮かび上がっている。
布団を敷かずに寝たのが問題だったのか、体中のあちらこちらが痛く、あまり睡眠もとれていない。今日は休みたかったのが本音だ。
だが神在祭の七日間は仕事に従事しなければならない期間であり、寝坊してしまえば仕事がたまるばかりになる。
ここで仕事を休む訳にはいかなかった。
(カエデ殿は朝起きたらおらんかったし、もう何なのだ……)
猿田彦が浅い眠りから覚めた時には、カエデは使っていた布団を畳んでいなくなっていた。
カエデにも仕事があるため、仕方ないことではあるのだが。
(とにかく、今日の分の仕事を終わらせねばならんなぁ…)
気が進まないながらも、猿田彦は自分の仕事場へ行こうと足を進める。
すると、仕事場へ経由する広間から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
不審に思って猿田彦がそちらに目を向けると、そこには仕事着の狩衣を纏ったカエデが、集団の神達と騒ぎ立てている姿があった。
(ええい、今度は何があったのじゃ!)
なぜかカエデを見かける度、彼は集団の神々に囲まれている気がする。
カエデのトラブル体質を不思議に思いつつ、放っておくことのできない猿田彦はカエデの元へ向かった。
「ですから、私は玉依姫様の元へも八神姫様の元へも行ってはおりません」
「とぼけるなよ、玉依姫様から伺っておるのだ!お主は内密にお二方の招待を受け入れ、不貞行為を働いていた!その証拠に、昨晩お主は一度も自室に戻っていないことが分かっているのだ!」
猿田彦は耳に飛び込んできた内容に目を見開いた。
――不貞行為じゃと!?
昨晩、カエデは猿田彦の自室で酒を飲んでいたというのに、なぜそのような噂が出回っているのだろうか。猿田彦には意味が分からなかった。
「ちょいと待て、お主ら。カエデ殿は昨晩、ワシの自室で酒を飲んでおった。それは確かなことじゃ」
「猿田彦…」
カエデは背後から割り込んできた猿田彦に目を向ける。
頼もしい証言者の登場に、カエデの目には期待がこもった。
「猿田彦、お前は以前から長門の長の肩を持っていたではないか。よもや口裏を合わせているのではないか?」
「そんなことはないぞ。カエデ殿を誘ったのはワシの方なのじゃ。自室で酒を飲みかわし、それからは酔ってワシと共に寝所に入って夜を明かし……んがっ!」
途中から何だかおかしな流れになっていった猿田彦の口を、カエデが慌てて塞ぎにかかる。
この言い方では、あらぬ事態が起こったのはこちらの方になってしまう。
猿田彦は自分が失態を犯してしまったことにようやく気付いたが、後の祭りだった。
「……まさかお主ら、実のところはそのような関係で……」
「断じて違う!!」
カエデは即座に否定するが、逆にカエデの動揺により彼らの信用は得られなかったようで、先ほどよりも若干距離を取られる。
猿田彦の発言で余計に話がよじれてしまい、カエデはため息をついた。
「おい、あんたのせいで変なことになってしまった。どうするつもりだ」
「…いや、ホントすまん。わざとではないのじゃ」
猿田彦もさすがに同性愛者の枠に入るのは抵抗があり、カエデに心の底からの謝罪をする。
今の状況では、いくら訂正をしようとしても彼らは聞き入れてはくれないだろう。
このままでは同性愛の烙印を押されてしまう。
二人が絶望の淵に立たされたその時、事態を変える救世主が現れた。
「皆の衆。このような所で、何をしておる」
朝の日差しと共に颯爽と現れたのは、話題の渦中にあった人物の一人である玉依姫だった。
神々は玉依姫の姿を認めると、表情を一気に喜色に変える。
「おお、玉依姫様。本日もお変わりない美しさで」
カエデに対応するときとは随分な違いで、男達は玉依姫にすり寄っていく。
そんな男達をあしらうのは手慣れたもので、玉依姫は軽く手を挙げてそれを制した。
「口上はよい。それよりも……カエデ殿」
玉依姫は取り囲む神達の中から目敏くカエデに目をつけると、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た猿田彦は長年の経験から嫌な予感を感じた。
「昨晩は寝所で我が世話になったな。そなたは体に不調はないか?」
「…………は?」
玉依姫が投下した言葉は、その場にいた全員を硬直させる威力を持っていた。
あまりに突然のことで、誰もが意味を理解するのに数秒の時間が必要だった。
一方、そんな衝撃的な発言をした当人は、カエデにさらなる追い打ちをかけていく。
「…しかし聞くところによれば、そなたは八神姫の寝所にも忍び込んで行ったと。
我はそなただからと思い、この肌を許したというのに……っ」
玉依姫は袖で顔の半分を隠し、か弱い少女のような涙を見せる。
芝居がかった涙も、玉依姫を慕う男達が見れば一気に信憑性が増した。
「玉依姫様、まさかそのような事が……。こんな輩、即刻斬り捨てるべきです!」
「玉依姫様を穢すような男、我々が死よりも重い鉄槌を下してやります!」
玉依姫の虚言をすっかり信じ込んでしまった男達は、カエデの制裁を加えようと意気込みを見せる。
「待ってください!私はそのようなこと……!」
同性愛者疑惑から不倫疑惑へと話が発展していく中、カエデは誤解を解こうと声を上げる。
しかし玉依姫を何よりも信仰している彼らに、カエデの言葉など届くはずもない。
弁解する余地もなく、カエデは茫然とすることしかできなかった。
「ではカエデ殿。神在祭の最終日に、カエデ殿の名誉をかけて戦ってもらう。カエデ殿が勝てば、我の発言は取り消そう。だが負けた時には……どうなるか分らんぞ?」
先ほどの涙はどこへやら、すっかり立ち直った玉依姫はカエデに向けて高らかにそう宣言する。カエデの顎にするりと指を滑らせ彼女は不敵に笑った。
――我の誘いを断ったことを後悔するといい
去り際にカエデの耳元に囁いた後、玉依姫は取り巻きを連れて去っていった。
朝日が昇ると、神々と精霊は身支度を整えたのち仕事場へ向かっていく。それは猿田彦にも同様の責務として付きまとっていた。
「ふぁぁぁ……」
出雲大社の中を歩く猿田彦の目元にはうっすらと隈が浮かび上がっている。
布団を敷かずに寝たのが問題だったのか、体中のあちらこちらが痛く、あまり睡眠もとれていない。今日は休みたかったのが本音だ。
だが神在祭の七日間は仕事に従事しなければならない期間であり、寝坊してしまえば仕事がたまるばかりになる。
ここで仕事を休む訳にはいかなかった。
(カエデ殿は朝起きたらおらんかったし、もう何なのだ……)
猿田彦が浅い眠りから覚めた時には、カエデは使っていた布団を畳んでいなくなっていた。
カエデにも仕事があるため、仕方ないことではあるのだが。
(とにかく、今日の分の仕事を終わらせねばならんなぁ…)
気が進まないながらも、猿田彦は自分の仕事場へ行こうと足を進める。
すると、仕事場へ経由する広間から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
不審に思って猿田彦がそちらに目を向けると、そこには仕事着の狩衣を纏ったカエデが、集団の神達と騒ぎ立てている姿があった。
(ええい、今度は何があったのじゃ!)
なぜかカエデを見かける度、彼は集団の神々に囲まれている気がする。
カエデのトラブル体質を不思議に思いつつ、放っておくことのできない猿田彦はカエデの元へ向かった。
「ですから、私は玉依姫様の元へも八神姫様の元へも行ってはおりません」
「とぼけるなよ、玉依姫様から伺っておるのだ!お主は内密にお二方の招待を受け入れ、不貞行為を働いていた!その証拠に、昨晩お主は一度も自室に戻っていないことが分かっているのだ!」
猿田彦は耳に飛び込んできた内容に目を見開いた。
――不貞行為じゃと!?
昨晩、カエデは猿田彦の自室で酒を飲んでいたというのに、なぜそのような噂が出回っているのだろうか。猿田彦には意味が分からなかった。
「ちょいと待て、お主ら。カエデ殿は昨晩、ワシの自室で酒を飲んでおった。それは確かなことじゃ」
「猿田彦…」
カエデは背後から割り込んできた猿田彦に目を向ける。
頼もしい証言者の登場に、カエデの目には期待がこもった。
「猿田彦、お前は以前から長門の長の肩を持っていたではないか。よもや口裏を合わせているのではないか?」
「そんなことはないぞ。カエデ殿を誘ったのはワシの方なのじゃ。自室で酒を飲みかわし、それからは酔ってワシと共に寝所に入って夜を明かし……んがっ!」
途中から何だかおかしな流れになっていった猿田彦の口を、カエデが慌てて塞ぎにかかる。
この言い方では、あらぬ事態が起こったのはこちらの方になってしまう。
猿田彦は自分が失態を犯してしまったことにようやく気付いたが、後の祭りだった。
「……まさかお主ら、実のところはそのような関係で……」
「断じて違う!!」
カエデは即座に否定するが、逆にカエデの動揺により彼らの信用は得られなかったようで、先ほどよりも若干距離を取られる。
猿田彦の発言で余計に話がよじれてしまい、カエデはため息をついた。
「おい、あんたのせいで変なことになってしまった。どうするつもりだ」
「…いや、ホントすまん。わざとではないのじゃ」
猿田彦もさすがに同性愛者の枠に入るのは抵抗があり、カエデに心の底からの謝罪をする。
今の状況では、いくら訂正をしようとしても彼らは聞き入れてはくれないだろう。
このままでは同性愛の烙印を押されてしまう。
二人が絶望の淵に立たされたその時、事態を変える救世主が現れた。
「皆の衆。このような所で、何をしておる」
朝の日差しと共に颯爽と現れたのは、話題の渦中にあった人物の一人である玉依姫だった。
神々は玉依姫の姿を認めると、表情を一気に喜色に変える。
「おお、玉依姫様。本日もお変わりない美しさで」
カエデに対応するときとは随分な違いで、男達は玉依姫にすり寄っていく。
そんな男達をあしらうのは手慣れたもので、玉依姫は軽く手を挙げてそれを制した。
「口上はよい。それよりも……カエデ殿」
玉依姫は取り囲む神達の中から目敏くカエデに目をつけると、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た猿田彦は長年の経験から嫌な予感を感じた。
「昨晩は寝所で我が世話になったな。そなたは体に不調はないか?」
「…………は?」
玉依姫が投下した言葉は、その場にいた全員を硬直させる威力を持っていた。
あまりに突然のことで、誰もが意味を理解するのに数秒の時間が必要だった。
一方、そんな衝撃的な発言をした当人は、カエデにさらなる追い打ちをかけていく。
「…しかし聞くところによれば、そなたは八神姫の寝所にも忍び込んで行ったと。
我はそなただからと思い、この肌を許したというのに……っ」
玉依姫は袖で顔の半分を隠し、か弱い少女のような涙を見せる。
芝居がかった涙も、玉依姫を慕う男達が見れば一気に信憑性が増した。
「玉依姫様、まさかそのような事が……。こんな輩、即刻斬り捨てるべきです!」
「玉依姫様を穢すような男、我々が死よりも重い鉄槌を下してやります!」
玉依姫の虚言をすっかり信じ込んでしまった男達は、カエデの制裁を加えようと意気込みを見せる。
「待ってください!私はそのようなこと……!」
同性愛者疑惑から不倫疑惑へと話が発展していく中、カエデは誤解を解こうと声を上げる。
しかし玉依姫を何よりも信仰している彼らに、カエデの言葉など届くはずもない。
弁解する余地もなく、カエデは茫然とすることしかできなかった。
「ではカエデ殿。神在祭の最終日に、カエデ殿の名誉をかけて戦ってもらう。カエデ殿が勝てば、我の発言は取り消そう。だが負けた時には……どうなるか分らんぞ?」
先ほどの涙はどこへやら、すっかり立ち直った玉依姫はカエデに向けて高らかにそう宣言する。カエデの顎にするりと指を滑らせ彼女は不敵に笑った。
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