精霊徒然日記

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番外編

神在祭~未来への語り部~3

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猿田彦の部屋は神格を持つ者が集う西十九舎(にしじゅうくしゃ)と呼ばれる宿舎にあった。
ちょうど角部屋に当たるため、襖を開けば夜空に浮かぶ月を眺めることができる。
カエデは猿田彦の後ろに続いて部屋に入った。

猿田彦は自分の部屋に入ると、持ち込んで来た酒瓶何本かと二人分の盃を畳の上に置く。
カエデに有無を言わせず盃を手に取らせ、そこに並々と酒を注いだ。

「さぁ飲みなされ。遠慮はいらんぞ」
「……では」

カエデは潔く諦めたのか、酒の入った盃に口をつける。
たったそれだけの動作だったが、月明かりが差し込む部屋の中であると、何気ない仕草に色香が漂う。
男の猿田彦から見ても、見入ってしまうような光景だ。男でそうなのだから、女性の前であれば一発で落してしまえるだろう。

「そういえば、名乗ってなかったな。ワシは猿田彦と申す者じゃ。よろしく、カエデ殿」
「猿田彦……。まさか貴方は神格を持つ方か……?」
「一応そういうことになるな」

名前を聞いてようやく猿田彦が神に当たる者だと知ったカエデは、苦虫を嚙み潰したような渋い顔をする。

「そんな顔しなくても、何もせんから安心せえ。ワシはよく間違えられるから、いつものことじゃ」

猿田彦は神ではあるが、カエデのように突出した戦闘能力がある訳ではない。
神にも様々なタイプがあり、武力に長けた者、霊力に長けたもの、頭脳明晰な者など、それぞれ違った役割がある。
猿田彦が持つ能力は分かりにくいものであるため初対面の者からは気づかれないことが多く、間違えられることには慣れていた。

「猿田彦殿…」
「猿田彦と呼んでよい」
「…………猿田彦」

神と呼ばれる者を呼び捨てするにはそれなりの努力がいたのか、普段よりも低い声で名前を呼ばれる。
そんな些細なことでも、猿田彦は笑いを堪えるのが精一杯だった。

「猿田彦、どうしてオレを誘った。オレを誘わなくても、貴方には他にも飲み仲間がいるだろう」
「ほぉ、ワシのことを見ていたのか」
「待ち合わせ場所に行く最中、通りかかった時に知った」

どうやら、カエデは若いなりにも神在祭に集まった者達を覚えているらしい。
自分以外の者にはまるで興味がないと思っていたが、これは意外であった。

「そりゃあお前さん。一人で酒を飲むよりも、二人で飲む方が美味いに決まっておる。
そんなところへ噂の長殿を見かけたのだから、誘うのは当然のことじゃろう」
「はぁ……」

今一つ納得がいかないと言わんばかりにカエデは眉根を寄せる。
そんなカエデの盃に、さらに追加の酒を注いだ。

「そんなことよりも、カエデ殿。八神姫様と玉依姫様の折角の招待を断ったのだから、それなりに理由もあるのじゃろう。他に好い人でもおるのか?」

猿田彦は特に深い意味はなくそう尋ねると、カエデは口をつけていた酒を思わず吹き出しそうになってしまった。
軽く蒸せてしまったカエデは、息を整えたのち猿田彦を恨めしそうに見る。

「……貴方はそんなことを聞くためにオレを誘ったのか?」
「お、図星か?ええじゃろう、恋話の一つや二つや三つ。どれ、ワシが相談に乗ろうではないか。どんな女性だ?」
「……おい」

カエデの意思を無視して猿田彦は無遠慮に訊いていく。
そんな猿田彦は酒の効果もあり、上機嫌でカエデの好みの女性を想像する。

「やはり色香がある女性か?それともユキ殿のようなお淑やかな女性が好みか?」

この発言もカエデの身近そうな人物を例えて挙げたのであって、当てるつもりは微塵もなかったのだが。猿田彦の口からユキという単語が飛び出した瞬間、カエデが手にしていた空の盃が、ぼとりと音を立てて畳の上に転がった。
残念なことに、今の行動が分からぬほど猿田彦は鈍感ではない。

「そうか、お主ユキ殿が好みの女性じゃったのか……」

噂によれば、カエデはユキが消滅する数十年前から生まれ、彼女の側にいたという。
カエデ本人を生み出した母親的存在ではあるが、あのような美人であればカエデが惚れてしまっても不思議なことではない。
しかしそのユキは二月前に消滅してしまっており、カエデの恋は永遠に叶わなくなってしまった。

「ユキ殿のことは、本当に残念であった。しかし何年かすれば、また別の誰かに恋をすることも――」

ユキの名前を出した途端に急に沈んでしまったカエデを見かねて、猿田彦は気休め程度にしかならない励ましの言葉を口にする。
やはりまだたった二月しか経っていないのだから、落ち込むのも当然のことだった。
未だカエデの心には生々しい傷跡が残っている。

「……いや。オレはもう、二度と…そんなことはない。ユキを死なせてしまったオレには、そんな資格は…」
「何を言うか。ずっといない者のことを想って生きるなど、苦しいばかりじゃぞ。お主にもきっと良い相手が見つかるさ」

どんどん沈んでいってしまうカエデに、猿田彦はユキの名前を出したことを後悔してしまった。カエデの顔を覗いてみれば、心なしか瞳も潤んでしまっている。

「だが、オレは……」

そう言ったきり、カエデは項垂れたまま何も言わなくなってしまった。

――これは、相当深い傷に触れてしまったわい

猿田彦は己の無神経さに叱咤して、カエデを何とか立ち直らせようと近づく。
すると、ある異変に気付いた。

「おい、カエデ殿?」

猿田彦はカエデの肩を掴んで揺するが、ぴくりとも動かない。
これはさすがにおかしいとカエデの顎を掴んで上向かせた。

「なんと……」

そこには、すやすやと気持ち良さそうな寝息を立てて眠ってしまったカエデの顔があった。
その顔は、心なしか赤く染まってしまっている。
カエデの様子を見た猿田彦は、ある可能性に思い至った。

「まさかカエデ殿……酒に弱い体質なのか?」

猿田彦が空けた酒瓶はまだ一本目。
それを半分にして飲んでいたのだから、実質カエデが飲んだのは一升にも満たない。
酒豪の猿田彦にとっては、まだまだこれからだという酒量なのだが。

「……案外、カエデ殿も可愛いところがあるのじゃな」

好きな女性の話をすれば狼狽えて、酒を飲めば酔っぱらって寝てしまって。

――これではまるで、精霊というよりは人間のようじゃ

あれほど冷めた表情をしていながら、内面は未だ大人になりきれていない青臭い少年なのだ。先ほどの戦闘時の冷たい表情を知っただけに、カエデのこんな姿は猿田彦を安心させた。

(しかし、カエデ殿をどうしたものか……)

彼の大きい瞳は瞼の裏に閉ざされ、長いまつ毛が目元に濃い影を落としている。
すっかり安心しきって眠っている無防備な姿を見ていると、同性であっても変な気分にさせられてしまう。
しかしカエデに宛がわれている部屋へ連れていこうにも、肝心の部屋がどこにあるのか分からなかった。

(全く。困った奴じゃなぁ…)

猿田彦は今晩をどう過ごすかを考え、ため息をこぼした。

その後、猿田彦は部屋に備え付けてあった布団をカエデに被せ、結局自分は部屋の隅で丸まって一夜を過ごしたのだった。
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