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本編
第4話:信頼を得られたけど
しおりを挟むそれほど重症でもなかったので、一晩眠れば元気になった。そしてその日から宣言通り真面目に勉強するようになった。
毎日のように部屋にやってくる教授に一通りの知識を叩き込まれた。中の人は違えど、今の俺は常に勉強をサボっているわがまま坊ちゃんユリスだ。監視の目も教授の態度も最初は厳しかった。
教えられる事は、義務教育レベルの知識から政治に関する事まで幅広い。一応前世の頃の記憶はあるので、一通りの計算は問題なく出来たが、文字に関して言えば日本語とは別物で読めなくて困惑した。
言葉は通じるのに文字は分からない事に焦ったが、どうやらこの年のユリスは読み書きすらまともに出来ない程不真面目だったみたいで、だいぶ呆れられる程度に済んだ。複雑だが初めてユリスに感謝した。
文法はそれほど難しいものでもなく、得意科目である英語と似ていたので同じ感覚で覚えていけばなんとかなりそうだった。
その他にも収穫はある。たとえば教授と仲良くなったことだ。
真面目に勉強するようになったおかげで、数カ月経つ頃には世間話をする事も増えた。今日はなんとビスケットを手土産に持ってきてくれた。最近下町の中央広場にオープンしたパン屋の人気商品らしい。
今日の講習も終わり、せっかくだから教授をお茶に誘おうと思った時、タイミング悪く部屋をノックする音が聞こえた。
「失礼する。ユリス、調子はどうかな?」
「あ、えっと、順調です。レギオン兄様」
入ってきたのは予想通りレギオンだった。監視のためなのか毎日のように講習が終わった時にやってくる。レギオンとの関係も初めはギスギスしていて常に居心地が悪かったが、陰キャなりに頑張ってなんとか仲良くなろうと努力した。
今日は何を教わったかとか、メイドたちの井戸端会議の様子が面白かったとか、そんな他愛もない話をした。
そして何より、レギオンの心配をした。アデレーゼ家は両親が病で亡くなっている。その為レギオンはまだ若いのにこの屋敷の当主なのだ。
当然仕事や、周りからのプレッシャーも大きいだろう。だからこそ立場上弟である俺が寄り添おう、そうすれば心を開いてくれるかもしれないと考えたのだ。だが、いつか兄様の役に立てるよう努力しますと言えば、
「文字も読めないのに何を言っているんだ」
と、ぐうの音も出ない正論で叱られた。
まあその一件もあって、レギオンからも直々に文字の読み書きを教わった事もある。正直教授より教えるのが上手いんじゃないかレベルで、今授業が問題なく行えているのはレギオンのおかげでもある。
この事がきっかけで更に心の距離が縮まった気がするので言って良かった。
読み書きができるようになったおかげで、書斎の本を読む事もできた。訳あって外に出るのが怖くてずっと引きこもっていたので、いい暇つぶしになった。まあ今までのユリスと違いすぎて周囲からは驚かれたが。
俺は元々ノベルゲームプレイヤーだから長い文字を読むのに抵抗感はない。むしろ文章から想像力を膨らませるのは得意だ。誰にも言っていないが、書斎の奥から発掘した官能小説で自慰するのが密かな楽しみだった。まあ……最近それも出来なくなってしまったのだが……。
「実は教授からビスケットをいただいたのでその……」
「ああ、そうだったのか。十分な量があるし、この後2人でいただこう。教授も、いつもユリスを見てくださって感謝いたします」
教授も一緒に……と言おうとしたのに食い気味に2人でと言われてしまった。教授も教授で笑顔で頭を下げている。『最近オープンした店の人気商品なんだろ、食い下がってくれ!』と念を送ったが教授は用事は済んだと言わんばかりに出て行った。
―――――――――
部屋にはレギオンと2人きりになった。
気まずさで身が縮こまりそうだった。
「さあユリス、行こうか」
レギオンは自然な手つきで俺の腰に手を回し込み、エスコートしてくる。
レギオンと仲良くなろうと積極的に話しているうちに、ある変化が訪れた。ギスギスした雰囲気はなくなり、レギオンからも声をかけてくれるようになった時は、それはもう嬉しかったさ。これで処刑フラグはへし折ったはずだと喜んだのも束の間だった。
次第にレギオンが俺に執着するようになっていった。
初めは細かい気遣いから始まり、良い兄だなぁと思っていたのに、行動がエスカレートしていった。何をするにも、レギオンは俺と一緒に居たがるようになった。しかも以前まで俺についていたメイドも世話係から外し、いつも2人きりだ。そこまでしなくても良いと言うと、二言目には、
「私はユリスとの約束通り、ユリスをしっかり見守る義務がある。何もおかしい事ではないよ」
と返される。
元はといえば自分が言い出した事なので反論ができなかった。
「今日は、先週ユリスが気に入ってくれたオレンジの茶葉を仕入れたよ」
「え……あれ遠くの町からしか仕入れられない高級品ですよね……?」
「うん。でも最近のユリスは頑張り屋さんだし、喜んでもらいたくてね。迷惑だったかな?」
「迷惑ではないですが、そんな事に高いお金を支払う必要はありません。俺には庶民が嗜む安い茶葉で十分です」
「ユリスは良い子だね。よしよし」
レギオンはニッコリと笑みを浮かべて俺の頭を撫でる。じっとりと俺を見つめる瞳は、俺が逃げる事を許してくれそうにないと感じた。この頭を撫でられる行為は、2人きりの時のみだが最近頻繁にされる。手を払うと怒られそうで、今の関係が崩れて悪化するのが怖くて、振り払えなかった。
これから美味しいお茶とお菓子を頂くはずなのに、背筋がヒヤリとした。
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