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番外編
下町の本屋②(レギオン視点)
しおりを挟むユリスと向かった先は、この町一番大きな本屋だ。
休日の本屋はそれなりに人が多い。本棚によって囲まれた狭い空間では人とすれ違うだけでも離れるリスクがある。離れるのは危険だ。私はいつものようにゆっくり歩くようユリスに伝えた。
ユリスはまず入り口付近にある新刊コーナーを眺めた後、気に入ったものがなければ中に入って本を物色する。興味のあるジャンルの本が置いてある本棚を、真剣な眼差しで見つめる。そしてそんなユリスを私はずっと見守っている。
こうやって何かを探している時の横顔は、いつもより少し大人びて見えて普段と違う色気を感じる。時々私の視線に落ち着かなさそうに身をよじらせながら、私を見る。
「せっかく本屋に来たのですしレギオン兄様も見回ってみては? 俺は無断で本屋から出ないので…興味の湧く本があるかもしれませんよ?」
「別にいい。ユリス以上に興味のあるものなんてこの世には存在しない」
「そ……そうですよね。レギオン兄様ならそう言うと思いました」
そう言ってまた本棚に視線を戻す。30分くらい経った頃だろうか。数冊の本を手に持っているユリスが、緊張した面持ちで私の方へ近づいてくる。
「こちらの本を購入したいです」
「分かった、中身をチェックしよう」
私はユリスから本を受け取り、中身の内容を確認する。
じっくり確認する時間はないため大雑把にだが、いかがわしい内容の本でないか1冊1冊開いていく。また官能小説でユリスが自慰なんてしないように……。
ユリスは冒険物の、仲間たちの友情を描いたロマン溢れる物語が好みらしい。恋愛ファンタジーも好むようだが、どこかに官能的な表現が織り混ざっているかと思うと不安で殆ど却下している。何よりユリスが物語の女に心を惹かれるかもしれないと思うと本を裂きそうになる。
私とユリスは身も心も繋がった仲だ。文字の女に入る隙などないことは分かっている。とはいえユリスは感受性豊かな優しい子だ。読んでいる間だけでも相手の事を考えていると思うと耐えられない。
今回はどうやら数年前に人気だった重厚な物語が好評のファンタジー小説らしい。今はブームは過ぎているようだが、巻数が多く、今なお人気の作品だ。大して本を読まない私も名前くらいは聞いたことがある。ざっと見た限り、恋愛には重きを置いていない戦記のようだった。これなら大丈夫だろう。
「問題ない。カウンターへ向かおう」
ユリスの背中をぽんと叩く。これくらいの接触なら許されるだろう。購入待ちの短い列をユリスの隣に立って並ぶ。しばらくして自分たちの番になった。
……いつもの店員ではないな。
ユリスとはもう何度もここに来ているから、普段このカウンターで購入対応をしている店員の顔も覚えた。その人物はこの町で珍しくユリスに友好的だった。
「ユリス様も本にご興味を持ってもらえて嬉しいです……!」
そう屈託のない笑顔でユリスに言ってくれた。その時のユリスの嬉しそうな顔を覚えている。カウンターに本を持ってくるたびに挨拶や短い会話をする仲だった。
だから毎回この本屋に来て、少し混んでいてもこの列に並んでいたのだ。それが今日は別の人間だった。まあそういう日もたまにあるが、ユリスは少し寂しそうに口をキュッと閉じていた。私はユリスから渡された小説を相手に手渡した。
「おおっ、この小説は…! レギオン様もこの小説にご興味があるのですか? 私もこの作品のファンなのです!」
「はあ」
私は店員と仲良く話す時間はないのだが。眉間に皺が寄り始めてユリスに背中をぽんと叩かれた。
……分かっているよ。可愛い弟のために顔に笑顔を貼り付けた。
「いえ、弟のユリスが興味を持っていまして」
「ええっ、ユリス様がですか……? でもユリス様文字読めませんよね?」
店員は笑いを堪えた顔をしている。明らかに私の大切な弟を侮辱するような声だ。胸の奥から殺気のような怒りの感情が湧き上がり、その首根っこを掴んでその場に投げてやろうかと思考がよぎる。
その時ユリスが私の背中の服を掴む。また顔に出てしまっていたのかもしれない。落ち着かなさそうにハラハラした顔で私を見上げている。周りにいる庶民の視線が集まる。ここで暴れたらユリスにも迷惑をかけてしまう。
「今のユリスは問題なく読み書きを行えますよ。実際今の趣味は読書です。何の問題もないかと」
「そうですか? しかし失礼ですがこの小説は少々難解でして、序盤に敷き詰められた伏線も読み直して理解出来ないと物語の全容が分かりません。ユリス様には難しいと思います」
「あまり私の弟を侮辱しないで頂きたい。私の弟は変わったのです。ほら、今だってちゃんと大人しくしている」
私はユリスを見下ろして背中をぽんと叩く。恥ずかしそうに頭を掻く姿に思わず笑みを浮かべる。ユリスや私の様子、何より店員の態度が問題があると判断したのか、目の前に居た店員は店長によってどこかへ連れて行かれた。
「あっ」
ユリスが驚いた声を上げる。
先程の無礼な店員と入れ替わって、いつもここに立っている店員がカウンターの前に就く。
「すみません、急用で席を外しており、少しの間変わってもらっていたのです。この度は後輩がご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いえ、お疲れ様です」
いつもの店員は私達に深々と頭を下げた。ユリスの顔も、心なしか先ほどより明るくなっている気がする。
カウンターに置かれたままの小説を、いつもの店員が確認する。そして周りで静かに見守る庶民たちを一瞥し、ユリスに優しい声色で声をかける。
「ユリス様、ちなみにこの本をお選びになられた理由は?」
「あ、はい。冒頭の数ページを試し読みしただけで、その世界観に引き込まれました。内容は確かに少し頭を使いそうですが、文章表現が丁寧で読みやすく、スムーズに物語の世界へ誘ってくれる。
著者がじっくり時間をかけて練った重厚で奥深いストーリーであると確信しました。これは是非時間がある時じっくり読み、シナリオの考察をしたい!!」
ユリスはやや興奮気味にそう答える。
何度も本をここで購入しているが、ここまで瞳を輝かせているのは初めてなので余程この内容に惹かれたのだろう。文字が読めるようになったからか、本の世界にのめり込むようになっていた。何かに夢中になって楽しそうにしているユリスを見ると心が温かくなる。
そしてずっと不審そうにユリスを見ていた周りの庶民たちも、そのユリスの言葉に感心したように息を吐く。ここに居る者は全員大なり小なり本に対して関心を持つ者ばかりだ。純粋に本に興味を持って読んでみたくなるという気持ちを馬鹿にする者は居ない。
「素晴らしい目をお持ちだ! 私もこの本が好きなので興味を持っていただけて嬉しいです。ぜひお楽しみください!」
いつもの店員は満足そうにうなずいて購入した小説を袋に入れ、ユリスに手渡した。私たちを見守る周囲の目も明らかに最初とは違う。皆がユリスの変化に驚き、嬉しそうに受け取るユリスを見守っていた。
ユリスの周りにはまだ敵が多い。一度歪んだ心は今は素直に戻ってきているが、それを周囲に分かってもらうにはどうしても時間がかかる。私がユリスの人生を見守るから自立なんてしなくていいけれど、兄として弟の成長は純粋に嬉しい。
いつもより上機嫌なユリスを見て、胸の奥の黒い感情が少しずつ鎮まっていく感じがした。
――――――――――――――――――
下町の本屋(完)
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