闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-42

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 どれくらい時間が経ったのか不明だった。
 静かな玉座の間で2人は見つめあっていた。

「これからも…俺はツキヨの前ではアレックスでいたい」
「アレックス様はアレックス様です」
「アレクサンダーなんて言いにくいしな…俺はアレックスだ。だから、ツキヨはツキヨでいてくれ。それだけが俺の希望だ」
「はい…」
 ニッコリと笑い合った。
 窓から見える天気は相変わらず明るい。


 玉座の間を出て、廊下を歩く。御影石の床は磨かれて鏡のようだ。
「お城は誰もいないのですか?」
「用がないと集まらねぇな。あとは俺が呼んだり、呼ばれたり。用もないのにここにいるなんて意味が無ぇし。それなら各自、外に出て働けってことだ。エリも侯爵家で大臣職だけど基本的に来ねぇから」
「エリさんは侯爵で大臣だったのですか…そんな方とは思わず…失礼してしまって…」
「そんなこと大して気にもしねぇ性格だから気にすんな。エリの場合は仕立屋っていうこともあるが、帝国内外の情報を集めている」
 廊下の途中の重厚な扉を開けると…どっしりとした執務机や本棚、雑然と置かれた書類や資料。

「ちぃーーーっと散らかっているが…俺の仕事場…執務室だな」
 ツキヨは来客用の革張りの長椅子に促されて座る…滑らかな革で座り心地がいい。
 どんとアレックスも座ると扉が叩かれて中に入るように言う…とティーワゴンを押してレオが入ってきた。
「レオさん!」
「ツキヨちゃんもお茶にしない?いろいろ疲れたでしょう?」
 若草色の瞳が優しく微笑んでいる。
「はい、ありがとうございます」
「レオもこの帝国の宰相だ」

「え…」

 思わず固まってしまったツキヨだった。



--------------------------
「あの…本当にすいません」
「いやいや、俺もこのままでいいんで」
 レオとツキヨはお互いにぺこぺこと頭を下げていた。

親子マルセルとツキヨで似てる】

 これ以上、驚くことはないのかとアレックスに確認をした方がいいのかとツキヨは悩んだ。
「ツキヨは条約締結記念の大舞踏会って知ってると思うが、その際にお披露目も兼ねて皇帝の婚約者として参加してぇと思ってる」

「え…」
 また、固まったツキヨだった。

 固まるのも無理はない。
 条約締結記念の大舞踏会はエストシテ王国で毎年開催されているが貴族で成人した16才以上は国中から参加をするのが習わしとなっている。一つの街ができるくらいの人数が集まるので王都内でも出店が出たりしてちょっとしたお祭り騒ぎになる。
 昨年、ツキヨは16才ではあったが使用人として働いていたため、成人として夜会には参加すらしたことがなく父の名代としてマリアンナや義姉妹が王都へ大舞踏会へ行く姿を見ていただけだった。
 一泊する必要もあるため三人分のとんでもない量の大荷物をまとめた覚えがある。
 土産話に国王を始め、王妃や側室、高位貴族たちが煌びやかなドレスに身を包み華麗に踊り、美酒美食が饗されて夢のような集まりだったと。
そして…「なんとか様が婚約されていた」「何々侯爵が素敵だった」「独身の貴族の息子に声をかけられた」「お見合いをする用意を…」「側室のヨハンナ様の着ていたのと同じドレスが欲しい」…と騒いでいた。

 そんな華やかな舞踏会でも皇帝の席は空席で毎年同じ内容の挨拶の手紙が読まれるだけだった。

 三人は「所詮は魔物の王。牛のような顔で角が生えて牙があって凶暴で乱暴で粗雑なものであり、華やかな席に自ら参加をしないと判断するくらいの知性があるのだけは褒められるわ」というのが感想だった。

「面倒臭いから行かなかっただけだ。ただ、今回はツキヨを俺の愛する女…可愛い奥様(予定)を紹介をしておきてぇんだ。ツキヨの顔が分かれば、おかしなやつも手を出さなくなるからな」
 ツキヨはあの好色な公爵の顔を思い出して身震いがした…が、アレックスがそっとツキヨの隣に座り肩を抱きしめた。
「こーてーへーかの奥様に手を出す馬鹿はいねぇよ。俺はツキヨに誓った…俺が守る。安心しろ」
 こめかみに軽く口づけた。
「仲のいいことも見せておけば尚いいかと」
 レオも簡単に言う。

「え…」
 再び、固まったツキヨだった。


「ドレスは今、布の用意をしている。それをエリに仕立ててもらう予定だ。まさにお披露目に相応しいものだ」
 アレックスはニカニカと笑う。
「もしや、以前見せてもらったあの不思議な糸ですか?」
「そうだ。それを布にして最新のドレスに仕立てて舞踏会へ行く」
「あの…つまりそれは…母の織機が完成をしたのですね?!」
「おう。近く見に行くか。織機もどんどん作るように頼んである」
「はい!ぜひ、連れて行ってください!母の織機を…見たいです!!」
 ツキヨは思わず飛びつく勢いでアレックスに抱きついた…そしてツキヨに顔が見えないのをいいことにデレデレとしていた。

 二杯目の温かい紅茶がレオによって淹れられた。

「婚約に関してはこれで滞りなく進むかと思うので…あとは落ち着いたら式をする…となる…。それは城でやるのか?それなりに人が集まることになるけど…」
 1人の応接用の椅子にレオも座っている。
「まぁ、ここでいいだろ。他に広いとこもねぇんだし。作るもんでもないだろ」
「せっかくだから季節のいい時期にちょっと豪奢な雰囲気の屋敷を建てて、そこで式をしたら他の貴族や裕福なやつらも真似をして同じことをすれば経済も動くと思う。それがだめなら迎賓館として使うとか…公共事業として短期的だけど雇用にも繋がると思うんだが…」
「それも考えたが、一時的なのはどうかと俺は思うんだよな。中長期的なものならいいけどよ…あぁ、そうかそこで完成後にそこの人員として雇うのもいいな」
 ツキヨはアレックスとレオのあーだこーだと規模の大きすぎる話を聞いているだけだった…。

 そして、この大規模な話を聞いて皇帝陛下の元へ嫁ぐことを初めて意識した。
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