闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-41

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 朝食を食べ終わり、アレックスが話をしたいということでツキヨは応接室へ移動をして向かい合うように座った。
 今日の応接室も清々しい生花が生けてありすっきりとした香りがしている。窓から曇り空が見えるが気分がよかった。

「…あー。知り合いがこれを届けてくれた」
 胸ポケットから封筒を出してツキヨに渡した。
「これ!これは!お父様!?お父様の字です!!」
「あぁ。この間の返事だろう…」
 まだ、読んでもいないのにツキヨの黒い瞳が涙で潤んでいる。
 蝋封の家紋を懐かしむように触れてから…そっと開封をした。

 一文字一文字を慈しむように読む。
 手紙への感謝と今までのことへの謝罪…健康で仕事に勤しむ日々…マリアンナたちは相変わらずだが元気にしている…ダンとルルーはフリージア領のツバキ伯爵の別荘番兼料理人として働いている…とにかく今は待っていて欲しい等が書いてあった。
 そして、最後に必ずツキヨに会いに行くのでそれまではアレックスの家にいてほしいこととアレックス宛に感謝の言葉が書いてあった。

「父は…元気にしている…みたいです。会いに来るのでそれまでアレックス様のところで待っていて欲しいと…」
 ぽろぽろと涙が零れて止まらないツキヨにアレックスはハンカチを渡す…あっという間にハンカチは涙で滲む。
「それでいいじゃねぇか。俺はツキヨと一緒にいられるんだ…何も問題はない」
 長い手を伸ばし涙で濡れるツキヨの頬に触れる。
「…はい。ありがとうございます」
 そっと大きくて優しい手に手を重ねた。

「それから…手紙と一緒にこれをツキヨに渡してほしいとか…」
 小さな包み紙をツキヨに渡す…カサカサと開封をすると中かからコロンとした小さな球根が出てきた。
「これは…庭師のオジーがくれた球根です!なんの球根かは分からないけど住んでいた小屋の入口に植えていたのですが…」
「どんな花が咲くかはわかんねぇのか…うーん。植えてみるか!」

 アレックスは応接室の窓を開けて、外に出る。
 曇り空から太陽が出てきて整えられた芝生や植栽を照らす…ツキヨもついていくと日当たりのよさそうな一角を躊躇うことなく土を手で掘り始めた。
「アレックス様!手が汚れます!私が…」
 ツキヨもしゃがみ込み土を掘った。
 穴は、少し深めだが球根をコロンと置いた「どんなのが咲くのか…俺は詳しくねぇから楽しみになってきたな」にっこりとアレックスは笑って2人で優しく土をかけた。
「オジーは『心が表れるような美しいお花ですよ』と言っていましたが…」
「それならきっときれいなやつだな」
 ツキヨは赤くなり俯いた。

 じょうろで水を撒いて手を洗って応接室へ戻った。

 座ると扉を叩く音がしたあとにティーワゴンを押すフロリナが入ってきた。
「今日は遠い西の国のハービービル王国の珍しいお茶です…緑茶ですが苦味も少なくて飲みやすいですわ」
 白磁にエメラルドグリーンのような美しい色の茶が淹れられた。涼やかな茶の香りが広がる。
「すっきりとしていい香り…お肉とかたくさん食べたあとに良さそうですね」
「へー。こんなのもいいもんだな。俺も嫌いじゃねぇな」
「茶葉専門店でもたくさんは入荷しないそうですが、お気に召したらまたご用意しますね」
「フロリナも一緒に飲みましょう」
「よ、よろしいのですか?」
「たまにはフロリナも一緒に休憩しましょう」
 ツキヨがにっこりと笑うとフロリナも観念をして一服した。

「うーん…なぁ…ツキヨ…昼のあとに…ちょっと一緒に来てほしいところがあってよ…いいか?」
 珍しく歯切れが悪いアレックスからの誘いを不思議に思ったがツキヨは首肯をした。

 昼食後、外出の準備をするとアレックスがツキヨの部屋に現れた。
「お待たせして、すいません。馬車も待たせてしまって…」
「いや、今日は…馬車で行かない。俺の…影移動で行く」
「え?影?」
「質問は後だ。んじゃ、フロリナちょっと行ってくんからな」
 ひょいと、ツキヨを片手で抱き上げて「少し目をつぶってろ!」と言うが早く影に身を投じた。

 …。
 ……。
 ………。

「おう、いいぞ」
「ん…?え…一体何が…」
 抱きかかえられたまま辺りを見回すとツキヨの部屋ではなく…堅牢な壁に帝国旗が飾られていて、数段高いところには赤い絨毯が敷かれている。そして、座るものを待っているかのように豪奢な椅子が2脚設置されていた。
 周囲には誰もおらず、しん…としている。

「あの…移動も不思議ですが…ここは???」
「まずは移動は影移動という。魔気を使って自分の影に潜って一瞬で移動をする術だ。魔気の強いやつが使うもんだ」
 ツキヨはぽかんと口を開けたままだった。 
「それから…ここ…ここは俺の仕事場だ」
 仕事場とアレックスは言うがツキヨはなんとなくアレックスが『帝国のある程度偉い人』とは思っていたので「ここは…ゴドリバー帝国のお城…ですか?」と尋ねた。
「あぁ。ここは城であり俺の仕事場で…そして、を治める仕事をしている…」
「ここを治める…仕事…。あの、文官とか?」
「いや…」
 抱きかかえたまま、階段状になった上にある豪奢な椅子にツキヨを座らせた。
「あの…こ、このような椅子はもっと王様たちが座るものでは…勝手に…座っては…」「いや、俺がいいから座らせた」アレックスは言葉を遮って一呼吸する。

「俺の許可があれば問題はない。ツキヨに座ってほしいんだ」
「問題が…ない?」
 疑問の尽きないツキヨの前に立ち、黒い瞳を見つめる。

「私は…ゴドリバー帝国の皇帝アレクサンダー・トゥルナ・ゴドリバー・シリウスという。そして、それがこの私の仕事だ」

「皇…帝…陛下…?」
「そう。この帝国を治めている皇帝だ」
「ア、アレックス様…い、いえ!皇帝陛下!」
 椅子から立ち上がり、慌てて頭を下げ…ようとするとアレックスが押し止めて座らせるが「でも、でも!そんな恐れ多い!!」弱い力で立ち上がろうとする。
「ツキヨ。座ってくれ」
 普段よりも威厳のある声で言われてからまた座った。
「騙されていた…と思うかもしれない。でも、あんな酷い状況でツキヨに出会って俺はすぐに恋に落ちた…そんな俺をただのアレックスとして見て欲しくて…身分という膜を張りたくなかった。もちろん、ツキヨが身分で人を判断するような人ではないとは分かっていたが。そう、皇帝…とは言うがただの卑しい男だ。
身分が邪魔というなら反吐の底の吹きだまりにでも捨ててやる。
俺は…ツキヨの前では毎日ただのツキヨを一番愛する男でいたかったんだ…」
 菫色の瞳が何かを恐れるようにぎゅっと閉じた。

「皇帝陛下…いいえ。私の愛するアレックス様のお仕事は国を治めること。皇帝陛下という難しいお仕事をされている方なのです。
むしろ、私こそ…このようなものでいいのか、と。もっと相応しい方がいるのではないのかと…」
 俯くと黒髪がさらりと動く。

「俺に…相応しいのはツキヨだけだ。強くて優しくて…そして美しい…俺のツキヨ。この卑しい俺を許してくれ。愛してる。結婚をして一生そばにいてくれ」
 俯く黒髪の主を掻き抱き、口づけをした。
「はい…アレックス様の隣に一生います」
「死ぬまで離さない。俺のそばから離さない。離れることも許さない。こんな玉座なんていらないといえばいつでも捨ててやるからな」
 熱い…長い口づけが続いた。 

 お互いの唇に2人分のしょっぱい液体が滲み込んできていた。
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