闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-46

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「ん?何だ?」
 アレックスは視線に気づいて本から目をあげた。
 全裸で。

 この際、全裸であることは気にしないことにした。
「あ…その…私…ア、アレックス様と結婚をしたら…こ、皇后になるのですか?」
 しおりを挟んでぱたんと本を閉じて机に置いた。
 全裸で。

「そうだな。俺がここの皇帝であるから立場は皇后陛下になるぜ…もしかして、俺の代わりに女帝になって仕事してくれるのか?!」
「そんな仕事、無理です!アレックス様が頑張ってください…そ…そうです、私はあの布を織ることを生活に困っている人たちに教えたりしますので…あとは…お願いします…」
「いつでも代わってやるからな!」
「いいえ…大丈夫です。こ、皇后…でも心配なのですが…」
「んー。別になんもないぜ。ツキヨが帝国で何か役立つことだったら立案して施行すればいい。あとはたまにどっかの国から王様とか来るときにこれからは俺たちも挨拶でもするかな。今まで
 最後の一口が残っていたグラスをぐいっと飲んだ。
 全裸で。

「なら、ここのお城に住んだ方がいいのでしょうか…」
「広すぎて不便だからいつもの家でいいんじゃねぇの…広い分、経費がかかるし勿体ねぇんだよこれ。いらねぇくらいだ」
 壁をこんこんと叩く。
 全裸で。

「ツキヨも馬車で来れば遠くもないし…必要に応じて通えばいい」
「わかりました」
 俯くツキヨ。
「ん?どうした?なんかもっと心配なのか?」
 アレックスはツキヨの隣に座る。ベッドが軋む。
 全裸で。

「せめて…下着を…」

 しぶしぶと下履きを履いた。


「私…人間です。アレックス様は…魔人…魔族です。私は長生きしてもあと50年くらいしか一緒にいられません…それが辛いです。いつか別れは来るとは理解していますが…一番それが…怖いのです」
 俯いたツキヨは震える手でアレックスの手を掴んだ。ベッドの掛け布にぽつりと何かが一粒落ちた。
「私は…先にこの世からいなくなることは人であれば仕方がないと思ってはいます…でも、ずっと一緒にいたいと…ずっとではなくても少しでも長く、と。
どんどん、欲張りになってきて…う…ぅ…ぅ…」
「ツキヨ…」
 嗚咽するツキヨを落ち着かすように抱き締める。
「ツキヨ…よく聞け。大丈夫だ。ずっといられる方法があるんだ…帝国も長い歴史があるんだぜ。そうしたら偉いやつが人間を愛することもある…そうなると…魔族もその愛する人と一緒に長くいたいと思うのは同じでね…さすがに永遠は無理だぞ。
大したことはないが、結婚して…儀式をすれば今の年齢で魔族の年齢くらいにすることができるんだ」
「え…?!」
「ただ、これは愛する者同士でしかできない儀式なんでね。結婚したら儀式をしよう…そうすればツキヨも可能な限り長く生きられる。安心しろ…俺と長く…一緒にいよう」
 抱きしめるツキヨの額に口づけた。
「魔族の年齢になる…のですか?私は17才ですが…何才くらいになるのでしょう?」
「んー。だいたい340才だな」
「さ、さんびゃくよんじゅうさいっ!!!????」
 涙は一瞬にして止まった。

「…一気におばあちゃんな気分になりますね…そういえば…アレックス様は何才ですか?」
「う…やっぱり…そうきたか。お、俺は人間的年齢は45才前後だ。このくらいから成長は遅くゆっくりとこのまま年齢を重ねていくんだ」
「魔族的には…?」
「えーーーーーっと、言わないとだめ?」
「だめです。知りたいです」
 にっこりとツキヨは笑顔で聞いた。
「うぅ…もう数えるのも面倒だからだいたいになるけど…900才くらい…」
「きゅ!きゅう!ひゃく!!!900才!!!!」

「わーあああぁあぁ!こんなおっさんで…すいません」
 おっさんと初めて認めたアレックスだった。

「あ、いえ。その…お互い長生き?しましょうね…」
「お、おう…」
 ツキヨはしょげているおっさんの肩をぽんぽんと叩いた。

「ツキヨは女だから…その…欲しいよな…あの…こ、子供」
「え、はい。純粋に欲しいですが…国としても後継者がいないと…次の皇帝陛下がいなくなりますし…」
「んー。これはツキヨが人間だからっていう訳でもないんだが、魔族っていうやつは特殊でね…魔気が強ければ強いほど出産率が低いんだ。相手が魔気のない人間でも生まれにくいんだ。だから、子供がもしかしたら…」「いいえ!可能性が低いだけで全くダメなわけではないのですから、そんなこと言わないでください!今は二人でいたいです!子供は…いつかでいいです!」ツキヨはアレックスの腕を抱きしめた。
「…今は…今は…アレックス様と一緒でいいんです!」
「そうか…ん。そうだな。俺もツキヨと一緒にいたいぜ。それに俺の子供が継ぐかはなんとも言えないんだ。
弱肉強食が不文律なこの帝国では、俺が皇帝位を奪い取ったように継ぐのが子供という訳ではない。俺の親父もおふくろも高位魔人で皇帝でも何でもないし、俺は一人でこの地位を力で手に入れたんだ」
 アレックスはツキヨを抱きしめた。
「確かにツキヨに似た可愛い子供がいたらいいけどよ、なかなか…難しいと思う。歴代の皇帝の中には後宮に側室が100人もいたなんていうこともある。俺はそんなもんはいらねぇし。ツキヨだけでいいんだ。この地位がほしいなら欲しいやつにやればいい。可愛い奥様がいればいい」
「後宮は作らないでくださいね」
「…まぁ。後宮に興味はあるが」
 ちゅっと鼻先に口づけようとしたらアレックスに枕が飛んできた。

「ひどぉい…」
「勝手に後宮でもなんでも作ってください!!!!」
 掛け布にプリプリとくるくる巻きになってツキヨはベッドに寝た。
「寝るなよー。俺が悪かったからよぉ!」
「知りません!もう、寝ます!」
「せめて、掛け布を独り占めしないでくれよぉ…」

 そのまま、ベッドの隅で小さくなってアレックスは寝た。



---------------------
「うー…俺の奥様は怖い」
「そんなことはありません!」
 王城内の私室のダイニングでいつもと変わらない朝食を給仕されて食べる。
 レオとフロリナはいないが料理はおいしい。

「アレックス様が悪いんですよ」
「反省しました…女帝陛下」
「ならよろしいです…うふふ…」
 そっと、小さくちぎったパンをアレックスの口に運んだ。
「ありがたき幸せでございます」

 そんな楽しい光景を城の使用人やメイド、料理人たちがほほ笑ましく見守っていたのは結婚式後の帝国内のかわら版に掲載されて初めて知るのだった。

「ツキヨは屋敷にいったん戻るか…俺は仕事があるからまだ城にいるからな。また、夕方には戻るから待っていてくれ」
 私室でアレックスが額に口づけして、桃色の唇にも触れる。
「はい。球根にも水をあげないといけませんね」
「重要な仕事だな!」

 こんこん…
「陛下…ツキヨ様の馬車が到着いたしました」
「お、迎えがきたな…」
「はい」

 ツキヨは影移動で来たので玄関やその周辺がどうなっているか知らずにいたため、玄関ホールの広さや階段の手すりの装飾、飾られた絵画や彫刻、敷き詰められた絨毯…に驚くばかりだった。
 ホールだけでツキヨの実家の1階部分が入ってしまいそうな広さだった。
「正面玄関だから広いけどよ、普段使う方は小さいから安心しろ」
 なにをどう安心したらいいのかわからないツキヨだった。

 いつの間にかメイドたちが玄関にツキヨを見送りに集まって来ていた。
 新しい女主人を歓迎するかのようにみんな笑顔だった。
「おう、今日もよろしくな」
「はい。お館様。ツキヨ様をお屋敷まで安全にお送りいたします」
 いつもの御者が挨拶をして、馬車の扉が開くとアレックスがツキヨの小さな手を取り乗せる。
「では、アレックス様。先に帰りますので…」
「あぁ。またあとでな」
「それでは出発いたします」
 御者の声で馬車は軽快にカラカラと走り出した。

 玄関先にいるアレックスたちが手を振っていた。
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