闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

文字の大きさ
63 / 154

闇-63

しおりを挟む
 新月から月は日々膨らみを増し、明日はついに満月の日となり舞踏会が行われる。

 主催はゴドリバー帝国ではあるが開催場所はエストシテ王国で行われる。その王国内の王族、貴族は16才で成人した者であれば参加を認められ、また今まで一度も参加をしなかった帝国の皇帝が主催者としてもてなすとして、今回は特別に他国の王侯貴族が帝国名義で招待をされている。

 城の近くに邸宅のある貴族たちは例外として、王都や周辺の大きな町は遠方から来る貴族や商人達が高級宿へ宿泊をする。そして、町は物見遊山な見物客、露天商などが多くいつもより賑わいをみせていた。


「ウィリアム…これで私たちもあんなクソみたいな片田舎からおさらばですわね…おほほほほほほ!」
「もちろん、その舞踏会の薔薇となるのはマリアンナたち…素晴らしい…」 

 美しい会話が馬車の板敷の座席で語られる。
 カトレア男爵領内を行き来している小さな乗合馬車を舞踏会のためにマリアンナたちは老御者に格安で無理矢理に貸し切って王都までように大量の荷物を載せて、それでも乗りきらないものは馬車へ括りつけて王都近くへやってきた。

 老御者は人より馬が心配で生きた心地がしない。彼らの泊まる王都の安宿になるべく早く到着して自分よりも馬を休憩させてやりたかった。 

「お母様。わたくし、アルフレッド様へお贈りする愛の詩を1237作も書きあげて…この一冊の本へまとめましたわ。永遠の愛が明日、誓われるのですわ!」
「きっと喜ばれますわ!わたくしもニール様のためにハンカチに刺繍をいたしましたの…これがマリスス家の愛の思い出としていつまでも語られていくのですわぁ…」

 大荷物でガタガタと壊れそうな馬車内でキャキャと騒がしい会話…ただでさえ今も不機嫌な馬の負担にならないか、それだけが心配だった。



-------------------------

「開催の挨拶の文章はどーてもいーだろー…レオー。てきとーに例文集から書いといてくれ」
「これはもうまとめてあるから確認をしてくれ」
「助かるぜ…えーっと『我は暗黒の風を纏う、帝国の魔王である。この世の家畜である人を今宵から支配を…』…おい!なんか変だろ!!」

 丸めて投げつけようとしたらとっくにレオは逃げていた。

「くっそー。結局、まとめさせられるんだよな…」
 珍しく屋敷内の執務室に閉じこもってアレックスは挨拶文を書きまとめた。


「アレックス様…お茶にいたしませんか?」
 ツキヨとフロリナがティーワゴンを押しながら執務室へやってきた。
 ワゴンの皿にはスコーンが大盛りにのせられているのを見て、アレックスは執務室の応接用のテーブルの上の書類やペンを窓から放り投げてスコーン様のためにスペースを広げた。
 
 フロリナが紅茶を淹れ、ツキヨがアレックスの前にカトラリーなどのテーブルセットを置く…ほんわりと花やハーブの入り混じったようないい香りが鼻腔を刺激をする。
 ちらりと見るといつもの肌と違うような血流の良さが頬を健康的に紅く染めている。色白の肌もいつもよりも艶々として唇は零れ落ちそうなほど熟れた赤い実のようだ。

「お館様…決してお触れにならないでくださいまし…」
 芸術品を作り上げた芸術家がアレックスの背後へ回って忠告をして殺害予告、部屋を後にした。

 アレックスは背筋に汗が一筋流れるのを感じながら紅茶を一口飲んだ…。

「うふふ…お疲れ様です」
「あぁ…ここしばらく、ずっとバタバタしていたからなぁ…ツキヨともちっとも遊んでねぇからつまらねぇよ」
「で…でも…もう、見てもらってますが明日はやっぱり一番にアレックス様にドレスを見て欲しい…で…す」
 さっき観察をし過ぎて忠告を受けたツキヨの頬がより赤くなる。
「当然だ。俺の一番愛しているお姫様のドレスは俺が全部ちゃんと見てやる。本当は俺しか見せたくねぇな…ずぅっと見て、城まで抱き締めていてやるよ。あぁ、会場でも俺のそばから離れないように抱き締めていてやる…」
 身を乗り出してツキヨの赤い実に軽く音を立てて口づけると、また赤くなるがアレックスはどこまで赤くなるのか疑問だった。

「あああ…あ、あの!!!わわわ私…アレックス様の正装姿を見てみたいです。どのようなものですか?エストシテ王国の国王陛下が着ているキラキラした感じで長いようなものでしょうか?」
「正装も何年も着てねぇからな…前にエリに誂えてもらったヤツを着るけど、今回『俺の正装』として少しだけ手を加えたりしてもらった。まぁ、俺はツキヨの引き立て役だ…ツキヨが一番のお姫様としてニッコリしていればいい」
「た、楽しみにしていますね」
 落ち着くためにツキヨは紅茶に口をつけ、そしてアレックスの正装を想像してみた。あの、絹のような長い髪や美しい菫色の瞳がどのように煌き、彩りとなるのか…ツキヨも楽しみだった。

「そういえば、私、アレックス様の正装の試着とかを一度も見ていないのですが。少しずるいです!」
「俺は乙女だからな。当日のお楽しみだ」
 パクっとスコーンに齧りついた。

 釈然としないツキヨだった。


-------------------------

 ブヒヒン!ブヒヒン!!!!!ブヒヒィンー!!ドス!ドス!

「おうおう、落ち着け。もうあとはゆっくり休んで帰ろう。辛かったろうよ…飼葉と水と…ほら、特別に角砂糖だぞ」
 老御者は普段は逢引宿だが舞踏会時期だけ安宿になる宿泊先にマリアンナたちを降ろして、近くの馬車停まりで馬を労わっていた。
「今夜はここでゆっくり休んで帰ろうな…本当にひどい一日だ…あんなのが男爵様の奥様だとは…」
 ブヒヒン!ブヒヒン!
「お前も怒っているのかい?ははは、領内でもひどい女だと有名だもんな…」

 首をザッザッとブラッシングをしてやった。




 ここは王都の近く…ではない中規模の町だ。通常の馬車でも王都までは30分はかかるが、王都に近ければ近いほど宿は高額でマリアンナたちはかき集めた金ではここが関の山だった。
 愛人であるウィリアムは妻から資産を押さえられてほとんど現金がない。
 
 マリアンナとウィリアムは娘らが嫁ぐのに合わせて持っている資産を二束三文で売却をしてここまで来た。
 男爵邸を売却をして無くなっても、マリスス公爵家へ嫁ぐ娘のいずれかの家でメリーアンやミリアンから上手い具合に説明をすれば暮らすことくらいは問題はないというのがウィリアムの考えだった。他の借金もあの手この手で公爵家が返済をしてくれる可能性もあるだろう。

 マリアンナも高貴な公爵家へ嫁ぐのにあたり、みっともないドレスはよくないだろうと三人で新調をしたが今回はいつもより奮発をしてしまいまた借金が増えた…しかし、それもアルフレッドとニールの元へ娘が嫁げば妻のドレス代とでもすれば何ら問題はなく平穏無事で大団円で終わってしまうこと…と。

 きっと、この饐えた臭いのする固いベッドの安宿に四人で泊まったこともいつかの笑い話になるだろう。
 あんなしけた男爵家に嫁いだことが全ての間違いだったのだ。

 そういえば、あの黒髪の悪魔の娘はどうなったのか…とマリアンナは不意に思い出した。
 売っても大した金額にもならなず役にも立たなかった地味で呪われた姿の娘…もっと金になる方法をウィリアムと相談をすれば良かったとマリアンナは後悔をした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

追放された王女は、冷徹公爵に甘く囲われる

vllam40591
恋愛
第三王女エリシアは、魔力も才覚もない「出来損ない」として、 婚約破棄と同時に国外追放を言い渡された。 王家に不要とされ、すべてを失った彼女を保護したのは、 王家と距離を置く冷徹無比の公爵――ルシアン・ヴァルグレイヴ。 「返すつもりだった。最初は」 そう告げられながら、公爵邸で始まったのは 優しいが自由のない、“保護”という名の生活だった。 外出は許可制。 面会も制限され、 夜ごと注がれるのは、触れない視線と逃げ場のない距離。 一方、エリシアを追放した王家は、 彼女の価値に気づき始め、奪い返そうと動き出す。 ――出来損ないだったはずの王女を、 誰よりも手放せなくなったのは、冷徹公爵だった。 これは、捨てられた王女が 檻ごと選ばれ、甘く囲われていく物語。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

処理中です...