闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-65

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 カラカラ…と軽快に城に向かう。開催時刻まではあと少しなので行き交う馬車は少なく楽に城近くの馬車停まりに来ることができた。
 特別な招待客や高位貴族であればあるほど城近くに停めることができるため、御者は衛兵に停める旨を告げる。

「失礼ですが、こちらの馬車はどちらの方が乗車されていますか」
「本日、皇帝陛下よりご招待をされたサウザリフ王国シリウス公爵家でございます」
「大変失礼をいたしましたことお詫びいたします。馬車はこちらへ停めるようお願いいたします」

 御者は人馬一体となり馬を操り、指定の場所へ停めた。

 先にレオが降りて、レオはフロリナの手を取り降ろすとアレックスが降りてツキヨの手を取り、地上へそっと女神を降ろした。
 周囲の衛兵や残る貴族らは目に止めることもなく城へ入っていく。

「いってらっしゃいませ」
 御者はにっこりと送り出してくれた。

***

 彫刻の施された門をくぐると、広い玄関ホールに入る。
 美しいシャンデリアが煌々と輝き、ホールの中央には贅をこらした大きなガラスの壺に花が生けられ、有名な絵画が出迎えてくれる。
 ホール全体、左右対称に二階へ向かう螺旋階段にも毛足の長い豪華な赤い絨毯が敷き詰められていて贅沢な雰囲気を醸し出す。
 大舞踏会は城の一番の広い広間で行われ、庭もこの日のために花々を植えて整えられて解放される。

 廊下を歩けば、美しいドレスで着飾った女性やエスコートする男性が通り過ぎ、16才で成人したばかりなのか初々しい新緑色のドレスが似合う女性が父母らしい人と恥ずかしそうに歩いている。

 レオはそばにいた城の給仕に「サウザリフ王国シリウス公爵家」の控室を案内するように伝えると、さっと一礼をして広間の裏の廊下を抜けて庭のよく見える一部の招待客だけに用意された控室の並びの一部屋へ案内をする。
 
 贅をこらしてあるのは部屋も同じくで全てが凝った意匠、有名絵画、高級な椅子とテーブル…目は痛くならないがツキヨは王城がこんな贅沢な造りになっているとは知らず、ぽかーんとしてしまった。

「お城はいろいろ飾られていて凄いですね…招待客用とはいえ家具も高そうで…」
 高級でおしゃれな長椅子の座り心地はいいがアレックスの城を見慣れているせいか城全体が派手に見える。
「各国いろいろな方針はあるとは思うけど国民のために使うならまだしも、これでは税金が高そうですねぇ…」
「確かにレオさんが言う通り、父は今の国王様が即位してから毎年高くなると嘆いていました」
 フロリナが人数分の紅茶を淹れるティーセットも有名なものでなかなか手に入らないものだ。
「ここの国王も側室だかに入れ上げてるんだろ?税金なんてドレス代だ宝石代だになるんだろうよ」
 装飾が見事な鏡台でアレックスは髪の毛を直していた。



 カラーン!コローン!カラーン!コローン!

 城の中央塔にある鐘が大きく鳴り響く。鐘は普段は時刻を知らせることを主な仕事としているが今夜だけは舞踏会のために夜勤をする。

 広間や城周辺から『わぁ!』といったような声が聞こえる。
 
「おい、皇帝陛下がまだ到着されてないぞ!」
「控室にもいないし、一体どういうことだ?!」
 廊下を衛兵や給仕たちがバタバタ走っていく。

「アレックス様…大丈夫なのですか?名前も…」
「最初から俺が皇帝だってわかったら面倒臭いだろう。気も使うし、もっと早く来ないとまずいし…やっぱり、ツキヨが女帝をやってくれないかなぁ~?」
「絶対にだめです!そんなことばかりして…あぁ…皆さんあんなバタバタして…」
 ツキヨはフロリナとこっそり扉を開けて様子を見る。

 侍女や侍従、メイド、衛兵が誰か何か知らないか情報を集めている。

「さすがに皇帝陛下が初めて参加するという日ですから、これ以上いないことにするのは問題かと思われますが…」
 扉を閉めてフロリナが城の関係者に同情をする。
「俺がなんとかしよう…」
 扉をレオが開けていると30代くらいの侍従が走ってきた。

「あー。失礼…」
 レオが口を塞いで侍従を部屋へ連れ込んだ。
「んー!?!?!?」
「皇帝陛下をお探しだろう?」
「んー!んー!」

 レオは右の人差し指からつぃっと蜘蛛の糸より細い糸を出すと侍従の右耳へそのまま押し込むと糸はするすると耳の中へ勝手に入り侍従は涙目で困惑をしている。
 その侍従の糸を持ちレオは糸に向かって優しい声で語りかけた。

『ゴドリバー帝国の皇帝陛下は事情により到着が遅れている。到着は王が皇帝陛下を紹介する前には到着するので問題は一切ない』

 そして、ツン!と糸を引いて切った。
 ハ!と侍従は「え?え?」とした顔をする。
「今、扉を開けたら君がいて…扉を足にぶつけてしまったのだけど、大丈夫かい?」
「え、あ?さ、左様でございましたか!ご心配いただき有難うございます。足は問題ございません」
「そうか、よかった。足を止めてしまって悪かったね」
「いいえ。失礼いたします!」
 バタンと侍従は出て行った。

「これで彼の口から問題はないと広まるだろう…これも、面倒臭がりな誰かのせいなんだけどよー。まったく…余計な手間を…」
「聞きたくもない美辞麗句にまみれて似たような内容のご挨拶を半日聞いてみるか?楽しいぞ」
 文句も言う気力もなく四人で溜息交じりに紅茶を飲んだ。

 しばらくすると、廊下からは「到着が間に合うみたいだぞ」などと聞こえた。


 広間からはゆったりとした音楽が演奏され始めたようで一緒に笑い声なども聞こえる。
 この曲が落ち着くころには王家一同が会場入りして挨拶をしてから皇帝が主催として表れることになる。

 王国所属の楽団の演奏は素晴らしくツキヨは聞き惚れてしまっていた。夜会、舞踏会…初めての参加で緊張はしている。ましてや通常の参加ではなくお披露目も兼ねている…と考えたら一気に緊張が最高潮になる。
「ツキヨ…茶ぁ…飲むか?」
 隣のアレックスがすぅっとツキヨの腰に優しく手を回して体を寄せる。フロリナが確認をするが皺など問題はないと判断をされたらしく、お咎めはない。
「えぁ?はぃ?…あ…お茶…いただきます…はい…」
「ふふ…可愛いなぁ…手が震えて…」
 手に唇で触れる。
「こんなに緊張して…俺の一番のお姫様が震えて可哀想に。帰ろうか?」
「そ、それは…」
 そのままがっしりと抱いたままツキヨの耳元で低い声が響く。
「俺がいるから安心しろ。怖くもねぇ。この世で一番可愛い俺の奥様でお姫様…大丈夫だ、心配するな」
 ツキヨの耳朶に優しく触れた。
 カチャと新しい紅茶がフロリナが監視をしながら淹れた。
「ほらよ、茶ぁを飲め…甘いのがいいぞ…」
 砂糖と牛乳多めにしてアレックスはカップをツキヨに渡すがふーふーと吹いて冷ます。
「ツキヨはお子ちゃまだからなぁ…ふーふーしないとすぐに舌を火傷しちまう…」
「そ、そんな!お子ちゃまじゃありません!」
 カップをツキヨは受け取る…悔しいがカップはちょうどいい温かさで優しい香りにつられて一口飲む…身に温かさと甘味がじんわりと広がり沁みていく。
「お…おいしいです」
「だろ、俺はツキヨのことはなんでもお見通しだ」
 また、そっと耳朶に触れた。

 気がつくと緊張という言葉はどこかへ飛んで行ってしまった。


 広間から聞こえていた音楽はそろそろ終わろうとしている。
 王族が集まってきたのか警備の衛兵や近衛騎士たちも慌ただしい…王の声だろうか一際笑い声が大きく、下品な言葉を言っているが窘めるものがいない。
 時折、女性の甘い声が聞こえるもののそれ以外の声は聞こえない。

 音楽が終わり拍手で演奏家たちを称える。
 今度は王家を称える荘厳な曲が流れ始める…「わぁ!」と歓声が響き渡り拍手で王族を迎える。
 トルガー国王とアリシア王妃夫妻、長男のユージス王太子とエレナ王太子妃夫妻、妹のアリス王女、次男のケイン王子…が揃って壇上へ上がる。
 壇上真下の1人用応接椅子には豪奢な金髪が美しい今一番の側室ナールディア・ドゥ・チュールプ侯爵家令嬢が美しい白いレースの扇子を広げ優雅に座っていた。
 相変わらずコルセットに固定され、襟元がきっちりとしている形が基本だが、王国で一番流行のドレスは胸元にレースを縫い込み、あえて細かいレースで肌が見えないようにするものだった。レースは細かいほど高価である種それは富裕層の証でもあった。
 ナールディアも繊細なレースを惜しげもなく使い、その同じレースで作らせた扇子を自慢するようにゆったりと扇いでいた。
 
 前の一番の側室のヨハンナ・ドゥ・マリスス公爵家令嬢は体調不良で宿下がりをしているため、座るナールディアが側室として権勢を誇っているのが一目瞭然だった。
 チュールプ侯爵夫妻は娘の近くで誇らしげで、一方でマリスス公爵は何事もないように隅の方に立っていた。

「我々、王家は親愛なる国民たちのため約200年前に戦争を幾度と繰り返した隣国ゴドリバー帝国と平和条約締結をして、それ以来不可侵の関係ではあるものの交流を行い、人と魔族が平和に暮らせる世となり、そして、今年もその平和と友情の証としての大舞踏会がゴドリバー帝国皇帝陛下のご主催のもと当城で盛大に開催をさせていただくこととなりましたことを深く感謝申し上げます。
皇帝陛下におかれましては常にご多忙で参加が叶わぬことが多く、それでも開催のたびに不参加のお詫びと感謝の書状を当家へお送りいただいたことは両国の平和の架け橋となり続けることになりましょう。
そして今年の開催にあたり、ご主催である皇帝陛下がご臨席をなされるとなりましたことは大変光栄でございます。
エストシテ王国の国王として皇帝陛下並びに本日はご婚約者様もいらっしゃることに歓迎をいたします。
本日が両国にとって、素晴らしい日となりますよう祈念いたします」
 
 広間全体でざわっとしつつも拍手が鳴り響く中、壇上の王族がもう一段下の壇へ下り、最上段には柔らかな椅子が二脚置かれた。

 楽団は歓迎のための明るい音楽を奏でた。
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