闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-129

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 年が明けて数日後、除雪はしていてもそれでも雪深いところにあるゴドリバー帝国の城には友好国として国交を結んだ国より年明けのご挨拶―――と言う名のご機嫌伺いをしたいと遠近問わず各国より先触れが届いた。
 書簡を手にしたレオは国名を確認をすると結婚式に招待をしていない国がほとんどで、恐らく春の結婚式に『帝国から招待』をされて他国より一目置かれたいという思惑もあるのだろうと溜息をついた。
 友好に交流ができるとして厳選したが、ある種人間のほうが狡猾らしく笑顔の裏の『所詮は魔物』というものが国交樹立をした途端に駄々漏れになった。
 
 友好国だからと…未流通の帝国産の薬草や産出物を寄こせ、異種異文化交流という名の低級魔族を奴隷にする計画、皇帝の側室にという手紙つきの王女の姿絵、魔気を封じたものを寄こせ、婚約者を側妃にしたい…などという無礼千万なものだった。

 そして、各国全てに共通しているのは『オリエ布』のことだった。
 帝国の一宰相としてレオはオリエ布が注目されることについては良いこととは考えているものの『自称・友好国』程度に関わらせる気は一切ないうえ、他の多種多様な内容の帝国へのムチャ振りを思うと機会があればさっさと国交を断絶してしまいたいとすら考えていた。

「んな、めんどーくせー国なんざ…こう…チュンッ!て殲滅…」
「駄目絶対!絶対駄目!」

 屋敷よりも広い城の執務机の椅子にどんと座るアレックスの優しいご意見は応接用の長椅子でレオと一緒に手紙を読んでいたツキヨによって撤回された。 
 国が消滅しなかったことをツキヨに感謝をするべきだとレオは先触れの返信に書き記すべきと心に決め、ほとんどの国へ『お祈り返信』を送った。

「外交って考えると一言では言い表せないほどいろいろなものが複雑に絡み合って大変ですね…」
 年明け早々に婚約者として執務に関わる機会を増やしたツキヨは眉間に皺を寄せていた。
「最終的には『本当の友好国』として何カ国に絞り込む予定だけど、さすがにこんな国ばかりだと泣きたくなる」
「やっぱり、俺がお勧めする対策方法でせんめ…」「わぁっ!駄目絶対!チュンッ!というのは禁止です!禁止!」と机で肘を突いて面倒臭そうな顔をしたアレックスをツキヨは止める。

「これらの国は本当にツキヨちゃんに感謝するべきだよ、本当に」
 少し冷めてしまったフロリナが淹れた紅茶をレオは飲み干した。



 その夜、アレックスは仕事が忙しいからとツキヨに優しい口付けをして先に寝てもらうと、レオと一緒にいつもより暗い闇をまとって複数の国を巡った。
 翌朝、ツキヨの隣に腹巻をしたアレックスが眠っている姿を見て「ふふ、お疲れな様子ですね」とそっと絹のような銀髪を撫でた。

 同じ日の朝、ある国では王城の鍵穴全てに粘液が石化したものを詰め込まれ、別の国では城内の全ての靴と靴下の組み合わせをばらばらにされていた。
 某国では下着から礼装まで全て裏返しで収納され、またある国は王城の広い芝の庭園にミステリーサークルが出現、名の知れぬ国の王は秘密のカツラが国民に公開されていた。


 アレックスを撫でてこっそりと頬に口付けをしたツキヨは窓を見ると、久し振りに雪の止んだ雲間から薄っすらと陽の光と青空が顔を出していた。
 気持ちよくぐーっとツキヨは伸びをした。



 どがぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!

 扉が破壊されると、屋敷に長い赤い髪を翻したちょっと?筋肉質な女がどどっどどどどおどどおおおお!とネズミ一匹逃すかというように飛び込んできた。
「アレちゅぅわぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!あ゛なたのぉっ愛するエリちゅわんよぉおおおおおおお゛お゛っ!!!!」
「ぎーーーーーぃーーーーーーやーーーーーーぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 ぶっちゅううううううううぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!っぽんんんん!!!

 そこには干乾びた犠牲者がいた。
 彼は犠牲となったのだ。尊い犠牲に。


「エリさん…お元気そうでなによりでございますわ…」
 死にそうな顔をしたツキヨがエリと荷物を抱えた助手のリリアンを出迎えた。
「やだぁぁぁん、ツキヨちゃぁぁぁん゛!お久しぶりりんちょぉぉぉっ!レオもフロリナもお元気ぃぃぃっ?!」
 エリがごつい豊満な胸にツキヨを抱き締めると骨が軋む音がした。
「んが…」
 【あ、お母様…どうしていらっしゃるのでしょう…】


 死にそうになったツキヨを回収してレオとフロリナはエリたちを応接室へ案内をした。
「もぉ、ツキヨちゃんのためにぃっ!史上最強の゛っ!式とお披露目と披露宴と、あとはマルセルパパりん希望の王国の礼装ドレス…もちろんこれもぉっ、お披露目と披露宴用で五着の仮縫いをしたわ゛ぁぁぁん!!!!」
 赤い口紅が艶やかな唇を紅茶のカップに当て、一口飲む。カップには口紅の跡は残っておらず、元から唇の色だということが分かる。
「え゛っ…五着…もですか?」
 当事者とはいえツキヨは採寸後、そんなに作られていたことに驚く。
「ああぁぁんっ!当たり前よぉぉっん゛んんん!!五着でも少ないわん!普通は十着は必要よっ!十着!!よし、レオ!十着に変更よ゛っ!十着!!」
「やっぱり、十着で…五着なんて少ないと悩んでいたので…」
「では、再度エリ様のほうで新たなドレスを…」
「んんんん゛っ!安心してっ!!残り五着も既に勝手に用意していたのおおおおお゛っ!もう、着せたいドレスが脳からズンドコあふれ出てっ出てっ!どっぴゅんどっぴゅんしていたのよぉぉぉぉぉぉ!!!リリアン、荷物から出して!出しまくって!!」
 予め用意されていたトルソーに仮縫いのドレスが次々と着せられた。

「あの…わた…」「おぃ…死ぬかと思ったじゃねぇかっ!!」とアレックスがのっそりと入ってきた。
「あ゛らぁぁぁぁん!アレちゅわん!もちろん、愛してるから手加減しまくりんぐぅぅぅん゛!!!」
「ったく…だが、俺も十着必要と思っていたから許す!大いに許す!!」
「きゃぁぁぁあぁあ゛あ゛あ゛!さ・す・が、アレちゅわぁんっ!ツキヨちゃんには、やっぱり十着よっ!十着ようっ!!!!!」

 暑苦しい抱擁が目の前で繰り広げられる…その後、ツキヨは存在があるのかないのか不明瞭な状態で飛び交うドレスの意見に耳を傾けていた。

「あのー…」

「そこに座っていろ!」
「そこに座っていてぇぇぇぇん゛!」
「そこに座っていれば問題はないので…」
「ツキヨ様、お茶をお淹れしますわ」

 美味しいお茶を飲みながらツキヨはすみっこで小さくなってここで生き延びるためには…と考えていた。


 二杯目のお茶を飲み終わった頃、四人でやんややんやのドレス討論会という名の戦が終戦した。死傷者はなく、平和的解決をした。
 ツキヨの好みを全て把握をしているアレックスがいたからなのか、エリからの激烈に熱い説明を受けるととんでもない意匠のドレスではなく、新しい五着はツキヨの好みが余すところなく散りばめられて心底納得するほどのものであった。
 ただし、エリの描いたドレスの絵は相変わらず説明がなければさっぱり分からないものだった。

 そして、ツキヨは追加された五着はどの機会で着るのか甚だ疑問であった…が、やっぱり強く生き延びようと改めて誓った…。だが、それが実現するのは一体いつのことなのかは誰も分からなかった。

 一通りドレスのことで大暴れをしてすっきりしたエリは「そぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぃぃぃっっ!!!!」と壊れた扉をガッコン!!と直してリリアンと一緒に満足した笑顔で帰った。
 もちろん、アレックスに艶々な赤い唇でぶちゅちゅんぱっ!としてから。



 湯から上がり、ツキヨは初めは驚いていたアレックスの大きな寝台にぽすんと座る。
【あのドレス…本当にどうすのかしら。王国の礼装ドレスはお父様の領地で行う式や披露宴で着るけど、大規模なものではないから枚数もいらないのにそれも増えて…それに帝国でもそこそこの規模で行うとはいえ…ん?】
 ツキヨは突然体中で悪寒がした。
 ふと、宵闇祭のアレックスの暴走を思い出す…【ドレスで…あぁぁぁぁぁっ!!!また、まさかあんな…あんな…へ、変なこと??変な???】顔色は赤くなったり青くなったりして頭を抱える。
【で、でもあんな高価なものを…あんな変なことに使うなんて。幾らなんでも…アレックス様が変だとしても…】

「あー、すっきりした。今日はツキヨのために熱い戦いだったぜ。これでエリに任せてきゃあ、もう問題はねぇな!」
 寝室の扉を開けた湯上りのアレックスが晴々とした顔つきで入ってきた。
「え…えぇ。そ、そうですね!」
【そう、そんな変なことはないわ。うん!】
 あとで外そうとしていた大切な指輪にツキヨは触れる。

「あのドレス…楽しみだなぁ…」
 ニヒッと笑うようにツキヨのドレス姿を想像しながらアレックスは、ツキヨの座る寝台の横にどん!と座る。
「いいドレスなんだぜ…ツキヨの肌に合う色で夜の宴でもそのまま着ていたらそのあとも本当に…」
「ん?」

 アレックスが少し濡れたツキヨの髪に手を伸ばした…途端、ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!と耳を劈くような大音量が指輪から鳴り響いた。
「えええええ?!何ごとですかっ!!??指輪から?!!」ビビービビービビービビー!!!!と鳴り響く中でレオとフロリナが何事かと部屋へ飛び込んできた。
 近所も何事かと雪の中、外へ出て大音量の音のするこの屋敷に指を差して騒いでいる。
 ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!

「アレックス!なんとかしろ!これ、一体なんなんだよ!!」
「お、俺は悪くない!そんな変態じゃない!」
「お館様が変態なのは重々承知ですが、ツキヨ様の指輪からこの音が鳴るのは…!」
「また反省文レベルの変態なことでも考えたのか!?」
 レオが大声で問いただす。
 ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!ビビービビービビービビー!!!!

「そんな考えてねぇよ!!ちょ…ちょっとだけだ!!!!」
 ツキヨの指輪はビビービビービビービビー!!!!と鳴り続けている中で告白した。

 指輪に練り込んだ『不審者がいたら世界中に響き渡る防犯ブザー』機能がアレックスに反応をしたのだった。


「とにかく音を止めるには…お館様!一度、ツキヨ様より離れて応接へでも待っていてください!」
 フロリナが叫ぶとアレックスは「俺は変態じゃなーーーーい!!」と泣き叫びながら寝室を飛び出ていった。
 すると、指輪の警報音はぴったりと鳴り止んだ。

「不審者が去ったからか…あぁ…あちこちに謝罪の連絡をしないと…ふうう…」
 どんよりとしたレオが城へ行くと言い残し、影移動をした。

「変態…変態…不審者…不審者…」
 ぶつぶつと呟きながら魔気を身体にまとい、フロリナはアレックスが触れていたツキヨの黒髪を櫛で丁寧に梳いていた。


 世界屈指の不審者となったアレックスは応接の長椅子で小さくなっていた。
「俺、不審者じゃない…うぅぅ…」
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