闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-132

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「明日は…!!式です!!!!!」
「はい」
「俺のお嫁さんになります!」
「はい」
「俺の奥様になります!」
「はい」
「俺の…」「あの…寝ていいですか…」

「はい…」

 花嫁仕度のため一週間ほどかけてツキヨは全身をピッカピカに磨きに磨かれている。
 指揮は準備に命をかけているフロリナで、母の伝手も使い帝国中から美容技術に優れている侍女たちをかき集めて一つの芸術品として完成をさせた。
 鏡を見たツキヨも思わず別人かと思うほどツヤツヤでプルプルで息を飲むほどだった。
 前日である今日、あまりの完成度の高さにフロリナは歓喜の涙を滝のように流し、そして『とにかく!!今夜はお肌のためにお早めにお休みください』とツキヨには伝えた。

 しかし、最大の敵であるアレックスには『触るな触れるな見るな感じるな…気配を消してくださいませ。いっそのこと存在も消して…いえいえ。全ては明日のためにっ!!早寝早起きを推奨いたしますっ!!!』と呪詛をこってりと込めて伝えた命令した

「おおおおおおお俺の奥様(明日予定)…ちぅ…ちゅーくらいはいいよな!ちゅーー!!!!」
 唇も特製パックでうるうるでぽってりとして完熟した桃色のようになっていてツキヨは感激をしたが、それを狙うアレックスがツキヨの私室の小さめの寝台にいた。

 一応、前日ということで調を整えておくこととアレックスが発情をしないようにお互いの私室で眠ろうということになったのだが…。

「お肌のために早く寝ることを命じ…おすすめされていて…唇もお手入れをしたから駄目だと…」
「ちゅーーーーーっ!!!ををををっしてくれーー!」
 ツキヨを守るのは心許ない防御壁―――春物の新緑色の薄掛けが一枚あるだけで、それをものともしないアレックスが形のいい唇をとんがらせて襲い掛かろうとしていた。
「ちょ、ちょっとだけ…先っちょだけ…」
 世の中の信じてはいけない言葉ランキング一位…今はそのくらい必死なアレックス。

「ふ、触れるだけ!!!触れるだけですよ!!!!」
 絆されたのではない!!ええ、絶対に!と、半分自棄になってツキヨが許して、アレックスがぷりぷりの唇に嬉しそうに触れた…




 ドガァンッ!!!!

「ギャーーーーーーーッ!!」
 アレックスに雷が落ちた。
 当然、ツキヨには怪我はなくアレックスも自己治癒力で治せる程度ではあるが寝台から転がり落ちた。
「ア、アレックス様!大丈夫ですか?!」
「おぉう。この一撃はキいたわ。お陰で四十…二十肩が治ったぜ。クッソ、フロリナの呪詛はこれだったのかよ…ッチ」
 ぼさぼさになった髪を手櫛で直しながらアレックスはブツクサいいながら絨毯の上に大の字になる。
「あーぁ。奥様とおやすみのちゅーすら駄目なのかよ…」
「ふふ。まだ、奥様ではありませんですから」
「はははは!確かにな!」
 二人は笑い合い…そして、アレックスは「今夜は未婚のお姫様、おやすみ。明日からは俺の奥様だ。よろしくな」と言い残して自室へ戻った。


 アレックスは久し振りの独り寝をするために広い寝台にゴロリと寝転がる。
「あー…あの程度の呪詛なら解除してもよかったんだけどなぁ…」
 寝衣を押し上げる下半身に語りかけたが今更いうことを聞くような良い子には育っていない。
「けっ。独身最後の夜は我が息子と語り合うか…ガキかよ」

 春の星がよく見える夜だった。


***

「ツキヨ様…ほんっとにお美しい…ああああぁ…」
 怪しげな琥珀色の瞳を持ち、艶やかな群青色の髪をお団子にまとめ上げている女性がよろめく。
「はぁ…フロリナをアレックス様の奥様の侍女にと召抱えられたときは驚きのあまり『うちの娘がついに淫乱どすけべクソ変態エロ魔王の餌食に!』と遠方にいる夫にも連絡をしてしまったほどでしたが、このような…う…ぐふぅっ!!!!」
「お、お母様!!鼻血がっ!」
「大丈夫よ…フロリナ。リゲル公爵家の三馬鹿息子レオたち兄弟を相手にするより…儚く美しいツキヨ様の晴れのお姿を見届けて旅立てるなら…」
 絨毯に膝をついてハァハァ…と荒い呼吸を繰り返す母の背をフロリナが優しくさする。

 誰のお陰かはわからないが、春の陽が眩しいほどの晴天となった今日アレックスとツキヨの結婚式が執り行われる。
 とにかく準備が多いため、早朝からエリがツキヨの着付け、化粧など全てをやりたがっていたが実際は国の重鎮である五公の一人『外務大臣』であり晴れの日に他国が招待されたとなるとさすがに顔を出さないわけにはいかないため、急遽フロリナの母であり、淫魔族の女王エリザベスエドワルド・トゥルナ・アンタレス公爵による命令で親友で腹心の部下・参謀副官のビクトリア・カペラが助っ人に招集された。
 そして、ビクトリアは一児の母…フロリナの母であるが、それ以上にツキヨがついうっとりと見惚れてしまったのは芸術的な曲線を描く立ち姿の美しさ。砂時計のようといっても過言ではなかった。

 現在はレオの実家のリゲル公爵家の先代当主夫人付きの侍女だが、エストシテ王国一の高級社交倶楽部『リコリス・ラジアータ』の伝説の『紅色のスカーレット女王様』…誰もが跪いて、魅了されてしまう淫靡で高貴な美しさを持つビクトリアだった。
 淫魔としても実力はエリもアレックスからもお墨付きでビクトリア自身も『女侯爵』の爵位があるが侍女としてリゲル家で働いているのは『侍女ってなんか卑猥な響き…ふふふ』とのこと。
 なお、帝国では貴族位を持つものは名前のあとに「トゥルナ」が入ってから名字と続くがフロリナもビクトリアも本名を名乗っていない。

 『貴族が貴族に傅く…ってなんか猥褻…ふふふ』
 よく似た親子である。



「ここは戦場…味方も弾薬も少ない中、なによりもツキヨ様のために…ぐ…」
「あの…ビクトリアさん、大丈夫ですか…」
 晴れやかな一日の初っ端からフルスロットル全開でいろいろな意味の不安が襲い掛かる。
「あぁ…奥様にご心配をいただけるなんてなんて勿体無い!!エリからの指示は全て聞いておりますので本日は何事もご心配なく心安らかに過ごせるように命をかけてお世話をさせていただきます」
 びしっと立ち上がり、礼をするビクトリアだったがツキヨの内心はやっぱりご心配だらけ…せめて、指輪の警報が鳴らないことを祈っていた。

 現在、ツキヨはアレックスと影移動をして城へ来ている。
 既にドレス、装飾品、化粧品、おやつ、時間潰しの雑誌など荷物の全てを城の客室に持ち込んでいるためあとは式などにあわせて着替えたり化粧をするのが今日のツキヨの仕事だった。

「では、ツキヨ様。これからフロリナと一緒にまずはお化粧から始めさせていただきます」
 飾りの細かい枠にはめられた鏡の前に座らされてビクトリアは緊張気味のツキヨに穏やかな声で話しかけるとワゴンに乗せた多種多様な化粧品をフロリナがそばに置く。
 前髪をまとめて化粧の邪魔にならないように横でピンで留められると、クリームを手に取ったビクトリアがツキヨの顔に少しずつ広げるように塗り始めた。

 戦いが始まった瞬間だった。



「こーいうときって、男って暇だなぁ」
 アレックスはレオと一緒に謁見の間で玉座に座わり各国の招待客からの祝辞の挨拶を受けていた。
「おい、もう次の国が来るぞ」と同じくレオが飽き飽きとした顔で伝える。
 一般的な王城の謁見の間には国の重鎮や警備のために騎士や近衛兵などがいるが、ここにはアレックスとレオしかいないため、がらんとしている。
 国の重鎮は『面倒臭いからよろしく』といい各自遅刻確定。
 当然、兵などは不要のため結局この状態で挨拶を受けているが各国の王族、貴族は自国の護衛騎士を引き連れた大人数で来るものの皇帝と宰相の二人だけしかいないため歓迎されていないのかと不安な様子でもあったが、謁見はどんどんぽいぽいと続けられた。

 謁見の間の前にいる留守中に城を預かる年嵩の代官が声を高らかに国の名前などを訪いをすると重厚な扉が開いた瞬間に黒い影が真正面の玉座に座るアレックスに向かって疾風のように走りながら「皇帝の位はいただいたーーーっ!!」と叫ぶ。
 
 シシュッ!
 
 炎や氷をまとった短剣が五本放たれるとやれやれとした顔のアレックスは立ち上がり腰に佩いていた闇色の愛刀をシャ!と鞘から抜いたその一振りで五本の短剣を薙ぎ払った。
「くらえぇぇっ!!」
 短剣は囮だったのか速度を落とすことなく腰から長剣を引き抜き刀身に聖なる炎をまとわせると、薙ぎ払ったまま身を斜めにして隙だらけアレックスの左脇腹めがけ切りかかる。

「うるせーな。おい、静かにしろよ」
 不機嫌な声で出迎えると、そのままの体勢でご希望の脇腹を目指す長剣を闇色の刀身を横にして防ぐ。
「くっそ!こんな…」
 一瞬でアレックスの黒い炎がずずっと刀身の赤い聖なる炎をしゃぶりつくように飲み消し、ごく僅かに怖気づいたところを細い愛刀でぐいっと押し返して重心を後ろに崩させると黒い刀身がザッと男の身体の下から斜め上に切り裂いた。

 アレックスのすぐ足元でどぉっと倒れ、絨毯に血溜まりが広がった。
「何か言いたそうだったみてぇだけど、暇だから聞いてやればよかったか?」
 鞘に戻して椅子にドカッと座ってつまらなそうに血溜まりを見る。
「聞く気なんてないだろ」
「めんどーだからな」
「あぁ、片付けもめんどーだな。赤い絨毯にしてよかったと思うくらいだ」
 立っているレオが踵をつけたまま爪先でトントンと絨毯を叩くと突然、どこからともなく黒装束に身を包んだ二人が現れた。
 声も出さず、背も体つきも男女の性を感じさせない二人は静かに跪いている。
「木の葉たち…これ片付けてくれ。あと、どこの誰か調べてゲオルグに伝えろ」
 命じた言葉にも二人は頷き、死体を手早く黒い布に巻いてまた音もなく姿を消した。
 血溜まりはきれい好きなレオが丁寧に魔気で洗浄をした。

 ふう…とレオの掃除が終わると扉のほうから留守中に城を預かる年嵩の代官が「お二人の暇潰しに彼を招いたのですよ」と片目を瞑って報告をしてきた。




「あーあ。こーいうときって、男って暇だなぁ」
「おい、もう次の国が来るぞ」

 代官の訪いが謁見の間に響き渡ると、またぞろ煌びやかな姿をしたご一行様がアレックスの前に勢揃いをすると長い挨拶が始まった。

【本当に暇だなぁ…早く花嫁衣裳のツキヨに会いてぇなぁ…】

 晴天の春の陽が謁見の間に差し込み程よく暖かいと挨拶の口上はそっちのけでツキヨのことや新婚旅行の計画を考えるのも悪くねぇなと珍しくアレックスは与えられた暇を楽しむことにした。
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