闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-139

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 長い挨拶を終え、下品な笑顔のまま会話―――一方的な話は続いていた。
「本日の皇后陛下がお茶会の菓子類をお選びになったと伺いましたぞ!さすが、目が肥えていらっしゃる!日頃から珍しいものを食べる機会があるが、国へ戻ったら経済大臣より商取引について話をさせていただきたいですな!わはは」
 昼のお茶会には派手な刺繍と輝石を散りばめたドレスコートを自慢するようにポンポンと太鼓腹を国王は叩く。王妃もここぞとばかりに大振りな宝石を使った宝飾品を身につけ、晩餐会向けのような派手で胸元が大きく開いた桃色のドレスを着ている。
 アレックスとツキヨは式に着けていた大綬や宝冠は外し、昼のお茶会向けのやや落ち着いた衣装を着ているのが地味に見える。
「おほほ、私も国にこの味を広めていきたいと思いますゆえ、どうぞよしなに……そうそう本日同席いたしました息子二人をご紹介させていただきますわ。国でも歳若い令嬢にも毎日言い寄られているほどでございまして……息子は22歳と20歳なので同じ年頃の若い息子たちとツキヨ皇后陛下とができればと考えておりますのよ」
 会話の一部を強調しながら王妃は二人の息子をツキヨに対して熱心に紹介するがツキヨはまくし立てるような勢いの会話に完全に圧倒されて笑顔で固まっている。
 まさに親馬鹿の見本の王妃から紹介されただらしない顔をした二人の息子はツキヨを舐めるようにじっとりとした視線で見つめる。

「お前たち、そんなぼやっとせずに麗しき皇后陛下に早くご挨拶をしなさい!」
 国王がじろじろと見つめてばかりの息子を叱責する。
 すると、突然だらしなくボヤッとした容姿の割に素早い動きでツキヨの座る椅子の横に跪き、小さな白い左手を二人で手に取った。

「お美しい皇后陛下!私と共に夜空の星を眺める日を過ごしませんか?そして、その瞳に映る星を見つめ二人っきりで朝まで愛について語り合えれば素晴らしいと思いませんか……」
「私の太陽であるツキヨ皇后陛下……今もこの春の日差しのように暖かい慈愛でこの私の身も心も温めていただけないでしょうか……いずれ慈愛とは違う愛という形になった日々を二人で過ごしましょう」
 熱心な挨拶をする男二人の手の汗がツキヨの手のひらにべとっと触れる。
 周囲にいた招待客も四人の品のない行動と会話に眉を顰め、遠回しに非難をしつつ呆れて果てていた。

 手を離すように咎める言葉が喉にまで出かかったが、アレックスから贈られた左の薬指の指輪がキンッと煌いたことにツキヨは気がついた。

「あ!手を離し…!危な……!」

 
 ビビービビービビービビー!!!!
 ビビービビービビービビー!!!!
 ビビービビービビービビー!!!!
 ビビービビービビービビー!!!!
 ビビービビービビービビー!!!!

 左手の薬指の指輪にアレックスがこれでもか!と魔気で練り込んだ『不審者がいたら世界中に響き渡る防犯ブザー』機能が反応をし、けたたましい警報音が周囲だけではなく世界中に鳴り響いた。
 警報音が鳴る中、式や晩餐会で何か起きないかとアレックスは眠れないほど心配をして寝静まったツキヨに気がつかれないようにこっそりと指輪に機能追加アップグレードをした『念の為の特別警報!防御・反撃結界』によって突然、薄紫色の透明な球体にツキヨは優しく包み込まれた。
 「え?!」と驚くツキヨの声がしたと同時に国王、王妃、二人の息子のいる範囲まで球体が息を吹き込まれたシャボン玉のように一気に膨らむ―――四人はボンボィィィンッ!!という小気味のいい音と一緒に麗らかな光あふれる青空の向こうへ弾き飛ばされた。


 球体はポンと消えてしまうとツキヨも招待客も唖然としながら空を見つめた。


 アレックスとレオがサササッと四人が座っていた各椅子にそっと大きなくまのぬいぐるみを置いた。
 その様子を見た招待客は素知らぬ顔で『大人の事情』と察しお茶会は再開された。

 春の青空が美しい。

 フロリナが濡れた清潔な手巾を持ってきたのをツキヨが受け取ろうとしたが、手巾が渡されることはなくフロリナの手によってゴッシゴッシと手を拭かれた。
「あのエロガッパ……いつか、魔物の餌に……いや、そんなのでは……微塵切り……」
 物騒な内容を小声で呟いていたが、あまり気にしないようにしてツキヨはフロリナに身を任せた。

 新しく注がれた紅茶をツキヨは平静を装って一口飲む。
「俺の指輪が大活躍だな」
 不審者、変態扱いをしないように指輪を設定したのをいいことにツン!と得意気にツキヨの太股を突いた。
「えぇ……でも、あんな弾き飛ばされるなんて、大丈夫なのでしょうか」
「さすが俺のツキヨは優しいな。その優しさは俺だけに向けてほしいがそこは免じてやろう。弾き飛ばされてもご自宅にちゃんと着地するようになっているから、心配すんなよ」
 ただ、着地先の安全性は保証されてないが……という言葉をアレックスは飲み込んだ。

 再開されたお茶会は急遽、くまのぬいぐるみが参加するという大人の事情があったが最後まで滞ることもなく終わり、可憐な花々で彩られた茶会の席から退出するアレックスとツキヨに招待客たちは祝いの言葉を述べ、盛大な拍手で見送った。

 なお、弾き飛ばされた彼らは自国の王城の庭の柔らかい芝生の上に着地をしたが、国王はなぜか愛人の若い公爵夫人の屋敷の庭先に着地をしたことを王妃から責め立てられ、やがて王族や国の醜聞として国民から大きな非難を浴びせられついには日頃の不満が爆発し国、王家存続の危機になるのは、また別の話。



 控えの間に戻るとツキヨは急にぐったりとして大きな溜息をつくとアレックスに支えられながら長椅子に座った。
「お疲れ様でございます。少し気分を変えるために冷たい飲み物をご用意いたしましたわ」
 輪切りの柑橘類がたくさん入った水がフロリナから渡される。魔気で冷やされた水は柑橘類の爽やかな香りと味が溶けているため、ツキヨは品はないと思いながらも全て飲み干してしまった。
「おう、大丈夫か。少し横になるか?晩餐会まで時間はあるからあんまり無理すんな」
 隣のアレックスがツキヨの細い腰に手を回し、頭頂に顔を埋めて『自分』をこっそりと労った。
「魔気で体力を回復をするよりも無理をせずに少しお休みになられるほうが今の状態の奥方様にはよろしいかと」
 そっとビクトリアがグラスをツキヨから受け取る。
「体力はあるほうかと思っていましたが、くまのぬいぐるみや緊張、失敗をしないか心配で思っていた以上に疲れてしまって……」
「もう、さっきのキモい息子が原因よぉぉぉぉぉぉっ!!!最悪っっ!!あんなのお仕置きしたくないけど、お仕置きしてきてやろうかしらっっ!」
 怒るエリの姿が魔気でかすかにもやもやと揺らぐ。
「この控えの間の続きに寝台もあるから少しでも横になってゆっくりすればいいよ」
 寝室のある奥の扉をレオが指をさすとフロリナが休憩用にと用意をしていた締め付けのない綿のワンピース風の寝衣を衣装部屋から取り出し、ビクトリアが「失礼します」とツキヨの薄化粧を落とした。
 バサリと礼装の軍服を脱ぎ乱雑に長椅子の背もたれに置くとアレックスは寝衣をフロリナから奪い取り、化粧を落としたツキヨをガシッと小脇に抱える。
「あ、あの……」
「アレちゃん!今は少しでも疲れを取らないとお肌にはよくないわっっ!!」
「お館様!御無体なことはお止めください!!!」
「疲労を増やしていかがなさいますのですか!」
 大慌てて咎めるが「俺は何もしねぇよ」と一言言い残しアレックスはツキヨを寝台の部屋へ

 バタンと扉が閉められた部屋には小さめの寝台が置かれている。窓からはそろそろ夕日のような色に変わりつつある陽の光が入っていたせいで部屋も暖かい。
 小脇に抱えたツキヨを寝台に乗せて、寝衣をバサリと渡す。
「お疲れさん。ほら、着替えて少し寝ろ」
「え……はい」
 珍しく破廉恥な行為をしないアレックスに戸惑い、怯えながらも背を向けて寝台の上でもそもそとエリの肝いりで作られたドレスを脱いで着替える。
 皺になるのが気になるためせめてと思い、寝台から降りてそばの椅子にかけようとするとアレックスに手を取られ、ドレスを奪われるとそのまま椅子へバサッと投げ置かれた。
「さっさと寝ろ」
 手を取ったまま掛け布をめくってツキヨを寝台へ押し倒す……一瞬ドキリとするがそのまま掛け布をかけられる。

 衣擦れの音に何事かと掛け布から顔を出すとシャツとクラヴァットを乱暴に脱ぎ、ブーツとトラウザーズも脱いで下穿き姿になったアレックスがツキヨの横にゴロンと入ってきた。
「俺も疲れたから寝る」とぼそっと呟いて、ツキヨの額に軽く口づけをしてから抱き締めるとすぐに菫色の瞳はまぶたで隠された。
 滅多にない行動にツキヨは驚いていると、あっという間に普通の呼吸からグーという寝息に変わる。

 さすがのアレックスも疲れているのだろうとツキヨは手で掛け布を整え直し、そのまま厚くて熱い大胸筋に包まれながら眠りに着いた。



「お館様は本当に寝ているだけみたいですわ」
「アレックスが寝ているだけなんて明日は雪が降るぞ!」
「いやぁぁぁぁぁん!!!信じられないわっ!あんなのアレちゃんじゃない!」
「まさか…信じられないわ。何かの吉凶の兆しなのかしら……」

 静かに寝ているだけで隣の部屋の大の大人四人がわぁわぁと寄って集って怯えていた。
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