闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-146

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 初夜一日目からして、混乱を極めた王城内だったがそれは一週間、二週間と過ぎてもほとんど変わらなかった。
 ツキヨが歩くだけ、話すだけでアレックスは「人妻ツキヨは、カワ(・∀・)イイ!!可愛い!カワイイ!きゃわわ!」と呟き、寝言すらも同じ内容を繰り返した。

 婚姻の儀式、晩餐会に招かれた諸国の王族、高位貴族たちは「あらまぁ」と言わんばかりに留守を預かる年嵩の代官やレオたちへ微笑みながら帰国をしていった。
 隣国のエストシテ王国のユージス国王とエレナ王妃に至っては「皇后陛下がお健やかに過ごせるようお祈り申し上げます」と遠回しに心配をされる始末だった。


***


「あー。こーてーへーかは、壊れましたー」
 婚姻後、以前より謁見を求める国が増え、王城に来たどこぞの国の使者たちに間延びした声で伝えるのが最近のレオと代官の日課となりつつも、それでもゴドリバー帝国は恙無く平穏な日々が続いていた。

 一月程経ち、婚姻関係の儀式や祭典は終わり新婚一ヶ月目のアレックスは、いつもの屋敷内の長椅子でツキヨを膝の上に乗せて久しぶりにゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「あぁ、やっとゆっくりとツキヨと美味い茶が飲めるぜ」
 右手にティーカップを持ち、左手でツキヨを支える体勢のアレックスの隙を見て体を捩り自分のティーカップに手を伸ばした……が、魔鬼死魔夢君がアレックスのティーカップを受け取り、代わりに甲斐甲斐しくツキヨのティーカップをそっとアレックスに渡す。
「全てがツキヨの好みになっているからな。安心しろ」
 何に安心をしていいのか分からないツキヨは混乱しつつも、桜色の唇に優しくティーカップを当てられて傾けられるとミルクティーが緩々と唇に向かって流れ、つい口を小さく開けて一口、二口と飲んでしまう。この勝負に勝てたことがないが、自尊心、自立心のため今日もツキヨは戦いを挑み敗北を繰り返していた。
「ッカーーーッ!!!今日もツキヨが可愛くて死ねる!俺を殺しにきてる!!!」
「お館様、気持ちは理解できますがそんなことはありません」
 給仕するフロリナが冷たい声で制する。
「あの、アレックス様、フロリナ……それよりもこの体勢からそろそろ解放をしてほしいと思うのですが」
「な、なに?ツキヨは膝の上よりもお姫様抱っこのほうがやっぱりいいのかっ?!」
「それは既にお断りを100回してご理解をいただいたはずです。うぅ、本当は膝の上も……」
 俯くツキヨに反省……することはなくアレックスは背中から抱き締め無駄にいい声でツキヨに囁く。
「お姫様抱っこに変更したいときはいつでも言え」

 絶対に変更しないことを誓うツキヨだった。


***


 春から夏へ変わるころ。
 アレックスとレオとフロリナ……時々、魔鬼死魔夢君とフロリナの母ビクトリアが屋敷内でドタバタとしていることが多くなった。
 ツキヨが何事かと聞いても、何も無いと言わんばかりに応接間の長椅子に座らされお茶を給仕され、気がつくと騒ぎが収まるということを繰り返していた。

 そして、夜の寝る前にアレックスに問いただそうとしてもアレコレとされ、結局朝には起き上がれない寝台の住人にされてしまう。
 怪しいと思いつつも誤魔化され騙されてしまうことに腹立たしく思いながら、その日の朝ツキヨは掛布を頭からかぶり亀のように怠惰に過ごしていた。

 陽が室内を暖め、少しずつ怠さが取れてくると起き上がり、最近新たに置かれた寝台横のテーブルで遅い朝食を食べ終わった。すると、フロリナが豪華な衣装箱を持ち「さぁ、お着替えを!」といつもより晴れ晴れとした笑顔で促された。
 特に何も予定もないはずなのに、衣装箱以外に宝飾品を収めた箱も運び入れ、いつの間に誂えたのか分からない新しいオリエ布製の華やかな昼用ドレスに着替えさせられ、普段はアレックスから贈られた指輪しかしないのに華奢な首飾りや耳飾りをツキヨ好み且フロリナセレクトで飾り立てられた。
「え?今日はどなたか来客でも?」
「いえいえー、たまには着飾るのもよろしいかとー」
 フフフ……と含み笑いをするフロリナはツキヨに軽く化粧を施すと最後に金の髪飾りを耳横につけると満足そうに『完成品』を眺めた。
「とてもお似合いですわっ!ぐ……ふ……」
 鼻血を堪えるフロリナはこれ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。

 ドンドン……
 ドン……??!




 ……ドンドン……バン!
 ……ドンドン……バン!
 ……ドンドン……バンッ!

 なにか思い立ったのか、部屋の扉が奇妙なリズムで叩かれると勢いよく開かれた。

 そこには白のランニングとピッタリしたパンツに髭を生やした人……はおらず、艶やかな銀髪を一つに結び、黒いシャツとトラウザーズ、白のベストにチーフとタイはオリエ布という出で立ちのアレックスが立っていた。

「おおおぅ。今日も俺の奥様は取り扱い注意なくらいかわいいな」
 音もなくツキヨに寄り添い額に口付ける。
「あ、あの。今日はなにか予定があるのでしょうか?」
「これからのお楽しみだ!じゃ、フロリナ俺たちは先に行くぞ」

 フロリナの返事も待たず、ツキヨを抱き上げると自らの影に潜り込んだ。
「ちょ……ま……」
 強引なアレックスの影の中にツキヨの言葉は呑み込まれた。


***


 影移動は何度が経験していた。
 いつも目を瞑っているため、到着した瞬間はどこかははっきりしないが、今は屋敷にいたときよりも閉じた瞼の裏でも陽が眩しく、頬に当たる風は最近の屋敷の庭先にいるときよりも暑さが感じられた。
「ん……?」
 熱の混じった風にツキヨはふと思い出すが、目を開けることができなかった。
「どうした?開けてもいいんだぜ」
 その辺の椅子よりも安定感があるがっしりとした腕の中でツキヨはおそるおそると瞼を持ち上げる。
 最近見慣れた陽光よりも眩しく、南部に多い色濃い緑の葉が木々が葉を揺らし、懐かしい花の香を身に纏わせるかのように風が吹き抜けた。
 辺りをゆっくり見回すと荷馬車が一台ガラガラと走っている道の先に、エストシテ王国の南部地域特有の橙色の屋根と白い漆喰壁のこじんまりとした屋敷が見えた。

「こ、ここは……」
「おう。早くツキヨの実家に行こうぜ!」
 こめかみに口付けたアレックス……を気にすることなく目の前の懐かしい我が家が涙で歪む。
 突然、継母に売られたあの日から波乱万丈ではあったが楽しい時、辛い時もそれでも心の拠り所はこの屋敷だった。
「親父さんも待ってるぜ」
 左手片方でツキヨを難なく抱きながら手巾を器用に取り出すとアレックスは黒曜石の瞳から溢れる涙を輝石を採取するかのように優しく拭いながら、ゆっくりとカトレア男爵家へと向かって歩く。
「そんな、急に……お父様も……」
 
 キッ……と鉄製の門扉を開けると玄関までのアプローチは季節の花が咲き誇り、新たに植えたのか覚えのない木が植えられて、掃き清められている。
 くすんでしまっていた木製の玄関扉も往時の飴色に磨かれ、錆びた金具も元の鈍色を取り戻していた。

 アレックスは軽やかに扉を叩いた。
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