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第1話 お決まりの異世界転生?

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第1話 お決まりの異世界転生?

 僕が眼を見開くと、そこは淡い光に包まれた不思議な空間だった。

 ・・・・・・外観は、何となくヨーロッパの王様あたりが住んでいそうな、白亜の宮殿の一室という感じ。
 ただし、視界全体に広がる、今まで見たことの無い淡い光が、何となく神々しい雰囲気を醸し出し、ここが普通の空間ではないことを物語っていた。
 突然のことに僕が戸惑っていると、僕から見て正面の位置に座っていた女性が声を掛けてきた。


「・・・・・・むらかみ、きよたかくん、ですね?」
 僕の名前を呼んだその女性は、白と青を基調にした神々しい感じのドレスに身を包んでいる。
 まるで白磁で作られたかのように美しく端正なその顔は、20代くらいの女性のようにも見えるが、僕などには計り知れない長い時間を生きてきたようにも見える。
 そのような女性が、こちらより3段ほど高い、ちょっとした祭壇のような場所にあつらえた、豪華そうな机の付いた玉座のように立派な椅子に腰掛け、こちらを見下ろしている。その両脇には、2人の天使らしき存在を従えている。
 ・・・・・・2人とも、性別不明の美しい顔立ちで、背中に白い羽が付いているので、たぶん天使で間違いないだろう。
 そうすると、自分の目の前に立っているのは女神様?

 あまりにも浮世離れした光景に僕が言葉を失っていると、その女性は再び、こちらに声を掛けてきた。
「……えーと、むらかみ、きよたかくんで、間違いありませんか?」
「は、はい!」
「良かった。返事が無かったから、てっきり漢字の読み間違いかと思いました。本当に、日本人の名前って複雑で困るのよね。この前なんか、上水流萌音(かみずる もえ)なんて名前の女の子が来て、正しく読めなかったわ」
「・・・・・・えーと、なんかすみません」
 女神様らしき女性が、何やら不機嫌そうな様子でぼやき始めたので、思わず謝ってしまった。
 ちなみに、僕自身の名前は、漢字で「村上清隆」。そんなに読みにくい名前では無いと思う。某プロ野球選手と一字違いということで、間違えられたり揶揄われたりすることはあるけど。

「いえ、別にキミが謝る必要はないのよ。
 自己紹介が遅れましたね。私は、女神アテナイス。第36592世界の管理を担当しています」
「第36592世界?」
「キミの住んでいた第643世界とは、異なる生命体の生存圏よ。その地に住む人間たちの自称から、『アマツ世界』と呼ばれることもあるわ。ちなみに、第643世界というのは、キミたちの言う『地球』のことね」
「はあ。・・・・・・それで、要するに地球とは異なる世界の女神様が、僕に一体何の用ですか? そもそも、僕はどうして、こんなところに連れて来られたのですか?」
「ああ、確かに、キミにはまずそこから説明しなきゃ分かんないわよね」
 女神アテナイス様とやらは、ちょっとくだけた感じでそう喋ると、一転して姿勢を正し、僕に向かって厳かにこう告げてきた。

◇◇◇◇◇◇

「村上清隆さん。あなたは不幸にも、先刻お亡くなりになりました。享年16歳の、短い人生でした」

 そう告げられて、僕はこれまでの記憶を思い返した。

 僕は日本の、何処にでもいるような高校1年生である。
 そしてある日、高校から下校する途中、中学生くらいの女の子が横断歩道上でオロオロと立ち往生し、ダンプカーがその目前に迫っているのを見て、僕は何とかその女の子を助けようと、身を挺してその女の子を歩道へ突き飛ばした。
 その結果、僕はダンプカーに撥ねられて重傷を負い、どうやら自分は救急車で病院に運ばれるようだ・・・・・・というところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
 ということは・・・・・・。

「僕の死因は、女の子をかばおうとしてダンプカーに撥ねられて事故死、ということですか?」
「……まあ、半分くらいはそれで合ってるんだけど、キミの死因はもうちょっと複雑なのよね」
「というと?」
「身を挺して女の子を庇おうとしたキミの行動は、本来であればナイス判断だったのよ。キミや女の子の負った怪我も、確かに重症ではあったけど、キミの国の医療水準なら、本来なら充分助けられる命だったのよね。本来であれば」
 勿体ぶった感じで、やたらと「本来であれば」を繰り返す女神様。

「それじゃあ、一体何があって、僕は死んでしまったんですか? 僕だけじゃなく、僕が助けようとした女の子も、死んでしまったんですか?」
「うーん、できれば質問は1つずつにしてほしいかな。ちょうど、キミの国では大きな疫病が流行っていたでしょう? 投稿禁止規定に引っかかるらしいから、名指しでの表現は避けるけど」
「はい」
「その影響で、疫病の感染者だけじゃなくて、通常の医療にも大きな支障が出ているらしくて、重傷を負ったキミと山中瑞穂ちゃんは、30件以上もの病院から満床を理由に受け入れを断られて、救急車も立ち往生しちゃって、ようやく入院先が決まったときには2人とも手遅れの状態になっちゃって、病院ではほとんど最期を看取っただけ、ということになっちゃったわけ。あと、山中瑞穂ちゃんというのは、キミが助けようとした女の子の名前ね」
「・・・・・・!!」
 僕は、思わず言葉を失った。
 あの疫病には気を付けろと、学校からも両親からも再三言われていたからマスクや手洗い、うがいなんかはしっかりやっていたけど、まさかそんな形で自分の死に繋がってしまうとは。

 そんな僕をよそに、女神様は言葉を続ける。
「残念なことに、最近の日本ではこういう事案が結構あるのよね~。あの疫病じゃなくて、他の病気にかかったり怪我をしたような人たちが、医療崩壊で通常の治療を受けられずに亡くなっていくパターン。そんなんでも、死因自体は疫病そのものじゃないから、疫病の死亡者数にはカウントされないみたいなのよね~。
 そんな酷い状況なのに、日本の政治家たちは『安心安全のオリンピック・パラリンピックを実現します』とか意味の無いことをほざいて、感染対策なんかそっちのけでお祭りや選挙対策に興じてばかり。要するに、キミはそんな政治家に殺されたようなものなのよ。
 キミも、当然悔しいわよね? そんな政治家許せないわよね?」
 僕に対し、なぜか執拗に同意を求めてくる女神様。
 どうでも良いことだが、このアテナイスとかいう女神様、気品あふれるいかにも女神様らしい喋り方をするときは単に猫をかぶっているだけで、早口で色々まくしたてるお喋りなお姉さんタイプというのがその本性ではないか、という気がしてきた。

「まあ、確かに悔しいですけど、もう死んでしまったものは仕方ないような……」
「そんな、悔しくて憎くて死んでも死にきれない感じのキミに、最適のご提案があります!」
 僕の言葉に全く聞く耳を持たず、勝手に話を続ける女神様。


「私の管理している第36925世界、通称『アマツ世界』は、魔王の暴虐非道な行為の数々により、いま存亡の危機にさらされているのよ」
「あの、さっきと番号が微妙に違っているような気がするんですが・・・・・・」
「うるさいわね! ちょっと言い間違えただけよ。細かいことを気にしていると女の子にモテないわよ!」
 理不尽な怒られ方をしたことにちょっと憤りつつも、あまりにテンプレな話の流れに、僕は嫌な予感がした。

「・・・・・・ひょっとして僕に、最近の小説やアニメなんかでよくある異世界転生物語みたいな感じで、僕にそのアマツ世界とやらへ転生して、魔王を倒して来いと?」
「さっすが日本人! 話が早くて助かるわね」
 とびっきりの笑顔でそう返してくる女神様。どうやら、嫌な予感は的中してしまったようだ。


「女神様、いくつか質問したいことがあるんですけど」
「まあ、突然の話だから当然よね。私に答えられることなら何でも答えるわ」
「まず、その魔王討伐とかいう話が、どうして僕にとって最適な話なんですか? 僕の身体能力はせいぜい平均レベルだし、ゲームもそれなりにはやっているけど、家に引きこもってゲームに熱中するほどのハードゲーマーじゃなくて、せいぜい普通のライトユーザーくらいだと思うんですけど」
「そういう問題じゃないの。第36295世界に君臨し管理者のあたしを困らせている奴は、『大魔王ガースー』と名乗っているの。ちなみに、似たような名前の某政治家との関係は特に無いけど、性格は似たようなものだわ」
「・・・・・・その名前、単なるネタじゃなくて、マジで?」
 さっきとまた番号が変わっているけど、いちいち指摘してまた怒られるのも嫌なので、今回はスルーすることにした。
「マジで。そこであたしは、特に顔見知りというわけでもない女の子を、身を挺してまで助けようとしたキミの正義感の強さと、自分を殺した日本の無能無策な政治家への怒りの強さを買って、大魔王ガースー討伐という偉大な任務を任せるのに最適な人物と判断したわけです!」
 自信満々でそう言い放つ女神様。
 正直言うと、日本の政治家が全く憎くないわけではないけど、どうせ死んでしまった身ならどうでもいいような気もするんだけど。


「じゃあ次の質問。大魔王ガースーっていうのは、どのくらい強いんですか?」
「うーん、ちょっと答えるのが難しい質問ね。この神界では、銀河系における生物の生存圏、すなわち世界をナンバリングして、世界ごとにその管理を担当する神がいるんだけど、時々その生存圏の存在自体を脅かす、厄介な存在が現れることがあるのよ。
 私たちは、そういう存在の親玉を『魔王』と呼んでいるのだけど、私の管理する世界に現れた『大魔王ガースー』の強さを、神界の魔王鑑定士に評価してもらったところ、D評価だったわ」
 魔王鑑定士なんて職業があるのか?
「ちなみに魔王鑑定士による評価は、一番難易度の高いS評価から一番低いE評価までの6段階に分かれていて、D評価は下から2番目になるわね。つまり、楽勝というほどではないけど、真面目にコツコツ戦ってレベルを上げて、充分な準備を整えて戦いに臨めば、そんなに苦戦しないだろうっていうレベルよ。
 ただ、あたしもその評価を聞いて、これまで何百人もの日本人を第36529世界に送り込んだんだけど、どういうわけか一向に魔王討伐の報告が上がってこないのよ」

「その世界に送り込まれた日本人たちは、その後どうなったんですか?」
 僕がそう尋ねると、女神様はなぜかちょっと困ったような顔をして、
「知らないわよ、そんなこと」
「知らないって」
「だって、普通の人類と比べればチート級の能力を授けて送り出せば、D級の魔王なんて大した苦労も無く倒せるのが普通じゃない? だから、第36952世界に送り出した日本人たちがどんな生活を送ってるかなんて、いちいち調べる必要もないし、あたしの力で転生させた後は普通の人類と同じ扱いだから、そもそも調べる方法も無いし」
 僕は、思わず頭を抱えた。
 この女神様、結構やることがいい加減そうだ。果たして、こんな女神様に自分の運命を委ねて大丈夫なのだろうか……。

「分かりました。でも、日本人ばかり何百人も送ったんですか? 地球から大勢の人間を転生させるなら、日本以外の出身者が結構いてもおかしくないと思うんですけど」
「ああそれね、それには2つの理由があるのよ。
 まず、最近の日本では、異世界転生ものの物語が異様に流行ってるじゃない。普通、他の世界の人間なんかをこの神界に召喚すると、みんな意味不明って感じでオロオロしちゃって、事情を理解させるのに物凄く苦労するのが普通なんだけど、日本人はすごく呑み込みが早くて、キミなんか詳しく説明する前に理解しちゃったって感じじゃない? そんなわけで、最近の神界では、何かの事情で人間を送り込むなら第643世界の日本人に限るっていう口コミが広まっていて、ちょっとした日本人ブームが起きちゃっているわけね」
「はあ・・・・・・」
 それって、果たして喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか。
「もう1つの理由は、この第36249世界には、私の先々代くらいの時代から結構な数の日本人が派遣されている関係もあるのか、使われている言語が日本語と結構似ていて、日本人なら特別な措置をしなくても日本語が大体通じるのよ」
 まあ、日本語が通じる異世界なら、日本人が選ばれるのも別に不思議ではないか。


「それで、番号はどれが正しいのかよく分からなくなってきたけど、その『アマツ世界』っていうのは、具体的にどんな世界なんですか?」
「うーん、これも一言では説明しにくい質問ね。まず、私たちの神界で管理している世界は、その繁栄度なんかによってA級からE級までの5段階に区分されていて、アマツ世界はD級に区分されているわ。ちなみに、キミの暮らしていた第643世界、地球はA級ね」
「そのランクで何が違うんですか?」
「A級の世界は、人間やその他の生物が非常に繁栄していて、神界が介入しなくても特に問題なくやっていける上に、生物の生存圏が非常に広いから、ちょっとやそっとのことでは滅亡するおそれがない世界よ。特に地球なんかは、人間の数があまりにも増えすぎたんで、少し間引きした方がいいんじゃないかって意見もあるくらいで」
「間引きって?」
「人間の数が増えすぎて、生存圏の環境自体を破壊するおそれがあるから、数を減らした方がいいんじゃないかって話よ。ただし、念のため言っておくけど、あの疫病は神界の仕業ではないからね。神界が本気で間引きするんなら、あんな生易しい疫病じゃなくて、大体5年間で人類の半分くらいが死に絶えるくらいの病原菌をばら撒くことになると思うわ」
 とても恐ろしいことを、平然とした顔で言い放つ女神様。
「仮にも、日本人だった人間としては、それだけは止めて欲しいんですけど……」
「まあ、人間もそれなりに努力はしているみたいだし、今すぐにという話じゃないから安心しなさい。話を『アマツ世界』に戻すけど、D級に区分され3万台のナンバーが付けられている世界は、生物の生存圏が不安定で、世界を安定的に存続させるには、神界による監視や介入を必要とする世界よ。『特定要注意世界』とも呼ばれているわ」
「アマツ世界ってのは、どうして不安定なんですか?」
「まず、生存圏自体が結構狭いのよ。A級の地球は、惑星の大部分が生物の生存や繁栄に適した環境になっているけど、アマツ世界は地球より環境がかなり悪くて、人間やその他の生物が生きられる地域は、現状ではちょびっとしかないの」
「はあ」
「その上、人間を食い物にするモンスターなんかも生息していて、現地の人間たちもいまいちやる気が無くて、これまでも度重なる神界からの介入で、何とか持ちこたえてきた世界なのよ」
「・・・・・・それって、地球に比べるとかなり暮らしにくい世界ってことですよね?」
「まあね。地球並みの世界なら、いちいち介入なんかしないわよ。文明も、現代の地球よりはだいぶ遅れていて、銃や戦車とかは今のところ無くて、戦いは剣とか槍とか拳とかでやり合う世界ね。その代わり、地球では既に失われた魔法文明があって、戦いではいろんな魔法を使いこなすことも重要よ」
「そういう世界って、日本のゲームでは結構お馴染みって感じがするけど、実際にそういう生活をするのって、かなり苛酷だと思うんですけど。そんな世界に転生させられて、僕に一体何の得があるんでしょうか?」

◇◇◇◇◇◇

 僕がそう尋ねると、女神様はなぜかすごく意外そうな顔をした。
「あれ? なんか気乗りしないって感じね。日本人の若い子なら、大体詳しい話も聞かずに即答で言ってくれる子が多いんだけど。そうねえ、確かにあそこは現代の日本ほど便利な世界では無いけど、日本より断然良いところもあるわ」
「どんな?」
「清隆くん、まだ童貞でしょ?」
 質問に答える代わりに、女神様がニヤニヤしながら嫌なことを訊いてきた。
「……そりゃまあ、まだ高校1年生だったし」
「若い男の子なのに、えっちの快感を知らないまま死ぬなんてあまりにも可哀想よね。でも、『アマツ世界』には可愛い女の子が結構たくさんいて、しかも性に関しては結構大らかな世界だから、思う存分えっちを楽しめるわよ。まあ、娯楽が少ない世界だから暇なときはえっち以外にすることがないっていう理由もあるけど」
「ううん……」
 不覚にも、僕の気持ちは少しぐらついてしまった。
 日本では真面目に暮らしていたせいか、えっちどころか女の子の恋愛すらろくに経験していない。
 駄目な政治家への恨みを晴らすというのは正直どうでも良いが、女の子との恋愛もえっちも経験せずに死んでしまったのは確かに心残りだ。

 女神様は、そんな僕の気持ちを見透かしたように、さらに畳みかけてくる。
「それと、清隆くんには最初から『ナイト』の能力を授けるわ」
「ナイトって何ですか?」
「騎士のことよ。日本のゲームとかに出てくる世界と似たようなもので、アマツ世界では、モンスターなんかと戦う職業はいくつかの専門に分かれているのよ。基本職は戦士、武闘家、僧侶、魔術師、商人、探検家の6種類で、それぞれに中級職と上級職があるの。
 通常は基本職からスタートして、充分経験を積んだ後にようやく中級職へ、次いで上級職へとクラスチェンジできる仕組みになっていて、今までガースー討伐に送り込んだ日本人は基本職から好きなのを選ばせていたんだけど、どうやらあまり役に立っていないみたいだから、清隆くんは特別に、戦士系の中級職にあたる『ナイト』からスタートさせてあげるってこと。
 ナイトとして転生すれば、当然身体能力とかもそれに相応しいレベルからのスタートになるし、戦闘に必要なスキルも最初から習得できるから、モンスター討伐なんかでも即戦力として活躍できるし、活躍すれば女の子たちにモテモテよ。しかも、一夫一婦制なんて面倒な風習はないから、日本では難しいハーレム生活も夢じゃないわよ。そして首尾よく大魔王ガースー討伐に成功したら、死ぬまで王様並みの生活を送れる上に、その後は私に出来ることなら何でも1つだけ、キミの願い事を叶えてあげるわ。
 これはもう、即答で引き受けるしかないわね!」
 
 なぜか、やたらと僕の決断を急かしてくる女神様。こういう美味しそうな話は、逆に怪しい。
「ちなみに、その話を断った場合、僕はどうなるんです?」
「その場合には、キミは通常どおり、赤ちゃんからやり直すことになるわ。キミの転生先はもう内定済みで、アフガニスタンで貧しい農夫の息子として生まれることになるわよ」
「アフガニスタン!?」
「そう。イスラム原理主義勢力のタリバンが勢力を盛り返し、イスラム国の分派なんかも活動している混沌とした国。今後も深刻な貧困と紛争が続きそうなアフガニスタンよ。たぶん、食べ物や水なんかにも事欠き、銃殺の危険に脅えながら暮らすことになるわよ」
「せめて、同じ日本に転生させてもらうことは出来ないんですか?」
「日本は、一時期よりはだいぶ落ちたけど、それでも第643世界の中では経済的に豊かで平和な国で、今でも日本への転生希望者が殺到しているもんだから、公平を期すために、日本で生涯を終えた人間については、次の人生は生活の厳しい国へ転生してもらう決まりになっているの。
 でも、清隆くんについては、日本での生活を十分堪能できないうちに、とても理不尽な死に方をしちゃったから、それを哀れに思った女神アテナイス様がこうしてチャンスをあげようとしているのに、にべもなくそれを断るというのなら、原則どおりアフガンに転生してもらうしかないわね~」
「ちょっと待って! まだ断るとは言ってないから! せめて、もう少し考えさせて!」


「これ以上何を考える必要があるって言うのよ?」
「だって、引き受けたら未知の世界でモンスターなんかと戦い続ける危険な生活、断ったらアフガニスタンで戦争に怯える危険な生活、正直どちらも嫌な究極の選択って感じだし……」
「そんなことないわよ! 普通に生まれ変わるってことは、前世からの記憶も当然失われるから。キミが日本で真面目にお勉強しながら過ごした16年間の人生は、全くの無駄に終わってしまうのよ。でも、日本での記憶を保持したまま『アマツ世界』の騎士として転生するってことは、これまでの知識や経験を活かしてもう一旗挙げられるってことよ。
 しかも、生まれながらの騎士なんて、日本で言えば『上級国民』よ! その能力を活かして『アマツ世界』の危機を救うことができれば、王様になることも、歴史に名を残す英雄になることも夢じゃないわ!」
 ……まさか、女神様の口から「上級国民」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。せめて「貴族」とかにして欲しい。
 それはともかく、女神様に急かされれば急かされるほど、僕の心の中ではむしろ「なんか怪しい。気を付けろ」という不安が強くなってきて、素直に引き受ける気にはなれなかった。むしろ、普通にアフガンで生まれ変わった方がまだマシだった、と思えるような苦難を強いられるのではないか、という気がしてならない。

◇◇◇◇◇◇

「それはそれで、逆に責任重大過ぎて、僕に務まるかどうか不安があるんですけど……」
 僕の逃げ口上を聞くと、女神様は少しキレ気味の様子で、

「もう、煮え切らない子ね! こうなったら出血大サービスよ!」
 そう叫ぶと、女神様は自分の長く美しい水色の頭髪を1本引き抜き、それを天にかざした。
 すると、髪を持った女神様の右手に眩いばかりの光が集まり、やがてその光が収束すると、女神様の右手には一振りの剣が出現していた。いかにも神秘的な感じがする水色の剣身と、銀色の様々な装飾が付いた柄が付いた長剣で、いかにも普通の剣ではないという感じがする。
「きよたかくん。優柔不断で自信の無いキミに、この剣を授けるわ」
 これまで壇上にいた女神様が、わざわざこちらに歩み寄り剣を差し出してくるので、思わず僕がそれを受け取ると、いきなり剣が眩しい光を発した。
「うわっ!?」
「びっくりしなくても、特に危険はないわよ。そのまま剣を持ってなさい」
 女神様にそう言われたので暫く待っていると、やがて光は消えた。
 そして、改めてその剣を眺めると、剣身には明朝体のような書体で「村上 清隆」という銘が刻まされていた。
 ちなみに、剣を収めるための鞘については、女神様の傍に仕える天使の1人から、剣の柄に合わせた銀色の豪華そうなものが差し出された。その鞘を装着して剣を収めてみると、僕の見た目はちょっと剣士っぽくなったような気がした。

「その銘は、剣があなたを自分の主として認めた証拠よ。その剣は、あなた専用の剣。あなた以外の者には、使うことはおろか持つことも許されないわ。そしてその剣は、あなたがこの女神アテナイスに選ばれた伝説の勇者であることを示すもの。名付けて『アテナイス・ソード』ね」
「なんか凄そうな剣ですけど、ネーミングがいまいち安直ですね」
「うるさいわね! その剣は、最初の段階では市販の剣より少し強い程度だけど、あなたが成長するに従って真の力を発揮するようになり、魔王ガースーとの戦いでも十分役に立つはずよ。
 普通なら、魔王と戦えるほどの強い武器を手に入れるには、アマツ世界の各地を巡って、何千何万ものモンスターを倒して素材集めに励み、伝説の鍛冶職人を探して製作を依頼する必要があるけど、キミはその剣で最初から最後まで戦い続けられるわけ。これは、通常の転生者ではあり得ない、物凄いインセンティブよ!」
「・・・・・・でも、逆に言えば、剣以外の装備品、例えば盾とか鎧とかについては、大変な苦労をして素材集めなんかに励まないと、魔王に対抗できるものは入手できないってことですよね?」
「いちいちマイナスに考えない! あと、その剣にはあたしの女神としての力が込められているから、これまでの転生者と違って、キミはその剣を通じ、随時あたしと連絡を取ることが可能よ。キミは、その剣を通じてあたしの親切サポートを受けることが出来るし、あたしもキミを通じて、これまで送り込んだ日本人たちがどんな状況になっているのか調べられるし、まさに一石二鳥よ! これだけサービスしてあげたんだから、当然『アマツ世界』への転生を引き受けてくれるわよね?」

「うーん、でもいまいち自信が無いし、なんか怪しい話のような気もするから、やめておきます」
「そんな、ひどいっ!」
 女神様に一言で切り返された。
「当然、引き受けてくれるわよね?」
「やめておきます。その『アマツ世界』とかに送るのは、臆病な僕なんかじゃなくて、もっと勇気のある他の人にしてください」
「そんな、ひどいっ!」
「僕が引き受けるまで無限ループするつもりなんですか!?」
「当然よ! こうなったら、キミが喜んで引き受けるか、キミが根負けして引き受けるかの勝負よ」
「どちらにしても僕が負ける前提じゃないですか! どうして、僕を転生させることにそこまでこだわるんですか!?」
 僕がそう叫ぶと、女神様は急に深刻そうな表情になった。
「それはね、状況がそれだけ切迫しているからよ。さっき、あたしの管理している『アマツ世界』がD級世界に分類されているって話をしたけど、なぜか情勢は日々刻々と悪化しているみたいで、このままだとE級世界に転落しちゃう危機的状況なのよ」
「E級世界に転落するとどうなるんですか?」
「E級世界は、一応神界が管理する世界の一つとして4万台にナンバリングされるけど、もはや神界から援助の手を差し伸べても早晩滅亡は免れない世界ってことで、管理する神も置かれなくなるの。別名『放棄世界』とも呼ばれているわ。
 そしてあたしは、神界の常識を破って短期間に何百人もの日本人を転生させておきながら、何の成果も上げられなかったどころか、自分の管理する世界をE級世界に転落させた責任を問われ、おそらく更迭されて『神界史編纂室』に飛ばされることになるわ」
「神界室編纂室って?」
「表向きは、神界の歴史を編纂する部署ということになっているけど、実質的にはリストラ部屋よ。環境が悪い上にほとんど何もすることがないところで、そこでの生活に悲鳴を上げた女神の多くが、編纂室から出してもらうために女神の地位を返上して、単なる天界の下僕に成り下がったわ。ちなみに、こっちの天使も降格された元女神の一人よ」
 女神様がそういって天使の1人を指さすと、指を差された方の天使が答えた。
「アテナイス様、女神から降格されたのは、私ではなくニハエルの方です。私アズリエルは、次世代女神の有力候補として神界でも人目置かれている存在ですから」
「そうだっけ? まあ、あたしにとってはどうでもいいわ、そんなこと。
 それはともかく、ただでさえ責任を取らされそうなのに、転生させようとした日本人に転生を断られるなんて神界でも前代未聞の不祥事を起こしたら、もうその時点で、あたしの編纂室行きは確定になっちゃうのよ! それに、神界の最高神にあたるゼウス様からも、『転生させるのはあと3人までにしろ』って釘を刺されてるから、キミたちが転生して少なくとも相応の成果を挙げてくれないと、あたしはもはや追加の転生者を送ることも出来ず、アマツ世界のE級転落とあたしの編纂室行きが確定しちゃうのよ~!
 お願いだから、あたしと『アマツ世界』を助けると思って、大人しく転生を受け容れて大活躍してよ! お願いよ~」
 もはや、女神の威厳などどこに行ったかといった感じで、僕に縋り付いて泣き崩れる女神様。
 ・・・・・・いや、こんなダメ系の女神をいちいち様付けする必要はないか。アテナイスさんで十分だ。


「分かりました。僕にどのくらいのことが出来るか分かりませんが、出来る限りのことはやってみます」
 僕が、根負けしてそう答えると、アテナイスさんは急に笑顔になって、
「うん。キミならきっとそう言ってくれると信じてたわ! では、早速『アマツ世界』へレッツゴーね!」
 ……さっき泣き崩れていたのは、僕を泣き落としするための嘘泣きだったのか。
 もうこの駄女神、なんか殴りたくなってきた。
「もう、今更ごねるつもりはありませんけど、行く前に最後の質問いいですか?」
「何よ?」
「現在、『アマツ世界』に付けられているナンバーって、結局どれが正しいんですか? なんか、アテナイスさんの口から出る度に番号が変わっているような気がするんですけど」
「あ、えーとそれはね、ちょっと待ってね」
 アテナイスさんはそう言って、机に戻り何やら書類らしきものを漁り始めたが、どうやら自分でも正確に把握していないらしく、おろおろするばかりだった。その様子を見かねた天使の1人、たしかアズリエルと名乗っていた方が、駄女神さんに声を掛けた。
「アテナイス様、正しくは第32695世界です。以前から何度も申し上げているではありませんか」
「そうだったっけ?」
 とぼけたような表情をするアテナイスさん。今まで言ってた番号、全部間違いじゃないか。
 ちなみに、2人いる天使のうち、積極的にアテナイスさんの手伝いをしているのはアズリエルさんだけで、女神から降格されたというニハエルさんの方は、ぼうっと立っているだけで何もしていない。


 僕が呆れ顔をしているのも構わず、アテナイスさんはそそくさと転生の準備らしきことを始め、それが終わると急に姿勢を正し、厳かな口調で僕にこう告げてきた。
「村上清隆さん。あなたを、女神アテナイスの祝福を受けた神界の使者として、これから神界の管理する第32695世界、通称『アマツ世界』に送ります。あなたが、大魔王ガースー討伐の任務を果たし、『アマツ世界』に平和と繁栄をもたらすことを、心から願っています」
 アテナイスさんの言葉が終わると、僕の身体は眩い光に包まれた。どうやら僕は、これから異世界へ転生させられるようだ。
 さすがに、最後の決め台詞を告げるアテナイスさんは、一応女神らしい様になっていた。
 ……台詞を間違えないよう、アズリエルさんが用意した原稿を読み上げている点を除いては。
 なんかもう、最初から期待より不安の方が大きい旅立ちだなあ……。

(第2話に続く)
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