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パンアメリカン航空-914便
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1.プロローグ
1955年7月2日、アメリカ・ニューヨーク。普段と何ら変わらない日々が始まった。空は美しく晴れ、白い鳥が楽しそうに飛び回っている。何百万という人が忙しなく行き交うこの町で、世界を震撼させる事件が起こる事など、誰も予期していなかった。
2.出発
夏休みが6月から始まるアメリカでは、7月は旅行シーズン真っ只中。ニューヨークにある巨大空港では、バカンスを楽しむ予定の客でごった返している。そんな中、パンアメリカン航空914便が駐機している。今は倒産してしまった航空会社だが、「パンナム航空」と聞けば、ピンとくる人もいるかもしれない。この事件の主役は、「ダグラスDC-4」と呼ばれる4発のプロペラエンジンを搭載した小型旅客機である。マイアミに向け離陸準備をしている機長と副操縦士。そして57名の乗客が乗り込む。
「タキシングを許可します」
そう管制官から告げられたパイロットは、滑走開始位置へ向かう。離陸前チェックリストを完了し、いよいよ離陸する。天候に恵まれ、予定通り3時間ほどで着陸できるだろう。
「V1、・・・ローテート。」
機体がフワッと浮く。マイアミ空港へ向け、いや、絶望へ向けて飛び立った。
3.失踪
マイアミ空港では管制官たちが当惑していた。飛行機が来ない。それもそのはず、各地のレーダーから一瞬にして61名の乗員・乗客を抱えた金属の塊が忽然と姿を消したのだ。緊急事態宣言も発せられず、救難信号も受信できない。管制官たちの脳裏に最悪のシナリオが浮かぶ。「墜落」だ。すぐに捜索隊が派遣された。大規模な捜索も虚しく、全く見つからない。やがて記者会見が開かれ、パンアメリカン航空914便は墜落し、全員が死亡したと報じられた。遺族からは情報を求める声が上がったが、何も答えられない。機体の一部分すら見つからない。目撃情報もない。結局この事故は「失踪」という形で幕を閉じるかにみえたのだが・・・。
4.機影
時は流れ、1992年3月21日。ここはベネズエラの首都、カラカス。カラカス空港の管制官はレーダー上に突如として着陸予定に無い一機の飛行機が接近している事に気付く。管制官たちはその怪しい飛行機を視認する。見ると、現代ではすっかりタービン式エンジンに取って代わられ、中々お目にかからないプロペラ式エンジンを搭載している。かなり古い機体のようだ。パイロットに通信で呼び掛ける。
「こちら、カラカス空港管制塔、聞こえますか。」
応答がある。
「はい。申し訳ありませんが、我々の現在地を教えて頂けませんか?」
管制官は答える。
「あなた方は現在、ベネズエラの首都、カラカス空港に接近しています。」
管制官が問い掛ける。
「あなた方の所属は?」
機長が答える。
「1955年7月2日、マイアミ空港に着陸予定のパンアメリカン914便です。」
無線に沈黙が続く。管制官たちは事態を掌握できない。今は1992年。37年前に失踪した飛行機が今、目の前にいるのだから無理もない。
5.着陸
管制官は飛行機の乗員・乗客の安全を考慮して着陸させる事を優先する。
「貴機に着陸許可を出します。」
管制官は念のため、空港の警備隊を向かわせる。
ゆっくりと指示された滑走路に接近する飛行機。多くの視線を集めながらファッションショーのランウェイを優雅に歩くモデルのように堂々としているように見える。そして飛行機が完全に停止する。あの、「ポーン」という電子音と共に一斉にシートベルトを外し始める乗客たち。そしてアフターランディングチェックリストを遂行するパイロット。頭が真っ白で整理がつかない管制官。そして沈黙が破られる。
6.激昂
「管制塔よりパンアメリカン914便へ。機長、聞こえますか。」
「こちらパンアメリカン914便機長。管制塔、どうぞ。」
「落ち着いて聞いてください。あなた方は今が1992年であるという事を理解していますか?」
沈黙が流れる。通信機の不具合で我々が勘違いして、馬鹿なことを聞いてしまったのだろうか。そんな心配をよそにコックピットでも沈黙が流れる。それまで慣れた手つきで作業している機長と副操縦士の手が止まる。そして顔を見合わせる。誰も何が起こっているのか理解できない。パイロットも、管制官も。
そして機長が沈黙を破る。
「それは一体どういうことだ?」
困惑しているようにも、からかわれていると思い激怒しているようにも聞こえる。
「ですから、今は西暦1992年です。1955年は、37年も前の事ですよね?」
管制官もまさか、とは思ったが努めて冷静に対応する。それと反比例するかのように機長の怒りは収まらない。
「どういう意味だ?」
冷静さを欠いた機長はすぐに地上サービスを拒否、パーキングブレーキを解除。滑走路に向かって行った。
7.制止
管制官は急いで機長を思いとどまらせようとする。しかし、機長からは一切応答がない。滑走路に進入すると離陸許可を待たずしてエンジンを再始動、再び離陸した。暫くは視認できる場所を飛行していたが、やがて見えなくなる。レーダーで追尾していたが、レーダー上からも忽然と姿を消す。
8.エピローグ
この奇妙な事件は長く実しやかに語り継がれているが、信憑性が高いものとは決して言えない。証拠らしい証拠は一切ない。滑走路上に1955年のカレンダーが落ちていたと証言する者もいる様だが、証拠は無い。そもそも37年間、乗員・乗客は食料をどう確保したのか。酸素は十分なのか。燃料はどうするのか。色々な疑問を纏ったこの飛行機は今、どこにいるのか。もしかすると、まだ時空の狭間を飛んでいるかもしれない。明日、貴方の町の空港に着陸しても何ら不思議ではないと言えるかもしれない。
完
1955年7月2日、アメリカ・ニューヨーク。普段と何ら変わらない日々が始まった。空は美しく晴れ、白い鳥が楽しそうに飛び回っている。何百万という人が忙しなく行き交うこの町で、世界を震撼させる事件が起こる事など、誰も予期していなかった。
2.出発
夏休みが6月から始まるアメリカでは、7月は旅行シーズン真っ只中。ニューヨークにある巨大空港では、バカンスを楽しむ予定の客でごった返している。そんな中、パンアメリカン航空914便が駐機している。今は倒産してしまった航空会社だが、「パンナム航空」と聞けば、ピンとくる人もいるかもしれない。この事件の主役は、「ダグラスDC-4」と呼ばれる4発のプロペラエンジンを搭載した小型旅客機である。マイアミに向け離陸準備をしている機長と副操縦士。そして57名の乗客が乗り込む。
「タキシングを許可します」
そう管制官から告げられたパイロットは、滑走開始位置へ向かう。離陸前チェックリストを完了し、いよいよ離陸する。天候に恵まれ、予定通り3時間ほどで着陸できるだろう。
「V1、・・・ローテート。」
機体がフワッと浮く。マイアミ空港へ向け、いや、絶望へ向けて飛び立った。
3.失踪
マイアミ空港では管制官たちが当惑していた。飛行機が来ない。それもそのはず、各地のレーダーから一瞬にして61名の乗員・乗客を抱えた金属の塊が忽然と姿を消したのだ。緊急事態宣言も発せられず、救難信号も受信できない。管制官たちの脳裏に最悪のシナリオが浮かぶ。「墜落」だ。すぐに捜索隊が派遣された。大規模な捜索も虚しく、全く見つからない。やがて記者会見が開かれ、パンアメリカン航空914便は墜落し、全員が死亡したと報じられた。遺族からは情報を求める声が上がったが、何も答えられない。機体の一部分すら見つからない。目撃情報もない。結局この事故は「失踪」という形で幕を閉じるかにみえたのだが・・・。
4.機影
時は流れ、1992年3月21日。ここはベネズエラの首都、カラカス。カラカス空港の管制官はレーダー上に突如として着陸予定に無い一機の飛行機が接近している事に気付く。管制官たちはその怪しい飛行機を視認する。見ると、現代ではすっかりタービン式エンジンに取って代わられ、中々お目にかからないプロペラ式エンジンを搭載している。かなり古い機体のようだ。パイロットに通信で呼び掛ける。
「こちら、カラカス空港管制塔、聞こえますか。」
応答がある。
「はい。申し訳ありませんが、我々の現在地を教えて頂けませんか?」
管制官は答える。
「あなた方は現在、ベネズエラの首都、カラカス空港に接近しています。」
管制官が問い掛ける。
「あなた方の所属は?」
機長が答える。
「1955年7月2日、マイアミ空港に着陸予定のパンアメリカン914便です。」
無線に沈黙が続く。管制官たちは事態を掌握できない。今は1992年。37年前に失踪した飛行機が今、目の前にいるのだから無理もない。
5.着陸
管制官は飛行機の乗員・乗客の安全を考慮して着陸させる事を優先する。
「貴機に着陸許可を出します。」
管制官は念のため、空港の警備隊を向かわせる。
ゆっくりと指示された滑走路に接近する飛行機。多くの視線を集めながらファッションショーのランウェイを優雅に歩くモデルのように堂々としているように見える。そして飛行機が完全に停止する。あの、「ポーン」という電子音と共に一斉にシートベルトを外し始める乗客たち。そしてアフターランディングチェックリストを遂行するパイロット。頭が真っ白で整理がつかない管制官。そして沈黙が破られる。
6.激昂
「管制塔よりパンアメリカン914便へ。機長、聞こえますか。」
「こちらパンアメリカン914便機長。管制塔、どうぞ。」
「落ち着いて聞いてください。あなた方は今が1992年であるという事を理解していますか?」
沈黙が流れる。通信機の不具合で我々が勘違いして、馬鹿なことを聞いてしまったのだろうか。そんな心配をよそにコックピットでも沈黙が流れる。それまで慣れた手つきで作業している機長と副操縦士の手が止まる。そして顔を見合わせる。誰も何が起こっているのか理解できない。パイロットも、管制官も。
そして機長が沈黙を破る。
「それは一体どういうことだ?」
困惑しているようにも、からかわれていると思い激怒しているようにも聞こえる。
「ですから、今は西暦1992年です。1955年は、37年も前の事ですよね?」
管制官もまさか、とは思ったが努めて冷静に対応する。それと反比例するかのように機長の怒りは収まらない。
「どういう意味だ?」
冷静さを欠いた機長はすぐに地上サービスを拒否、パーキングブレーキを解除。滑走路に向かって行った。
7.制止
管制官は急いで機長を思いとどまらせようとする。しかし、機長からは一切応答がない。滑走路に進入すると離陸許可を待たずしてエンジンを再始動、再び離陸した。暫くは視認できる場所を飛行していたが、やがて見えなくなる。レーダーで追尾していたが、レーダー上からも忽然と姿を消す。
8.エピローグ
この奇妙な事件は長く実しやかに語り継がれているが、信憑性が高いものとは決して言えない。証拠らしい証拠は一切ない。滑走路上に1955年のカレンダーが落ちていたと証言する者もいる様だが、証拠は無い。そもそも37年間、乗員・乗客は食料をどう確保したのか。酸素は十分なのか。燃料はどうするのか。色々な疑問を纏ったこの飛行機は今、どこにいるのか。もしかすると、まだ時空の狭間を飛んでいるかもしれない。明日、貴方の町の空港に着陸しても何ら不思議ではないと言えるかもしれない。
完
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