塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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10話 塔の魔術師といにしえの種族

11(完)

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 朝になってからも離れがたくてまだベッド上でフレンとくっ付いて過ごしている。
 ついでに気になっていたことを尋ねてみた。

「なあ、フレンは記憶を無くす前の俺のどこを好きになったんだ?」

 フレンが記憶を無くす前の俺のどこを好きになったのか知りたくなったのだ。

「エーティア様は一途で、俺を強く想って下さるところが好きです」

 一途……なのか。

「誰よりも強い魔術の使い手であるところを尊敬します」

 フレンからの尊敬の念を感じる。

「小さくて華奢な体はどのような脅威からも守って差し上げたい」

 そんな風に思っているのか。

「嫉妬する姿は可愛らしい」

 嫉妬なんて醜い感情を可愛いと思うなんて変わった男だ。

「薄桃色の唇はいつまでも口づけていたいと思います」

 カーッ、と頬に熱が昇ってしまってこの辺りで終わりにする。

「わ、分かった。もうそれぐらいで。逆に嫌な所はなかったのか?」

 いいところばかり聞きすぎて、ムズムズしていたたまれなくなってきたのだ。

「そうですね……。無防備すぎて心配なところがあります。魅力的なのにそれを一切隠しもしないのでたくさんの人を惹き付けます。お陰で俺はいつも嫉妬させられてばかりです。でも、自分が嫉妬するとエーティア様はそれを喜ぶ節があるので、胸中複雑です」

 フレンを嫉妬させて喜んでいるのか。
 なかなか性格が悪いな。

「俺はお前に魔力をもらわないと駄目だと聞いた。それなのに、せっかくもらった魔力をすぐに使ってしまうし、厄介だと思わないのか」

「いいえ。エーティア様が魔術を使う姿は生き生きしていて、ずっと見ていたい。たくさん使ってもらって構いませんよ。俺は魔力を使わないから、全てあなたのものです」

「ワガママなところを嫌だと思ったことは?」

「愛する人のワガママは可愛らしく思うので、可能な限り聞いて差し上げたい」

「ちょっとお前は記憶を無くす前の俺に甘すぎるんじゃないか」

 明らかに甘やかしすぎだと思う。嫌なところを聞き出すはずが、甘い言葉で返されてかえってムズムズが止まらなくなった。

「魔力不足で苦しいはずなのに、俺やイライナ様を気遣って魔力を使ってくださる今のエーティア様の変わらずやさしいところも好きです」

 フレンは今の自分に対しても好きな部分を言ってきた。

「素直で無垢で可愛らしい。どんなあなたであっても毎日好きだという気持ちが募っていきます」

「わ、も、もういい」

 これ以上は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 フレンが自分を好きでたまらないというのはよく伝わって来た。
 このまま記憶が戻らなくても大切にしてもらえるのは間違いない。それでも……。

「はやく記憶を取り戻したい……。なあ、手を握って欲しい」

「はい」

 指を絡めて手を握られる。
 愛する気持ち、嫉妬してしまう気持ち、性格が悪いところだってそれら全てをひっくるめて『エーティア』という存在だ。
 全ての記憶を取り戻して、この先もフレンと共にいたいのだ。

 アゼリアは内側から精神操作の魔術を破れと言っていた。そして俺になら出来ると。

(このままやられっぱなしで終わってたまるか)

 負けたくないとむくむくと内側から闘志が湧きおこる。
 強くフレンの手を握り返した瞬間、光が弾けた。
 消えていたはずの記憶が頭の中に戻って来る。

「う……」

 一気に情報が頭の中に流れ込んで来て、ふらついたところを抱き留められた。

「……何だか不思議だな。記憶のない時の自分と今の自分が一つになるこの感覚は……」

 記憶を失っていた間のことも全て覚えている。
 あれだって自分なのだが、奇妙な行動をしていた時のことを思うと恥ずかしくてわーっと頭を掻きむしりたくもなる。

 何が「ちゅー」だ。口の中が痒くなる!!
 それに甘えすぎだろうが!?

 記憶を取り戻したことを知ったフレンが目を大きく開いて、それからふわっと微笑んだ。

「おかえりなさい、エーティア様」

 いまだ冷めない熱を頬に宿したまま「ああ、ただいま」と告げた。


 ***


 アリシュランド城の中庭ではエギルと白い小鳥になったままのイライナが駆け回って遊んでいる。

 イライナは相変わらず元の姿に戻らないままだった。
 空を見上げると、ここを出発する前に降っていた雪は止んでいた。
 それはつまり、イライナが泣いていないということだ。

 記憶を消してしまったこと、それがいいことなのかは分からないけれど。

「これで良かったんだよな……?」

 ぽつりとつぶやくと、隣にいたフレンが頷いた。

「はい。きっとオーレイヴ陛下も愛する人が長いこと苦しみ、泣いている姿を見たくないと思っているのではないでしょうか。だったら、いっそ自分のことを忘れて幸せに生きていてくれる方を望むのでは」

 それはオーレイヴ陛下の願いのようでいて、フレン自身の願いなのではなかろうか。

 自分を忘れてでも、幸せに生きていて欲しい……か。

「そうか。だけど、俺は生きていけない。イライナのように番を失った後一人で生きて行く勇気もなければ、番を忘れて生きる道も選べないと思う。分かるか、俺は……生きていけないんだ」

 だから自分より先に逝くなと言外に匂わせる。
 切なげに瞳を揺らしたフレンに引き寄せられて抱き締められた。

「エーティア様、俺は頑張って長生きします。アリシュランド王家の者は白き魔力の影響もあってか代々病気知らずで長寿だと有名なんです。必ずあなたとエギルを看取ってから逝くとお約束します。これはあなたを欲しいと望んだ時から覚悟していたことです」

「ああ。そうしてくれ」

 記憶を取り戻した後、フレンには俺が本当は人間ではなくて、純血の『白き翼の一族』であることを伝えた。
 そうだろうとは思っていたけれど、フレンのこちらに向ける気持ちは一切変わらなかった。
 「エーティア様はエーティア様ですから」と。

 俺もそうだ。今更『白き翼の一族』だったからといって、あの里の者達のように人間を憎むという気持ちは抱けない。

 何故ならこの世界にはいい人間もいれば悪い人間もいるとすでに知っているからだ。
 種族が違うと知らされたからといって、俺という存在は変わらないのだ。

「あいつらは言っていた。魔力を失った俺は長く生きられないのだと。それでも人間ぐらいは生きられると言っていたし、そう簡単に死ぬつもりもない。だからせいぜいお前も長生きをしてくれ。もしも約束を破って先に死んだら呪いをかけるぞ……これは絶対にだ」

「はい」

 誓いのように手を握られた。


 ***


 白き翼の一族の秘術はイライナの心を救った。
 そして里を守らなければならないという使命のために、あのような行為に走った経緯も理解できなくはない。
 俺を捕える前の里長は申し訳なさそうに「すまない」と謝っていた。

 だからといって自分にしたことも含めて非人道的な行為を許せはしないが。
 しかし全ては人間による乱獲が起こらなければ、平和に生きていたのなら、彼らがああした行動に走らなかったのもまた事実だ。

 彼らの現状を伝え、俺が純血の白き翼の一族であると知ったアリシュランド王は「なるほど」と深く頷いた。

「白き翼の一族であるエーティア様が勇者の仲間として女神に選ばれたのには、意味があったのでしょうな。そしてそれはこの時のためだったのではないかと私には思えます。この国は幸いにもエーティア様のお陰で白き翼の一族への偏見が少ない。あなたの生きるこの時だからこそ変革が可能なのです」

 モンスターとして位置づけられている白き翼の一族の自分が勇者の仲間として選ばれた意味か。
 俺が生きている今だからこそ変えていけることがあると王は言う。
 そんなこと、これまで考えたこともなかった。

 今後アリシュランド国王は、白き翼の一族が人間によって狩られないよう法律を整えていく方向だという。
 さらに保護を求める者に対してはアリシュランド王国で手厚く保護していきたいとの考えを示している。
 他国に先立ってこれらの行動を起こすことによって、ゆくゆくは白き翼の一族をモンスターという括りから外したいと考えているようだ。

「王よ、世界を変えると言うのは、なかなか大変なことだと思うぞ?」

「ふふ、それが私の仕事ですからな。未来を見据えて動けと以前私に言ったのはエーティア様ではありませんか。この世界に住む者達の、より良い未来のために精一杯働きますぞ」

「そうか、せいぜい頑張れ」

「おや、エーティア様。そんな他人事のように。あなたにも白き翼の一族との調整役として間に立って手伝っていただきたい」

「はぁ? 何で俺が」

「これも以前あなたがおっしゃっていたではありませんか。『俺に出来る範囲であれば、手伝ってやることは出来る』と。今がその時ですぞ」

 王はにこにこと笑っている。
 ぎょっと目を剥いた。

「確かに、そんなことを言った。言ったが……!!」

 あれは再復活した魔王を倒した後のことだ。
 大魔術師エーティアの通り名を返上し、引退すると宣言した俺に国王はまだこの国の象徴として活躍して欲しいとすがってきた。それに対して俺は自分ばかりに頼っていないで未来を見据えて動けと言った。だがそれと同時に自分に出来ることがあれば手伝ってやることはできると伝えた。
 だがまさかこんなに早くその機会が訪れるなんて思ってもいなかった。
 想定外だ!

「アリシュランド王家の者が訪ねて行ったとしても、そもそも里に辿り着けませんし、彼らも警戒するだけで話にはならないでしょうなぁ。その点エーティア様は白き翼の一族であり、彼らとも面識があり、なおかつ彼らの手の内をある程度知っているでしょうから今度はみすみすとやられることはありませんな。交渉役としてこれ以上ないほどぴったりでしょう」

 それはその通りだ。
 白き翼の一族と人間の間に立つことができる者といったら自分しかいないのだろう。

 この俺を働かせようなどと、この国王、お人好しそうに見えて意外としたたかだな!
 流石はフレンと親子だけのことはある。

「……はぁ。次々と仕事が増えてしまって、フレンとエギルと静かに暮らせる日はいつになることやら。だが、いいだろう。白き翼の一族の乱獲に関しては俺も苛ついていたところだ。少しぐらいは働いてやってもいい」

「おお、流石はエーティア様ですな!」

 しかしその前にやるべきこともある。

 白き翼の一族の奴らにはお仕置きのためにも近々会わなければならない。
 俺にあのような真似をしておいて、タダで済むと思わないことだ。

 特に里長と、冷たい目の男にはじっくりと分からせてやらなければなるまい。
 まずは空から地へと重力で落として土下座だ。これは絶対にやってやる。

 奴らの今後について俺がどこまで手を出すか決めるのはそれからだ。

 お仕置きの方法を考えると、にやにやと笑いが止まらなかった。
 何も知らないエギルなどは「エーティアさま、楽しそうですぅ」と嬉しそうに笑っていた。それがつい先日の出来事だ。


 ***


 遊んでいるエギルとイライナのところに少年がタタタッと駆け寄って行った。
 やけに興奮した様子で白い鳥を見つめている。

「鳥さん、こんにちは。その翼、真っ白ですごく綺麗だね」

 イライナもピタッと動きを止めて声を掛けてきた子供を見つめた。

「うん? あれは誰だ……?」

「あの子はレクシアと言って、一番上の兄の子供です」

 世継ぎである王太子の子供だという。つまりはフレンの甥だ。年の頃は四、五歳ぐらいか……?
 聡明な印象があり、血が繋がっているだけあって顔立ちや雰囲気がフレンにも少し似ている。

 レクシアは真っ直ぐイライナだけを見つめている。その場にはエギルも共にいるにも関わらず。
 レクシアとイライナは時が止まったように、お互いしか見えていないようだった。

「僕レクシアって言うんだ。ねえ、ここにおいでよ。肩に乗って」

 白い翼を羽ばたかせてレクシアの肩に止まると、イライナはピピ、と鳴いて少年の頬に体をすり寄せた。

「ふふ、くすぐったいよ」

 出会ったばかりだというのに、唯一無二の存在であるかのように寄り添い合っている。

「わあ、鳥さん、とっても嬉しそうです! 良かったですぅ」

 エギルが弾んだ声を上げて、彼らに気を使ったのかこちらへと戻って来た。

「なあ、あの子供はもしかして……」

 彼らの様子を眺めていて、ある可能性に思い至った。

 オーレイヴの生まれ変わりはフレンではないかと疑った時もあったが、実はそうではなくて生まれ変わりはレクシアの方だったのだ。

 フレンが腰に佩いた剣の柄を握った。

「魔王が復活して聖剣が主を求めて光った時、レクシアはまだこの世に生まれていませんでした。だからあの時この聖剣は俺を選んだのかもしれません」

 レクシアが剣に触れればハッキリするだろう。
 剣が主と認めた者以外は鞘から引き抜くことが出来ないのだから。

 だけどフレンはそうしなかった。
 魔王のいなくなったこの世界で、まだ幼いレクシアに早々に聖剣を継がせる必要はないと考えたようだ。
 フレンは聖剣に触れて、語りかけた。

「すまないが、あともう少しだけ俺に付き合ってもらいたい。禁術を内に秘めるエーティア様をお守りするために」

 いつか禁術を手放す日まで、それまで力を貸して欲しい。
 フレンの声に応えるように聖剣はほのかに白い光を放った。



「あの……」

 いつの間にかイライナを肩にのせたレクシアがすぐ傍にいて、こちらを見上げていた。

「この子はフレン様とエーティア様の小鳥ですか?」

 驚いた。レクシアは俺のことを知っていたのか。

「いいや、理由があって共にいるが主人ではない。今後その小鳥をどうするか考えていたところだ」

 こちらの言葉にレクシアが顔をパッと太陽のように輝かせた。

「本当ですか? だったら僕がこの子のお世話をしたいです」

「お前が?」

「はい。えっと……、僕、この前降っていた雪を見てからずっと誰かに呼ばれていたような気がして……。それがこの子じゃないかって思ったんです」

 そうか。
 大雪が降っていたのは、目印だったのだ。生まれ変わった番に見つけてもらうための。
 イライナの方に目を向けるとピピ、と澄んだ声で鳴いた。

「ふむ。その小鳥もお前と共にいたいと思っているようだ。だが、少し訳ありの鳥なのだ。もしかしたら不思議な行動を取ることもあるかもしれない。それでも大切にしてくれるか?」

「はい、僕はこの子と一緒にいたい。幸せにしてあげたいんです。必ず大切にします!」

 幼いのに実にしっかりとしている。
 何だか小さなフレンを見ているようだ。血筋というのは侮れない。この者ならイライナを大切にしてくれるだろう。

「そうか、よろしく頼む」

「ありがとうございます。この子には名前がありますか?」

「いや……せっかくだからお前が付けてやってくれ」

 イライナという名前はかつての少女だった時のもの。
 記憶の無い新しく生まれ変わった小鳥には不要なものだ。

 「はい! きっと素敵な名前を付けます」と輝くような笑顔を浮かべてレクシアは小鳥と共に去って行く。引き続き庭で戯れるのだろう。

 レクシアとイライナだった小鳥がどのような行く末になるのか分からない。そもそもこのまま小鳥の姿で生きて行くのか、少女の姿に戻るのかも不明だ。

 いつかはまた別れの時が訪れて泣くことになるのかもしれない。
 だが、今レクシアと共にある小鳥はこれ以上ないほど幸せそうに見えた。だからこれで良かったのだ。


 空は澄み渡るように青く、泣いて雪を降らせていた少女はもういない。
 そこには少年の傍で歌うように鳴く小鳥があるだけだ。





END
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