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第3章 領主の娘と貴族の男
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目的のダイヤモンドを手にしてテントに戻ったスキルは大歓声で迎え入れられた。団員にして盗賊仲間連中はバシバシとスキルの肩を叩いて仕事の成功を褒め称えた。
スキルが戦利品であるピンクダイヤモンドを掲げると団員の間からほう、というため息がもれた。大粒のダイヤはスキルの手の中で輝きに満ち溢れていた。
近くにいた1人にピンクダイヤを渡すと、それを見るために次から次へと団員達に渡っていった。
「よう、スキル。今日の仕事の具合はど~だったよ?」
スキルの肩を思いっきり叩いて話し掛けて来たのはブレンという男だった。
もともとこのサーカスの団員達の間には上下関係というものが薄く、仲間意識の方が強い。それでもくだけきった物言いから彼はスキルにとってかなり親しい友人であることが伺えた。
ブレンは活発な顔立ちに褐色の肌と黒色の髪をしていて、頭にバンダナを巻いている男だ。
彼もサーカスの団員にして、「黒のピエロ団」の一員だったが今回の仕事に関してはスキル1人で出向いたため、そわそわと仲間達とスキルの帰りを待っていたのである。
ちなみにこのスキルとブレンの2人がつるむとたいていロクなことがないため、リグはしょっちゅう頭を悩ませていたりする。
「あー、成功といえば成功だ…」
歯に物の挟まったような言い方をするスキルにブレンは顔をしかめる。
「なんだ、お前らしくもない。いつもなら成功して当然って顔して帰って来るくせによ。あ、お嬢様は見れたか? 美人だった?」
前情報から領主に娘がいるということを知っていたブレンはスキルのわき腹を肘でつついて尋ねた。
ところがブレンの言葉にスキルは眉間に深いしわを寄せた。
「あん? どうかしたのか」
途端に不機嫌そうな顔になったスキルに不思議そうに首を傾げる。
「あー、ハズレだったのか。そりゃご愁傷様……」
「いいや、滅多にお目にかかれないほどのとびっきりの美人だった」
言葉とは裏腹にその表情は相変わらず不機嫌なまま。美しい女性は口説くのが当然というぐらい軽薄な精神の持ち主であるスキル。美人に会ったのになんでそんなに不機嫌なんだよ、と言いかけたブレンの言葉を遮る。
「その話は後だ」
ひらひらと手を振ってブレンから離れると、ため息をついて椅子に腰掛けた。何だかひどく疲れてしまった。
するとそれまでじっと遠くで見守っていたスキルの母親のソアラが静かに彼の側に寄った。
「お疲れ様、スキル」
やさしい口調で労いの言葉をかけた。
おっとりとした雰囲気を持つ母親はかつて貴族の令嬢だった。どこをどう間違えたのかスキルの父親に惚れてしまい、家に勘当されてまで団長の妻として生きていくことを選んだ。旅芸人という職業に身を置いて20数年、しかしながら彼女の物腰や振る舞いは未だに衰えることがなく上品なものだった。
もちろんソアラも盗賊稼業のことは良く知っている。そしてそれがとても危険なことも悪いことであるのも。けれどもソアラはそれを承知の上でスキルの父親に惚れたのだ。
「上着はどうしたの?」
首を傾げながらそうソアラに問われてスキルは慌てた。まさか盗みに入った先の令嬢に怪我を負わせてしまってその手当てのために脱いできたとは言いづらい。
言えるわけがない。
ソアラは盗賊という仕事を認めているものの、人を傷つけることを大変悲しむ人だから。たとえそれが事故で故意に傷つけたのではないにしても。
「……少々事情があって脱いできました」
多少の後ろめたさを覚えつつもそう言うしかなかった。本当のことなど当然言えるはずもない。ソアラもそれで納得したらしく深く追及はしてこなかった。
「疲れたから少し休んでくる」
頭を振ったスキルは団員からピンクダイヤを受けとると休憩するために自身のテントに向かった。
***
テントに横になったスキルはくそっと小さく毒づいた。
彼は今、スッキリとしない気持ちを抱えていた。
理由ははっきりとしている。いつものようにすんなりと仕事が成功しなかったせいだ。
スキルは貴族というものが好きではなかった。
鼻持ちならない態度、人を馬鹿にした態度…。サーカスの団員の娘を酒場の踊り子と勘違する貴族連中もいて、起こったトラブルも1度や2度ではない。
サーカスをして各地を点々と渡り歩いているスキル達は場所代として領主にお金を収めなければならなかった。ほとんどの領主はサーカスと聞くと下賎な芸人の集まりと馬鹿にしてとんでもない高額を要求してきた。
昔はサーカスの知名度も低く、そんな馬鹿高い金額を払えずに盗んだ金で支払いをしていたが、知名度も興行収入も上がった今や場所代を払うのは容易だった。けれど貴族連中が大切にしている宝物を盗んだときの快感が忘れられずにいまだに盗みを続けていた。わざわざ予告状を送りつけて盗み、貴族連中の悔しがる顔を見るのが好きだった。
けれど今日の盗みは―――。
お嬢様だと思っていた女が剣を抜いてきたことが誤算の始まりだった。そう考えてスキルは頭を振る。
いや、そもそもどこかに隠していると思っていたピンクダイヤを令嬢自ら身につけていたことだ。
一目剣の名を持つお嬢様を見てから屋敷の中を探そうと思い、わざわざ偽造した招待状で会場に入った。
レイピアを見つけたとき思わず口笛を吹きたくなるような美人だと思った。しかし何気なく目を向けた胸元にピンクダイヤを身に付けていたときは驚いた。
そして飲んだと思った眠り薬入りワインをこっそり捨てていたことも。全て彼女はスキルの予想を裏切ってくれた。
結果としてダイヤを手に入れたのはスキルだったが、どうも気分が晴れない。逆にこちらの方がイライラとさせられてしまった。
月の光を集めてその背に流したような銀色の髪。
日焼けという言葉を知らないような乳白色の肌。
あのとき、領主の娘として浮かべていたやわらかな笑顔がまさか作り物だったとは思いもしなかった。
短剣を引き抜いて自分に向かってきた、剣のような鋭さの性格。
―――あのあざやかな印象。
そして令嬢に怪我を負わせてしまったことは思っていた以上にスキルの精神にダメージを負わせていた。女性に怪我をさせるなんて全くもって自分の信条に反しているからだ。
まったく、何から何まで誤算だらけ。
スキルはかぶりを振る。
いつまでも考えても仕方がない。もう終わったことなのだから。スキルはそう思い、明日の公演に向けて休むことにした。
目的のダイヤモンドを手にしてテントに戻ったスキルは大歓声で迎え入れられた。団員にして盗賊仲間連中はバシバシとスキルの肩を叩いて仕事の成功を褒め称えた。
スキルが戦利品であるピンクダイヤモンドを掲げると団員の間からほう、というため息がもれた。大粒のダイヤはスキルの手の中で輝きに満ち溢れていた。
近くにいた1人にピンクダイヤを渡すと、それを見るために次から次へと団員達に渡っていった。
「よう、スキル。今日の仕事の具合はど~だったよ?」
スキルの肩を思いっきり叩いて話し掛けて来たのはブレンという男だった。
もともとこのサーカスの団員達の間には上下関係というものが薄く、仲間意識の方が強い。それでもくだけきった物言いから彼はスキルにとってかなり親しい友人であることが伺えた。
ブレンは活発な顔立ちに褐色の肌と黒色の髪をしていて、頭にバンダナを巻いている男だ。
彼もサーカスの団員にして、「黒のピエロ団」の一員だったが今回の仕事に関してはスキル1人で出向いたため、そわそわと仲間達とスキルの帰りを待っていたのである。
ちなみにこのスキルとブレンの2人がつるむとたいていロクなことがないため、リグはしょっちゅう頭を悩ませていたりする。
「あー、成功といえば成功だ…」
歯に物の挟まったような言い方をするスキルにブレンは顔をしかめる。
「なんだ、お前らしくもない。いつもなら成功して当然って顔して帰って来るくせによ。あ、お嬢様は見れたか? 美人だった?」
前情報から領主に娘がいるということを知っていたブレンはスキルのわき腹を肘でつついて尋ねた。
ところがブレンの言葉にスキルは眉間に深いしわを寄せた。
「あん? どうかしたのか」
途端に不機嫌そうな顔になったスキルに不思議そうに首を傾げる。
「あー、ハズレだったのか。そりゃご愁傷様……」
「いいや、滅多にお目にかかれないほどのとびっきりの美人だった」
言葉とは裏腹にその表情は相変わらず不機嫌なまま。美しい女性は口説くのが当然というぐらい軽薄な精神の持ち主であるスキル。美人に会ったのになんでそんなに不機嫌なんだよ、と言いかけたブレンの言葉を遮る。
「その話は後だ」
ひらひらと手を振ってブレンから離れると、ため息をついて椅子に腰掛けた。何だかひどく疲れてしまった。
するとそれまでじっと遠くで見守っていたスキルの母親のソアラが静かに彼の側に寄った。
「お疲れ様、スキル」
やさしい口調で労いの言葉をかけた。
おっとりとした雰囲気を持つ母親はかつて貴族の令嬢だった。どこをどう間違えたのかスキルの父親に惚れてしまい、家に勘当されてまで団長の妻として生きていくことを選んだ。旅芸人という職業に身を置いて20数年、しかしながら彼女の物腰や振る舞いは未だに衰えることがなく上品なものだった。
もちろんソアラも盗賊稼業のことは良く知っている。そしてそれがとても危険なことも悪いことであるのも。けれどもソアラはそれを承知の上でスキルの父親に惚れたのだ。
「上着はどうしたの?」
首を傾げながらそうソアラに問われてスキルは慌てた。まさか盗みに入った先の令嬢に怪我を負わせてしまってその手当てのために脱いできたとは言いづらい。
言えるわけがない。
ソアラは盗賊という仕事を認めているものの、人を傷つけることを大変悲しむ人だから。たとえそれが事故で故意に傷つけたのではないにしても。
「……少々事情があって脱いできました」
多少の後ろめたさを覚えつつもそう言うしかなかった。本当のことなど当然言えるはずもない。ソアラもそれで納得したらしく深く追及はしてこなかった。
「疲れたから少し休んでくる」
頭を振ったスキルは団員からピンクダイヤを受けとると休憩するために自身のテントに向かった。
***
テントに横になったスキルはくそっと小さく毒づいた。
彼は今、スッキリとしない気持ちを抱えていた。
理由ははっきりとしている。いつものようにすんなりと仕事が成功しなかったせいだ。
スキルは貴族というものが好きではなかった。
鼻持ちならない態度、人を馬鹿にした態度…。サーカスの団員の娘を酒場の踊り子と勘違する貴族連中もいて、起こったトラブルも1度や2度ではない。
サーカスをして各地を点々と渡り歩いているスキル達は場所代として領主にお金を収めなければならなかった。ほとんどの領主はサーカスと聞くと下賎な芸人の集まりと馬鹿にしてとんでもない高額を要求してきた。
昔はサーカスの知名度も低く、そんな馬鹿高い金額を払えずに盗んだ金で支払いをしていたが、知名度も興行収入も上がった今や場所代を払うのは容易だった。けれど貴族連中が大切にしている宝物を盗んだときの快感が忘れられずにいまだに盗みを続けていた。わざわざ予告状を送りつけて盗み、貴族連中の悔しがる顔を見るのが好きだった。
けれど今日の盗みは―――。
お嬢様だと思っていた女が剣を抜いてきたことが誤算の始まりだった。そう考えてスキルは頭を振る。
いや、そもそもどこかに隠していると思っていたピンクダイヤを令嬢自ら身につけていたことだ。
一目剣の名を持つお嬢様を見てから屋敷の中を探そうと思い、わざわざ偽造した招待状で会場に入った。
レイピアを見つけたとき思わず口笛を吹きたくなるような美人だと思った。しかし何気なく目を向けた胸元にピンクダイヤを身に付けていたときは驚いた。
そして飲んだと思った眠り薬入りワインをこっそり捨てていたことも。全て彼女はスキルの予想を裏切ってくれた。
結果としてダイヤを手に入れたのはスキルだったが、どうも気分が晴れない。逆にこちらの方がイライラとさせられてしまった。
月の光を集めてその背に流したような銀色の髪。
日焼けという言葉を知らないような乳白色の肌。
あのとき、領主の娘として浮かべていたやわらかな笑顔がまさか作り物だったとは思いもしなかった。
短剣を引き抜いて自分に向かってきた、剣のような鋭さの性格。
―――あのあざやかな印象。
そして令嬢に怪我を負わせてしまったことは思っていた以上にスキルの精神にダメージを負わせていた。女性に怪我をさせるなんて全くもって自分の信条に反しているからだ。
まったく、何から何まで誤算だらけ。
スキルはかぶりを振る。
いつまでも考えても仕方がない。もう終わったことなのだから。スキルはそう思い、明日の公演に向けて休むことにした。
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