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番外編 大樹の彼氏

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「今日、小学校でクラス懇談会があってね、子どものスマホとの付き合い方について保護者の方とお話させてもらったんだ」


俺は夕食の後に大樹とソファーに座って寛いでいた。


「今の子どもは小学生のうちから自分のスマホを持っていることも多いらしいな」


「学校には持ってきてはいけないことになってるんだけどね。それに俺の受け持ちは2年生だから、まだ持ってる子は少ないんだ。だけど、上の学年の子は大樹が言うように持ってる子も多くて、家に帰ったら子どもがスマホでゲームばかりしていて困ってる保護者の方もいるよ」


俺は、大学を卒業して小学校の教師をしている。現在担任をしているのは2年生のクラスだ。入学して1年、すっかり小学校に慣れた子ども達だけど、まだまだ幼くて。


「まあ、アプリ制作者側の俺が言うのもなんだが、ああいうものはいかにユーザーを熱中させるかを考えて作られているからな。大人でも寝食を忘れて夢中になる奴もいるんだ、子どもなら尚更だろうな」


「うん、それにゲーム以外にも個人情報をSNSに上げてしまったり、LINEのグループ内での悪口や仲間はずれ、俺達が子どもの頃にはなかった危険や問題があって、低学年の内からネットリテラシーの重要性をきちんと教えないとねってことを保護者の方と話し合ったんだけど…」


俺の横に座って食後のコーヒーを飲む大樹。話を止めた俺に「どうした?」というように視線を向ける。



「スマホの話はお互い話し合うことで理解も深まったし実りあるものだったんだ…。ただ、お母様方は大樹よりちょっと若い世代が中心でさ、話が一旦落ち着いたら、最初の頃は電波が弱くて電波の届くところを探して家を歩き回ったとか携帯が折りたたみ式だったとか、昔の携帯の話で盛り上がったの。会話に入ろうとしたら、そういえば神谷先生はPHSどころかガラケーも知らないんじゃないですかって言われて、その流れで初期携帯電話について俺が教えて頂く感じになちゃって」


俺は大樹の膝に倒れ込み、俺を見下ろす彼に訴えた。


「俺、知ってる!画面小さいのも、写真の画質悪かったのも。知ってるのに一緒にガラケーあるあるで楽しめないのストレス貯まったー!」


大樹は飲んでいたコーヒーをローテーブルに置くと、熱い飲み物を持っているときに膝枕すると危ないぞと言いながら俺の頭を撫でて軽く笑った。


「それで何も知りませんという顔をして聞いていたのか」


「そうだよ!…でも俺も小さい頃は携帯持ってなかったし、そう考えると10年くらい使ってなかった期間があるから知らないこともあってへぇ-って思うこともあったけどね」


「それなら俺と話せばいいだろう?」


「! うん!そうだよね、優しいっ大樹!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「要、懐かしいついでに昔の携帯電話でも見るか?」


携帯電話にアンテナ付いていて、電波弱いと伸ばして使ってたの覚えてる?
なんて一通り話して満足した後に出た大樹の言葉に俺は少し驚いた。


「え、大樹そんな昔の携帯残してるの?」


「ああ、一台だけだけどな」


「意外。初めて買った携帯を記念に残してるとか?」


「いや、残しているのは最初の携帯じゃない」


「ふーん?そうなんだ。それでもいいよ、見てみたいな」


大樹は俺が大学を卒業するタイミングで前のコーポから引っ越して、今は俺と一緒にマンションに住んでいる。コーポの前にも何度か引っ越ししたみたいで、そのせいかあんまり余計なものを持ってない。物に執着しないタイプかと思ってたけど、また新しい大樹を見つけた。大樹の色んな側面を見られるのは嬉しい。

大樹はデスクの引き出しの奥から一台の携帯電話を取り出した。


「懐かしいね、大樹。これ、大学のときに使ってたやつでしょ」


ソファーに戻ってきた彼の手の中にある携帯に触れた。すると僅かに大樹が目を見張ったのがわかった。


「?…違った?」


メタリックカラーが大樹に似合っていてかっこよかったんだ。まだ電源入るのかな。そんなことを考えていた俺は彼の表情が変化したのを見てそう尋ねた。




「いや、合ってる」


そう言うと大樹は俺の手首を引っ張った。バランスを崩して大樹の方に倒れかかった俺を彼は強く抱きしめる。身動きが出来ない程、二度と離さないとでも言うように。


「…っ、大樹」


息苦しくて身をよじると大樹は、はっとして力を緩め、「すまない」と今度は壊れ物を扱うように左手を俺の背中に回し片方の手でそっと俺の頬に触れた。

大樹のこの感じ、覚えがある。雪人の事を思い出したときに時折訪れる大樹の動揺。




「大丈夫大樹?ごめん、俺、大樹の苦しかったこと思い出させちゃった?」


回数は減ったと言うけれど、やっぱり心配になる。
大樹は心配ないと言うように背中に回した手で俺を優しく撫でた。


「…普段はお前が雪人だとか要だとかわざわざ考えたりしない。だが不意にお前から雪人を強く感じる瞬間、自分でも制御できない感情が湧き上がるんだ」


今が決して苦しいわけじゃないと言う大樹。
長い間抱き合って、普段から彼より少し高めの俺の体温が大樹に伝わり、ふたりの境界が曖昧になった。



雪人が死んでしまってから18年、要である俺と再会するまで、俺が大樹の幸せを願いながらも彼を思い出にしていた時間を大樹は苦しみながら過ごしていたんだ。それを改めて思い知る。雪人と大樹が付き合っていた期間は1年と少しでしかない。なのに俺はその何十倍もの時間、彼を縛り付けてしまっていた。
俺たちがすれ違ってしまった原因はお互いに心を曝け出せなかったことだ。
そのことを後悔しないとはいえない。大樹もきっとそれを悔やんでいる。
今だって、自分の中の動揺を言葉にして俺に伝えてくれている。昔の大樹なら何でもないと内心を隠していたと思う。
俺は考えるより前に行動してしまうタイプだけど、この性格ってもしかしたら雪人がこうなりたいと望んだ姿なんじゃないかって思うときがある。
今度こそ後悔したくない、そうやって前に進もうとする大樹に俺も応えたい。
俺は大樹をでろでろに甘やかしてあげたいって思うんだ。
大樹の背中に手を回し顎を上げて大樹を見上げキスを強請る。







「…っん…た、たいき…、やだっそんなに全部舐めないでっ」


最初は頬、次は首筋、手際よく服を脱がされ、胸の突起を舌で突かれる。最初の頃はくすぐったかったその場所も今では性感帯のひとつになった。触られていない俺の性器はその刺激だけで勃起してしまう。早く勃ち上がったそれを触って欲しいのに大樹はマーキングでもするように全身を舐め尽くしてくる。
甘やかしたいと思って近づくと大体こうなるんだよね。




「昔はこんなえっちしなかったよねぇ…誰かに教えて貰ったぁ?」


ぐずぐずにされてしまって何か意趣返しをしたくて俺は大樹を睨んだ。


「誰か…?」


大樹の訝しげな声に、俺ははっとする。
自分の冗談のつもりで言った言葉の中に本音が混じったことに気づいた。
大樹は大人なんだし、俺に再会するまでのことを俺が咎める権利なんかないってわかってる。雪人をずっと想っていてくれたのと同じ強さで過去に捕らわれていた彼を癒やしてくれた人がいたなら喜ぶべきなんだ。心からそう思っていた筈なのにいつの間にか俺は大樹に甘やかされて贅沢になってしまった。そこまで考えて先ほど発した軽口の中に潜む無神経で自分勝手な自分を見つけ顔が真っ青になる。短慮にならないって自戒したばかりなのに余計なことを言ってしまった。俺のバカ!!


「ごめん!!大樹!!俺が言って良いことじゃなかった!」


慌てて謝る。


「なんだ、要、お前、俺が他の誰かとのセックスで変わったと思って嫉妬でもしてるのか?」


「~う~…そうだよっ!俺にそんなこと言う資格なんかないのに。忘れてっ!!」


「言うようなことでもないから知らなかったかもしれないが、浮気なんてしていないぞ?やりたいことが時々で変わるだけだろう。俺はお前と付き合ってからお前としかしてない」


「違う、大樹が浮気してるなんて疑ってないよ。俺が言ってるのは要になってからの話じゃなくってさ、雪人が死んでから要と付き合うまでの間のことだよ…。フリーの大樹が何してたっていいんだよ…。分かってる、ただの我が儘だって。」


幼稚な嫉妬が恥ずかしくて俺は早口で捲し立てた。


「何か話がかみ合ってなくないか?フリー?俺の恋人はずっとお前だぞ」


俺は大樹の言葉に理解が追いつかず頭の中にハテナマークが飛び交った。
えーっと、俺はずっと大樹の恋人で、大樹はさっき言ったように要と雪人の区別をしていなくてつまりは要=雪人、大樹は俺と付き合ってから俺以外とヤってない。

あれ?も、もしかしてだけど。


大樹は18年セックスをしていなかった。


大樹の相手に嫉妬していたくせに、自身が出した結論に取り乱してオロオロしてしまう。



「え、え、ごめん!大樹!大樹がそんな修行僧みたいな生活してたなんてっ!」


「俺は雪人と別れたつもりはないからな。以前言っただろう?お前から好意を示されたとき、俺は雪人の恋人だから応えることが出来なかったと」


「心の問題かと思ってた」


だって俺からは聞いていないから詳しくは知らないけど、大樹は東京に居たときは荒れた生活をしていて、夜の仕事もやってたって聞いてたから。



「気持ちの込もらないセックスは雪人と会う前にやり尽くしたよ。俺には必要ないものだ。」



大樹は俺の元彼になったことなんか一度もなかったのか。
ずっと俺の恋人だった。


顔を両手で覆い動かない俺を大樹が心配そうに名前を呼びながら抱き寄せた。
俺が雪人だったときは、大樹のことが大好きだったけど、大樹の愛情を信じ切ることが出来なくてどこか一歩引いた状態だった。追いかけて、でも掴めなくて、思いを返して貰えることを望んでいた。


ごめんね大樹、嬉しい、その執着を嬉しいなんて思ってごめん、以前の俺は大樹の幸せだけを願っていたのに、今の俺は大樹の愛をどこまでも欲する我が儘な奴だと気づいてしまった。
俺の心を占める愛しい愛しい最愛のひと。



想いが溢れて制御できなくなる気持ち俺にもわかったよ、大樹。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆

連載当時に書きかけになっていたものを完成させました。
お読みいただきありがとうございました。


物語の中で話題には上がっていませんが、大樹は未だに雪人が「死んだ」という表現は無意識に避けています。
(要は普通に使っています)
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