Piece of arcadia

上原久介

文字の大きさ
7 / 36
chapter.1

記憶喪失の少女と旅立ち

しおりを挟む

 私はいつも通り、畑仕事を手伝ってたの。そしたらね、村の見回りのおじさんが、真っ青な顔して走ってきたの。あの辺は結構魔物が多かったから、きっと援軍を呼びにきたのかなって、そう思ってた。
 でも、違った。私を見つけておじさんは言ったわ。
「早く逃げろ。お前が狙われてる」って。
 なんのことかわからなかった。でもね、すぐに思い知らされたわ。嫌ってくらいに。
 魔物が、村を襲ってたの。それもすごい数。
 もちろん若い衆が立ち向かっていったわ。でも全く歯が立たなかった。
 それもそうよね。斬っても斬っても、またくっついちゃうんだもの。

「それって……!」
 あのデカガエルの姿がヴィルの頭をよぎる。シェスカはそれに頷いてみせると、またとつとつと話し始める。そこに何の感情も込もっていない、淡々とした声だ。

 村はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図よ。家は燃やされ、子供の泣き叫ぶ声が響き渡る……。
 そんな中に、あいつらはいたわ。
 真っ赤に染まったでっかい武器持って。私を見つけて、あいつは言った。

「『器』を見つけた」って。

 私は逃げたわ。あいつらを見た瞬間、体が勝手に動いたみたいに。ひたすら逃げた。逃げて逃げて、ひたすら逃げたら、いつの間にかまた村に戻ってきてた。
 目を覆いたくなるような光景だったわ。誰も生き残ってなんかいなかった。
 それから私は、あいつらから逃げる日々の始まりよ。あいつらは私を追いつめては、『器』だの『鍵』だのわけわかんないこと聞いてくる。
 私なりに『器』や『鍵』のことも調べたけど、何の手掛かりもない。

「それで、遺跡に?」
「ええ。私が目が覚めたのは、村の近くの遺跡だった。じゃあ、私に関する何かはきっと、遺跡にあるんじゃないかって……それで」
「ちょっと待った!」
 ヴィルはさらに続けようとするシェスカを制する。彼女が追われ始めた経緯はまぁわかった。この遺跡にやってきた理由もだ。だが、彼女の話には、決定的な何かが足りていない。
「シェスカ、ちょっと質問いいかな?」
「ええ、どうぞ」
「遺跡で目が覚めたってどういうこと? それにお世話になってた村って……?」
 普通、その村で生まれ育っているなら、「お世話になった」など言わない。
 シェスカは質問の意味を理解すると、忘れてた、と小さく呟いた。
「まだ言ってなかったわね」


「私、記憶喪失なの」


 まるで何でもないように言うシェスカに、ヴィルは驚いて声も出せなかった。


******


「き、記憶喪失って……ここは誰? 私はどこ? っていうアレか!?」
「他に何があるのよ。ていうかそれ微妙に間違ってるし」
「でも、その割には妙に落ち着いてないか?」
「そりゃ一年もそのまま過ごしてりゃ慣れるわよ」
 ようやく落ち着いたヴィルは、未だ混乱する頭をどうにか整理する。
 先程は一見真剣に話を聞いていたように見えた彼だが、実はその脳みそは様々なことが続けざまに起こったせいか、処理能力の限界に近かった。
 何度もシェスカに同じ話をしてもらい、ようやく処理が追いついたのだった。
「えーと、つまり、シェスカは記憶喪失で、一年前に何故か遺跡で目が覚めたと」
 そうよ、とシェスカが頷く。
「それで、近くの村で世話になってたところ、あいつらと魔物に襲われた。で、シェスカはそれからずっとあいつらから逃げてきてて、今日この町に来たのは、その『器』とか、シェスカ自身のことの手掛かりを探すために、遺跡を目指してたってこと……であってる?」
 ええ。とまた彼女は頷いた。
「じゃ、どうしてシェスカはその、自分の名前を知ってるんだ? 記憶喪失なんだろ?」
「この名前が、本当に私の名前かなんて知らないわ」
 そう言って、シェスカは自らの襟の中へ手を突っ込んだ。するり、と出てきたのは、太めの黒いリボンのようなもの。
 高い襟の服を着ていて気付かなかったが、チョーカーをしていたようだ。
「これ、もとはバンダナだったんだけど……」
 差し出されたそれには、すこしほつれているが確かに「シェスカ・イーリアス」と刺繍されていた。
「目が覚めた時につけてたのよ。だから多分私の名前じゃないかって」
 これでようやくシェスカを取り巻くものが繋がったが、やはりまだわからない部分はたくさんある。その一番大きなものはやはり、『器』のことだ。
「『器』って、一体なんだろうな」
「そんなの、私が一番知りたいわ」
 シェスカはすっくと立ち上がると、服についた砂を払う。
「とにかく、ここでじっとしてても埒があかないわ。早く出ましょう」
「あ、ああ。そう、だな」
 ちらりと後ろを振り返る。堅く閉ざされた扉の向こうからは、相変わらず何の音も聞こえない。
「心配……よね」
「うん。でも、大丈夫だよ。きっと。……それに、」
 確信はないが、そう思えた。師匠が倒れるような、そんな姿はまったく思い浮かばない。扉が閉まった時はとても不安だったのに、不思議なものだ。
 何も不安に思うことなどない。あのヘカテがいるのだから。ローランドだってもちろん無事だろう。
 シェスカを見ると、揺れる瞳とかち合った。ヴィルよりも心配しているような顔だ。
 彼はそんな彼女を励ますように、力強く笑ってみせた。
「師匠が負けるとこ、オレ見たことないしね」
「ほんと、不思議な人ね。あの人」
「だろ? オレもそう思ってる」
「あなたも変わってるわ」
 そう言ってシェスカは苦笑を浮かべた。
「早くここを出て、パルウァエに戻りましょう。みんな無事か確かめたいし」
「うん、そうだな。……って違うだろ!」
「は?」
「そんなことしたら、あいつらと鉢合わせになるかもしれないじゃないか。そしたらみんなが逃がしてくれたのが無駄になるよ」
「でも心配じゃないの? それに、私あの人に聞きたいことがまだあるわ」
「えっと、アメリのルシフェルさんだっけ? その人に話聞いてからじゃないと、多分師匠口聞いてくれないと思うぞ?」
 あの人は見かけによらずかなり頑固だからな。と付け加えると、シェスカは眉間に皺を寄せて低く唸った。何かはわからないが、相当聞きたいことらしい。
 だが、またヘカテのところへ行っても彼女を相手にしないだろうことは、ヴィルにはわかっていた。…自分がこのままパルウァエに戻っても同じだ。どうせ追い返される。
 師匠は「世界を見てこい」と言ったのだから。
 何故彼女がそんなことを言ったのかはわからない。目の前の少女のことを含めて、もうわからないことだらけだ。
 しかし、彼は見習いではあるが錬金術師なのだ。
 わからない?なら調べるまでだ。色んなことがありすぎて、すっかり忘れていた。錬金術師の心得を。自分が何故、錬金術師を目指しているのかを。

「世界から目をそらさず、真理を見つけなさい!」

 師匠の声が蘇る。彼女がそう言うのなら、きっと探している答えも全て世界にある。
 ヴィルの中に燻っていた何かに、火がついたようだった。
「なぁ、シェスカ」
「何?」
「オレも一緒に行ってもいい? シェスカのその旅に」
「はぁ…………って、はぁぁあぁぁ!?」
 シェスカはものすごい剣幕でヴィルに詰め寄った。そういえば、森へ入る前もこんなやりとりをしていた気がする。軽く感じたデジャヴに、ヴィルは苦笑するしかなかった。
「あなたわかってるの? あんなわけわかんない奴らに追われるのよ? 下手したら死ぬわよ!?」
「それはわかってるよ! でも、わかんないことをわかんないままにしておくほうが、もっと嫌だ!」
「剣の腕もへっぽこなくせに!」
「なっ……! それは関係ないだろ! っていうか人のこと言えるのかよ!」
「危険なのよ……! ホントに……!!」
 シェスカは俯いて、肩をぶるぶると震わせていた。思えば彼女は出会ってから、こういう風に他人を突き放そうとする節があった。最初はそういう性格なのだと思っていたが、彼女の話を聞いてから、ヴィルはそうではないのだと思い直した。
 彼女はきっと、とても優しいのだ。町でやたらと急いでいたのは、早く立ち去り、町の人をあいつらに襲われないようにするため。関係ないと繰り返していたのは、オレ達を巻き込まないようにするため。
「今までずっとひとりだったんだろ? シェスカ、たまに寂しそうな顔してた。そういうのほっとけないよ」
「嘘、私そんな顔してた?」
 シェスカは驚いたように自分の顔をぺたぺたと触る。その仕草が少しかわいらしくて思わず笑ってしまう。
 ぎろり、と思い切り睨まれた。
「……ついてきても、あなたが得するような事何もないわ」
「得するとかそんなんじゃなくて、オレはオレなりに知りたい事があるんだ。それを見つけるために、シェスカと一緒に行く。……それじゃダメかな?」
「ダメよ」
 シェスカはそう言って通路の奥へこつこつと踵を鳴らして歩き始めた。靴の音が反響して、音のない通路に響く。
「でも、ここまであなたを巻き込んだのは、私の責任だわ」
 彼女は振り返らずにそう言った。
「なら、あなたが無事にパルウァエに帰るまで、見届ける責任がある」
「それって……」
「どっちみち、ここを出るまでは一緒に行くしかないでしょ?」
 そう言って、彼女は振り返った。森に入る前と同じ、眉間に皺を寄せた、怒っているような表情だ。しかし、どこかやわらかいその顔に、思わず笑みが零れる。
 ヴィルは彼女の隣まで行くと、右手を差し出した。
「じゃあ、とりあえず、ここを出るまでよろしくな。改めて、オレはヴィル・シーナー。錬金術師」
「シェスカ・イーリアス。魔術師よ」
 シェスカは左手を出そうとしたが、すぐに引っ込めて右手をヴィルのそれに重ねた。彼女は左利きのようだ。少し失敗したかな、と心の中で呟く。
「よろしくね」
 不機嫌そうな彼女の手はあたたかい。
 二度目の自己紹介を終えた彼らは、ゆっくりとその足を踏み出した。

​──その一歩が、世界を巡る旅への一歩だと、彼らにはまったく知る由もないのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...