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chapter.4
白い花の名
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******
「っ、ヴィル!!」
勢いよく扉を開け放つ。目の前に飛び込んできたのは誰もいない部屋。しかし誰かがいた痕跡はあり、ベッドの近くの大きく開いた窓からの風で、ゆらゆらと白いカーテンが揺れている。
肩で息をしながら、シェスカはしばらく呆然とその光景を眺めていた。
「シェスカちゃん慌てすぎ……ってマジでいねえな」
遅れてやってきたジェイクィズが、彼女の後ろから部屋を覗き込む。
「服とか荷物とかは持ってってねェみてぇだし、散歩してるんじゃね?」
「……ええ、そうね」
そう返すシェスカはどこか上の空で。ジェイクィズは不思議に思い、彼女の顔を見た。彼女はただ一点を見つめている。
「ねぇ、ジェイクィズ。誰かここに花なんて飾ったかしら?」
「いや?」
その視線を追い、ジェイクィズもまた気づく。さっき様子を見に来た時、そんなものはここにはなかった。そもそもこの部屋には花瓶なんてものもなければ、両隣の病室は空き部屋で、ここは二階だ。それなのに。
白い花が、白いベッドの上に一輪、落ちていた。
シェスカはそれを手に取ると、隣へやってきたジェイクィズに尋ねる。
「これ、なんて花か知ってる?」
「ああ、多分──アネモネ、かな」
アネモネ、と口の中で反芻する。形容し難い何かが、シェスカの頭の中をぐるぐると渦巻いていた。それはいつのまにか、自分の内側から、じわじわと侵食していくような……
「一体なんの騒ぎだ」
「うひゃあ!?」
「うお!?」
急に後ろから話し掛けられた。びくり! と大きく肩が跳ねる。そのシェスカに驚いたらしく、ジェイクィズもまた声をあげていた。
「ンだよ、隊長かよ。びっくりした」
レディを驚かせちゃイカンでしょ~。とジェイクィズが悪態吐きながら振り返る。
「一応、ノックはしたんだがな」
そう言って、サキ・スタイナーはコンコン、と開きっぱなしだった入り口のドアを叩く仕草をしてみせた。
「で、何かあったのか?」
「ああ、ヴィルが……」
落ち着いたシェスカがそこまで言うと、状況を把握できたのかサキはもういい、と手のひらで先を制した。
「目が覚めたようだな。行き先は?」
「それがわかってたらここにいないわよ」
シェスカはそう肩を竦めると、くるりと身を翻して部屋の出口へと向かう。
「あの花はお前のか?」
すれ違い様、サキが短く彼女に尋ねた。
「違うわよ。どうしてそう思うの?」
──どうしてだろう。すごく苛々する。
「…………いや、なんでもない。ヴィルを探すんだろう。手伝う」
「い、ら、な、い!」
きっぱり言い切ってシェスカはずんずんと歩き出した。そんな様子を見ていたジェイクィズはさぞ愉快と言わんばかりにサキに笑いかける。
「シェスカちゃんってオメーに結構辛辣だよなァ」
「お前も人の事が言えるのか?」
「オレのはスキンシップ。ボケとツッコミ。オーケイ?」
「あっそ」
「ところでイソガシイ隊長殿がなんでここに?」
そろそろサキが無視を決め込みそうになったので、話題を変えてみる。
「局長が今回の件について、話を聞きたいから呼んでこいとの仰せでね」
「じゃー追いかけないとマズイんでない? シェスカちゃん迷子になっちゃうかもよ」
それを聞いたサキは、いつもと同じ変わらない表情で、いつも以上にだるそうに深く溜息を吐いた。
******
「えっと…………」
「………………」
オグマが去ってからかれこれ数分くらい経っているだろうか。ヴィルとベルシエルは彼が去った方を見つめたままだった。
(……どうしよう。ものすごい拒絶オーラだ……)
ベルシエルに話しかけようにも、話しかけてくるなどっか行けという無言の圧力をこの距離からひしひしと感じる。
「あー……っと、ベルシエルはどうしてここにいるんだ?」
「………………」
「さっきの人兄上殿って言ってたけど、きみお兄さんがいるの?」
「………………」
「今日はいい天気だよなぁ~!」
「………………」
ダメだ。めげそう。
この調子だと、迷子なことを打ち明けても案内してくれるどころか、そうですか頑張ってね、すらナシでこのままここに放って置かれそうだ。
「ん?」
ふと、ベルシエルが見ていた花壇に、見覚えのある花が見えた。その花のところへしゃがんで、じっとよく見る。
「この花、アネモネか」
もともと白かったであろう花びらは、今は枯れかかっているのか、茶色く萎びていた。
「……どうしてわかるの?」
ずっとだんまりを決め込んでいたベルシエルが尋ねてきた。
「師匠がこの花好きでさ、この時期飾ってるんだよ」
彼女に話しながら、脳裏に浮かんだのは夢の中で出てきた、シェスカによく似た少女だった。彼女に絡みついていた花も、この花にとてもよく似ている。
「……兄様も、この花がすきなの」
「そうなんだ」
ぼそり、とつぶやくように、ベルシエルの唇が動く。ようやくまともな会話ができた気がして、少し嬉しくなった。
「きみも好きなの?」
「……わからない」
ベルシエルはゆるやかに首を振った。
「花はね、こころを豊かにするんだって。兄様が言ってた。でも、わたしはどう豊かになるのかわからない」
「ん~……見てると綺麗だな~って思ったり、枯れると寂しいなぁ~って感じるから、豊かになるんじゃないかな。オレもそう聞かれるとよくわかんねえや」
「ふぅん」
素っ気なくそう返される。やはりこのベルシエルという少女は感情表現が希薄に見える。
「あっ」
彼女はそう短く声を上げると、それまで人形のように無表情だった顔が明るく、頬が赤く染まる。
「サキ!」
嬉しそうに弾む声。今にも駆け出しそうなくらいにぶんぶんと手を振っている。その視線の先には、三階の窓。その奥にサキ・スタイナーがいる。彼女に気付いたらしく、軽く手を挙げてそれに応えていた。
ベルシエルはサキのことになると別人のようだ。恋する乙女とはこういうもののことを指しているに違いない。そんなことを思いながら、彼女の嬉しそうな笑顔を眺めていた。決して自分への態度にものすごく距離感を感じて、サキとの差に傷ついているわけではない。決して。
「あぁ──────────!!」
急な大声にびくり! と肩が跳ねた。声のする方へ視線をやると、サキを押しのけて窓から赤毛の少女が身を乗り出していた。
「──シェスカ?」
「ようやく見つけた! あんたそこ動いちゃダメだからね!!」
「あっシェスカちゃん!?」
制止するジェイクィズの声。
ぽかんと呆気に取られているヴィルをよそに、シェスカはふわり、と窓から飛び降りる。
「ちょっ!? シェスカ!?」
『風よ集え。我に加護を』
シェスカが短くそう詠唱すると、着地と同時に風が巻き上がる。衝撃を相殺させる魔術のようだ。華麗に三階からの着地を決めたシェスカはそのままずんずんとこちらへ向かってくる。
「あの、シェスカ? なんか怒ってる……?」
目の前まで来ると、彼女はじーっとこちらを睨みつけてきた。なんかシェスカに悪いことでもしたっけ……と脳みその中を探っても、特にこれといって何かした覚えはない。
シェスカは無言のままヴィルの服の裾を掴むと、
べりっ。
「キャ──────────!?」
勢いよく捲られた。唐突な出来事に思わず変な声がでてしまった。
シェスカはそんなことを気にも留めず、さらにそのままペタペタと腹のあたりを触りはじめた。
なんだこれは。どういう状況かさっぱりわからない。ジェイクィズもびっくりなセクハラっぷりじゃないだろうか。いや、あいつは男相手にはセクハラしないか。ってそうじゃなくて!
「ななな、何してんのシェスカさん!?」
「うん。傷、綺麗に治ってるわね」
ぱんっ、と最後にヴィルの腹を叩いて、シェスカは満足げに呟くと、「よかった」と、気の抜けたように微笑む。が、すぐにその笑顔も引っ込み、またこちらを睨みつけた。
「何してるの! 病み上がりの怪我人のくせに! あっちこっちうろちょろするんじゃないわよ!」
「ひょっとして心配してくれてたのか?」
意外というか、なんというか。少し嬉しい気もする。
「と、友達は心配するものでしょっ! それに、私にはあなたを無事に帰す義務があるんだからね!」
怒ったように息を荒らげながら、ぷいっとそっぽを向かれた。そんな義務どこにあったっけと苦笑する。
「シェスカちゃん~、置いてけぼりはひでえよ~」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ジェイクィズがこちらへ歩み寄ってきた。どうやらシェスカと一緒に行動していたらしい。その後ろにはサキも続いている。シェスカと同じ方法で降りてきたようだ。
「あっ、ベルちゃん今日もかわいいね」
「…………セレーネ」
ジェイクィズが頭を撫でようとベルシエルに手を伸ばすと、ひらりとそれを躱して、彼女は反射的にサキの後ろへと隠れてしまう。その仕草は見た目よりもかなり幼く見えた。
サキは袖を掴むベルシエルの手をやんわりと解くと、一歩前に歩み出た。
「シェスカ・イーリアス、それからヴィル・シーナー。取り込み中のところ悪いが、今回の件で局長があんたらに話を聞きたいんだそうだ。来てもらえるか?」
「……前みたいに拘束だとかそういうのは断るかな」
そう答えてから少し身構える。正直、ジブリールはあまり信用したくない。
「あの時はすまなかった。こちらも色々あってな」
サキは深々と頭を下げた。あっさりそう来られると少し反応に困る。シェスカのほうを見ると、彼女も意外だったらしく瞳をぱちぱちと瞬かせていた。
「局長なら、あんたを追っている連中について、なにか役に立つ情報を知っているかもしれない。詫びの代わりにはならないだろうが、こちらから口添えしておこう」
「……わかったわ。私は行く」
シェスカはゆっくり頷くと、ヴィルのほうを見やった。あなたはどうするの、と言いたげだ。答えは決まってる。
「オレも行く!」
それを聞いて、サキは短く「感謝する」とまた頭を下げた。
「そうと決まればサクッと行こうや」
ジェイクィズが能天気な声を上げる。ちゃっかり肩を抱かれているベルシエルは今まで見た中で最上級に不機嫌そうだ。全力で抵抗している。
「ジェイクィズ触らないで臭い!」
「臭っ!?」
ガーンと大袈裟にショックを受けるジェイクィズ。その隙にベルシエルはまたサキを盾にするようにして壁を作った。
「ねぇ、その局長さんはどこにいるの?」
シェスカがサキに問いかける。
「本部の自室にいるはずだ。案内する」
彼はそう答えると、踵を鳴らして歩き始めた。それにひょこひょことベルシエルが後を追う。
ヴィルとシェスカは一度顔を見合わせると、その後ろに続いていった。
「っ、ヴィル!!」
勢いよく扉を開け放つ。目の前に飛び込んできたのは誰もいない部屋。しかし誰かがいた痕跡はあり、ベッドの近くの大きく開いた窓からの風で、ゆらゆらと白いカーテンが揺れている。
肩で息をしながら、シェスカはしばらく呆然とその光景を眺めていた。
「シェスカちゃん慌てすぎ……ってマジでいねえな」
遅れてやってきたジェイクィズが、彼女の後ろから部屋を覗き込む。
「服とか荷物とかは持ってってねェみてぇだし、散歩してるんじゃね?」
「……ええ、そうね」
そう返すシェスカはどこか上の空で。ジェイクィズは不思議に思い、彼女の顔を見た。彼女はただ一点を見つめている。
「ねぇ、ジェイクィズ。誰かここに花なんて飾ったかしら?」
「いや?」
その視線を追い、ジェイクィズもまた気づく。さっき様子を見に来た時、そんなものはここにはなかった。そもそもこの部屋には花瓶なんてものもなければ、両隣の病室は空き部屋で、ここは二階だ。それなのに。
白い花が、白いベッドの上に一輪、落ちていた。
シェスカはそれを手に取ると、隣へやってきたジェイクィズに尋ねる。
「これ、なんて花か知ってる?」
「ああ、多分──アネモネ、かな」
アネモネ、と口の中で反芻する。形容し難い何かが、シェスカの頭の中をぐるぐると渦巻いていた。それはいつのまにか、自分の内側から、じわじわと侵食していくような……
「一体なんの騒ぎだ」
「うひゃあ!?」
「うお!?」
急に後ろから話し掛けられた。びくり! と大きく肩が跳ねる。そのシェスカに驚いたらしく、ジェイクィズもまた声をあげていた。
「ンだよ、隊長かよ。びっくりした」
レディを驚かせちゃイカンでしょ~。とジェイクィズが悪態吐きながら振り返る。
「一応、ノックはしたんだがな」
そう言って、サキ・スタイナーはコンコン、と開きっぱなしだった入り口のドアを叩く仕草をしてみせた。
「で、何かあったのか?」
「ああ、ヴィルが……」
落ち着いたシェスカがそこまで言うと、状況を把握できたのかサキはもういい、と手のひらで先を制した。
「目が覚めたようだな。行き先は?」
「それがわかってたらここにいないわよ」
シェスカはそう肩を竦めると、くるりと身を翻して部屋の出口へと向かう。
「あの花はお前のか?」
すれ違い様、サキが短く彼女に尋ねた。
「違うわよ。どうしてそう思うの?」
──どうしてだろう。すごく苛々する。
「…………いや、なんでもない。ヴィルを探すんだろう。手伝う」
「い、ら、な、い!」
きっぱり言い切ってシェスカはずんずんと歩き出した。そんな様子を見ていたジェイクィズはさぞ愉快と言わんばかりにサキに笑いかける。
「シェスカちゃんってオメーに結構辛辣だよなァ」
「お前も人の事が言えるのか?」
「オレのはスキンシップ。ボケとツッコミ。オーケイ?」
「あっそ」
「ところでイソガシイ隊長殿がなんでここに?」
そろそろサキが無視を決め込みそうになったので、話題を変えてみる。
「局長が今回の件について、話を聞きたいから呼んでこいとの仰せでね」
「じゃー追いかけないとマズイんでない? シェスカちゃん迷子になっちゃうかもよ」
それを聞いたサキは、いつもと同じ変わらない表情で、いつも以上にだるそうに深く溜息を吐いた。
******
「えっと…………」
「………………」
オグマが去ってからかれこれ数分くらい経っているだろうか。ヴィルとベルシエルは彼が去った方を見つめたままだった。
(……どうしよう。ものすごい拒絶オーラだ……)
ベルシエルに話しかけようにも、話しかけてくるなどっか行けという無言の圧力をこの距離からひしひしと感じる。
「あー……っと、ベルシエルはどうしてここにいるんだ?」
「………………」
「さっきの人兄上殿って言ってたけど、きみお兄さんがいるの?」
「………………」
「今日はいい天気だよなぁ~!」
「………………」
ダメだ。めげそう。
この調子だと、迷子なことを打ち明けても案内してくれるどころか、そうですか頑張ってね、すらナシでこのままここに放って置かれそうだ。
「ん?」
ふと、ベルシエルが見ていた花壇に、見覚えのある花が見えた。その花のところへしゃがんで、じっとよく見る。
「この花、アネモネか」
もともと白かったであろう花びらは、今は枯れかかっているのか、茶色く萎びていた。
「……どうしてわかるの?」
ずっとだんまりを決め込んでいたベルシエルが尋ねてきた。
「師匠がこの花好きでさ、この時期飾ってるんだよ」
彼女に話しながら、脳裏に浮かんだのは夢の中で出てきた、シェスカによく似た少女だった。彼女に絡みついていた花も、この花にとてもよく似ている。
「……兄様も、この花がすきなの」
「そうなんだ」
ぼそり、とつぶやくように、ベルシエルの唇が動く。ようやくまともな会話ができた気がして、少し嬉しくなった。
「きみも好きなの?」
「……わからない」
ベルシエルはゆるやかに首を振った。
「花はね、こころを豊かにするんだって。兄様が言ってた。でも、わたしはどう豊かになるのかわからない」
「ん~……見てると綺麗だな~って思ったり、枯れると寂しいなぁ~って感じるから、豊かになるんじゃないかな。オレもそう聞かれるとよくわかんねえや」
「ふぅん」
素っ気なくそう返される。やはりこのベルシエルという少女は感情表現が希薄に見える。
「あっ」
彼女はそう短く声を上げると、それまで人形のように無表情だった顔が明るく、頬が赤く染まる。
「サキ!」
嬉しそうに弾む声。今にも駆け出しそうなくらいにぶんぶんと手を振っている。その視線の先には、三階の窓。その奥にサキ・スタイナーがいる。彼女に気付いたらしく、軽く手を挙げてそれに応えていた。
ベルシエルはサキのことになると別人のようだ。恋する乙女とはこういうもののことを指しているに違いない。そんなことを思いながら、彼女の嬉しそうな笑顔を眺めていた。決して自分への態度にものすごく距離感を感じて、サキとの差に傷ついているわけではない。決して。
「あぁ──────────!!」
急な大声にびくり! と肩が跳ねた。声のする方へ視線をやると、サキを押しのけて窓から赤毛の少女が身を乗り出していた。
「──シェスカ?」
「ようやく見つけた! あんたそこ動いちゃダメだからね!!」
「あっシェスカちゃん!?」
制止するジェイクィズの声。
ぽかんと呆気に取られているヴィルをよそに、シェスカはふわり、と窓から飛び降りる。
「ちょっ!? シェスカ!?」
『風よ集え。我に加護を』
シェスカが短くそう詠唱すると、着地と同時に風が巻き上がる。衝撃を相殺させる魔術のようだ。華麗に三階からの着地を決めたシェスカはそのままずんずんとこちらへ向かってくる。
「あの、シェスカ? なんか怒ってる……?」
目の前まで来ると、彼女はじーっとこちらを睨みつけてきた。なんかシェスカに悪いことでもしたっけ……と脳みその中を探っても、特にこれといって何かした覚えはない。
シェスカは無言のままヴィルの服の裾を掴むと、
べりっ。
「キャ──────────!?」
勢いよく捲られた。唐突な出来事に思わず変な声がでてしまった。
シェスカはそんなことを気にも留めず、さらにそのままペタペタと腹のあたりを触りはじめた。
なんだこれは。どういう状況かさっぱりわからない。ジェイクィズもびっくりなセクハラっぷりじゃないだろうか。いや、あいつは男相手にはセクハラしないか。ってそうじゃなくて!
「ななな、何してんのシェスカさん!?」
「うん。傷、綺麗に治ってるわね」
ぱんっ、と最後にヴィルの腹を叩いて、シェスカは満足げに呟くと、「よかった」と、気の抜けたように微笑む。が、すぐにその笑顔も引っ込み、またこちらを睨みつけた。
「何してるの! 病み上がりの怪我人のくせに! あっちこっちうろちょろするんじゃないわよ!」
「ひょっとして心配してくれてたのか?」
意外というか、なんというか。少し嬉しい気もする。
「と、友達は心配するものでしょっ! それに、私にはあなたを無事に帰す義務があるんだからね!」
怒ったように息を荒らげながら、ぷいっとそっぽを向かれた。そんな義務どこにあったっけと苦笑する。
「シェスカちゃん~、置いてけぼりはひでえよ~」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ジェイクィズがこちらへ歩み寄ってきた。どうやらシェスカと一緒に行動していたらしい。その後ろにはサキも続いている。シェスカと同じ方法で降りてきたようだ。
「あっ、ベルちゃん今日もかわいいね」
「…………セレーネ」
ジェイクィズが頭を撫でようとベルシエルに手を伸ばすと、ひらりとそれを躱して、彼女は反射的にサキの後ろへと隠れてしまう。その仕草は見た目よりもかなり幼く見えた。
サキは袖を掴むベルシエルの手をやんわりと解くと、一歩前に歩み出た。
「シェスカ・イーリアス、それからヴィル・シーナー。取り込み中のところ悪いが、今回の件で局長があんたらに話を聞きたいんだそうだ。来てもらえるか?」
「……前みたいに拘束だとかそういうのは断るかな」
そう答えてから少し身構える。正直、ジブリールはあまり信用したくない。
「あの時はすまなかった。こちらも色々あってな」
サキは深々と頭を下げた。あっさりそう来られると少し反応に困る。シェスカのほうを見ると、彼女も意外だったらしく瞳をぱちぱちと瞬かせていた。
「局長なら、あんたを追っている連中について、なにか役に立つ情報を知っているかもしれない。詫びの代わりにはならないだろうが、こちらから口添えしておこう」
「……わかったわ。私は行く」
シェスカはゆっくり頷くと、ヴィルのほうを見やった。あなたはどうするの、と言いたげだ。答えは決まってる。
「オレも行く!」
それを聞いて、サキは短く「感謝する」とまた頭を下げた。
「そうと決まればサクッと行こうや」
ジェイクィズが能天気な声を上げる。ちゃっかり肩を抱かれているベルシエルは今まで見た中で最上級に不機嫌そうだ。全力で抵抗している。
「ジェイクィズ触らないで臭い!」
「臭っ!?」
ガーンと大袈裟にショックを受けるジェイクィズ。その隙にベルシエルはまたサキを盾にするようにして壁を作った。
「ねぇ、その局長さんはどこにいるの?」
シェスカがサキに問いかける。
「本部の自室にいるはずだ。案内する」
彼はそう答えると、踵を鳴らして歩き始めた。それにひょこひょことベルシエルが後を追う。
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