2 / 12
2 静養というなの追放
しおりを挟む
王宮は、すでに静まり返っていた。
レオンは一人、玉座の間に呼び出されていた。
両親である国王と王妃が、厳かな空気の中で彼を見下ろすように座っていた。
「……そうか。クラリス嬢はガルナス王国のアデル王子と婚約を発表したのか」
国王の声音は淡々としていた。だが、その奥に、かすかな失望がにじんでいるのがレオンにはわかった。
「申し訳ありません。僕は……彼女の変化に、気づけませんでした」
かろうじてそう答えると、王妃が優雅に扇を口元に当てて、ふっと笑った。
「まあ、レオン。相手はあの強国の王子ですもの。あなたは悪くはないわ。ただ……仕方のないことよ。貴族女性は力に惹かれるものよ」
その言葉に、レオンの胸がしめつけられた。
「王子ともあろう者が、もう少し毅然と振る舞えなかったのか?」
国王の言葉は重く響いた。
「その場でクラリス嬢を取り返すくらいの気概があっても良かったのだ。相手が大国で我が国より力があるとはいえ、そこまで大きな差ではない。そんなに弱腰では、王としての威厳が疑われるぞ」
レオンは目を伏せた。言葉が出てこない。
自分の中でまだ整理もできていない感情を、今こうして、力の足りなさや不甲斐なさとして断罪されることが、何よりも、つらかった。
「おまえは……あまりにも純粋すぎるのかもしれんな。それに優しすぎる」
国王がふうとため息をつく。
王妃は微笑を絶やさないまま、立ち上がると、そっとレオンの肩に手を置いた。
「少し、辺境の別荘で静養なさいな。あなたは、少し疲れた顔をしているわ」
こんな気持ちのままで、王都を離れたくない。だがレオンは、何も言い返せないまま、唇を噛みしめた。
(レオンサマ! ワタシガイル! アナタノヨサハ、ワタシガシッテルワ!)
その晩、レオンは眠れずにいた。
王妃の笑顔、国王の口調、どれもいつも通りだったはずだ。だが、何かが引っかかっていた。
ふらりと寝間着のまま部屋を出たレオンは、人気のない廊下を歩いていた。
そんなとき、壁の向こうから微かに声が聞こえた。
ふと足を止め、そっと音のする方向――宰相の執務室の扉に近づく。
「……まさか、殿下を本当に辺境に送るとはな」
「仕方あるまい。早めに遠ざけておかねば、殿下が王位継承1位である以上、派閥が騒ぎ出す」
「でも、"静養"という名目で、実質の追放とは……あまりにも……」
「あの気弱な殿下に国を任せれば、あっという間に我が国は他国に飲み込まれてしまうだろう。そんなわけにはいかんのだ」
レオンの鼓動が跳ね上がる。
扉一枚隔てた向こうで、自分の“処遇”が語られている。
優しいと思っていた父と母。何も疑わず信じていた。
静養なんかじゃなかったのか。
僕は、追放されるんだ。
もう、ここへは戻れないんだ。
「……殿下には、騙されたと気づく暇もないだろう。今夜の一件で、心が砕けているからな」
「まさか、婚約すると思っていた令嬢にあんな形で裏切られるとはな……」
「正式に婚約をしていない以上、王家としては公爵家に抗議もできん。
公爵家も王家相手に失礼なことをするものだ。クラリス嬢が婚約を引き延ばしていたのは、ユリウス殿と両天秤にかけているのだと認識していた。だが、まさか他国の王子を選ぶとはな」
レオンは、膝が崩れそうになるのを必死で堪えた。
唇を噛み締め、音を立てぬようにその場を離れる。
自分を取り巻いていた人々の優しさは、仮面だった。
自分は、王としての器ではないと、皆がそう思っているんだ。
いや、存在そのものが邪魔になったのだ。
レオンの心から、何かが音を立てて崩れ落ちていった。
夜明け前の王宮。
まだ太陽も昇らぬ薄明のなか、ひとつの馬車が静かに動き出そうとしていた。
王子付きの侍従が手早く荷を詰め、護衛の騎士たちが配置につく。
誰もが淡々と任務をこなしている。けれど、そのどこかに、気まずさがあった。
レオンは、自室で最後の荷物を手に取り、黙って馬車へ向かった。
「レオン殿下、お気をつけて……」
侍従のひとりが声をかける。
だが、レオンはその言葉に反応を返さず、まっすぐ馬車へと乗り込んだ。
窓の外、王宮がゆっくりと遠ざかっていく。
そこは、自分が生まれ育った場所。
家族だと思っていた者たちと楽しく暮らしていた場所。語らい、笑い、助け合った。
だが今、そのすべてが嘘だったと思えるほど、心は冷え切っていた。
「……さようなら」
誰にともなく呟いたその声は、馬車の中に虚しく消えていった。
レオンは一人、玉座の間に呼び出されていた。
両親である国王と王妃が、厳かな空気の中で彼を見下ろすように座っていた。
「……そうか。クラリス嬢はガルナス王国のアデル王子と婚約を発表したのか」
国王の声音は淡々としていた。だが、その奥に、かすかな失望がにじんでいるのがレオンにはわかった。
「申し訳ありません。僕は……彼女の変化に、気づけませんでした」
かろうじてそう答えると、王妃が優雅に扇を口元に当てて、ふっと笑った。
「まあ、レオン。相手はあの強国の王子ですもの。あなたは悪くはないわ。ただ……仕方のないことよ。貴族女性は力に惹かれるものよ」
その言葉に、レオンの胸がしめつけられた。
「王子ともあろう者が、もう少し毅然と振る舞えなかったのか?」
国王の言葉は重く響いた。
「その場でクラリス嬢を取り返すくらいの気概があっても良かったのだ。相手が大国で我が国より力があるとはいえ、そこまで大きな差ではない。そんなに弱腰では、王としての威厳が疑われるぞ」
レオンは目を伏せた。言葉が出てこない。
自分の中でまだ整理もできていない感情を、今こうして、力の足りなさや不甲斐なさとして断罪されることが、何よりも、つらかった。
「おまえは……あまりにも純粋すぎるのかもしれんな。それに優しすぎる」
国王がふうとため息をつく。
王妃は微笑を絶やさないまま、立ち上がると、そっとレオンの肩に手を置いた。
「少し、辺境の別荘で静養なさいな。あなたは、少し疲れた顔をしているわ」
こんな気持ちのままで、王都を離れたくない。だがレオンは、何も言い返せないまま、唇を噛みしめた。
(レオンサマ! ワタシガイル! アナタノヨサハ、ワタシガシッテルワ!)
その晩、レオンは眠れずにいた。
王妃の笑顔、国王の口調、どれもいつも通りだったはずだ。だが、何かが引っかかっていた。
ふらりと寝間着のまま部屋を出たレオンは、人気のない廊下を歩いていた。
そんなとき、壁の向こうから微かに声が聞こえた。
ふと足を止め、そっと音のする方向――宰相の執務室の扉に近づく。
「……まさか、殿下を本当に辺境に送るとはな」
「仕方あるまい。早めに遠ざけておかねば、殿下が王位継承1位である以上、派閥が騒ぎ出す」
「でも、"静養"という名目で、実質の追放とは……あまりにも……」
「あの気弱な殿下に国を任せれば、あっという間に我が国は他国に飲み込まれてしまうだろう。そんなわけにはいかんのだ」
レオンの鼓動が跳ね上がる。
扉一枚隔てた向こうで、自分の“処遇”が語られている。
優しいと思っていた父と母。何も疑わず信じていた。
静養なんかじゃなかったのか。
僕は、追放されるんだ。
もう、ここへは戻れないんだ。
「……殿下には、騙されたと気づく暇もないだろう。今夜の一件で、心が砕けているからな」
「まさか、婚約すると思っていた令嬢にあんな形で裏切られるとはな……」
「正式に婚約をしていない以上、王家としては公爵家に抗議もできん。
公爵家も王家相手に失礼なことをするものだ。クラリス嬢が婚約を引き延ばしていたのは、ユリウス殿と両天秤にかけているのだと認識していた。だが、まさか他国の王子を選ぶとはな」
レオンは、膝が崩れそうになるのを必死で堪えた。
唇を噛み締め、音を立てぬようにその場を離れる。
自分を取り巻いていた人々の優しさは、仮面だった。
自分は、王としての器ではないと、皆がそう思っているんだ。
いや、存在そのものが邪魔になったのだ。
レオンの心から、何かが音を立てて崩れ落ちていった。
夜明け前の王宮。
まだ太陽も昇らぬ薄明のなか、ひとつの馬車が静かに動き出そうとしていた。
王子付きの侍従が手早く荷を詰め、護衛の騎士たちが配置につく。
誰もが淡々と任務をこなしている。けれど、そのどこかに、気まずさがあった。
レオンは、自室で最後の荷物を手に取り、黙って馬車へ向かった。
「レオン殿下、お気をつけて……」
侍従のひとりが声をかける。
だが、レオンはその言葉に反応を返さず、まっすぐ馬車へと乗り込んだ。
窓の外、王宮がゆっくりと遠ざかっていく。
そこは、自分が生まれ育った場所。
家族だと思っていた者たちと楽しく暮らしていた場所。語らい、笑い、助け合った。
だが今、そのすべてが嘘だったと思えるほど、心は冷え切っていた。
「……さようなら」
誰にともなく呟いたその声は、馬車の中に虚しく消えていった。
61
あなたにおすすめの小説
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
飽きて捨てられた私でも未来の侯爵様には愛されているらしい。
希猫 ゆうみ
恋愛
王立学園の卒業を控えた伯爵令嬢エレノアには婚約者がいる。
同学年で幼馴染の伯爵令息ジュリアンだ。
二人はベストカップル賞を受賞するほど完璧で、卒業後すぐ結婚する予定だった。
しかしジュリアンは新入生の男爵令嬢ティナに心を奪われてエレノアを捨てた。
「もう飽きたよ。お前との婚約は破棄する」
失意の底に沈むエレノアの視界には、校内で仲睦まじく過ごすジュリアンとティナの姿が。
「ねえ、ジュリアン。あの人またこっち見てるわ」
ティナはエレノアを敵視し、陰で嘲笑うようになっていた。
そんな時、エレノアを癒してくれたのはミステリアスなマクダウェル侯爵令息ルークだった。
エレノアの深く傷つき鎖された心は次第にルークに傾いていく。
しかしティナはそれさえ気に食わないようで……
やがてティナの本性に気づいたジュリアンはエレノアに復縁を申し込んでくる。
「君はエレノアに相応しくないだろう」
「黙れ、ルーク。エレノアは俺の女だ」
エレノアは決断する……!
「平民とでも結婚すれば?」と捨てられた令嬢、隣国の王太子に溺愛されてますが?
ゆっこ
恋愛
「……君との婚約は、ここで破棄させてもらう」
その言葉を、私は静かに受け止めた。
今から一時間前。私、セレナ・エヴァレットは、婚約者である王国第一王子リカルド・アルヴェイン殿下に、唐突に婚約破棄を言い渡された。
「急すぎますわね。何か私が問題を起こしましたか?」
「いや、そういうわけではない。ただ、君のような冷たい女性ではなく、もっと人の心を思いやれる優しい女性と生涯を共にしたいと考えただけだ」
そう言って、彼は隣に立つ金髪碧眼の令嬢に視線をやった。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
月乙女の伯爵令嬢が婚約破棄させられるそうです。
克全
恋愛
「溺愛」「保護愛」多め。「悪役令嬢」「ざまぁ」中くらい。「婚約破棄」エッセンス。
アリスは自分の婚約者が王女と不義密通しているのを見てしまった。
アリスは自分の婚約者と王女が、自分に冤罪を着せて婚約破棄しようとしているのを聞いてしまった。
このままでは自分も家もただでは済まない。
追い込まれたアリスだったが、アリスは月乙女だった。
月乙女のアリスには二人の守護者がいたのだ。
落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢は学園で王子に溺愛される
つちのこうや
恋愛
貴族の中で身分が低く、落ちこぼれで婚約破棄されて周りから醜いと言われる令嬢の私。
そんな私の趣味は裁縫だった。そんな私が、ある日、宮殿の中の学園でぬいぐるみを拾った。
どうやら、近くの国から留学に来ているイケメン王子のもののようだけど…
図書館の堕天司書 ―私達も図書館から禁帯出です―
ふわふわ
恋愛
有能司書レリアンは、蔵書管理ログ不整合の責任を押し付けられ、王太子の判断で解任されてしまう。
だがその不祥事の原因は、無能な同僚テラシーの入力ミスだった。
解任されたレリアンが向かったのは、誰も使っていない最下層。
そこに山積みになっていた禁帯出蔵書を、一冊ずつ、ただ静かに確認し始める。
――それだけだった。
だが、図書館の安定率は上昇する。
揺れは消え、事故はなくなり、百年ぶりの大拡張すら収束する。
やがて図書館は彼女を“常駐司書”として自動登録。
王太子が気づいたときには、
図書館はすでに「彼女を基準に」最適化されていた。
これは、追放でも復讐でもない。
有能な現場が、静かに世界の基準になる物語。
《常駐司書:最適》
---
もしアルファポリス向けにもう少し分かりやすくするなら、やや説明を足したバージョンも作れます。
煽り強めにしますか?
それとも今の静かな完成形で行きますか?
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる