【完結】ひとつのアイスを二人でかじりながら、駅前を歩きたい

ノエル

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27 警察と健斗が来てくれた

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なぜか、健斗が髭面を殴り倒しているのが見えた。なぜ健斗がここにいるんだろう。警察官の前で暴力をふるって大丈夫だろうか。


山脇はふてくされた様子で、警察官に見張られながら、脱ぎ捨てたシャツを拾っている。だけど、カメラが押収された時は、顔面蒼白になっていた。あのカメラの中には、脅迫用のやばい動画がたくさんストックされているのかもしれない。俺の動画がその一つにならなくてよかった。


毛布の下で、拘束されたままの不自由な手で、悪戦苦闘しながら、ズボンと下着を引っ張り上げた。ファスナーを閉めたらほっとした。


「おい、ぐずぐずするな。早く服を着ろ」


警察官がのろのろと服を着ていた山脇を急かした。山脇が背広に手を通しながら、俺を睨みつけた。


「お前が通報したのか? 一体どうやって通報したんだよ?」

「聞いても無駄だ。彼が通報したんじゃない。別の人間だ。早くしろ」

「くそう。本当に運がいい奴だ」

「お前もいつまでそうしてるんだ。ほら、早く立て」


警察官が床に転がっていた髭面を、後ろから脇に手を入れて立ち上がらせた。


「君も友達が大事なのはわかるが、少し外で待っていなさい、後で入れてあげるから」


健斗は髭面と格闘して気がすんだのか、素直に頷いている。健斗の暴力は見て見ぬふりをしてくれるらしい。ほっとした。


山脇と髭面は手錠をかけられ、警官たちから引きずられるようにして、連行されていった。
健斗も一緒に部屋から追い出された。部屋の中が一気に静かになった。


若い警察官が、手首を拘束していたベルトを外してくれながら、「もう、大丈夫だよ」と穏やかな声で言った。心に沁みるような声だった。さっき、毛布をかけてくれた警察官だ。


ベルトが外され、自由になった手首をさすった。擦れて赤く痣になっている。手を拘束されると、こんなに恐怖を感じるなんて、経験して初めて知った。


心臓の鼓動が早い。今になって、更に強い恐怖が襲って来た。身体がガタガタ震え始めた。
早く家に帰って、熱いシャワーを浴びたい。あいつの唾液とすべての感触を、記憶と一緒に洗い流したい。


「足首を鎖でベッドに繋がれているんです。鍵が欲しいんですけど」

「ん? 鎖?」


若い警察官が毛布をめくって俺の足首を見た。ぎょっとしたように動きが止まった。


「これは……気づかなかった。この輪っかは、閉じたら鍵がかかるタイプなんだね。困ったな」


山脇も髭面もすでに姿がなかった。警官が1人、部屋の中で書き物をしている。


「その辺りに鍵はありませんか? たぶん小さな鍵だと思います」

「ないぞ。あいつらのどちらかが持っているんじゃないか?」


若い警察官がこちらを見た。


「鍵を手に入れてくるから、少しの間待っててね。あそこのバッグとスマホは君の所持品?」


そう言ってソファを指で指したので、「そうです」と答えた。それを聞くと、バッグとスマホを俺に渡して、出て行った。



入れ替わりに、

「エイっ!」と叫び声がして、健斗が転がり込んできた。書き物をしていた警察官が止めようとしたが、すぐに諦めたようだ。見逃してくれたのだ。



「無事で良かった。電話が鳴ってから、俺、生きた心地がしなかったぜ」

「なんで健斗が?」


俺は立ち上がりたかったが、足を繋がれていてそれができない。そのままベッドの上で足を投げ出して座っているしかなかった。健斗はベッドに座って視線を合わせてきた。



「エイがこのホテルで、今日の昼まで撮影するって言ってただろ? 今朝、その話をしたら、母親が撮影後にエイを誘って一緒にランチでもしようって、言い出したんだ。高校生にもなって家族揃ってってのは恥ずいけどよ。エイと一緒にホテルランチはいいなって思ったから話に乗った。それで、ここのラウンジで、お茶を飲んでたら、例の電話が鳴って大騒ぎになった」


一気にしゃべって、ぎゅうっと抱きしめてきた。


「でも、俺らがここのラウンジにいて良かった。エイから電話があったとき、何を言っているのか、親父もよくわからなかったんだ」

「そうか。それで、よく警察を呼んでくれたな」


あれだけ頑張ったのに、声が聞こえなかったのか。それでも助けてもらえたのは奇跡だな。


「いつまでも通話が切れないし、なんか異様な感じがしたからな。何かあったんだって、親父がフロントまで、部屋番号を確認しに行ったんだ。母親はホテルの責任者を呼び出しに行った。その間に、俺が勝手に警察を呼んだんだよ。未成年がホテルの部屋に監禁されてます、助けてくださいってさ」

「すごいな」

「親父たちは俺の行動が軽率だと怒ってた。だけど、結果的にそれがよかったんだ。警察が来るの早かっただろ? 間に合ってよかった」


俺は、ただ頷いた。

そうだ、間に合った。間一髪で、俺はカメラを回されなかった。そして、レイプもされなかった。だから、“間に合った”でいい。俺は間に合った、と無邪気に喜んでいいんだ。そうだよな?


「エイ、でもなんで、ここから動かないんだ? 足を怪我でもしてるのか?」

「こういうこと。今、鍵を取りにいってくれてる」


俺は、見せたくなかったが、観念して毛布を持ち上げた。


どうせさっき、健斗に恥ずかしい姿を見られているのだろう。それを考えると羞恥で心が壊れそうになる。だから、せめて家に帰るまでは、何も考えないようにした。


健斗は足首の鎖を見て、俺の両手首の痣に視線を移動させた。息を飲む気配がした。
身体の震えがまた戻ってきた。心臓の音がうるさい。駄目だ。何も考えないようにしなければ。


「そうか。無神経なことを聞いて悪かった」

「……」


謝られて、正気を失いそうなほど動揺した。健斗の問いに返事が出来ず、口を引き結んで俯いた。

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