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馬車は城下町の一角にある石造りの家の前で止まった。
辺りは商店が立ち並び、活気がある地域だった。
「ここが私の隠れ家よ。家出用に買ってたの」
中に入ると、エレーヌがカーテンを開け、椅子に腰掛ける。
レオニスは扉のそばに立ったまま、静かに言った。
「どうして、俺を助けようとする?」
エレーヌは目を伏せ、少し間を置いてから答えた。
「そんなの決まっているじゃない。貴方を好きだからよ。昔も、今も」
「でも、君には俺よりも、もっと…」
「もっと『いい男』がいるって言いたいの?」
エレーヌが言葉を遮った。
「そうね、きっとそうなんでしょうね。でも、私はレオがいいの。国の未来を担う王子じゃなくてもレオがいいの」
レオニスは戸惑いながら笑った。
その笑みには、皮肉と哀れみが混じっていた。自分に対するものだ。
「せっかく、俺は君を遠ざけようとしていたのになんでこうなる。エレーヌほどの女性なら、俺なんかよりもいい男がいっぱいいるだろう。俺みたいなクズなんかよりさ」
「なぜ、自分のことをクズなんて言うの?」
「俺がクズだからだよ。クズにはクズが似合うんだ。マリアンヌみたいな。
エレーヌは俺には上等すぎて……もったいない」
エレーヌは、静かに彼を見つめた。
レオニスはそのまま続けた。今や、それは止められない言葉の奔流だった。
「マリアンヌは、妹のほうがずっと優秀なのに、それを認めようとしなかった。
笑顔で妹を褒めながら、見えないところで陰口を叩く。
自分が“勝ってる”って思いたくて……。努力するでもなく、人を貶める。そして、俺のことを、自分を大きく見せるために利用していた……。そういうズルさが……俺と似てたんだ」
「似てないわ」
「え?」
「貴方は、自分を誤魔化すために人を使ったりしない。逃げたことはあっても……誰かを見下して、自分の価値を保とうなんてこと、しなかった」
レオニスは何も言えず、エレーヌを見詰め、そして目を伏せた。
「……俺、怖かったんだよ」
「何が?」
「……エレーヌがさ」
声が震えていた。
「君は、本気で俺の未来を信じてた。王として国を導けるって。
俺は、そんな器じゃない。なのに、できるって言ってくれるのが怖かった。
俺、知ってたよ。宰相たちが、ユリアンを持ち上げて、陰で俺を笑ってたことを。でも、それを口にしたら、全部が崩れそうで……」
その言葉に、エレーヌは寂しく笑った。
「私はずっとあなたを信じてた。それが重荷だったのね」
レオニスの目に、涙が滲んだ。
「マリアンヌは……。俺を否定しなかった。何も求めてこなかった。
だから……楽だった。でも、それは愛じゃなかった。俺がただ……逃げてただけだ」
「そうだったの」
「結局、逃げ込んだ先からも捨てられて、残ったのは……何もない」
レオニスはぽつりと呟いた。
エレーヌは彼の前に歩み寄り、優しくその手を取った。
「何もなくないわ。私がいるじゃない」
「……」
「言ったでしょ。レオのことが好きだって。だから私はどこまでもレオについていくの」
レオニスの目に、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
彼はそのまま、崩れ落ちるようにしてエレーヌの肩に顔を埋めた。
エレーヌは、彼の髪をそっと撫でながら、ふふっと笑った。
「でもね、レオ、私もクズなのよ?」
「え?」
顔を上げたレオニスは、ぽかんと彼女を見つめた。
エレーヌはにこりと笑い、さらりと言った。
「だってね、王太子妃とか王妃とか……面倒くさいじゃない。
儀式も、挨拶も、全部にいちいち決まりがあって面倒だわ」
「エレーヌ?」
「私、平民になって気楽に暮らしたいのよ。
お金? 大丈夫よ。公爵家からしっかり持ってきたし、今後ももっとせびるつもり。
贅沢しなければ……いえ、平民の生活なら贅沢しても、一生働かずに暮らせるわ」
レオニスは呆然と彼女を見た。
「えっ? ちょっと待って、それって……」
「うふふ、びっくりした?」
エレーヌは、いたずらっぽく笑った。
「あはは。私だって、無理していたのよ。
“完璧な公爵令嬢”で、“王太子の理想の婚約者”で、“国を支える未来の王妃”でいなきゃって。
でももう、そういうの……いいかなって」
「……君は……」
レオニスの目が揺れた。
まさか、あの凛としたエレーヌが、こんな軽やかな言葉を口にするとは。
「だからさ、クズはクズらしく、気楽に生きましょうよ。親のお金で好き勝手生きて。
世間体? 関係ないわ。私たち、もう全部、捨てた者同士じゃない。私、お父様に公爵家の籍から抜いてもらうわ」
レオニスは一瞬、言葉を失った。
けれど、次第にその胸の奥から、少しずつ何かがほどけていくのを感じた。
「……君って……ほんと、俺の想像よりずっと自由だな」
エレーヌは肩をすくめ、さらりと言った。
「レオだって、きっとそうよ。
ただ、自分で自分を縛っていただけ。
これからは、お互い、ちょっとくらいクズでもいいじゃない?」
エレーヌは本当に嬉しそうに笑った。
辺りは商店が立ち並び、活気がある地域だった。
「ここが私の隠れ家よ。家出用に買ってたの」
中に入ると、エレーヌがカーテンを開け、椅子に腰掛ける。
レオニスは扉のそばに立ったまま、静かに言った。
「どうして、俺を助けようとする?」
エレーヌは目を伏せ、少し間を置いてから答えた。
「そんなの決まっているじゃない。貴方を好きだからよ。昔も、今も」
「でも、君には俺よりも、もっと…」
「もっと『いい男』がいるって言いたいの?」
エレーヌが言葉を遮った。
「そうね、きっとそうなんでしょうね。でも、私はレオがいいの。国の未来を担う王子じゃなくてもレオがいいの」
レオニスは戸惑いながら笑った。
その笑みには、皮肉と哀れみが混じっていた。自分に対するものだ。
「せっかく、俺は君を遠ざけようとしていたのになんでこうなる。エレーヌほどの女性なら、俺なんかよりもいい男がいっぱいいるだろう。俺みたいなクズなんかよりさ」
「なぜ、自分のことをクズなんて言うの?」
「俺がクズだからだよ。クズにはクズが似合うんだ。マリアンヌみたいな。
エレーヌは俺には上等すぎて……もったいない」
エレーヌは、静かに彼を見つめた。
レオニスはそのまま続けた。今や、それは止められない言葉の奔流だった。
「マリアンヌは、妹のほうがずっと優秀なのに、それを認めようとしなかった。
笑顔で妹を褒めながら、見えないところで陰口を叩く。
自分が“勝ってる”って思いたくて……。努力するでもなく、人を貶める。そして、俺のことを、自分を大きく見せるために利用していた……。そういうズルさが……俺と似てたんだ」
「似てないわ」
「え?」
「貴方は、自分を誤魔化すために人を使ったりしない。逃げたことはあっても……誰かを見下して、自分の価値を保とうなんてこと、しなかった」
レオニスは何も言えず、エレーヌを見詰め、そして目を伏せた。
「……俺、怖かったんだよ」
「何が?」
「……エレーヌがさ」
声が震えていた。
「君は、本気で俺の未来を信じてた。王として国を導けるって。
俺は、そんな器じゃない。なのに、できるって言ってくれるのが怖かった。
俺、知ってたよ。宰相たちが、ユリアンを持ち上げて、陰で俺を笑ってたことを。でも、それを口にしたら、全部が崩れそうで……」
その言葉に、エレーヌは寂しく笑った。
「私はずっとあなたを信じてた。それが重荷だったのね」
レオニスの目に、涙が滲んだ。
「マリアンヌは……。俺を否定しなかった。何も求めてこなかった。
だから……楽だった。でも、それは愛じゃなかった。俺がただ……逃げてただけだ」
「そうだったの」
「結局、逃げ込んだ先からも捨てられて、残ったのは……何もない」
レオニスはぽつりと呟いた。
エレーヌは彼の前に歩み寄り、優しくその手を取った。
「何もなくないわ。私がいるじゃない」
「……」
「言ったでしょ。レオのことが好きだって。だから私はどこまでもレオについていくの」
レオニスの目に、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
彼はそのまま、崩れ落ちるようにしてエレーヌの肩に顔を埋めた。
エレーヌは、彼の髪をそっと撫でながら、ふふっと笑った。
「でもね、レオ、私もクズなのよ?」
「え?」
顔を上げたレオニスは、ぽかんと彼女を見つめた。
エレーヌはにこりと笑い、さらりと言った。
「だってね、王太子妃とか王妃とか……面倒くさいじゃない。
儀式も、挨拶も、全部にいちいち決まりがあって面倒だわ」
「エレーヌ?」
「私、平民になって気楽に暮らしたいのよ。
お金? 大丈夫よ。公爵家からしっかり持ってきたし、今後ももっとせびるつもり。
贅沢しなければ……いえ、平民の生活なら贅沢しても、一生働かずに暮らせるわ」
レオニスは呆然と彼女を見た。
「えっ? ちょっと待って、それって……」
「うふふ、びっくりした?」
エレーヌは、いたずらっぽく笑った。
「あはは。私だって、無理していたのよ。
“完璧な公爵令嬢”で、“王太子の理想の婚約者”で、“国を支える未来の王妃”でいなきゃって。
でももう、そういうの……いいかなって」
「……君は……」
レオニスの目が揺れた。
まさか、あの凛としたエレーヌが、こんな軽やかな言葉を口にするとは。
「だからさ、クズはクズらしく、気楽に生きましょうよ。親のお金で好き勝手生きて。
世間体? 関係ないわ。私たち、もう全部、捨てた者同士じゃない。私、お父様に公爵家の籍から抜いてもらうわ」
レオニスは一瞬、言葉を失った。
けれど、次第にその胸の奥から、少しずつ何かがほどけていくのを感じた。
「……君って……ほんと、俺の想像よりずっと自由だな」
エレーヌは肩をすくめ、さらりと言った。
「レオだって、きっとそうよ。
ただ、自分で自分を縛っていただけ。
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エレーヌは本当に嬉しそうに笑った。
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