【完結】幽閉王子と監禁令嬢~感情を無くした王子だけど、監禁令嬢を救いたい

ノエル

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第1章 冤罪をかけられた王子

9 王妃の後悔

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北の塔。冷たい石の壁に囲まれた、ほの暗い独房。外から差し込む光はわずかで、空気は湿って重かった。

「ガチャリ」と錠前の音が響き、扉が開く。
王妃が顔を上げる。髪は乱れ、頬はこけ、目の下には深い影が落ちていた。

「リオネル! 無事だったのね!」

そこに立っていたのは、凛とした佇まいの王太子だった。すでに毒の影など微塵も残っておらず、その瞳には、皮肉を含んだ哀しみが浮かんでいた。


「私は無実よ。あなたもわかっているでしょう? あの水は……」

「……カイエルもそう言っていましたよね」


王太子は足を進め、独房の手前に立った。鉄格子を挟んで、母と向き合う。


「『私は無実だ』と。『信じてほしい』と。……母上、少しはあの時のカイエルの気持ちが、わかりましたか?」


王妃は息を呑み、言葉を失った。


「でもね、母上。母上の罪状は、私を毒殺しようとしたことではありません。あれは、私が自分で仕込んだ毒です。少し息苦しさと眩暈を覚える程度の量でした。あんなことをしたのは、カイエルの気持ちを分かって欲しかったからです」

「……っ!」


王妃の顔が青ざめる。


「本当の罪は、国王の許可なく、カイエルを北の塔に移した越権行為。そして、感情だけでカイエルを犯人と断定したことです。ろくに調査もしていないのに、『調査の結果、カイエルが犯人だった』と国王に報告しましたね?」

王太子の声には、静かだが確かな怒りが込められていた。

「カイエルの無実を証明する証拠は、簡単な捜査で出てきましたよ。母上はそれをしようともしなかった。自分の怒りをぶつけることの方が、真実よりも大切だった」


王妃の目から涙がこぼれ落ちた。王太子はさらに続けた。


「ですが、母上。今は牢に入っていた方が、幸せかもしれません。
カイエルの時と違い、牢番の暴力は禁じていますし、食事もまともなものが出されるはずです。
今、我々は、貴族からの糾弾に、毎日立ち向かっているところです。
糾弾は国王や私だけではなく、側近や大臣にも及んでいます。特に、母上に対する世間の目は非常に厳しいものがあります。ここにいると、彼らの軽蔑の眼差しから逃れることができるでしょう?」


リオネルは、深いため息をついて、先を続けた。


「父上は、貴族たちへの対応の傍ら、今後、同じことが起きないように、寝る間も惜しんで働かれています。衰弱死しないか心配になるほどです。塔に入れば、それらすべてからも逃れることができるのです」


王太子はそれだけ言い残し、背を向けた。
軋む扉が再び閉まり、沈黙が戻る。

王妃を牢に入れたのは、罰するためでもあり、保護するためでもあった。
やるせない思いで、リオネルは塔の階段を下りた。





湿気の混じった空気、遠くで水の滴る音。王妃の心には、羞恥と後悔だけが広がっていった。
ある夜、ふと、眠れぬまま呟いた。


「あの子も、こうして一人で、ここにいたのね。いつ解放されるのか、わからないまま」


カイエルの絶望がどのように深いものであったか。王妃は考えを巡らせた。

誰にも信じてもらえず、叫んでも届かず、ただひとりで寒さと暴力と空腹に耐えていたカイエル。そんな王子の姿が、まぶたの裏に浮かんだ。
忘れ去られるかもしれない、という恐怖は、いかばかりのものであったか。

次いで、カイエルと笑って過ごした日々のことが浮かんできた。

彼女は、カイエルに対して冷たく接したことを深く悔いた。
最愛の娘を守るために、彼にどれほどひどい仕打ちをしたのか。
カイエルもまた自分の子供なのに。


「なんて、私は愚かだったのだろう」


その瞬間、胸の奥にせき止めていた感情が溢れ出した。涙が止まらなかった。肩を震わせ、声を殺して泣き続けた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……カイエル」


王妃の泣き声は、冷たい石壁に吸い込まれていった。



数日後、王妃の正式な処遇が決まった。


「王妃は王妃としてのすべての権利を剥奪し、一年間の禁固刑に処する。北塔で幽閉後、しかるのち貴族牢に移す」


重すぎる内容であった。
王妃を北塔に入れるなど前代未聞であり、それだけで、今回の事件に対する王家の反省の本気度が窺えた。
その報が流れたとき、王宮は一時騒然となった。
だが、それを塔で聞いた王妃自身は何も言わず、静かに受け入れた。


反省の色が見えたことと、併せて意識を取り戻したカイエルの嘆願があったことにより、王妃は北の塔に入って一月後には、貴族牢に移された。

日差しが差し込む窓がある部屋。柔らかく清潔な寝台。入浴もできる。
贅沢ではないが、牢にしては快適な暮らしだ。

カイエルは目を覚ましてすぐに、王妃の嘆願書を書いて国王に提出したと聞かされた。王妃は、カイエルの慈悲に直面し、自分の行いの恥ずかしさに、深く頭を垂れた。
かすかに暖かい光が、その牢に差し込んでいた。





数週間後。
王宮の広間には緊張が漂い、宰相を中心とした貴族たちが集められていた。その目の前には、数人の貴族たちがひざまずいている。顔色が青ざめ、まるで動揺している様子を隠すことができない。


「お前たちが、カイエル王子を毒殺しようとしたのか?」


国王の声が低く、冷徹に響いた。


「陛下! 私欲のためではありません!」


一人の貴族が必死に否定しようとするが、国王の鋭い眼差しが彼を黙らせる。


「どんな理由があろうと、王族暗殺など許される事ではない」


国王は冷徹に言い切った。

王太子リオネルは、手に持った書類を机に叩きつけた。


「お前たちが犯した罪の重さ、覚悟しろ」

「我々の行動は国のためを想ってのことです!」


犯人たちは震えながら顔を上げ、必死に抗おうとしたが、彼らの罪はすでに暴かれていた。

毒薬の入手経路とそれを購入した者たちを突き止めた。そして、事件当日の侍女や貴族たちの証言が、偽証だったと判明した。
ようやく、毒薬事件の黒幕たちが炙り出されたのだ。


「この事件に関与した者は、許されることはない」


国王は冷たく言い放ち、貴族たちに目を向けた。騎士たちが彼らを捕らえ、拘束し始める。

事件が解決し、その真相が明るみに出た。国王と王太子、そして、その側近たちの尽力により、ようやく王家は威信を取り戻すことができた。

だが、広間に居並ぶ者たちを苦しめていたのは、カイエル王子に対する罪の意識だった。


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