かみさまの忘れ人

KMT

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第三章「世界の秘密」

第14話「変わり者」

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毛深い茶色のボディに鋭く尖った牙、風船を詰め込んだような肉付きの厚い足首、そしてギロリとした恐ろしい赤い目。ケイトさんが見せてくれたあの絵の通りの姿だ。猪はうなり声をあげながら突進してきた。やかましく叫び過ぎたために、私達の居場所が伝わってしまったらしい。しかもすごく怒ってる様子だ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!!」

バサッ
私達は左右の茂みに飛び込み、猪の突進をギリギリかわした。走っただけで激しい暴風が辺りを突き抜けた。地面に散乱していた落ち葉や木の枝が5,6メートル程宙を舞った。土埃が辺りを覆う。すごい勢い…まるで暴走機関車のようだ。

ズドーン
猪は10メートル程先に生える大木にぶつかった。だけど、猪はぴんとしていて、こちらにまた顔を向けた。ぶつかった衝撃で大木の根元がボロボロになり、ドシンッと大きな音を立てて倒れた。

「はぁ!?何よあれ…あんなのどうやって倒すのよ!?」

さっきまでの自信が瞬く間に崩れ去る哀香ちゃん。蓮君にすがり付く。

「二人共…下がってて。僕がやる…」

蓮君は腰に携えた剣を引き抜いて構えた。しかし、腕と足がマッサージ機を当てているかのように小刻みに震えている。構える姿もへっぴり腰で頼りない。私なんかが言えたことではないけど…。

ダッ
すぐさま猪は、蓮君目掛けて走り出した。茶色くて大きな毛玉がみるみる近づいてくる。周りの落ち葉や木々を蹴散らしながら。

ブォォォォォ

「はぁぁぁぁぁ~!」

バシッ
蓮君は猪が突進する直前で、剣を大きく振り下ろす。剣を猪の頭に叩きつける。

ドォーン

「ぐはっ…」

猪の勢いの方が圧倒的に強く、蓮君は握っていた剣と共に吹っ飛ばされる。吹っ飛んだ勢いで後方にたたずむ大木に叩きつけられる。

「蓮!」
「蓮君!」
「けほっ…けほっ…」

蓮君は咳き込みながらゆっくりと顔を上げる。しかし、立ち上がるだけの力はもはや残ってはいなかった。それもそのはず。車にはねられるくらいの衝撃を受けたのから、ピンピンと立ってられるはずかない。

ブォォォォォ
猪は再びうなり声を上げて走り出す。動けなくなった蓮君目掛けて突進する。大変だ。これ以上攻撃されたら蓮君の体がもたない。助けてあげたいけど、恐怖で足が動かない。どうしよう…蓮君が危ない…。





ドンッ

「!?」

突然、茂みから人が飛び出してきた。猪はその人に蹴り飛ばされる。その人はロープにしがみつき、ぶら下がっている。

ズズズズズ…
5,6メートル程蹴り飛ばされ、巨体が横に倒れる。山賊のような衣装をまとい、明るい紫髪にメガネをかけた…女の子だ。あのでっかい猪を蹴り飛ばすなんて、なんて力の持ち主なんだろう。私達は唖然とする。

「ふぅ…ギリギリセーフ♪」

猪を倒したその姿は勇ましかった。ロープを高い木にくくりつけ、まるでターザンのようにぶら下がりながら横から飛び出してきたその人は…





「副会長!?」

なんと、私達がもとの世界で通っている高校の副会長、村井花音ちゃんだった。私達は声を揃えて叫んだ。どうして副会長がここに?あ、そういえば副会長も陽真君と同じく行方不明になっていた人だ。ずっと行方不明だったのは、彼女もこの世界にいたからなのか。

「んー、なかなか肉付きのあるボディね。今夜のおかずにちょうどいいかも♪」

まるでスーパーのお肉売り場のコーナーで、お肉を品定めする主婦のようなことを口にする副会長。食べるつもりなの…?突進ばかりしてくる危なっかしい猪相手に呑気過ぎる。

ブルルルル…
猪は起き上がって副会長を睨み付ける。猪は完全に意識を副会長の方へ集中させている。副会長、危険だよ…。一人で太刀打ちできる相手じゃないよ。

ダッ
猪は走り出した。副会長目掛けて突進する。

ヒョイッ
副会長は瞬間的にターザンロープの上へよし登り、間一髪で猪の衝突をかわした。すごい…猪の動きを見極めてるんだ。その様は絵に描いたような野生児とでも言うべきか。前からよく動く人だとは思ってたけど、こんなに運動できるとは思わなかった。

「すごい…」

人間と動物の真剣勝負に、私達はつい見入ってしまう。

ブルルルル…
猪はロープで木の上に登った副会長を睨み付ける。下に視線を戻し、木の根元に狙いを定めると、再び走り出した。根元を頭突きして、木を倒して副会長を落っことすつもりだ。危ない!副会長、早く逃げて!

スチャッ
副会長はとっさに背中に背負っている武器を手に持った。弓矢だ。副会長は弓を引き、矢の先を猪に向ける。本物の狩猟民みたいだ。

シュッ
電光石火のスピードで矢が放たれた。銃弾のような目にも止まらぬ速さで、矢は猪の頭に突き刺さった。矢が猪の脳天を貫いたのだ。血は出なかった。しかし、あれは痛い。いや、痛みを感じる間もないだろう。即死だ。

ズズズズズ…
猪は意識を失い。地面に我が身を引きずりながら倒れる。木にぶつかるギリギリのところで、動きは完全に止まる。本当に死んでしまったらしい。それにしてもすごい。あれだけ的の動きが速い上に、足場の悪い木の上から矢を放って猪を射止めるなんて。普段のおちゃらけたイメージの副会長が消え、この上なくカッコよく見える。

「すごい…」
「あの猪を…あんな簡単に…」
「いや、弓矢はズルいでしょ」

スタッ
木の上から飛び降り、見事な着地を決める副会長。彼女のお陰で助かった。

「あなた達、大丈夫?」

副会長は心配そうに聞く。私は副会長に駆け寄る。

「副会長!助けていただいてありがt…」
「待って!凛奈…」

ガシッ
哀香ちゃんが私の肩を止める。

「え?」
「陽真のことを考えると…副会長も私達のことを忘れてるかもしれないわよ。私達よりも早くこっちに来てるわけだし…」
「あっ…」

そうか。この間の陽真君の様子から考えると、確かに心配だ。元の世界の記憶を失った陽真君は、目を背けたくなる程冷徹な性格になっていた。剣術は見事な腕前だったけど、まるで人が変わっていた。副会長にも同じようなことが起きているかもしれない。彼女もこの世界にやって来ていたという意外な事実も気になるけど、やっぱり彼女も元の世界の記憶を失っているのか…。

「あ、あの…副会長…」
「はぁ…」
「え?」

副会長は大きくため息をする。急にどうしたのか。

「みんな私のことそう呼ぶけど、その呼び方嫌なのよね。私はもうすぐ『生徒会長』になる予定なんだから!いつまでも副会長であってたまるもんですか!」
「あぁ…じゃあ…花音会長…」
「いや、一応まだ生徒会長ではないんだけど…せめて名前で呼んでくれない?」
「は、はい…」

面倒くさい人だなぁ…。いや、そんなこと思っちゃダメ。この人は本当にすごい人だ。さっきの猪を倒してくれたこともそうだけど、生徒会長としての素質は充分にあると思う。ずっと努力してきたのを、私は端から見てきた。朝早くから演説したり、チラシ作ったり、生徒の名前覚えたり…。本当にすごい人だ。









ん?ちょっと待って!

「花音ちゃん、私達のこと覚えてるんですか!?」
「おぉ、いきなりちゃん付けとはね。もちろん覚えてるわよ。なんてったって七海町立葉野高等学校後期生徒会長になる女ですもの!全校生徒全員の情報を記憶しておくのは当然のことよ♪そうでもしないと生徒会長なんて務まらないわ」
「あ、いや…そういう意味じゃなくて…」

花音ちゃんが生徒の名前を覚えるのが得意なのは別として、彼女はしっかりと私達のことを覚えていた。生徒会長になると豪語している様子から、自分の記憶もしっかり残っている。元の世界のことも。私達は困惑する。どうして陽真君は全て忘れていたのに、花音ちゃんは覚えているのだろう?この世界にいればいるほど、元の世界の記憶はなくなるんじゃなかったの…?

「ん?そういえば、副会長呼びするってことは…あなた達、葉野高校の生徒?なんでここにいるの!?」
「え、えっと…私達の台詞でもあるんですけど…」

そうだ、私達の説明もしなければならない。その前に花音ちゃんがなんでここにいるのか、どうして記憶が残っているのか、色々知りたいのがやまやまだけど…。とりあえず私達は先に自分達の事情を話すことにした。

「話は長くなりますけど…いいですか?」
「いいけど、一つお願いね」
「え?」
「丁寧語とちゃん付け併用してるの聞くとなんか違和感あるのよね~」
「はぁ…」

花音ちゃんは可愛く笑って言った。

「だから、タメで話しましょ♪凛奈!」

花音ちゃんは私の名前を覚えていてくれた。また一人、素敵な友達ができた。





花音ちゃんは私達に、オレンジと赤が混ざった水玉模様の綺麗な色の木の実を手渡した。洋梨くらいの大きさをしたそれは、嗅ぐと甘い香りがした。

「パピヨンって言うらしいわよ。買った時に商人さんがそう呼んでた」
「いただきまーす」

三人でパピヨンをかじる。果肉の水々しさとハチミツのような甘い味わいが口に広がり、頬がとろけそうになった。とても美味しい。こういう風に、森の中で心地よい風に吹かれながら食べる軽食は実に楽しい。ピクニックに来ているみたいでテンションがあがる。本当は猪退治に来たんだけど…。その猪も花音ちゃんによって倒され、彼女の王様の椅子と化している。

「美味しい♪」
「でしょ?こういうフルーツっぽいのって、少し食べただけで結構腹に溜まるからいいのよね~」

猪の背中の上に座り、足を組んでいる花音ちゃん。いくらもう死んでいるからと言って、その上に座るような勇気は私にはない。

「ねぇ、買ったって言ったわよね?あんたこの世界のお金持ってんの?」

花音ちゃんがパピヨンをかじりながら聞く。

「ん?まぁね。コツコツと稼いだのよ」
「どうやって稼いだの?」

次は蓮君が聞く。

「んー?まぁ、あなた達の事情も聞いたことだし、ついでに話しましょうかね。私がこの世界に来た経緯を」



   * * * * * * *



それは、陽真が失踪した日からちょうど一週間後の土曜日だった。花音は七海町が開催するプチクラ山星空観察キャンプに参加していた。元々キャンプが好きだった花音は、興味本意で応募していたのだ。偶然にも当選し、参加者として足を運んだ。その日は流星も見られると聞き、花音は心踊った。空が見渡せる絶好のポジションで、なおかつ周りに人がいない場所を真っ先に占領し、テントを張ってスタンバイした。そして、時刻は午後9時に差し掛かる頃となった。ちょうど流星が見られるピークの時間帯だ。花音はスマフォで時刻を確認する。

「そろそろかしらね…」

花音は“手帳”をジャージのズボンのポケットにしまい、テントから出て空を見上げた。

「うわぁ~♪」

空には無数の星が、砂浜に広がる砂粒のように光り輝いていた。手を伸ばせば届きそうという言葉がふさわしい程に、幻想的な空間が広がっていた。しかし、この光景は晴れた夜ならいつでも見られるもの。花音の求めているものとはまた別だ。

「あっ!出た!」

スッと一筋の線が現れては消える。流星だ。まるで一つの生き物のように素早く流れる星は、花音の心を踊らせた。

「綺麗ねぇ…あっ!」

花音は何かを思い出した。すぐさま手を合わせ、目を閉じて祈る。

“どうか私を生徒会長にしてください!神様仏様もう一度神様~”

流れ星に願い事をすると、その願い事が叶う。小さい頃に子ども心を大事にしていた大人から得た言い伝えを信じ、祈りを捧げた。

「あれ?三回祈らなきゃいけないんだっけ?そもそも声に出さないといけないんだっけ?あと…流れ星が消える前に言い切らなきゃいけないんだっけ?わかんなく、なっちゃった…」

花音は昔から“リーダー”と言う存在に対し、強い憧れを抱いていた。一つの目標へと仲間を導き、多くの人々から信じられ、頼られる存在。すなわち、リーダーとは力を持つ者の証。その勇ましい響きに心酔し、気がつけば自分は副会長になっていた。しかし、花音は更に上を目指す。一番になりたい。一番偉くなって、仲間を正しい道へと導きたい。生徒会長になって、学校のみんなに幸せな高校生活を実現させてあげたい。強い思いで花音は目指した。

“神様…どうかお願いします…”





シュー

「?」


後ろから音がした。振り向くと、森の奥から霧が立ち込めていた。花音はそれを、誰かのキャンプファイヤーの煙だと思った。自分より上の方にテントを立てていた人がいたのか。この煙の量は尋常ではない。早く消火しないと、森が火に覆われて山火事になってしまうかもしれない。花音は霧の中へと走り、発生源を探った。しかし、見つからないうちに霧はみるみる晴れていった。

ザザッ
しばらく走った後、開けた草原に出た。遠くには城がそびえ、手前には小さな森と街。七海町ではない、花音が知らない場所だ。

「ここ…どこ?」

彼女はこうしてフォーディルナイトにやって来た。





ひとまず街の方に下りた花音。人々の服装や建物の外観を見ただけで、ここは自分の知っている世界ではないことをすぐ実感する。しかし、花音は臆することなく探索を続けた。彼女も異世界系のライトノベルを少々たしなんでおり、すぐに状況を把握できた。とりあえず最初に宿泊できる場所を探した。暗闇に飲み込まれた街の中を一時間程さ迷ったが、泊めてもらえそうな家はなかなか見つからなかった。

「はぁ…お腹すいたぁ…ん?」

彼女はふと足を止める。とある民家の庭の真ん中に切り株が生えており、その上に一本の弓と5本の矢が置かれてあるのを発見した。

「…」

彼女はこっそりと庭に忍び込み、弓矢を盗んで出ていった。

「…ごめんなさいね」

花音は再び森へと向かった。小さな小川を見つけ、そこを拠点とした。落ち葉や草木をかき集め、簡易的なベッドをこしらえた。寝床を確保すると、弓矢を持って小川と向き合った。

「おっ、いるいる!」

水中には小さな魚が悠々と泳いでいた。試しに弓を引き、魚目掛けて矢を放った。

バシャッ

「やった~!」

矢は見事魚の腹を貫いた。信じられない、一発で成功した。魚はしばらくピクピクと暴れた後、絶命して動かなくなった。花音は夜空の月へ、高らかに突いた魚を掲げた。魚のつやつやとしたボディが月光を反射していた。

魚を捕まえた後、石と木の枝をうまく使って火を起こした。火起こしのしかたは、小さい頃からキャンプの経験で体に叩き込まれている。青黒かった森はすぐに温かなオレンジ色に照らされた。突いた魚を火で焼いて食べた。

「美味しい♪」

やはりキャンプの醍醐味はこの苦労の先にある達成感だ。元の世界の生活でもなかなか味わうことができない。花音はしみじみと心に刻んだ。

その夜、花音は小川の近くで野宿したという。翌日は食料調達のために再び街まで下りた。

「うーむ…」

偶然道端で小型のナイフを拾った。誰かの落とし物だろうか。交番らしき施設が見当たらないため、どこに届けてよいかもわからない。数十分考えた後に自分のものにした。何かに役立てることはできないかと、ナイフを見つめながら歩いていると…

「よぉ♪そこのお嬢ちゃん、見ねぇ格好だな。俺達と一緒に遊ばねぇか?楽しいことしようぜぇ~?」

街の平和を脅かすギャング達だ。相変わらずの気持ち悪い顔と性格で、目に留まった女性に言い寄ってくる。何度騎士に連行されても懲りない連中だ。

「おぉっ、目と目が合ったらいざ勝負ってやつね。いいわよ!」
「は?」

花音はその男達がナンパ目的で寄ってきたことに気づかず、ナイフを構える。

「レッツファイト!!!」
「うぉっ!?」

花音は素早くナイフを振り回し、ギャング達を追い詰める。対するギャングも、いきなりナイフを突いてきたおかしな少女に慌て、武器を出すのが遅れた。

「クソッ、何だこいつ!」

負けじとナイフで対抗するも、花音のナイフさばきは実に卓越しており、ギャング達を後退させる。

「覚悟ぉ~!」
「ひぃぃぃぃぃ…」

珍しくギャング達が恐れをなして縮こまる。花音は振り下ろすナイフをすん止めで止める。

「なんてね♪本気で刺したりしないわよ」
「お、俺達が悪かった!頼む!騎士は呼ばないでくれぇ…」
「騎士?」

ギャング達は花音の前で土下座する。完全に弱腰だ。

「許してくれぇ!何でもするからぁ…」
「ん?今、何でもするって言ったわよね?」

花音は腕を組み、ひれ伏すギャング達を見定める。



「へへっ♪臨時収入貰っちゃった~」

騎士に連行してもらうのを見逃す代わりに、ギャングから金品を貰った。花音はその金で新たな武器を買ったり、服や食料を買ったりした。また、森で落ちている木を拾い集めて自作の武器を作ったり、その武器で野生動物を狩ったり、食べられる木の実や野草を摘んだりして、森を拠点とした自給自足の生活を続けていたという。

その生活は二週間続いた。



   * * * * * * *



「そういえば、最初にここに来てから今日でちょうど二週間ね」

花音ちゃんはパピヨンの最後の一欠片を頬張って言う。

「たった二週間でここまで人間は変わるものなのね…」
「流石だね…」

哀香ちゃんと蓮君は感心する。

「当たり前よ!生徒会長を目指す者として、これくらいのことはできなくちゃ!」
「生徒会長は関係ないと思うけど…」

ついツッコミを入れてしまった。とにかく、花音ちゃんが元の世界の記憶を保持していたことは安心だ。

「あ!そういえば、あなた達はこの世界で何してるの?」

花音ちゃんが聞いてきた。それと同時に私はやるべきことを思い出し、花音ちゃんに協力してもらうことを決めた。今の彼女なら間違いなく私達の戦力になってくれるはずだ。

「ねぇ、花音ちゃん。お願いがあるの!」





エリーちゃんに馬車を用意してもらい、猪を荷台に乗せて街まで運んだ。一体何台保持してるんだろう…。とりあえず私達は後ろから馬車を押しながら、さっきの話の続きをする。

「…なるほど、あの浅野陽真君もこっちに来てるのね。しかも記憶喪失になってると…でも、どうやって戻すつもりなの?方法わかってるの?」
「わからない…。でも、まずは城に行ってみて、実際に陽真君から詳しく話を聞かなくちゃ!ここで悩んでたって仕方ないから…」
「考えるより先に行動すべし…か。まぁ、それも一つの手よね」
「うん…」
「よろしい、協力してあげましょう!未来の生徒会長のこの私が!」
「ありがとう!」

私はますます花音ちゃんのことが気に入った。

「ただし!元の世界に戻ったら、次の全校朝会の選挙演説の時、あなたに推薦者になってもらうわね♪」
「え?私?いいけど…」

抜け目ないなぁ…花音ちゃんは。そこまでして生徒会長の座を狙ってるのか。まぁ、彼女のような人間になら生徒会長を任せても問題はないかな。出会ってからまだ数時間しか経っていないのに、彼女のことがよく理解できたような気になった。彼女が生徒を束ねるようになったら、一体どんな学校生活が待っているのだろうか。なんだか楽しみになってきた。

そのためには、絶対に元の世界に帰らなくちゃ。みんなで一緒に。もちろん陽真君も一緒だ。

「本当にありがとう!花音ちゃん」
「どういたしまして♪」

彼女のメガネがキラリと輝いた。その夜、ケイトさんと花音ちゃん、いつもより二人増えたメンバーで食べたアンドレスホーンの姿焼きは格別だった。



   * * * * * * *



アンジェラはベッドの上で大の字になり、何もない天井を見上げていた。何もない、まるで自分の未来のようだ…。アンジェラは退屈していた。

コンコン
部屋のドアが外からノックされた。

「アンジェラ、入るぞ」

若い男の声だ。アンジェラは跳ね起きた。

「アーサー!」

ガチャッ

「声だけで俺がわかるようになったか」
「ア~サ~!退屈だよぉ~、外連れてってよ~」
「くっつくな。暑苦しいだろ…」

アンジェラはアーサー……陽真に抱きつく。それを優しく引き剥がす陽真。このやり取りも日常的になった。すっかり陽真はアンジェラにとっての安定剤となっていた。

「じゃあいつものお出かけについて、教えて?」
「お出かけって…軽く言うなよ。見廻りだっての」

陽真は街でギャングに襲われそうになった農家を助けたことを、アンジェラにおもしろ詳しく話した。アンジェラはしっぽをピンと伸ばした猫のようにウキウキしながら話を聞いた。

「すごいわね、アーサー。四人掛かりで攻撃してきた相手を一気に全滅させたなんて…すっごく強いのね。私が危険な目に遭った時も、そんな風に助けてよ」

自分の肩を陽真にくっつけるアンジェラ。オフショルダーのドレスで肌を見せつけ、完全に性的に誘惑している。

「お前は外に出ねぇんだから危ないことなんてねぇだろ」
「わかんないわよ?私が退屈に耐えられなくなって外を飛び出したらどうする?それでギャング達に襲われたらどうする?」

誰かとくだらない話で盛り上がるのは久しぶりであり、内心楽しんでいる陽真。アンジェラと話していると、日々の戦いの疲れを忘れられるのだ。相手が女王であるというのに、口調が自然とタメになる。

「お前にデコピン一発食らわして説教する」
「えぇ!?」

予想以上の答えが返ってきた。アンジェラはひっくり返る。だが確かに、アンジェラはうかつに外を出歩くことを禁止されている。原因はもちろんギャング達だ。一国の女王の身に何かあった後では遅い。そんな高貴な女王様に堂々とデコピンを食らわすと豪語する陽真。しかし、一番アンジェラと行動を共にする者であるために、その従属精神は人並みではない。

「…そのギャング共をぶっ潰した後でな」
「え?」

女王の護衛。つまり、自らの身をなげうってでも女王の安全を守るのだ。その誓いで陽真の心は満たされていた。

「お前を酷ぇ目に遭わせてんだ。当然だろ」

頬を染めるアンジェラ。クラナドスナイツ一番の最強イケメン騎士が、自分の護衛をしている事実に改めて感謝した。

「アーサー…///」
「いつかあいつらを全員倒して、お前の自由な世界を取り戻す。それまでは俺がお前を守ってやる。だから安心しろ」

陽真がアンジェラの小さな頭に手を置き、優しく撫でる。アンジェラのザラザラとした心がまた一つ、磨り減って丸みを帯びる。

「ありがとう、アーサー…」

アンジェラは頭を撫でてくれた陽真の大きな右手を顔に近づけ、そっと甘い口づけをした。



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