かみさまの忘れ人

KMT

文字の大きさ
16 / 25
第三章「世界の秘密」

第15話「世界の秘密」

しおりを挟む


「それにしてもさ~、異世界なんだからスライムなりゴブリンなりドラゴンなり用意してほしいわよね~。森歩いてても出てくるの熊とか猪ばっかりだもん…。がっかりだよ」
「がっかりなんだ…」
「そうよ。やっぱり雰囲気が大事だと思うわ」

花音ちゃんはタオルで頭を拭きながら異世界とはどうあるべきかを熱説している。こういう時って「ライトノベルの読み過ぎだよ」ってツッコミを入れるべきなのかな?

「それと魔法!異世界だから魔法くらいあるかと思ったら全然ないじゃない!物体浮かしたり、魔物召喚したりできないの?」
「花音…この世界を何だと思ってるのよ…」

エリーちゃんが反応に困ってる。そんなことを責められても仕方ないよね。事実できないんだから。

「魔法なんてファンタジーの世界のモノだよ」
「ここがそのファンタジーの世界でしょうが!」

花音ちゃんが叫ぶ。隣の部屋で寝てるユタさんと蓮君が起きないか心配だ。



「女の子ってどうしてお喋りだけであんなに…」
「女の子だからだって」

起きてた。



「剣が使えるだけマシでしょ」
「ん~、もっと異世界っぽいことしたい~!」
「はいはい、静かに。明日は忙しくなるんだからもう寝るわよ」

哀香ちゃんが花音ちゃんの手を引っ張ってベッドに誘導する。花音ちゃんって…こんなに子供っぽかったんだ。なんか可愛い。

「それじゃあおやすみ」

エリーちゃんが部屋の電気を消し、みんなそれぞれのベッドで眠りにつく。花音ちゃんのベッドが足りないため、私のベッドに入れてあげることにした。

「はぁ…魔法…」
「まだ言ってるの…」
「もっと楽しいことしたいのに…」
「うん。私も」

花音ちゃんがなかなか眠らないため、私は彼女の気が済むまで話を聞いてあげることにした。布団を被りながら向かい合ってお喋りをする。

「こっちの生活にも慣れてくると、退屈って思っちゃうのよね。毎日やること同じだし。だから何か刺激がほしくて…」
「確かに、何か面白いことがあるといいよね。でも、それはこの世界にいても叶わないんじゃないかな?」
「え?」
「花音ちゃん、生徒会長になりたいんでしょ?」
「えぇ、まぁ…」
「だったら元の世界に帰って、元の世界で面白いことを見つけようよ。生徒会長になったらきっと、知らないことがたくさん見えてくるよ」
「凛奈…」

花音ちゃんの黒い瞳が、枕元のランプの光を反射して輝く。メガネを外した彼女は、野生児なんて言うには失礼な程可愛くて、凛々しくて、人間味に満ち溢れていた。

「生徒会長になって、生徒のみんなを楽しませてよ。みんなが楽しいって思えるような学校生活を実現しようよ」
「ふふっ…あなたって、面白いわね♪」

花音ちゃんは起き上がり、ランプの横に置いてある茶色い手帳とペンを手に取った。元の世界からたまたまこっちに持ってきていたものだ。だから片身離さず持っている大切なものなのだろう。花音ちゃんはペンで手帳に字を書き留める。

サラサラサラ

「『清水凛奈はとてもいい人』っと…」
「?」
「これ、私の宝物よ。全校生徒全員の情報がまとめてあるの。凛奈の情報、書き加えておいたから♪」
「花音ちゃん…ありがとう」
「私…絶対生徒会長になって、みんなが楽しいと思える学校を作ってみせる!」
「うん。その気持ち、忘れないようにね」
「えぇ!」

その後、私は花音ちゃんと手を繋ぎながら眠った。熱くなった気持ちが冷めないように。



「忘れないように…か…」

誰もが眠りについた部屋の中で、エリーちゃんだけが一人真っ暗な天井を見つめていた。明日はいよいよ城に向かう日だ。



   * * * * * * *



冷たい空気が肌を刺す。凛奈、哀香、蓮太郎、花音、エリーの五人は馬車に乗った。ユタとケイトは店の前で凛奈達を見送る。

「店の方は私達がやっておくから心配しないで」
「城の連中は何をしてくるかわからない。くれぐれも無茶はしないように」
「はい、行ってきます…」

パシンッ
エリーが手綱を振り下ろし、馬がワゴンを引いて歩き出す。ユタとケイトは、馬車森の中に入って見えなくなるまで見えなくなるまで、遠ざかる凛奈達を見届けた。



「奴ら、動いたな…」

建物の陰から遠ざかる馬車を覗き込んでいたザック。すぐさまユタ達に見つからないようギャング達のアジトに戻る。

「それは確かか?」
「はい。話の内容から察するに、城に向かったと思われます」

凛奈達の行動をガメロに報告するザック。ガメロは椅子から立ち上がる。

「尾行しろ。奴らを逃がすな」
「はっ!」

ザックは複数の部下を引き連れてアジトを出ていった。

「あいつら…まさか城の関係者か?だとしたら…」

ガメロは窓から外の景色を眺める。その目線の遥か彼方には、あのクラナドス城がそびえ立っていた。





森の一本道を馬車で進む間、現在確認できている状況を整理する凛奈達。

「この世界にいればいる程、元の世界の記憶を失うというのはどうやら違うみたいだ。実際副会長は…」
「その呼び方やめて!」
「あ、うん…実際花音は二週間もここにいるのにしっかりと記憶が残っていたんだよね?」

蓮太郎が聞く。

「まぁね」
「でも陽真君は違った…」

ぼそっと呟く凛奈。それだけが一番気になる。

「うん、それが謎なんだよなぁ…」
「城に行けばきっとわかるでしょ。余計な不安抱えてても行動心失うだけよ」

哀香が手足を組み、外を眺めながら呟く。さりげない優しさが彼女らしい。

「それに、忘れていないでしょうね?私達が捜すのは陽真だけじゃないってこと」
「あっ、そうだった…」

そう。哀香の妹である優衣と、一緒に失踪したという豊も捜すことになっているのだ。

「城の人達にも聞いてみるか」
「でも、なんて聞いたらいいのかな?」
「大丈夫。あの新聞記事、こっちの世界に来た時にリュックに入れてあったから」
「そうか、それを見せながら聞けば…」

陽真、花音、優衣、豊、それぞれの行方不明になった際の詳細が記載された新聞記事だ。それには顔写真も載せられている。花音と陽真は一応見つけた。残りの二人はその顔写真を頼りに聞き込みをする。城の関係者や騎士団に協力してもらえば、捜索は容易いだろう。

「流石蓮君」

ガサゴソ…
リュックの中を漁る蓮太郎。学校で陽真と花音が行方不明という扱いになっていることから、自分達の探している行方不明者はみんなこの世界に来ていると推測した。いや、もはやそれは確信となっている。

「…」

蓮太郎の手がふと止まる。

「どうしたの?」
「新聞記事…ユタさんの部屋に置いてきちゃった…」
「えぇぇぇぇ~!?」

蓮太郎らしくない、いや…らしい?とにかく絶大なミスを犯してしまったらしい。

「エリー、戻れる?」
「いいけど…城はもうすぐよ?引き返すの?」
「いや、このまま進みましょ。あの紙切れなんかに頼らないで自分達で聞き込みするのよ。元の世界でもそうしてたでしょ?」

行方不明者の顔写真の載った新聞記事を紙切れ呼ばわりする哀香。しかし、城はもうすぐのところまで来ている。今さら引き返しても時間の無駄だ。

「うん。でも、なんて聞いたらいいんだろう…。『藤野豊さんという名前の人知りませんか?』なんて聞いてもわからないよね…」
「うーん…」
「ん?豊?」

蓮太郎が何かに気づく。

「豊…ユタカ…ユタ…」
「あっ…」

三人は決定的な事実に気がついた。ユタと対面した時の謎の既視感の正体が判明した。豊の顔は一度新聞記事で見ていたのだから。なぜ今まで気がつかなかったのか…。



「へっくしゅん!うぅ…誰かが僕の噂をしているな…」
「ちょっとユタ…ここ厨房よ」
「ごめん。口は押さえたから」

ユタが突然くしゃみをした。不審に思ったケイトはユタの顔を覗き込む。

「ねぇ、もしかして私の風邪移ったんじゃない?大丈夫?」
「少し疲れた感じがするけど…大丈夫だよ」
「あんま無理しない方がいいわよ?私がいない間、すごく頑張ってくれたんでしょ?今日は休んだら?」
「そう?まぁ、そこまで言うなら…お言葉に甘えて休ませてもらおうかな」

ケイトはユタの持っていたフライ返しを受け取った。ユタはコックコートのボタンを緩めながら、裏口から自室へと戻った。

ガチャッ

「はぁ…いざ休むって言っても、どうすればいいんだ?いや、風邪っぽいんだから寝なきゃダメか」

ユタは脱いだコックコートを椅子の背もたれにかける。

「…ん?」

ふと、自分の作業机に見たことのない書類が置かれていることに気づく。これは自分の物ではない。蓮太郎のものだろうか。ユタはその書類を手に取る。それは新聞の記事のようだった。しかし、この世界のものではない。ずらずらと並べられた文章の所々に顔写真が掲載されている。

「これ…」

ユタは驚いた。優衣という名前のエリーに似た少女の写真と、豊という名前の自分に似た男性の写真が載せてあった。一体どういうことか。この男は一体誰だろう。なぜ自分と顔が似ているのか。まさか…この男は、自分?ということは、自分は凛奈達と同じ世界の人間なのか。ユタは心の奥底に閉じ込められた記憶を掘り起こそうとする。そういえば、自分がなぜここにいて、どうしてこのバーのマスターをしているのか、わからない…。一体…どうして。それ以前の記憶がない。思い返そうとしても、全く記憶が飛び込んでこない。自分は、この世界の住人ではないのか?

「…」

ユタは新聞記事のすまし顔の男性を再びじっと見つめる。この男は、自分は、一体何者なのか…。





約30分程かけて、凛奈達は森を抜けた。森を抜けると、城の門は数十メートル先に確認できた。その前には門番らしき人物が二人、胸を張って槍を構えて立っていた。女王の住んでいる城であるため当然だが、警備は実に頑丈だ。

「ん?何者だ?」

門番の一人が、森の出口から近づいてくる不審な馬車に気づく。

「あ、あの…私達、ここの騎士団に会いたいんです」
「何?騎士団に?」
「はい…」

門番は鋭い目付きでエリーを見つめる。

「何用だ?」
「えっと…知り合いがいるんです。少し話がしたくて…」
「面会希望か。城の関係者に会うにはアルバート様の許可が必要だ。だが今は外出なさっている。日を改めてくれ」
「そんな…」

アルバート、女王とはまた違う王族の人物がいるようだ。そのアルバートという名前の人物が訪問者の面会を取り仕切っているらしい。その人物の許可無しでは、入城は認められないという。騎士団に会おうにも、城の中に入れなくては意味がない。凛奈達は途方に暮れた。

「ん…?」

突然、門番が森の入り口を見つめ始めた。凛奈達も門番の目線を追うと、森の入り口から馬に乗った人の姿が見えた。赤いマントを背負った、少々髭が生えている中年男性だ。

「アルバート様!」

門番はその男の名前を口にした。神様のきまぐれのような絶妙なタイミングで、アルバートが城に帰ってきた。森か街のどこかですれ違ったのだろうか。門番はアルバートが目の前に来るとひざまつく。凛奈達もエリーに促されて同じようにひざまつく。

「カローナ様もお帰りなさいませ」

よく見るとアルバートの後ろにもう一人、青髪で水色のドレスを身にまとった女性が同じ馬に乗っていた。この人が女王だろうか。

「この者達は?」
「面会希望の者です。騎士団員に会いたいと申しております」

門番の言葉遣いから察するに、城の中でもかなり高貴な立場にいる者らしい。凛奈はアルバートとカローナの透き通った目を見つめる。

「いかがなさいますか?」
「うーむ…ならば、私達も立ち会うという形で認めよう」
「あ、ありがとうございます!」

凛奈は深く頭を下げる。物分かりのよい人間で安心した。門番が門を開け、アルバートとカローナは、凛奈達を騎士団のいる別棟に案内した。





「ここから行けそうだな」

ザックは鍵縄を城門の向こう側目掛けて投げた。庭園の植木に引っ掛かけ、縄をつたって城門を越えた。城の内部を巡回する騎士がいないタイミングを見計らって城の内部に潜入した。防犯センサーの類はなく、外部のセキュリティは正門の門番のみだ。

「行くなら今か…」

庭園に降り立ったザックとそのしたっぱ達、そして…

「あいつらはここにいるのか」

バスタも城に忍び込むメンバーとして着いてきた。

「全く…なんでお前が着いてくるんだよ…」
「あいつらを今度こそギャフンと言わせるためだ!特にあの金髪の女、絶対に許さねぇ…俺のこの手でギッタギタにしてやる…」

凛奈にビールをかけられたこともあるが、彼女が何もしないで守ってもらっていることに腹が立って仕方がないバスタ。どれだけ手を出そうと思っても、彼女の周りにいる騎士やその他の仲間に邪魔されてきた。そのことをずっと根に持ち、反撃の機会を密かに狙っているようだ。

「ガキかよ…」
「うるせぇ!さっさと行くぞ」
「大きな声出すなって」

ザックとバスタ、したっぱ達は庭園を抜けて城に入った。巡回する騎士の視線を回避しつつ、凛奈達の行方を追う。しかし…

「さてと、女王はどこだ?」

どうやら彼らのターゲットは凛奈達だけではないようだ。





「なるほど。それでその彼は騎士団に所属してると…」
「異世界から来たなんて不思議ね…」

騎士団棟まで案内してもらいながら、凛奈達は事情を話す。話のわかる王族で助かった。いや、そもそもこの世界の人々は優しい人が多すぎる(ギャングは覗く)。異世界から来たという怪し過ぎる話をあっさりと真に受けるフォーディルナイトの人々。そこまで信じてもらうと逆に心配で不安になる。嘘一つ流せば、簡単に国が滅びたりしないか。

「はい。彼は私達のことを完全に忘れてるんですけど、なんとか記憶を取り戻して元の世界に戻りたくて…」
「そうか…」

凛奈達は騎士団棟にたどり着いた。





「アーサーなら今は見廻りで街の方に行ってるぜ」

クラナドスナイツの拠点である騎士団棟のエントランスで、ロイドが凛奈達を迎え入れる。陽真がバーで襲ってきたギャングを連行した時、一緒にいた騎士の一人だ。どうやら今はアーサー、もとい陽真は街の見廻りに行っており、騎士団棟にはいないらしい。

「そうですか…」

凛奈はしょげた顔をする。せっかく城までやって来たというのに、ふりだしに戻された気分だ。まだマシなのは、城の中を時折うろつく巡回の騎士が反抗的な態度をしてこなかったことだ。凛奈達がケイトから教え込まれた武術や剣術の出番は無くなってしまったが…。

「それにしてもあの時は本当にごめんな。アーサーの奴、仕事に真剣になり過ぎてヤバいことやらかすことってしょっちゅうあるからよぉ…」

馬車で陽真を追いかけた日のことだ。凛奈達にギャングを連行する邪魔をされ、ついカッとなって陽真は凛奈を殴った。覚えていない彼にとって凛奈は、何の義理もない会ったばかりの他人だからだ。仕事に真剣なのはよいことであるが、遂行するために相手構わず、手段を選ばない危険な行為に及ぶことが、陽真にはよくあるとロイドは言う。記憶を失くした陽真と長く寄り添ってきた仲間の彼だからこそわかる。

「いえ、もう大丈夫です…」

なるべく心配をかけまいと、凛奈は笑顔で答える。

「そうか。本当にごめんな。もうすぐ帰ってくると思うから…」
「ロイド、行くぞ」

ヨハネスがロイドの肩に手を置く。彼も記憶を亡くした陽真を支えている仲間の一人だ。

「おう。そんじゃあ、ゆっくりしてってくれ」

ロイドとヨハネスは小走りで街の巡回に向かった。残された凛奈達にアルバートは言う。

「せっかくここまで来たんだ。お茶でも飲んでいくといい。飲みながら彼の帰りを待つとしよう」

アルバートの誘いに乗っかり、凛奈達は王族が暮らしているフロアまで案内してもらった。





「すごい…」

凛奈達は部屋に入って驚いた。壁に可憐な装飾が施されたアルバートとカローナの共同部屋。世界史の教科書で出てきた貴族の部屋を、そのままセットとして再現したようなリアルさ。花のように膨らんだランプにゴシック式のソファー、天井から吊るされた鍾乳石のようなシャンデリア。すべてが王族の王族たる様を表した荘厳なインテリアだった。

「さぁ、召し上がれ」

カローナが右で示す先には、これまたシックなテーブルの上に置かれたお茶菓子の山。おしゃれな皿の上はケーキ、クッキー、マカロン、ワッフル、スコーンなどの洋菓子のオンパレード。やかんサイズのティーポットの口から香る甘いレモンティーの香り。お茶会の準備が万全に整っていた。いつの間に用意したのだろうか。

「これ…食べてもいいんですか?」

花音は垂れるよだれを抑えきれず、大きく目を見開いてお菓子の山を見つめる。よだれが次々とこぼれ落ちる。実にはしたない。

「あぁ、どうぞ」

アルバートは満面の笑みで答える。

「いっただっきま~す♪」

凛奈達は一斉にお菓子にありつく。

「むふふ♪美味しい…」

どのお菓子も自然で味わいが優しく、凛奈達のお腹を十分に満たした。貴族は普段からこういうものを当たり前のように口にしているのか。そう思うと、凛奈達は自分達が少し惨めに感じられる。

「うーん…毒は入ってないみたいね」
「哀香、そんなこと言うなよ。失礼だろ」

怪しげな顔で紅茶をすする哀香を、横から注意する蓮太郎。流石哀香、相手が王族であれギャングであれ、全く動じない。

「ふふっ、君達って見てて面白いね」
「あはは…(笑)、よく言われます」

凛奈達は苦笑する。

「そうか。はぁ…やっぱりいいものだね。民との交流というのは」
「えぇ…」

アルバートとカローナは一点を見つめ始める。表情も次第に曇っていく。何かを考え込んでいる時にする態度は、この世界の人間でも同じようだ。

「娘にいつも言われてるんだ、民との交流は大事だって。娘の言うことはたまに至極全うなんだよなぁ…」
「娘さんがいるんですか?」
「えぇ…。フォーディルナイトの今の女王なんだけどね。私達はなるべく外に出たくはないんだけど…あの子は落ち着きがなくて、すぐに外に出たがるのよ」
「え?」

アルバートもカローナもしまらない顔で自分達の娘を語る。どうしてだろうか。国の女王を、自分達の娘を語るのにそんな困った顔をする必要がどこにあるのか。

「あの…何か悩み事でも?」
「…」

凛奈が聞いても、アルバートとカローナは黙り込む。

「この子達に話すか」
「いいの?」
「この世界の人ではないみたいだし、見たところ悪い人ではなさそうだから」
「でも、今までだってそうやって…」
「うーん…」

二人は小声で話し合う。時折こちらを見てくる様子から、秘密を話すのに少しためらっているようだ。

「この子達は元の世界に帰りたがっている。もしかしたらアレの内容が役立つかもしれないし」
「…信じるしかないわね」

二人だけの秘密の会話は終わり、ようやく凛奈達に顔を向ける。相変わらずしまらない顔のままで。

「アンジェラは本当に手の焼ける子だよ…」



アルバートとカローナの間に生まれた娘アンジェラ。アンジェラは昼間勝手に城を飛び出し、森で狩りや乗馬で遊んでいるという。毎日窮屈な城に閉じ込められて息が詰まっているのだろう。両親としては娘にはもっと女王らしくおしとやかに振る舞ってほしいと思っているのだが。最近では毎晩9時に行う神様へのお祈りの儀式を怠けており、そこら辺の騎士(特に陽真)に代わりにやらせたりしているようだ。

「困ったものだよ…子どもの頃からその性格は治らなくてね…」

カローナと揃って頭を悩ませるアルバート。

「そんなわんぱく娘にあんな力を持たせて大丈夫かと思うよ…」
「アナタ!しっ!」

カローナがとっさに人差し指を唇につける。アルバートは両手で口をふさぐ。

「…力?」
「いや、何でもないんだ。こちらの話だよ」
「アルバートさん、話してください。私達、絶対に帰らないといけないんです。私達の探している人があなた達と何か関係があるのだとしたら、全てを話してもらいたいです。お願いします…」
「…」

アルバートとカローナはため息をこぼす。もはや全てを隠さず、話し切るしかないようだ。二人は空気に負けた。

「話は長くなるけど、いいかな?」
「はい」





「恐らく…君達の友人の記憶が消えたのは、我々の能力によってだ」





今から約1000年前、アデスと呼ばれる全能の神が1つの世界と100人の人間をつくった。世界をフォーディルナイトと名付けたアデスは、つくった人間の内の一人に「人の記憶を消却する能力」を与え、その能力を駆使して平和な世界を築くよう命じた。

それから約1000年間、その能力はクラナドス家と呼ばれる血筋に代々保持され、フォーディルナイトの平和を脅かす内乱が勃発した際に使われるようになった。クラナドス家はフォーディルナイト最大の王家となり、能力を駆使して国を治めた。国中の全ての人々から記憶を奪い、無知の状態にして王家に服従させるというやり方で。国の存亡の危機となると、能力を継承した王は人々から全ての記憶を抹消し、再び従えさせ、国を建て直しながら平和を築いてきたという。

しかし、何度記憶を消却しようと、人々は内乱を引き起こすのだ。人間には感情が存在する。優しさや思いやりだけではなく、憎しみや怒りももちろん備わっている。そこから派生する未来は、弱い者を捻り潰して強い者だけが生存する弱肉強食の世界。人々は何度も自分こそが頂点に君臨しようという欲望を持ってしまう。

アデスの与えた能力はクラナドス家に代々伝承されてきた。アデスは人々から記憶のない無知の状態こそが平和で、だから記憶を消す能力を与えてくださったのだとクラナドス家は解釈し、その能力を代々継承してきた。国が内乱によって滅びそうな時がくる度に国民の記憶消去が行われ、同じ歴史を王族は幾度と繰り返した。

そして約1000年後、その能力はフォーディルナイト第17代国王、アンジェラ・クラナドスに継承された。もちろんその能力はアンジェラの代でも使われることとなる…。





ある日、いつものように街に出ていたアンジェラ。祈りの儀式も先程終わってしまい、退屈だった。城での生活は本当に窮屈で、毎日アンジェラは街に出ていた。命を狙われる危険性があることを知っていながら。

「フフ♪」

夜の繁華街は昼間とは違う賑やかさがあり、アンジェラは気に入っていた。商人が珍しい道具や宝、宝石類を売り出すことごあるのだ。それらを見て楽しむアンジェラ。ちなみに街の人々は、アンジェラのことを「綺麗な服を来ている人で、たまに街をうろついている小さな女の子」程度の認知しかない。彼女こそが現在フォーディルナイトを治めている女王だとは誰も気づいていない。王族が民との交流を避けているからだ。

「ん?」

アンジェラはふと立ち止まる。道のど真ん中である一人の男を見つける。

「ここは…どこだ?七海町じゃねぇな…」

その男は行く宛が無くさ迷っているように見えた。少し変わった服装をしている男だ。旅人だろうか。

「それにさっきの霧…一体何なんだここは。おっと…」

道行く人並みに翻弄される男。手にはハンカチが握られている。そう、プチクラ山の霧を抜けてフォーディルナイトにやって来た陽真だ。

ドキッ
なぜか心臓の鼓動が早くなるのを感じるアンジェラ。思い切って声をかけようとするが、行く手をギャング達が阻んだ。

「お嬢ちゃん、こんなところで何してるのかな?」
「綺麗なドレスだねぇ~?結構金持ってそうじゃん♪」
「よかったら俺達と夕食食ってかない?」

アンジェラはギャング達のことを知っている。アルバートが何度も言い聞かせていたからだ。街には危険な男の集団がうろついていて、目に留まった女性に言い寄ってくると。だから絶対夜に外に出てはいけないと。今は出てしまっているが。

「よくないですー。すいませーん」

馬鹿にするようにギャングからの誘いを断る。おまけにあっかんべーをかます。間を通り過ぎようとすると、行く手をギャング達は塞ぐ。

「あぁ?俺達の誘いを断るだぁ?」
「お嬢ちゃん…いい度胸してんじゃん」
「こうなったら金だけでも搾り取らせてもらおうかな」

スチャッ
ギャング達は剣を引き抜く。アンジェラは驚いた。食事の誘いを断られただけで相手を殺傷しようとするなど、一体どんな感覚をしているのか。まさかこんな簡単に命を落としてしまいそうになるとは。

「はぁ?ちょっと…何よそれ…」
「うぉらっ!」

剣を振りかざすギャング。アンジェラは死を覚悟して目をつぶる。



ガシッ

「…?」

死んでいない…なぜ?アンジェラは目を開く。

「やめろよ、女相手にこんなこと」

陽真が後ろからギャングの腕を掴み、攻撃を阻止していた。

「あぁ?なんだテメェ…」
「変な格好しやがって」
「ガキが…大人をナメんじゃn…ぶふぉあっ!」

一人のギャングが勢いよく吹っ飛んだ。陽真が渾身のパンチを炸裂したのだ。

「なっ…くそっ!」

すかさずもう一人のギャングが剣で陽真に斬りかかる。陽真は素早くかわし、回し蹴りで剣を弾き飛ばした。足の力は陸上で鍛えられているのだ。

「えっ…」

陽真は間を開けず、ギャングの顔面にパンチを当てる。またもや数秒でノックアウトさせた。

「くっ…」

スチャッ
最後の一人がナイフを握って陽真に斬りかかる。

「お前もやるか?」
「ひいっ!」

陽真は鋭い眼差しでギャングを睨み付ける。ギャングはすぐに戦意喪失し、ナイフを落とす。

「お、覚えておきやがれ~!」

三人のギャング達はそそくさと逃げて行った。倒された悪党のお決まりの台詞を叫びながら。アンジェラは陽真に駆け寄る。

「助かったわ!ありがとう!」
「あぁ、大丈夫か?」
「うん!大丈夫。ねぇ、あなた名前は?」
「え?」

アンジェラは陽真に対して強い興味を持った。なぜかはわからないが、彼と一緒にいると毎日が楽しくなる気がした。

「浅野陽真…」
「浅野…よし!『アーサー』と呼ばせてもらうわね!」
「アーサー!?何だそりゃ…」
「いいじゃない!カッコいいし、なんか騎士っぽいでしょ♪」

この出会いがアンジェラの運命を大きく変えた。彼女にとっても、陽真は自分を救いに来てくれたかみさまだったのだ。

「騎士?」
「ねぇ、あなた…」











「私のボディーガードになる気はない?」
「…は?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...