凛として吠えろ太陽よ

中林輝年

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第3章 丹羽しおり1

3-2

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 仮入部期間が終わっても、部員たちの印象は、第一印象からほとんど変わっていない。

 1年生のみなみ涼奈りょうなは、小柄でいちいち声高で、鬱陶うっとうしそうな女子生徒だ。正直、苦手意識があり、あまり関わりたくない。

 布目ぬのめ霜雨そうは、人畜無害なただのひっこみ思案といった感じで、ろくに通る声も出せないくせに、役者になろうとしている。ただ、ゴールデンウィークの公演では、突如ふわりとなめらかな動きをしたので驚いた。でも、結局転んでいた。

 久保田くぼた心春こはるは入部したばかりだし物静かなので、彼女のことはよく知らない。

 鈴村すずむら蓮人れんとはダサい根暗野郎だ。まず制服の着方がまるでなっていない。ボタンはぴっちり全て閉めていて、ズボンはへそのあたりまで上げている。裾から真っ白な靴下が伸びている。そもそもサイズが合っていない。休み時間は教室の片隅で、早口でアニメの話ばっかりしている苔みたいな男に違いない。

 もうひとりの菰田とは、まだあまり接していない。見た目は可もなく不可もない。脚本の勝負を持ちかけるなど、麻野間に対して交戦的な態度が見てとれるところには好感を持っている。

 最初の印象で顔立ちが良いと思ったのは、2年生の大川おおかわちからと、3年生の長谷部はせべ悠真ゆうまだった。

 長谷部は役者チームのリーダーだ。健康的に少し茶色く焼けた肌に、色の薄い髪がさらりと乗っている。顔のパーツの配置が綺麗だ。歯が、そこだけコラージュされたのではないかと錯覚しそうなほど白く、乱杭歯も皆無だ。正統派のイケメンである。
 返事がまごまごしている布目にも、積極的に声をかけていて、マメな人だな、といつも感心する。

「しおちゃんも、もちろん本入部するよね」
 図書館での公演の後、長谷部が尋ねてきた。
「はい」
 とふたつ返事をして、一拍置いてから聞き返した。
「しおちゃんって、私のことですよね」
「そうそう。しおりだから、しおちゃん。だめ?」

 長谷部は私の目を正面からじっくりと見つめてきた。自信がみなぎっているのが伝わる。私も負けじと、ぐっと見つめ返す。

 長谷部の後ろに、部長の彦坂ひこさか文哉ふみやと、彼らと同じ3年生のつつみ莉子りこがいた。
 堤は、部内では、他の芋たちと比べたら、顔は幾分かかわいい方だ。稽古の様子を見ていると、長谷部の次に発言力がある。ただ、甲高い声は威圧的で、傲岸ごうがんな印象を受けていた。刺激したら面倒そうな先輩だ。

「好きなように呼んでくださっていいですよ」
「じゃあ、しおちゃんで」
 長谷部はにっかりと笑顔をつくり、背後を振り返った。

「文哉、しおちゃんも入部してくれるって。仮入部の子は全員残ってくれたね」
「ふうん」と堤は目を細くし、下唇を持ち上げた。
「了解。よかった。脚本の子も本入部でいいんだっけ。麻野間さんに任せっきりで、僕、正直、全然状況を知らないんだけど」

 堤が口をすぼめた。
「ちょっと。しっかりしてよ部長。あの女がちゃんと後輩の面倒を見てるとは思えない。中途半端でいい加減な人なんだから。新入りくん、超かわいそう」

 あの女、という呼び方に、嫌悪感がありありと含まれていた。

「そんな言い方はないだろ、莉子」
 と長谷部がなだめる。
「あいつもがんばっておもしろい作品を書いてくれるようになったんだしさ」

 ふん、と荒い鼻息を立てて、ずかずかと荒い歩調で堤が立ち去るのを、長谷部がやれやれといった様子で追いかけていく。彦坂は黙ったままだった。

「私、麻野間って先輩とは今日はじめて会ったばかりなんですけど。仲悪いんですか、堤先輩と麻野間先輩」
 彦坂は苦笑いを浮かべながら鼻のあたりを掻いた。
「まあ去年ちょっとね」
 と彦坂は苦笑いであいまいに誤魔化した。

 何かいざこざがあったのだろうか。
 私は辟易した。対人関係の面倒ごとは御免だった。

 いがみ合うのはお互いに執着している証拠だ。しょうもないプライドで素直になれず、感情を剥きだしにして相手に噛みつき、また噛みつき返される。

 女子の社会ではよくある光景だ。ほとんどの場合、渦中の当人たちは自分のことに夢中で、周囲にストレスを撒き散らしていることに気づかない。
 周りの人も無視すればいいのに、すぐに影響を受けて疲弊していくのだから、見るに堪えない。

 私はいつも他人の厄介事などどうでもよかった。誰が誰の恋愛を邪魔しただとか、どっちが正しい、どっちが悪いだとか。くだらない。
 自分が今、悲しさや辛さに見舞われているのであれば、それは全て自分の実力不足が原因なのだ。他人に責任を押しつけている時点で、その程度の人間だ。

 私は、自分の見てくれや、体型や、声や、運動神経や、コミュニケーション能力で手に入るものだけを手に入れる。それ以上は求めない。わざわざリスクを冒さなくても、私は人並み以上のものを手に入れられるから、充分なのだ。

 いざこざなど起こる隙もなく、実力で周囲を黙らせて、必要最低限のものは全て掻っさらう。
 私はそうやって生きてきた。

 演劇部でも、同じ学年の久保田や布目では、正直相手にならないと思った。特に布目はそもそも声が小さい。彼女が口を開くたびに、言葉よりも先に自信のなさの方がありありと伝わってくる。どうして演劇部に入ったのか理解ができなかった。

 2、3年生にも、見目だけなら私に敵う者はいない。一番きれいな顔をしているのは麻野間だろうが、彼女は脚本専任で舞台には立たないらしいし、私のひとり勝ちで間違いないだろう。
 その麻野間も、染めた髪やメイクやだらしなく露出した脚で取り繕っているだけで、すっぴんの彼女はそれほどでもないのではないだろうか。ハリボテにしか見えない。笑えるけど何も得るものがない彼女の作品にそっくりだ。

 そんな麻野間の、夏の大会に向けた脚本を「今回もなかなかおもしれえじゃん」と長谷部は満足げに読み返している。なぁ、と彼が隣の堤に尋ねると、彼女は気怠げにだが「まあね」と同意した。
 演じる脚本が決まって、さっそく役者チームで集まって、配役を決めているところだ。先輩たちを中心に役が決められていく。

「大川はどうするの」
 と堤が長谷部に尋ねた。
「去年みたいに暴れられたら嫌なんだけど」
「力もだいぶ反省しただろうし、もう大丈夫だろ」
 なぁ、と彼は、今度は大川を見た。
「はい。すみません。出たいです」

 筋肉質で雄々しい長谷部と、華奢きゃしゃで儚げな印象の大川。顔のいい男の先輩ふたりは対照的だった。

 暴れられた、という不穏な言葉に、布目の顔が青ざめている。長谷部がすぐに気づき、「力とさ、去年ちょっとだけ喧嘩したんだ。もう仲直りしたから、心配しなくていいよ」と優しい口調で声をかけた。
 先日、彦坂が「まあ去年ちょっとね」と言っていたのも、同じ件なのだろう。

 先輩たちの配役が終わると、余った枠はひと役のみになった。役名は『町娘』。
 女性の役なので、鈴村はないだろう。久保田は役者に興味があると言っていたが、基本は裏方に回るようだし、そうなると私か布目だ。残念だけれど、布目には何もかもが足りていない。私の勝ちは明白だ。

 先輩たちの読み上げ練習に、私と布目が交代で町娘役として参加することになった。裏方の仕事がなければ久保田も参加するそうだ。
 それ以外の時間は、基礎練習の反復をするか、1年生のみで先輩たちのセリフも含めて読み上げ練習をする。役者が怪我や病気、急用で出演できなくなることがままあるそうで、いつでも代役として舞台に立てるように準備をしておく必要があるとのことだ。
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