凛として吠えろ太陽よ

中林輝年

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第3章 丹羽しおり1

3-3

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 走りこみと声出しの基礎トレーニングを終えると、私はさっそく先輩たちに呼ばれた。
 まずは本格的に演技をするわけではなく、ゆるい雰囲気でセリフを読んでいく。読むたびに少しずつ登場人物の形を掴んでいくのだという。

 ひととおり読み終わると、長谷部は一度、1年生全員を集めて、「当然だけど、その役に適した人が選ばれる」と話した。

「でも、もしかしたら、俺が突然、演技が嫌になって部活を辞めるかもしれない」
「縁起でもない」
 とため息をついたのは、3年生の原田麻央だ。
「そうしたら、俺の役は、他の誰かに代わってもらうことになる」

 2年生の出口隆靖が長谷部の代役になるかもしれないし、大川かもしれない。鈴村の可能性もある。もし出口が代わる場合、今度は出口がやるはずだった役を、他の誰かが代わって演じる。そうやって補い合って、舞台を成立させるのだと、長谷部は説明した。

「もし役者チームだけじゃ人手が足らなかったら、きっと文哉も部長として責任持って舞台に上がるし、新入り脚本家のチャッキーもそうなるかもしれないぞ」

「え、まじすか」
 急に話を振られた菰田が顔をしかめた。ちょうど麻野間とともに、演出の話をしに稽古場となっている教室に来ていたのだ。
 彼は、名前の『ちあき』から、『チャッキー』というあだ名がつけられている。

「ていうか、1年、いいよねぇ」
 と出口がニタリと笑う。彼は部内で一番背が高くて、そのうえ猫背なので、枝垂柳のようだ。

「リョナに、ソウに、チャッキーがいるんだから。豪華だ」
「じゃあ私のあだ名も、しおちゃんじゃなくて、ヨローナとかアナベルにします?」
「サダコにしよう。黒髪だし、長いし、ツヤツヤだし。背も高いし」
「超能力も使えちゃうかもですよ、私」
「しおり、いちいち隆靖のオカルトマニアに付き合わなくていいからね」と中西が笑う。

 部員たちとの関係は良好だ。他の1年生と比べて、私の方が明らかにもてはやされている。特に長谷部と鈴村からは、ぎらついた視線を頻繁に感じる。気味は悪いが別に構わない。その視線は、自分自身の価値の高さの印なのだから。
 女子部員からは、仲間として歓迎されているという感じではないが、ガラス細工でも扱うように、慎重に触れられる。きっと、趣味や性格が合わないと見込まれていて、違う世界の住人だとでも思われているのだろう。

 それは間違いだ。私たちは同じ世界にいる。同じ世界の中に、格差があるのだ。邪険にされないのは、演技に期待されているからだろうか。

 私ならその期待に応えられるだろう。この部でなら、誰にも負けないのではないか。
 そう自負すると同時に、目には見えない大勢の何者かに、制服の端を引っ張られるような感覚に陥った。
 自分の才覚は認められたい。でも、期待はあまりされたくなかった。天邪鬼だろうか、それとも期待を裏切るのがこわいだけか、と私は内心で自問する。自答はない。

 私の番の読み上げ練習が終わり、布目と交代した。久保田はまだ裏方で教わることが多いらしく、この場にはいない。鈴村とふたりきりかと鼻白んでいたが、幸いにも麻野間と菰田が残っていた。

「意外だね」
 と麻野間に声をかけられる。彼女と話す機会は少ないので、まだ温度感が分からない。
「しおり、ホラー好きなんだ」
「好きってほどじゃないですけど、ホラー映画はよく観ますよ」
「そうだよね。だってジェイソンとかフレディを差し置いて、最初にヨローナが出てくるんだもん」
「やっぱ女性の方がいいのかなって思いまして」
「後輩くん、知ってる? ヨローナ」

 麻野間が菰田に話を振ると、彼はねるように唇を尖らせた。
「知らないです」
「きみはホントに学がないね。しおり、ヨローナのこと教えてあげな」
「あーもう、うるさいな」

「そういえば丹羽さんってさ」
 と鈴村が割って入った。
「千燦の方に手挙げてたよな。脚本の多数決」
「うん。そうだね」
「丹羽さん、ありがとう」
 菰田が頭を下げる。
「あの、聞いていいのか分からないけど。どうだった?」
「おもしろかったから手を挙げたんだけど」

「私のより?」と麻野間に聞かれたので、遠慮がちに「え、答えづらいんですけど、まあ、はい」と答える。「こら、先輩に喧嘩売ってんのか」と笑いながら脇腹を小突かれた。

「でも、麻野間先輩のやつの方が読みやすかったです。菰田のはなんていうか、ちょっと会話が変な感じがしました」
 ぶふぁ、と大きな音を立てて麻野間が吹きだした。菰田は顔を梅干しのようにしている。

「変?」
「うん。えっとね」
 私は彼の脚本を取りだして、ぱらぱらとめくった。
 どこだったかな、と呟く。

「チヒロとミオだっけ? いじめをしてた女の子たちがいたでしょ。その子がさ。あ、そうだ。例えばここ」
 私は該当の箇所を指し示して、彼に見せた。

   ***

  チヒロ、息を切らしてミオに走り寄る。
 
 チヒロ タカオがすごく切迫した感じだったよ。
 ミオ  本当に? 何かあったのかな。
     なんだか不安だ。
 チヒロ タカオなら大丈夫だとは信じているけど。
 ミオ  うん。
     杞憂ならいいんだけど、でも不安だよ。

   ***

「女子中学生が『切迫』なんて言葉、使うかな。あと『杞憂』も」
「この『なんだか不安だ』もやばくない?」
 と言って、麻野間が身を乗りだして脚本を覗きこんだ。

「語尾、『だ』で終わることある?」
「ないですね」私は首を横に振ってから、「タカオがすごく切迫した感じだったよ」と、彼の脚本の言葉どおりに読み上げた。
「本当に? 何かあったのかな。なんだか不安だ」
 と麻野間が続く。演技は良くも悪くもない。
「タカオなら大丈夫だとは信じているけど」
「うん。杞憂ならいいんだけど、でも不安だよ」

「やっぱり変ですよね。不自然というか、気持ち悪いというか」
「だね。じゃあ例えばさ、『タカオ、なんかめっちゃ焦ってたんだけど』『え、まじ? 何かあったのかな。どうしよう』『何があったんだろ。タカオなら大丈夫って信じたいけど』『だね。大丈夫ならいいんだけど』って感じでどう」
「それなら違和感なさそうです。さすがですね。麻野間先輩の脚本は、会話がとても自然で、全然つっかえずに読めました」

 私と麻野間は同時に菰田の方を向いた。彼は勘弁してくださいと言わんばかりに眉根を寄せて肩を落とした。
「後輩くんさぁ、普段からもっとちゃんと女の子とおしゃべりしなさいな」
「うるさいな」

 仮入部期間からマンツーマンで一緒にいるだけあって、菰田と麻野間はだいぶ打ち解けているようだ。小うるさい姉と反抗期の弟に見えなくもない。

 会話がひと段落ついたところで、鈴村と台本を読んでいく。男性の登場人物のセリフを鈴村が読んで、女性のものを私が読む。彼は気障きざでわざとらしさを感じる演技をするし、一つひとつの挙動が角張っていて、滑稽こっけいだった。

 ときどき先輩たちの方から、「もうちょっと元気な感じでやってみようか」だとか「そんなに早口じゃなくてもいいよ」という声が聞こえてくる。

 やはり布目には人前に立って演技をする才能がないとしか思えない。彼女が演劇部を続けている理由が、私には理解できない。
 声もろくに出せなくて、演技もしどろもどろなら、もう辞めてしまえばいいのに。その方がきっと楽なのに。
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