凛として吠えろ太陽よ

中林輝年

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第5章 菰田千燦2

5-7

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 バーベキュー当日は、1年生で集まって一緒に向かうことになっていた。布目だけは、中西の家が歩いて行ける距離らしいので別行動だ。豊橋駅の改札前に集合した。飯田いいだ線の電車に乗り、丹羽と久保田と南はボックス席に座って、俺と鈴村は扉の近くで吊り革を掴んだ。

 鈴村とは最近観ているアニメの話で盛り上がった。横目で女子たちを見る。南が熱弁している様子で、向いに座る丹羽は相合を崩して、話題までは分からないが、軽快な笑顔を浮かべている。俺と布目にはずいぶん雑な態度ばかりとるから忘れそうになるが、普段の彼女は誰にでも愛想がよくて、多くの人に慕われる人間なのだ。部活以外の時間に見かける彼女は、常に見目の良い男女が周りに何人もいて、どう見てもスクールカースト上位の存在だった。そういうところは麻野間と似ている。

 乗っていた電車はワンマン電車だった。ICカードを使用できず、前方の車両にある精算機で運賃を支払う必要があった。そんなことを全く知らなかった俺と鈴村は、降車する時にてこずって、大慌てで財布から現金を探した。

 長山ながやま駅は、駅舎内にトイレもない簡素な無人駅だった。もう九月も後半だというのに、わんわんと降り注ぐ日光に目の奥がつんと痛む。

 中西の家までの道中、丹羽に、麻野間がアルバイトをする理由を伝えた。彼女は、えー、と顔をげんなりさせた。

「ただのいい話じゃん。なんなのあの人。無敵じゃん」
「俺も同じこと思った。あと、この前廊下ですれ違った時に、麻野間先輩は振られたばかり、みたいな話が聞こえた。祇園の時に一緒にいた人とは別れたってことかな。振られたてで、また他の人に告白されて、今度は振った、っていう流れみたい」
「ふうん。まあたしかに花先輩モテそうだよね」
「丹羽さんだって無限に告白されてんじゃないの」
「それが意外と少ないんだよ。美人すぎて近寄りがたいって言われることある。けど、それよりさ、ほら私、デカいから」

 彼女が頭のてっぺんに手を当てるところを、俺は少し視線を上げて見た。以前、174センチあると聞いて、170センチにぎりぎり届いていない俺は顔をしかめたことがあった。

 中西の家は想像よりもずっと大きかった。生垣に囲まれた立派な日本家屋で、敷地内にもうひとつ建物があった。迎えに出てきた中西が、農具や農作物を収納する蔵なのだと教えてくれた。
 庭にはすでにバーベキューコンロが2台設置してあった。布目と大川がアウトドア用のテーブルを運んでいる。「他の一年たちも準備するの手伝って」と中西に指示されて、俺たちも合流した。ちらほらと2年生たちも集まってきて、トングや食器を用意し終える頃には、麻野間以外の全員が揃っていた。

「そういえば、これまだ全体に伝えてなかったけど、この前の大会のDVDをもらったよ。観る?」
 中西が全体に尋ねると、だいたいの部員が賛成を示した。

「私食材運ぶから、誰か私の部屋から持ってきてほしいんだけど」
「あ、そうだ。せっかく1年もいるんだし、昔の公演の映像も観てもらおうよ」
 と出口が提案すると、熊谷は指を鳴らした。
「いいね。私がつぼねって呼ばれたきっかけの公演を観てもらえるじゃん」

「しおり、手、空いてるよね?」
 中西の質問に、丹羽が「はい、空きまくりです」と元気よく答える。
「私の部屋、あ、2階上がってもらえば、『ゆゆか』って書いてある部屋あるから、そこからDVDとポータブルプレイヤーを持ってきてほしい。箱にまとめてあって、ベッドのあたりに置いてあるから、すぐ分かると思う。あ、ひょっとしたらちょっと重いかも」
「了解です。じゃあ菰田をつれていきます」
「なんで俺なんだよ」

「しおりと千燦はこの前、教室でイチャイチャしてて集まるの遅かったからなぁ。誰か見張りについてった方がいいんじゃない」
 と熊谷がにやにやして言う。
「じゃあ霜雨をつれていきます」
「え、なんで私」
「柚々佳、大丈夫なの? 大人のおもちゃはちゃんと片づけてある?」
「んなもんあるか」

 俺たちは示し合わせたようにいっせいにため息をついてから、熊谷を無視して中西の家に入った。特に会話もなく階段を上がって、中西の部屋を見つけて、扉を開ける。

 思えば同年代の女性の私室に入るのは、はじめてのことだった。無意識に見渡してしまう。ベッドやクローゼットからそっと目を逸らして、勉強机を見る。近くの壁にコルクボードがかけてあって、たくさんの写真と、寄せ書きされた色紙が貼られている。写真の中にはユニフォーム姿の女子生徒たちが写っている。その中に大川の顔を見つけて、気になって近づく。

「これだよね」
 丹羽がベッドの横にある収納ボックスを持ち上げようとしている。中には過去の公演のDVD以外にも、パンフレットや大会の案内が入れられている。

「ていうか菰田、なにひとの部屋じろじろ見てんの。気持ち悪い」
「いやさ、大川先輩もソフトボール部だったんだなって思って。ユニフォーム着てないし、バインダー持ってるから、マネージャーかな」
「そうだったみたいだよ。前に本人から聞いた。男子で女子ソフト部のマネージャーって珍しいよね」
「だよね」

 丹羽と一緒にコルクボードを覗きこんでいると、「ねぇ」と突然、布目に声をかけられて、ふたり揃って肩を浮かした。

「霜雨、ずっと黙ってるから存在を忘れてたんですけど」
「ごめん。私、家族以外の部屋に入るのってはじめてで。あと、つい本棚に何が並んでるのか気になっちゃって」
「で、なに?」
「あ、そう、でね、これ」
 と言って、布目は本棚を指さす。
「既視感あるなって思って。そういえば、先輩たち、私と同じ中学だったなって」

 有名な野球漫画が並んでいるのと、小説が何冊か置かれている。ほかには小物が乱雑に置いてある。布目はしゃがんで、一番下の段に横倒しに置いてある大きな冊子を持ち上げた。背表紙に、年数と中学校名が書かれている。卒業アルバムだとすぐに分かった。

「ちょっとそれ貸して」
 丹羽がすごい勢いで布目からアルバムを奪いとった。躊躇ためらいなくケースを外して、ページを開く。セーラー服を着た中学生たちの顔が並んでいる。丹羽は目線をすらすらと動かして、ページをめくる。舐めるようにページの隅から隅まで見て、まためくる。俺と布目は彼女の真剣さに気圧されて、黙って彼女を見守ることしかできない。

 あるページを開いた途端、丹羽は「え」と声を漏らして、ただでさえ大きな目をさらに見開いた。彼女は口を小さく開いたまま、俺の方を向く。黙ったまま卒業アルバムを渡してくるので、開いたまま、恐る恐る受け取った。そして息を呑んだ。3年3組のページだった。一番左上に、見知った名前があったのだ。

 麻野間花、とあった。

 しかし名前の上にある写真が、どう見ても俺の知っている麻野間花には見えなかった。今と違って髪の毛が黒いのは当然だが、長い前髪と縁が分厚い眼鏡に隠されている表情は、固くて暗い。自分に対する自信のなさがありありと見てとれる。言ってしまえば地味だ。顔や目の形に面影はあるが、全然今の麻野間花と同じ人物には見えない。

「これ、本当に花先輩?」
 丹羽の声は震えている。

 どんどん心臓の高鳴りが強くなっている。なんだこれ。どうなっている。混乱しているのに、心のどこかでぴったりと腑に落ちていた。麻野間の描く文章や表現の丁寧さや、俺の作品に、的確な指摘をくれたり温かい感想を一枚いちまい書きこんだりしてくれた人は、クラスの中心で友だちに囲まれてゲラゲラと大声で騒いでいるような人じゃないと思っていた。勝手なイメージだけれど、この写真のような、教室より図書室にいる方が好きそうな人だと、ずっと感じていたのだ。
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