表裏一体物語

智天斗

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三章 なごみ編

三章 7決断

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宝寓坊はそれから目を閉じて告げる。

『殺すなら殺せ』

そう言う宝寓坊に仮面の天狗が感情のこもっていないような声で答える。

『殺しはしない。まずは庇護前ひごぜん坊様のところへ連れて行き、処罰を受けなさい』

その名を聞いた時、宝寓坊こと烏天狗の顔が変わった。

『あ、あの方のところへか!?』

先ほどとは打って変わって引きつった顔をする。とてもその名前を聞いて恐れ慄いているようだった。
それに加えて身体がガタガタ震え、顔は真っ青になっている。

『えぇ、ちょうど近くにいらしているから』

おそらくその庇護前坊がいるであろう方向を向いた面をつけた天狗を見て宝寓坊はその方向とは逆の方向を向いた。

『や、やめろ!それなら今ここで殺せ!あの方の…あの方のところにだけは連れていくな!』

宝寓坊を見る限りそこまでしてでもその庇護前坊という者には会いたくないのだろう。
会うなら死んだ方がマシ、などとは普通は言えないから。

『それはできない。見つけた場合は生け捕りにしろ、そう指示されている』

『なに…!?』

そう聞いて宝寓坊はその庇護前坊がいるであろう、方向とは逆の方向に逃げ始めた。しかし一瞬で面をつけた天狗に捕まってしまった。
頭を押さえつけられ、逃さないようにしている。

『あの方は…。あの方は罪を犯したものを許してはくれぬ』

『それはお前のしたことだ。自分を持たぬ者には救いはない。自分の性に支配され、自分を見失ったあなたに仲間も困り果てていただろ』

身体がすくむほど嫌なのか力いっぱい抵抗する。しかし、すぐに鎮静された。

『くそ…何故今になってあの方がこの近くに…』

『それは私達の知ることではない』

すると宝寓坊は何か覚悟を決めたような目で面をつけた天狗を見る。

『ぐっ…ならば今ここで!』

舌を噛み切って自害しようとする宝寓坊を目に見えない速さの足蹴りで気絶させた。

『ぐっ…』

顔が地につき、完全に動きが停止した。目は閉じ、もうしばらくは動く気配はなかった。

『ふぅ…終わったか。手間を取らされた』

烏天狗が完全に気絶しているかどうかを触れて確認した面をつけた天狗はその後空を見上げた。

『みんな元気にしてるかな…』

ぼそっと呟いたその声とその姿を見て、聞いて、妖花は面をつけた天狗の姿がなぜか悲しそうな少女に見えていた。
面をつけた天狗はその面を自分の顔にもってきた。

『何者だ!』

その大きな声を聞いて妖花はそっと身を隠す。

「見つかったら殺されるかもしれない。あの天狗がどこかに行くまで待とう」

ぐっと息を殺してその天狗が去るのを待っていたが、何故か妖花がいる木の方へとやってくる。

『ここに人の気配がしたんだが』

そっと妖花のいる木の後ろを覗き込んだ。

『気のせいか?』

妖花がいたはずの場所には誰もいなかった。
首を傾げているのを妖花は見ながら安堵を漏らした。
妖花は一瞬の間にその木から逃げて他の場所に隠れていたのだ。

「危ない、危ない…」

動かなかったはずの足だったがその恐怖を克服するかのように動いていた。だからこそこうして逃げられたのだ。

『やはり、誰かいるな』

「なんで…?まさか…!」

妖花は自分の失敗を悔いた。先ほどまで自分がいたはずの足跡を消し忘れたのだ。
初歩的なミスを犯した妖花の近くを妖怪の歩く音が鳴り響く。

「………!」

口を塞いで絶対に物音を立てないように気配を消す。すると面をつけた天狗は妖花のすぐ近くを通り過ぎた。

「危なかった…いや、ダメだ!」

「あちらの方向には先輩がいる!」

またもミスを犯した妖花はわざとらしく足音を立てて逃げた。

『ん…!?足音、やはり誰かいる』

すぐにしゃがんで隠れて自分の位置を探られないようにする。
運良く木がたくさん立っているため、隠れるにもちょうど良い。

『誰かいるんだろう…!?何者だ』

そんなことを言われても出ていくわけがないのだがその声を聞いて少し汗をかく。今出て行ったら確実に捕まる。
緊張と不安が一気に押し寄せる中、隠れていた場所から面をつけた天狗のことを目視する。

「だ、大丈夫かな」

妖花は面をつけた天狗が自分の居場所を本当に分からないと分かると少しずつ距離を取る。

「とりあえず回り込んで先輩のところに…」

少しずつ距離を取ってはいるが、どこに逃げれば正解なのかわからない。
出来るだけ屈んで面をつけた天狗に見つからないように進む妖花は新道を置いてきた場所へと戻ろうとする。しかし、戻ろうとした足がすぐに止まった。

「ん?やっぱりこちらにきてる。あの妖怪、私を追ってきてる。あの妖怪の匂いがする」

姿は見えないが匂いでどこにいるのかを感じとる。

「このままいけば二人とも…」

妖花は足を新道の方ではなく他の方へと向けた。

「後で絶対助けに来ますから!」

小声で新道の顔を思い浮かべながら呟いて、妖花は面をつけた天狗が自分の方に来ていることが分かり、新道を面をつけた天狗から距離を離すため進んだ。

「出来る限り、バレないように移動しないと。私が単独で逃げる意味がなくなる。少しでも距離を離して先輩からも遠く、私からも遠く…」

妖花の居場所を探る面をつけた天狗は足音などからただの動物が逃げているわけではないと分かっていた。

『人間か…それとも怪異か…』

その二つのどちらか。
しかし、辺りを見渡したあと冷たい声で呟いた。

『どちらでもいい。敵と分かれば殺すだけ』

その声を聞いて妖花は寒気がした。

「ほ、本当にバレたら殺されてしまうかもしれない。あの天狗はさっきの私たちを襲った烏天狗よりも強いんだ、これはまずい…」

妖花は早歩きでその場所から離れる。

『このままでは逃げられるな。手段は選んではられない』

面をつけた天狗は妖花が少しずつ距離を離している間、その場に立ち止まった。

『ふぅ…。集中だ』

そっと目を閉じて座禅を組んだ。
するとその瞬間周りの大気が揺れる。そして面をつけた天狗の周りを光が、まるで精霊のようなものが舞い出した。

「何、あれ…」

まだ姿が見えていた妖花は気になっていたが今は逃げることが先決のためその姿を見たあと移動を始めた。

『…。』

ぶつぶつと呪文のように何かを呟いているのを耳でききながら移動する。

「一体何が起こるの?」

移動する間、距離が遠くなっていくうちに面をつけた天狗の姿は見えなくなり、声も聞こえなくなっていた。
ただ何かが起こる、そう思うと自然と足が早歩きになっていた。

「逃げなきゃ」

その頃、面をつけた天狗は額に汗をかき、集中していた。
周りを囲うように集まる光の動きが止まった。
そして面をつけた天狗は目を見開いた。
その瞬間その舞っていた光が弾け飛び、消えた。
周りの大気がいつもの通りに戻り、小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そして面をつけた天狗は額の汗を拭き取りながらあることを呟いていた。

『大体の居場所は分かった…やはりこんな私では"神通力"を使うのは相当体力が必要になる』

はぁはぁと疲れたように息を吐く天狗は妖花のいる方を見た。

『あっちか…』

妖花は耳を活用しながら天狗の位置を探りながら歩いていた。先ほどまで止まっていたはずの面をつけた天狗の足音がまた聞こえ出した。

「動き出したみたい」

その音を聞いてからまたしゃがんで少しずつ動いていく。
しかし、その音が次第に大きくなっていることに気づいた。

「どういうこと?あの天狗私の方へ来てる。どうして?」

何故だか天狗はこちらへと向かってきている。私を見失っているはずなのだが、真っ直ぐ私の方へ来ている。迷うことなく、一直線に。

「やばい、このままでは見つかる」

そう思い、木陰に身を隠し、じっと待つ。

『この辺だったんだがな…流石に詳しい場所まではわからないか』

足音が聞こえる。それを聞いて心音大きくなるのを感じる。

このまま移動するべきかしないべきか。
今は待つしかないのか。それとも…。

唾をゴクリと飲み込み、じっと待つと妖花の隠れた木の後ろを面をつけた天狗が通り過ぎる。

そしてそのままその奥に入っていく。

「ふぅ…。よかった。あと少しで見つかるところだった」

気の抜けたことを言った直後だった。

目にも留まらぬ速さで妖花の前に姿を現した面をつけた妖怪。その姿を間近に目にして驚いた。
2メートル近い大きさの妖怪を見上げる。

「え!?」

『見つけた』

後退ると背後の木にぶつかる。
逃げ道はない。

「あっ…くっ、このままでは!」

そう思い、動こうと面をつけた天狗の方を見ると何故かその天狗は黙ったままこちらを凝視している。

『な、なんで…』

その声を間近に聞き、ある人の声と重なる。

「え?」

『なぜあなたがここに…?』

その時、天狗の面がポロリと地面に落ちた。
そしてその妖怪の顔を妖花は初めて目視した。

「え…?」

『え…?』

二人は同時に声を上げた。

『なぜあなたがこんなところに…』

「それは私だって同じ。見たらわかる。よく見なくても、私ならわかる。感じ取れる。あなたは…」

二人はお互いの名前を口にした。  


「なごみ?」『妖花?』

2人が驚きのあまりそう震える唇を動かした。
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