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三章 なごみ編
三章10 八地天狗
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『あの方だ…庇護前坊様だ』
直ぐになごみ達は膝を着いた。
八地天狗のうちの一人。
八地天狗とは北海道地方、東北地方、関東地方、中部地方、近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方、それぞれの場所を根城とする大天狗達だ。
そしてこの庇護前坊は中部地方を根城にする大天狗。なごみ達はその八地天狗に支配されている。
すると御簾の奥から声が聞こえてきた。
『お前たちはなんの用でここに来た?』
なんとも良い声。しかし聞いているとその声の奥には何か得体の知れないものが潜んでいるような感じがした。
聞く限りでは善。しかし何か底知れぬ悪を感じる。
『はい…私たちは罪をおかした宝寓坊を捕まえ、連れて参った次第です』
『そうか…ご苦労だったな』
なんだろうか、救われるような声。しかし耳を傾けすぎると良くないような感じがした。
『では、そこの女天狗以外は下がって良いぞ』
そう言われてなごみ以外の笹尾坊と御嶽坊がその和室を後にした。
なごみは性別が女だが、今まで迫害を受けていため女天狗と呼ばれることなどなかったため驚いていた。
『では、そこの女天狗。そこの罪をおかした天狗を連れてこちらへ来い』
なごみは震える手を動かして宝寓坊を担ぎ、庇護前山坊のいるであろう御簾の前に行き、座った。
『私だけ何故残されたのでしょうか』
そう聞くと庇護前坊はなごみのことを無視してまずは一言。
『力をぬけ』
そう言った。
『は、はい…』
力など抜けるはずもないがとりあえず深呼吸をした。
『この罪をおかした者を連れてきたのはお前だろう?』
『え?』
『見れば分かる。心を読めばすぐに…』
他心通。他人の心を知る力。
六神通の力のうちの一つだ。
六神通とは仏や菩薩などが持っているとされている6種の超人的な能力。
八地天狗の一人、庇護前坊ならばそれくらいの力が使えて当然だろう。
『は、はい。庇護前坊様の言う通り、私がこの宝寓坊を捕らえました』
『それで、お前はこの烏天狗を捕え、報告して終わり…と言うのが目的では無いだろう?全て自分の口から話せ』
なごみの考えは全て庇護前坊に筒抜けとなっている。下手をしたら今以上に迫害を受けるやもしれん。
『庇護前坊様には思ってもないことを話そうが嘘だと勘づかれるので本心を打ち明けます』
『懸命な判断だな』
姿の見えない庇護前坊はそう言ってなごみの話を聞こうとする。
『私は…私は天狗の中でも階級は一番下の位置に属しています。いや、それもおこがましい程に階級なども受けてはいないのかもしれません』
震える唇を動かしてなごみは告げる。
『ですから、私は今まで努力を重ねてきました。いつか…いつか認められるのではないかと。天野の性を持ち、この地に生まれ、迫害を受け、半端者と罵られ。耐えて、耐えて私は何度も成果をあげるためにやって来ました。ですから、私は…ただ、里に、他の天狗に認めてもらいたいだけです、それだけなんです…』
なごみは自分のことを認めてもらいたい、それだけだった。自分の家系は私のせいで、みるみるうちに衰退していった。
このままでは父方の祖父母、それに母方の祖父母に明るい未来はないだろう。
『そうか…お前はあの方の…天野のところの倅か』
『はい、その通りです。私は天野…天野遜郎坊の子です』
『そうか…分かった。確かに、今回の件もそうだが単独で成果を挙げているのは確かな話だ。考えておくとする』
『本当なのでしょうか?』
『あぁ。俺は嘘はつかん。嘘は嫌いだ、いい嘘、悪い嘘などというのがあるが、嘘をついたこと、その行為が許せんからな』
あっさりとそう言われてなごみは呆気に取られた。
今までの事から私は絶対に認められないと思っていないのにこんなにも良いようにことが運ぶとは。
力が抜け、体勢が崩れた。
『それで、他に何かあるか?』
『はい。ではひとつお聞きしてもよろしいでしょうか』
なごみはずっと気になっていた事を今、位の高い八地天狗である庇護前坊に聞いてみる。
『私は何故生きているのでしょうか。』
『それはどういう意味だ?』
『天狗の掟は知っています。だからこそ天狗と人間の子供である私が生きている理由が分からないのです』
『…。』
庇護前坊は黙った。返答に困っているのか、それとも答えようとしていないのか、それすらもわからなかった。
『あの…』
『そうだな…』
そう言って話を続ける。
『理由はあるがお前に詳しく話す必要は無い。強いて言うならお前の両親が自分の命と引替えにお前を生かした…と言うべきだろう』
『父と母がですか』
『嘘はつかない。嘘を言ったところで意味が無いからだ』
『そうだったのですか…。私のために…』
なごみは自分が何故生きていけたのかを知った。詳しい内容は分からないものの父と母が私を生かした、それだけ分かればよかった。
『感謝します。今回の件で得られたことは多すぎるほどありましたのでこちらの宝寓坊の処罰をお願いします』
『その烏天狗の処罰はこちらで受け持とう。時期にまた会うことになるだろうからな』
最後の言葉を聞き、なごみは屋敷を後にした。
時期に会う、それだけは気になったがあの空間にいること自体結構な負荷がかかっていた。普通の天狗があそこに長時間居れば狂ってしまうだろう。あれほど強い圧を感じたのは生まれて初めてだった。別格だ。
無自覚なのだろうが、それがまた恐ろしい。本当に威圧をかけたならどうなるのだろう。
それに、何かを期待しているような感じがした。
『考えても仕方ない。それよりも今は連絡を待つしかない』
淡い期待を抱きつつ、屋敷を出るとそこには御嶽坊がいた。
『終わったようじゃの』
もう空は夕方らしく赤い夕日がなごみ達を照らしていた。
『えぇ、終わった。無事に宝寓坊のことは報告できた。改めて感謝する』
『いいんじゃ。ワシにとっても良い経験になったからな』
『経験?』
そう聞くと御嶽坊は答える。
『あぁ。ワシもあの方に会うのは初めてだったからな。いつもは本人ではなく、他の先程の女天狗のような者を使うんじゃがな。どうして今回直々に会うことしたんじゃろう』
そんな疑問を言う御嶽坊になごみは何故なのか、その答えに辿り着けはしなかった。
『どうして…?確かに、私も初めてあったが…御嶽坊、いいか?』
『なんじゃ?』
『いや、何。少し気になることがあったから』
なごみは御嶽坊に質問をなげかけた。
『今までに八地天狗がわざわざ話を聞いた事はあったのか?』
『そうじゃな。おそらく、ワシが見てきた中ではあれが初じゃろうな』
『そうか…』
『まぁ今回の件で何かしら認められるようになれば良いな』
『そうだとありがたいけれど』
何故わざわざ私の報告時に現れたのだろう。
いや、おそらくたまたまだろう。たまたまで片付けていいものなのか、それすらも分からなかったが自分という存在が特別である、ということだけは理解出来た。
『何か、あるのだろうか』
『どうした?』
御嶽坊にそう聞かれてなごみは首を横に振った。
『いや、何でもない。疲れているだけだ』
『そうかそうか。また何かあれば言いな。ワシで良ければ聞こう。おそらく天狗の中で心を開いているのはワシだけだろうからな』
『そうさせてもらう』
なごみはそう告げて空へ飛び立った。
その姿を御嶽坊は見送りながらつぶやく。
『お前の思うままに生きて見せろ』
そう呟いてその場を後にした。
空をもの凄い速さで移動するなごみは御嶽坊と別れて自分の家に向かっていた。妖花のことは心配だが今会う訳には行かなかった。妖花には新道亜美がいるからだ。
『妖花、大丈夫だろうか。あの後、一応薬は渡しておいたから傷も回復しているだろうけど…』
なごみは心配そうな顔を浮かべる。
『きっと大丈夫。次に会う時にあの子の顔を見ればすぐに落ち着くはずだから』
自分に言い聞かせてなごみは空を大きな羽の音を響かせて飛び去るのだった。
場面は変わり、妖花が新道に烏天狗との出来事を話さないようにして欲しい、そう頼み込み、新道が了承した後の話になる。
「先輩立てますか?」
「うん、ありがとう」
妖花の手を取り、新道は立ち上がった。
烏天狗に襲われた時の傷はもう完全に治っていた。しかし、服などはボロボロになっており、疲れは取れていなかった。傷を治すだけの薬なのだろうから仕方がないけれど。
「では行きますか」
「えぇ、分かったわ」
2人はまた歩き始めた。
1歩ずつゆっくりではあるが目的地まで歩く。
神社まではあと少し。あと少しで着く。
「あっ、あそこです!」
妖花が突然声を上げたため、新道は驚いてビクリとする。
「どうしたの、妖花ちゃん」
新道は妖花の指を指した場所をじっと見る。
「あそこです!みえますか?」
そこには木造の建物が見えていた。
まだ完全には把握出来ていないが、おそらく
あそこが妖花の言う神社ということは分かった。
「行きましょう!」
「うん!」
ようやく2人に一筋の光が差し込んできたため、2人は全力疾走で森の中を駆け抜けた。
「はぁはぁはぁ」
そして2人はようやく森をぬけた。
「着いた…」
「うん。やっと着いたね」
目の前には神社があった。
古い、しかしとても綺麗な神社が。
本殿があるのみの小さな神社だが毎日掃除をしているおかげなのか、埃もない。
それもそのはず。ここは妖花の母親が掃除に来たりしているからだ。今日も来たのだろうか、それは分からないがとりあえず目的地には着いた。
「ここまで来れば安全だね」
「はい、そうですね」
妖花は驚異が去ったことを知っていたためなんとも言えないリアクションだった。
それを知らない新道にとって安全と言われた場所に来たのだからようやく心が落ち着いたのだろう。少し顔色が良くなっている。
「顔色だいぶ良くなりましたね」
「うん、少し安心したから」
2人は神社を見つめていた。そんな中、妖花は懐かしそうな顔でその神社を見つめていた。
「どうしたの?そんな顔して」
「いえ、ここ久しぶりに来たなって思って」
何年ぶりだろうか。もしかしたら最近来ていたかもしれないがあまり覚えていない。あの頃は少しひねくれていた気がするから。
「そうなの?」
「はい、この神社は私の先祖がずっと大切にしてきた神社だったので」
「そうなんだ。知らなかったよ」
この神社の思い出は色々とある。例えばなごみと初めてあった場所。ここで私はなごみと出会った。
流石に小さい頃のことすぎてはっきりと覚えている訳では無いが何となく覚えている。
先程烏天狗とのことがあったことを忘れてとりあえず久しぶりに来たことで気持ちが高ぶっていた。
そんな妖花に新道が告げる。
「妖花ちゃん。とりあえず、今日は帰らない?早く帰って、それで、私今本当に気持ちがいっぱいいっぱいで」
「そうですね。おりますか」
もう少し居たかったが確かに今日のことがあって早く家に帰りたいという気持ちも分かるからだ。
笑顔でそう伝えると新道も深くうなづいた。
そして神社を去ろうとした時妖花達は神社からの景色を見る。
「綺麗ね」
「そうですね」
神社は長い階段を登った頂上にあるため、とても眺めが綺麗だ。
そんな景色に目を奪われているうちに目的を忘れていた。
「じゃあ降りようか」
「気をつけてくださいね」
石階段には手摺りはあるものの綺麗な石造りというよりは少し凸凹した石を使っているため足元に注意しつつ降りていく。
「結構階段あるのね」
「はい、だからなのかこの神社はあまり参拝客が来てくれないんですよね。そのうちもうほとんど誰も来てくれなくなりました」
「そうだったんだ」
「それに近くにもう一つ大きな神社があるのでそこにみんな行くんですよね」
そんな話しても仕方がないことを話しながら2人は神社を後にした。
「これで多分大丈夫だね」
「はい、そうですね。今日だけで色々なことがありましたね」
「うん、そうだね」
疲れきっているのか新道が深く息を吸った。
「先輩、烏天狗のことは私達の心の中に閉まっておきましょう」
「うん、妖花ちゃんのためだもの。あなたのためなら私は何でも守るよ」
「ありがとうございます」
ようやく私達は森を完全に抜けていつもの街に戻ってきたのだった。
直ぐになごみ達は膝を着いた。
八地天狗のうちの一人。
八地天狗とは北海道地方、東北地方、関東地方、中部地方、近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方、それぞれの場所を根城とする大天狗達だ。
そしてこの庇護前坊は中部地方を根城にする大天狗。なごみ達はその八地天狗に支配されている。
すると御簾の奥から声が聞こえてきた。
『お前たちはなんの用でここに来た?』
なんとも良い声。しかし聞いているとその声の奥には何か得体の知れないものが潜んでいるような感じがした。
聞く限りでは善。しかし何か底知れぬ悪を感じる。
『はい…私たちは罪をおかした宝寓坊を捕まえ、連れて参った次第です』
『そうか…ご苦労だったな』
なんだろうか、救われるような声。しかし耳を傾けすぎると良くないような感じがした。
『では、そこの女天狗以外は下がって良いぞ』
そう言われてなごみ以外の笹尾坊と御嶽坊がその和室を後にした。
なごみは性別が女だが、今まで迫害を受けていため女天狗と呼ばれることなどなかったため驚いていた。
『では、そこの女天狗。そこの罪をおかした天狗を連れてこちらへ来い』
なごみは震える手を動かして宝寓坊を担ぎ、庇護前山坊のいるであろう御簾の前に行き、座った。
『私だけ何故残されたのでしょうか』
そう聞くと庇護前坊はなごみのことを無視してまずは一言。
『力をぬけ』
そう言った。
『は、はい…』
力など抜けるはずもないがとりあえず深呼吸をした。
『この罪をおかした者を連れてきたのはお前だろう?』
『え?』
『見れば分かる。心を読めばすぐに…』
他心通。他人の心を知る力。
六神通の力のうちの一つだ。
六神通とは仏や菩薩などが持っているとされている6種の超人的な能力。
八地天狗の一人、庇護前坊ならばそれくらいの力が使えて当然だろう。
『は、はい。庇護前坊様の言う通り、私がこの宝寓坊を捕らえました』
『それで、お前はこの烏天狗を捕え、報告して終わり…と言うのが目的では無いだろう?全て自分の口から話せ』
なごみの考えは全て庇護前坊に筒抜けとなっている。下手をしたら今以上に迫害を受けるやもしれん。
『庇護前坊様には思ってもないことを話そうが嘘だと勘づかれるので本心を打ち明けます』
『懸命な判断だな』
姿の見えない庇護前坊はそう言ってなごみの話を聞こうとする。
『私は…私は天狗の中でも階級は一番下の位置に属しています。いや、それもおこがましい程に階級なども受けてはいないのかもしれません』
震える唇を動かしてなごみは告げる。
『ですから、私は今まで努力を重ねてきました。いつか…いつか認められるのではないかと。天野の性を持ち、この地に生まれ、迫害を受け、半端者と罵られ。耐えて、耐えて私は何度も成果をあげるためにやって来ました。ですから、私は…ただ、里に、他の天狗に認めてもらいたいだけです、それだけなんです…』
なごみは自分のことを認めてもらいたい、それだけだった。自分の家系は私のせいで、みるみるうちに衰退していった。
このままでは父方の祖父母、それに母方の祖父母に明るい未来はないだろう。
『そうか…お前はあの方の…天野のところの倅か』
『はい、その通りです。私は天野…天野遜郎坊の子です』
『そうか…分かった。確かに、今回の件もそうだが単独で成果を挙げているのは確かな話だ。考えておくとする』
『本当なのでしょうか?』
『あぁ。俺は嘘はつかん。嘘は嫌いだ、いい嘘、悪い嘘などというのがあるが、嘘をついたこと、その行為が許せんからな』
あっさりとそう言われてなごみは呆気に取られた。
今までの事から私は絶対に認められないと思っていないのにこんなにも良いようにことが運ぶとは。
力が抜け、体勢が崩れた。
『それで、他に何かあるか?』
『はい。ではひとつお聞きしてもよろしいでしょうか』
なごみはずっと気になっていた事を今、位の高い八地天狗である庇護前坊に聞いてみる。
『私は何故生きているのでしょうか。』
『それはどういう意味だ?』
『天狗の掟は知っています。だからこそ天狗と人間の子供である私が生きている理由が分からないのです』
『…。』
庇護前坊は黙った。返答に困っているのか、それとも答えようとしていないのか、それすらもわからなかった。
『あの…』
『そうだな…』
そう言って話を続ける。
『理由はあるがお前に詳しく話す必要は無い。強いて言うならお前の両親が自分の命と引替えにお前を生かした…と言うべきだろう』
『父と母がですか』
『嘘はつかない。嘘を言ったところで意味が無いからだ』
『そうだったのですか…。私のために…』
なごみは自分が何故生きていけたのかを知った。詳しい内容は分からないものの父と母が私を生かした、それだけ分かればよかった。
『感謝します。今回の件で得られたことは多すぎるほどありましたのでこちらの宝寓坊の処罰をお願いします』
『その烏天狗の処罰はこちらで受け持とう。時期にまた会うことになるだろうからな』
最後の言葉を聞き、なごみは屋敷を後にした。
時期に会う、それだけは気になったがあの空間にいること自体結構な負荷がかかっていた。普通の天狗があそこに長時間居れば狂ってしまうだろう。あれほど強い圧を感じたのは生まれて初めてだった。別格だ。
無自覚なのだろうが、それがまた恐ろしい。本当に威圧をかけたならどうなるのだろう。
それに、何かを期待しているような感じがした。
『考えても仕方ない。それよりも今は連絡を待つしかない』
淡い期待を抱きつつ、屋敷を出るとそこには御嶽坊がいた。
『終わったようじゃの』
もう空は夕方らしく赤い夕日がなごみ達を照らしていた。
『えぇ、終わった。無事に宝寓坊のことは報告できた。改めて感謝する』
『いいんじゃ。ワシにとっても良い経験になったからな』
『経験?』
そう聞くと御嶽坊は答える。
『あぁ。ワシもあの方に会うのは初めてだったからな。いつもは本人ではなく、他の先程の女天狗のような者を使うんじゃがな。どうして今回直々に会うことしたんじゃろう』
そんな疑問を言う御嶽坊になごみは何故なのか、その答えに辿り着けはしなかった。
『どうして…?確かに、私も初めてあったが…御嶽坊、いいか?』
『なんじゃ?』
『いや、何。少し気になることがあったから』
なごみは御嶽坊に質問をなげかけた。
『今までに八地天狗がわざわざ話を聞いた事はあったのか?』
『そうじゃな。おそらく、ワシが見てきた中ではあれが初じゃろうな』
『そうか…』
『まぁ今回の件で何かしら認められるようになれば良いな』
『そうだとありがたいけれど』
何故わざわざ私の報告時に現れたのだろう。
いや、おそらくたまたまだろう。たまたまで片付けていいものなのか、それすらも分からなかったが自分という存在が特別である、ということだけは理解出来た。
『何か、あるのだろうか』
『どうした?』
御嶽坊にそう聞かれてなごみは首を横に振った。
『いや、何でもない。疲れているだけだ』
『そうかそうか。また何かあれば言いな。ワシで良ければ聞こう。おそらく天狗の中で心を開いているのはワシだけだろうからな』
『そうさせてもらう』
なごみはそう告げて空へ飛び立った。
その姿を御嶽坊は見送りながらつぶやく。
『お前の思うままに生きて見せろ』
そう呟いてその場を後にした。
空をもの凄い速さで移動するなごみは御嶽坊と別れて自分の家に向かっていた。妖花のことは心配だが今会う訳には行かなかった。妖花には新道亜美がいるからだ。
『妖花、大丈夫だろうか。あの後、一応薬は渡しておいたから傷も回復しているだろうけど…』
なごみは心配そうな顔を浮かべる。
『きっと大丈夫。次に会う時にあの子の顔を見ればすぐに落ち着くはずだから』
自分に言い聞かせてなごみは空を大きな羽の音を響かせて飛び去るのだった。
場面は変わり、妖花が新道に烏天狗との出来事を話さないようにして欲しい、そう頼み込み、新道が了承した後の話になる。
「先輩立てますか?」
「うん、ありがとう」
妖花の手を取り、新道は立ち上がった。
烏天狗に襲われた時の傷はもう完全に治っていた。しかし、服などはボロボロになっており、疲れは取れていなかった。傷を治すだけの薬なのだろうから仕方がないけれど。
「では行きますか」
「えぇ、分かったわ」
2人はまた歩き始めた。
1歩ずつゆっくりではあるが目的地まで歩く。
神社まではあと少し。あと少しで着く。
「あっ、あそこです!」
妖花が突然声を上げたため、新道は驚いてビクリとする。
「どうしたの、妖花ちゃん」
新道は妖花の指を指した場所をじっと見る。
「あそこです!みえますか?」
そこには木造の建物が見えていた。
まだ完全には把握出来ていないが、おそらく
あそこが妖花の言う神社ということは分かった。
「行きましょう!」
「うん!」
ようやく2人に一筋の光が差し込んできたため、2人は全力疾走で森の中を駆け抜けた。
「はぁはぁはぁ」
そして2人はようやく森をぬけた。
「着いた…」
「うん。やっと着いたね」
目の前には神社があった。
古い、しかしとても綺麗な神社が。
本殿があるのみの小さな神社だが毎日掃除をしているおかげなのか、埃もない。
それもそのはず。ここは妖花の母親が掃除に来たりしているからだ。今日も来たのだろうか、それは分からないがとりあえず目的地には着いた。
「ここまで来れば安全だね」
「はい、そうですね」
妖花は驚異が去ったことを知っていたためなんとも言えないリアクションだった。
それを知らない新道にとって安全と言われた場所に来たのだからようやく心が落ち着いたのだろう。少し顔色が良くなっている。
「顔色だいぶ良くなりましたね」
「うん、少し安心したから」
2人は神社を見つめていた。そんな中、妖花は懐かしそうな顔でその神社を見つめていた。
「どうしたの?そんな顔して」
「いえ、ここ久しぶりに来たなって思って」
何年ぶりだろうか。もしかしたら最近来ていたかもしれないがあまり覚えていない。あの頃は少しひねくれていた気がするから。
「そうなの?」
「はい、この神社は私の先祖がずっと大切にしてきた神社だったので」
「そうなんだ。知らなかったよ」
この神社の思い出は色々とある。例えばなごみと初めてあった場所。ここで私はなごみと出会った。
流石に小さい頃のことすぎてはっきりと覚えている訳では無いが何となく覚えている。
先程烏天狗とのことがあったことを忘れてとりあえず久しぶりに来たことで気持ちが高ぶっていた。
そんな妖花に新道が告げる。
「妖花ちゃん。とりあえず、今日は帰らない?早く帰って、それで、私今本当に気持ちがいっぱいいっぱいで」
「そうですね。おりますか」
もう少し居たかったが確かに今日のことがあって早く家に帰りたいという気持ちも分かるからだ。
笑顔でそう伝えると新道も深くうなづいた。
そして神社を去ろうとした時妖花達は神社からの景色を見る。
「綺麗ね」
「そうですね」
神社は長い階段を登った頂上にあるため、とても眺めが綺麗だ。
そんな景色に目を奪われているうちに目的を忘れていた。
「じゃあ降りようか」
「気をつけてくださいね」
石階段には手摺りはあるものの綺麗な石造りというよりは少し凸凹した石を使っているため足元に注意しつつ降りていく。
「結構階段あるのね」
「はい、だからなのかこの神社はあまり参拝客が来てくれないんですよね。そのうちもうほとんど誰も来てくれなくなりました」
「そうだったんだ」
「それに近くにもう一つ大きな神社があるのでそこにみんな行くんですよね」
そんな話しても仕方がないことを話しながら2人は神社を後にした。
「これで多分大丈夫だね」
「はい、そうですね。今日だけで色々なことがありましたね」
「うん、そうだね」
疲れきっているのか新道が深く息を吸った。
「先輩、烏天狗のことは私達の心の中に閉まっておきましょう」
「うん、妖花ちゃんのためだもの。あなたのためなら私は何でも守るよ」
「ありがとうございます」
ようやく私達は森を完全に抜けていつもの街に戻ってきたのだった。
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