Trick or trick

ありま

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後編

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「?」

 旦那様はそれはそれは見事な発音で言ったので、初めわたしは何を言われたのか、全くわかりませんでした。それは不思議な響きのする、異国の言葉でした。

 しかし、偉そうに右手を伸ばして。
「ほぉ、俺にはないというのか?」
 と意味ありげに言われれば、なんといったのかは、もう分かりきったものです。

「ありませんよ、今日は子供がお菓子をもらう日なのですよ?」
「お前が言ったんだぞ? 俺は子供らしいからな、もらう権利はある」

 何を言ってるのでしょうか。
 このダメな大人は!

 しかし、そういったのは紛れも無く自分です。
 わたしは自分の言葉に責任を持たなければなりません。でも持っているお菓子と言えば、今日の戦利品です。旦那様に分けてあげるわけにはいかないのです! これは全部わたしの物です!
 口に出さなくてもわたしがぎゅっと、スカートの裾をつかんでいるままなのを見て、旦那様はわたしがお菓子を渡したくないのを読み取ったようです。

「ほう……なら仕返してやる。横腹をかせ」
「それもできません。わたしの弱点です! 延期です延期にしてくださいっ出世払いでお願いします! 旦那様」
 必死になってお願いするわたしに向かって、旦那様は愉快そうな瞳を向けました。口許も微かに上がってます。

 ば、バカにしてます!! ひどいです。こっちはとっても不愉快なのです。

「そうだな、お前が俺の妻になる頃には返してもらうとするか」
「な、そんなにはお待たせしません!」

 やっぱりバカにしてます!
 わたしは数年後には旦那様の奥様になるので、婚約者としてお屋敷に遊びにきてますが。
 そこまで長い間逃げ続けると思われているのは侮辱なのです。

 旦那様とギリギリとにらみ合っていると。

「あぁ、旦那様のところにいたんですか、コルネーリア様」

 その声に集中力が切れて振り返ると。このお屋敷に勤めて20年の大ベテラン執事さんが、いつの間に部屋に入ってきたのでしょうか、わたしの背後にいて穏やかに話しかけてきました。

「どうした?」
「あぁ、旦那様。
 ご婚約者様との大事なお時間を邪魔するのは心苦しいのですが、厨房のベンがコルネーリア様を探しておりまして」
「……別に、邪魔なのはこの娘の方だ」
「左様でございますか。ならばよろしかった、ではお借りしても?」
「……勝手にしろ。おい、コルネーリア」
「何ですか? 旦那様」
「イタズラを仕掛けるのは俺だけにしておけ。屋敷の使用人が辞められても困るからな」
「皆さんは旦那様のように、お菓子もくれない意地悪さんではないので、いたずらなんかしませんっ!」

 私は心外な! と。ぷりぷりおこりながら旦那様にアッカンベーすると、部屋から飛び出しました。
 本当に旦那様は意地悪です! いじめっ子です。
 レディの扱い方をわきまえてません。

「では、コルネーリア様。
 一緒に来ていただけますか?」

 このおうちは未来のわたしのおうちになるはずなのですが、何度遊びに来てもあまりにも広すぎて、迷ってしまいそうなのです。だからベンの所に行くにも、案内してもらわなければ、辿り着けません。
 このお屋敷の女主人になったら自分の家で遭難することだけは、避けたいです。が大丈夫でしょうか。今からほんの少しだけ、心配だったりします。
 ひつじさんはそんなわたしの不安を汲み取って、道案内をさりげなくかってくれます。

 わたしが迷うからとは一言も言いません。
 さすが勤続20年のプロです。
 レディの扱いをわかってます。

 旦那さまとは大違いです。

 わたしは案内されて長い長い廊下をガシガシと歩いて行きます。分厚い絨毯がふわふわと怒りを吸収してくれます。

「ひつじさん、ひつじさん!」
「はい、何ですか? コルネーリア様」

 ひつじさんは、わたしの方をみてニッコリと笑ってくれます。
 といっても、ひつじさんは旦那様とは違って、いつもにこにこしているお爺さんなのでほのぼのしてしまいます。わたしは、ひつじさんにもあの魔法の言葉を唱えてみました。

「とりっくおあーとりいと?」
「?」
 ひつじさんのにこやかな顔が、少し困ったような顔をします。
 そして、私に視線を合わせるようにかがみました。

「コルネーリア様、誠に大変申し上げにくいお話なのですが、聞いていただけますか?」
「はい、なんですか?」
「ハロウィンは、十月三十一日の晩の事なのですよ」

 わたしはびっくりしました。
 十月三十一日というと、とっくの昔に終わってます。ということは今日はハロウィンではないのです。

 なのに今日わたしは……。

 そう考えると、恥ずかしさと、それに付き合ってくれたお屋敷のみなさんに申し訳なさから、いたたまれなくなってきました。涙がこみあげてきます。

 しつじさんはそんなダメなわたしの頭を、ほんわりと優しくなでてくれました。

「でもこんな可愛くて小さなお客様ならいつだって、お菓子を差しあげてしまいたくなるものなのですよ、ですから笑ってください、小さな姫君」
「……は、はいなのです!
 みなさんにお礼とごめんなさいを言ってきます!」

 まずはワガママを言ったせいで、ケーキを作らせてしまったベンからあやまらなくては!

「私もお供しても?」
「もちろんなのです! ついてきてくれますか?」
「ええ、その後に皆でティータイムと参りましょう」

 ひつじさんはいたずらっぽく笑いました。
 じんわり、と。いたたまれなかったわたしの心が、温まってきます。



 ――もちろん謝罪行脚は、旦那様の事は最後の最後の後回しで、のけ者なのです。


 お茶になんかよんであげません!



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