AFTER ZERO:Crisis Ⅳ ~定義される歪み~

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第8章|検証ミッション(3)――敵だけを崩す条件

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アルトは、手が震えていた。

疲労じゃない。
恐怖でもない。

もっと厄介なもの。

――判断が、ほどけていく。

世界の輪郭が薄い。
距離感が曖昧になる。
音の方向が分からない。

それでもアルトは、息を吐いて立った。

「……やるよ」

セイルが頷く。

「あなたのΔは最も危険」

「敵にも味方にも効く」

ノクスが笑う。

「言い方が雑だな」

セイルは淡々と返す。

「雑に言わないと死ぬ」

ユウが壁にもたれたまま、アルトを見た。

「……お前、いけるのか」

アルトは笑った。

「いけない」

「けど、やる」

シオンは胸が痛んだ。

この男は、管理の中で救われた。

正しさで救われた。

だからこそ正しさを壊す能力は、
彼自身を壊す。

それでも――
アルトはやる。

残すために。

セイルが床に端末を置く。

「条件設定をする」

「“敵だけ崩す”」

「これは強化じゃない」

「選別だ」

その言葉に、シオンが微かに震えた。

選別。

救うと決めることは、選別。

アルトがやろうとしているのも、同じだ。

崩す対象を選ぶ。

敵だけを“成立不能”にする。

つまり――
味方を救うために、敵を切り捨てる。

それは、正義じゃない。
必要だ。

検証用のドローンが三体、配置される。

そして、端末の画面に映るのは四つの信号。

三つは敵。
一つは味方。

味方の信号は、セイルが持っている端末。

つまり、こういうことだ。

アルトのΔが暴れたら、
味方の端末も壊れる。

それを避けろ。

セイルが淡々と告げる。

「ルール」

「敵端末だけを崩せ」

「味方端末は崩すな」

アルトが笑った。

「……無理ゲーだろ」

ノクスが肩をすくめる。

「お前のΔ、そういう感じじゃねえもんな」

アルトは目を閉じた。

世界が裂ける感覚を探す。

正しさが成立しなくなる気配。

それが来た瞬間、宣言する。

――ルールB。

短く、宣言。

アルトは息を吸い、低く言った。

「……Δ:評価崩壊(ゼロ・ジャッジ)」

次の瞬間。

敵ドローンが、止まった。

いや、止まったんじゃない。

“動く意味”を失った。

右に行く理由がない。
攻撃する判断が成立しない。
狙う対象が決まらない。

結果として、停止する。

だが――

同時に、セイルの端末も落ちた。

画面が真っ黒になる。

ノイズ。

そして再起動ループ。

セイルが静かに言う。

「失敗」

アルトは歯を食いしばった。

「……分かってる」

シオンが思わず口を挟む。

「アルト、今のは――」

アルトは首を振った。

「説明いらない」

「俺が一番分かってる」

分かっていても止められない。

それがΔ。

自覚があっても、暴れる。

アルトは呼吸を整え、視線を上げた。

「……条件を変える」

セイルが頷く。

「提案して」

アルトは頭を押さえながら言った。

「敵が“最適化してる瞬間”だけを狙う」

「つまり」

「敵が“正しい判断を確信した瞬間”」

「その時に崩す」

ユウが小さく言った。

「正しさ依存が強いほど脆い、ってやつか」

アルトは頷いた。

「そう」

「……俺のΔは」

「正しさに乗ってるものを壊す」

シオンの胸が冷たくなる。

つまり、アルトのΔは――
“信念”にも刺さる。

正しいと信じる者ほど、崩れる。

それはGENESISにとって武器より危険。

思想の敵。

第二試行。

敵ドローンを一体、セイルが“最適化モード”に入れる。

照準が収束する。

赤い点がシオンの額に乗る。

シオンの背筋が凍る。

これが当たれば死ぬ。

セイルは冷静に言う。

「撃つ直前」

「今が最適化のピーク」

アルトは息を吸い、宣言した。

「……Δ:評価崩壊(ゼロ・ジャッジ)」

次の瞬間。

ドローンの照準が崩れた。

赤い点が消える。

撃てない。

撃つ判断が成立しない。

シオンの喉が震える。

助かった。

だが――

今度は味方端末が、落ちなかった。

セイルの端末は生きている。

アルトの息が止まる。

「……いけた?」

セイルが頷く。

「成功」

ノクスが笑う。

「やるじゃねえか」

アルトは膝をついた。

嬉しさじゃない。

代償が来る。

判断力が落ちる。

世界が、遠のく。

アルトは苦しそうに言った。

「……でもこれ」

「条件が難しすぎる」

「敵が最適化してる瞬間しか崩せないなら」

「俺は……」

「戦闘中、ずっと見てないといけない」

セイルが静かに言う。

「そう」

「あなたは戦うんじゃない」

「“崩すべき瞬間”を拾う役だ」

その言葉に、ユウが小さく笑った。

「結局、拾うんだな」

アルトも苦く笑う。

「……皮肉だな」

拾うのはユウの役割。
でもアルトも、崩す瞬間を拾わなければならない。

シオンは思った。

三人は違うのに、似ている。

どれも“意思”じゃない。

状況が裂けて、世界が差分を生むだけ。

第三試行。

敵ドローン二体。

一体は最適化。
もう一体はランダム射撃。

狙うべきは最適化だけ。

アルトは息を吸う。

判断を研ぎ澄ます。

だがその瞬間、視界が揺れた。

頭の中にノイズが走る。

“回収優先度SSS”。

管理が本気で回収に来る予兆。

セイルの端末に赤い警告が点滅した。

「……来る」

ユウが顔を上げる。

「何が」

セイルが言う。

「管理があなたを“回収”に切り替えた」

アルトが笑う。

「……やっぱりな」

笑っているのに、目が死んでいる。

アルトは理解していた。

彼がΔを使えば、管理は本気になる。

回収優先度SSS。

最優先。

爆弾より危険。

思想より危険。

アルトは息を吸い、宣言した。

「……Δ:評価崩壊(ゼロ・ジャッジ)」

最適化ドローンが止まる。

だが、同時に――

ランダム射撃のドローンが暴れた。

撃てない、ではない。

撃つ意味が崩れ、
撃つ理由がなくなり、
結果、ただ“弾が出る”。

弾は、意味を失ったまま飛ぶ。

それは最も危険だった。

弾はシオンの脇を通り、壁に当たる。

跳弾。

レムへ向かう。

シオンの血が凍る。

「レム――!」

その瞬間、シオンが宣言した。

「……Δ:希望収束(セイヴ・ライン)!」

跳弾が逸れる。

しかし代償が来る。

天井の鉄骨が抜ける。

ユウの頭上だ。

ユウが舌打ちし、宣言した。

「……Δ:拾遺干渉(リクレイム)」

落ちてくる鉄骨を受け止める“支柱”が拾われる。

助かった。

だが全員の呼吸が荒くなった。

連鎖。

Δを使うほど、
帳尻が増える。

救うほど、救えない未来が確定する。

拾うほど、別の場所が壊れる。

崩すほど、世界が管理に回収される。

アルトが呻く。

「……これが俺のΔかよ」

ノクスが笑う。

「最悪だな」

セイルが淡々と告げた。

「だからあなたは一番危険」

「敵だけを崩せる条件は見えた」

「だが同時に」

「味方が巻き込まれる形も確定した」

アルトはうつむいた。

シオンが小さく言う。

「……アルト」

アルトは首を振る。

「謝るな」

「これは……」

「俺が持った歪みだ」

「俺の責任だ」

その言葉が、シオンの胸を削る。

責任じゃない。

事故。

でも、事故でも責任は残る。

それがこの世界だった。

セイルが最後に告げる。

「検証結果」

「アルトのΔは」

「敵の最適化・確信・正しさのピークに刺さる」

「その瞬間だけなら、味方を巻き込みにくい」

ユウが吐き捨てるように言った。

「……タイミングゲーかよ」

セイルは頷く。

「そう」

「あなたたちは強くなれない」

「だから」

「条件を拾うしかない」

シオンは静かに息を吸った。

仕様書は揃ってきた。

ユウ:拾える未来の範囲
シオン:救える未来の幅
アルト:崩すべき瞬間

だが同時に確定した。

Δは便利じゃない。

使うほど世界が壊れる。

救うほど罪が残る。

拾うほど代償が増える。

崩すほど回収される。

――そして。

セイルの端末に、赤い通知が出た。

《回収命令:発令》
《対象:Δ適合個体》
《優先度:SSS》

セイルが静かに言った。

「もう検証の時間はない」

「ここからは実戦だ」

ユウが目を細めた。

「敵Δが来る」

シオンが唇を噛む。

「……来るね」

アルトは笑った。

「来るさ」

「俺たちの歪みを回収するために」
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