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第七章 選択肢が戦場になる
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RUINS RAIDの仮拠点は、以前よりも深い場所へ移されていた。
地上からは分からない。地下鉄網と連結した旧防災区画。かつては市民を守るために造られ、今は生き延びたい者だけが使う場所だ。
ユウとユウトが到着した時、すでに空気は張りつめていた。
「……来たわね」
入口で待っていたミオが、短く言う。
その表情には、いつもの軽口がない。
「全員いる?」
「主要メンバーは。見張りを含めて三十二」
ユウは、わずかに眉を動かした。
「増えたな」
「寄ってきたのよ」
ミオは肩をすくめる。
「GENESISの動き、もう噂になってる。“変数が動き始めた”って」
「……大げさだ」
「そうでもないわ」
拠点の中へ進むと、視線が一斉に集まった。
敵意ではない。だが、期待とも違う。評価と不安が混じった、生々しい視線だ。
「ユウ……」
誰かが、名前を呼んだ。
それだけで、空気が変わる。
ユウトは、その変化を肌で感じていた。
(……俺たち、もう隠れられない)
会議用に使われている区画に入ると、即席の円卓があった。
集まっているのは、斥候、技師、回収屋、元兵士。役割は違えど、共通点は一つ——生き延びてきたこと。
「状況を共有する」
ユウは立ったまま、簡潔に切り出した。
「GENESISは俺を“対処対象”に指定した。監視網が再構築されてる。ここも安全じゃない」
ざわめきが走る。
「対処対象って……」
「つまり、狩られるってこと?」
「落ち着いて」
ミオが手を上げ、場を制する。
「続けて」
ユウは頷いた。
「GENESISだけじゃない。TOXIC MIRAGEも動いてる。NIGHT RECLAIMERSも、この辺りを嗅ぎ回ってるはずだ」
「……全部敵?」
誰かが問う。
「今はな」
ユウは、言葉を選ばなかった。
「だが、問題はそこじゃない。俺たちがどう動くかだ」
沈黙。
その沈黙の中で、ユウトは一歩下がった位置から皆を見ていた。
それぞれが、同じ問いを抱えている。
——ついていくべきか。
——離れるべきか。
「選択肢は三つある」
ユウが、指を一本ずつ立てる。
「一つ。ここを捨てて、散る。個々で生き延びる」
何人かが、目を伏せた。
現実的だが、希望はない。
「二つ。GENESISに従属する。保護区域に入る代わりに、選別を受ける」
今度は、露骨な拒否反応が出た。
「ふざけるな」
「それは生存じゃない」
「管理だ」
「三つ目は?」
ミオが問う。
ユウは、一拍置いた。
「……俺たちで、動く」
空気が固まる。
「GENESISの外で、“未来を拾う”側に回る。回収も、保護も、判断も、全部自分たちでやる」
「それって……」
元兵士の一人が、低く言った。
「GENESISに喧嘩売るってことか」
「結果的にはな」
ユウは否定しない。
「危険だ。死ぬ確率も上がる。だが——」
言葉を切り、全員を見る。
「選ばれない代わりに、選べる」
その言葉は、静かだった。
だが、深く刺さった。
沈黙が続く。
誰も、すぐには答えを出せない。
ユウトは、その輪の外で、拳を握った。
自分は、まだ“選ばれる側”だ。ここで声を出す資格があるのか分からない。
だが——
「……俺は、三つ目がいい」
その声は、思ったよりもはっきり響いた。
全員の視線が、ユウトに集まる。
「ユウト……」
ミオが名を呼ぶ。
「俺は、拾われなかった。でも、ここにいる」
ユウトは、言葉を探しながら続けた。
「だから、他の“拾われなかった未来”を、見捨てたくない」
一瞬、場が静まり返る。
ユウは、何も言わなかった。
その代わり、わずかに口元を緩めた。
やがて、誰かが息を吐く。
「……面倒な道だな」
「でも、嫌いじゃない」
「選べるなら……選びたい」
少しずつ、声が重なっていく。
ミオは腕を組み、最後に言った。
「決まりね」
視線をユウに向ける。
「指揮、取れる?」
それは、逃げ場のない問いだった。
ユウは、一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。
「ああ」
その声に、迷いはなかった。
「俺がやる」
この瞬間、RUINS RAIDはただの生存集団ではなくなった。
“選択する集団”へと変わった。
そして、その中心に立ったのは——
もう、拾われるだけの存在ではないユウだった。
動き出すと決めた以上、時間は味方にならない。
会議が終わると同時に、RUINS RAIDは分散して準備に入った。武器の点検、装備の再配分、通信経路の更新。誰もが黙々と手を動かす。その背中には、期待と不安が同居していた。
ユウは、拠点中央の簡易マップの前に立っていた。
地形、監視網、既知の勢力圏。それらを重ね合わせる。
「最初の動きが肝心ね」
ミオが横に並ぶ。
「派手にやれば、GENESISだけじゃなく、全部が寄ってくる」
「分かってる」
ユウは頷いた。
「だから、小さく拾う」
「拾う?」
「人だ」
ミオは、わずかに目を細めた。
「避難民?」
「正確には、“放置されてる集団”だ。保護対象からも、回収対象からも外れてる」
「……危険よ」
「だからこそだ」
ユウは地図の一角を指した。
旧物流区画。TOXIC MIRAGEの霧域と、NIGHT RECLAIMERSの行動圏が重なる、最悪の場所。
「ここに、十数人。子どももいる」
ミオは息を呑んだ。
「そこは……」
「知ってる」
ユウは言葉を切る。
「だが、今助けなきゃ、どこにも拾われない」
短い沈黙。
「行くわね」
ミオが言った。
「行く」
ユウトも即答した。
ユウは二人を見る。
「戦闘は避ける。目的は回収じゃない、撤退だ」
「分かってる」
「分かってるよ」
だが、現実は計画通りには進まない。
旧物流区画は、予想以上に荒れていた。
霧が濃い。視界は数メートル先まで。防毒マスク越しでも、喉が焼けるようだった。
「……動いた跡がある」
斥候が、低く報告する。
「NIGHTだな」
ユウは判断する。
「急ぐ」
避難民の一団は、崩れた倉庫に身を寄せていた。
怯えた目。空腹。疲労。誰も、助けを期待していない顔だった。
「……来た」
誰かが呟く。
「静かに。今から出る」
ユウが声をかけた、その瞬間だった。
霧の向こうで、乾いた音が鳴る。
銃声。
「伏せろ!」
夜の中から、人影が現れる。
黒装束。静かな足取り。NIGHT RECLAIMERS。
「……遅かったか」
ユウは歯を食いしばった。
「接触した以上、引けないわ」
ミオが叫ぶ。
「撤退優先だ!」
ユウは即座に指示を出す。
「ユウト、避難民を連れて後退!」
「了解!」
銃声が交錯する。
夜盗たちは狙いが正確だ。殺しではない。削る動き。
「ユウ!」
背後で、悲鳴が上がる。
振り返った瞬間、ユウは理解した。
一人、倒れている。
RUINS RAIDの若い回収屋だ。腹部を撃たれている。
「……くそっ」
選択肢が、瞬時に迫る。
救助か。
撤退か。
ユウは、ほんの一秒、迷った。
その一秒が、命を分ける。
「撤退を続行!」
声が、思ったよりも硬く響いた。
「……了解」
仲間が倒れている。その横を、他の者たちが走り抜ける。
誰も振り返らない。振り返れない。
ユウトは、歯を食いしばりながら、避難民を押し出していた。
「急げ! 走れ!」
最後尾に、ユウが残る。
敵を牽制し、距離を稼ぐ。
やがて、霧を抜けた。
安全圏に辿り着いた時、夜はまだ深かった。
避難民は、全員無事だった。
だが——
「……死んだ」
ミオの声は、低かった。
「出血が多すぎた」
誰も、言葉を発しなかった。
ユウは、その場に立ち尽くしていた。
自分の判断が、何を切り捨てたのか、理解していた。
「俺が……」
言いかけて、言葉を止める。
謝罪は、軽すぎる。
ユウトが、そっと近づいた。
「……正しかったのか?」
その問いは、責めではなかった。確認だった。
ユウは、しばらく黙ってから答えた。
「分からない」
正直な言葉だった。
「でも……」
拳を握る。
「選んだ。だから、背負う」
夜明け前の空は、まだ暗い。
だが、確かに人は救われた。
同時に、確かに命も失われた。
それが、選択の重さだった。
ミオが、静かに言う。
「指揮官ってのは……こういうことよ」
ユウは、頷いた。
英雄にはならない。
だが、逃げない。
その決意だけが、彼を立たせていた。
第七章は、ここで終わる。
RUINS RAIDは初めて知った。
選ぶということは、必ず何かを失うということだと。
そしてユウは、その重さを抱えたまま、次の戦場へ進む。
地上からは分からない。地下鉄網と連結した旧防災区画。かつては市民を守るために造られ、今は生き延びたい者だけが使う場所だ。
ユウとユウトが到着した時、すでに空気は張りつめていた。
「……来たわね」
入口で待っていたミオが、短く言う。
その表情には、いつもの軽口がない。
「全員いる?」
「主要メンバーは。見張りを含めて三十二」
ユウは、わずかに眉を動かした。
「増えたな」
「寄ってきたのよ」
ミオは肩をすくめる。
「GENESISの動き、もう噂になってる。“変数が動き始めた”って」
「……大げさだ」
「そうでもないわ」
拠点の中へ進むと、視線が一斉に集まった。
敵意ではない。だが、期待とも違う。評価と不安が混じった、生々しい視線だ。
「ユウ……」
誰かが、名前を呼んだ。
それだけで、空気が変わる。
ユウトは、その変化を肌で感じていた。
(……俺たち、もう隠れられない)
会議用に使われている区画に入ると、即席の円卓があった。
集まっているのは、斥候、技師、回収屋、元兵士。役割は違えど、共通点は一つ——生き延びてきたこと。
「状況を共有する」
ユウは立ったまま、簡潔に切り出した。
「GENESISは俺を“対処対象”に指定した。監視網が再構築されてる。ここも安全じゃない」
ざわめきが走る。
「対処対象って……」
「つまり、狩られるってこと?」
「落ち着いて」
ミオが手を上げ、場を制する。
「続けて」
ユウは頷いた。
「GENESISだけじゃない。TOXIC MIRAGEも動いてる。NIGHT RECLAIMERSも、この辺りを嗅ぎ回ってるはずだ」
「……全部敵?」
誰かが問う。
「今はな」
ユウは、言葉を選ばなかった。
「だが、問題はそこじゃない。俺たちがどう動くかだ」
沈黙。
その沈黙の中で、ユウトは一歩下がった位置から皆を見ていた。
それぞれが、同じ問いを抱えている。
——ついていくべきか。
——離れるべきか。
「選択肢は三つある」
ユウが、指を一本ずつ立てる。
「一つ。ここを捨てて、散る。個々で生き延びる」
何人かが、目を伏せた。
現実的だが、希望はない。
「二つ。GENESISに従属する。保護区域に入る代わりに、選別を受ける」
今度は、露骨な拒否反応が出た。
「ふざけるな」
「それは生存じゃない」
「管理だ」
「三つ目は?」
ミオが問う。
ユウは、一拍置いた。
「……俺たちで、動く」
空気が固まる。
「GENESISの外で、“未来を拾う”側に回る。回収も、保護も、判断も、全部自分たちでやる」
「それって……」
元兵士の一人が、低く言った。
「GENESISに喧嘩売るってことか」
「結果的にはな」
ユウは否定しない。
「危険だ。死ぬ確率も上がる。だが——」
言葉を切り、全員を見る。
「選ばれない代わりに、選べる」
その言葉は、静かだった。
だが、深く刺さった。
沈黙が続く。
誰も、すぐには答えを出せない。
ユウトは、その輪の外で、拳を握った。
自分は、まだ“選ばれる側”だ。ここで声を出す資格があるのか分からない。
だが——
「……俺は、三つ目がいい」
その声は、思ったよりもはっきり響いた。
全員の視線が、ユウトに集まる。
「ユウト……」
ミオが名を呼ぶ。
「俺は、拾われなかった。でも、ここにいる」
ユウトは、言葉を探しながら続けた。
「だから、他の“拾われなかった未来”を、見捨てたくない」
一瞬、場が静まり返る。
ユウは、何も言わなかった。
その代わり、わずかに口元を緩めた。
やがて、誰かが息を吐く。
「……面倒な道だな」
「でも、嫌いじゃない」
「選べるなら……選びたい」
少しずつ、声が重なっていく。
ミオは腕を組み、最後に言った。
「決まりね」
視線をユウに向ける。
「指揮、取れる?」
それは、逃げ場のない問いだった。
ユウは、一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。
「ああ」
その声に、迷いはなかった。
「俺がやる」
この瞬間、RUINS RAIDはただの生存集団ではなくなった。
“選択する集団”へと変わった。
そして、その中心に立ったのは——
もう、拾われるだけの存在ではないユウだった。
動き出すと決めた以上、時間は味方にならない。
会議が終わると同時に、RUINS RAIDは分散して準備に入った。武器の点検、装備の再配分、通信経路の更新。誰もが黙々と手を動かす。その背中には、期待と不安が同居していた。
ユウは、拠点中央の簡易マップの前に立っていた。
地形、監視網、既知の勢力圏。それらを重ね合わせる。
「最初の動きが肝心ね」
ミオが横に並ぶ。
「派手にやれば、GENESISだけじゃなく、全部が寄ってくる」
「分かってる」
ユウは頷いた。
「だから、小さく拾う」
「拾う?」
「人だ」
ミオは、わずかに目を細めた。
「避難民?」
「正確には、“放置されてる集団”だ。保護対象からも、回収対象からも外れてる」
「……危険よ」
「だからこそだ」
ユウは地図の一角を指した。
旧物流区画。TOXIC MIRAGEの霧域と、NIGHT RECLAIMERSの行動圏が重なる、最悪の場所。
「ここに、十数人。子どももいる」
ミオは息を呑んだ。
「そこは……」
「知ってる」
ユウは言葉を切る。
「だが、今助けなきゃ、どこにも拾われない」
短い沈黙。
「行くわね」
ミオが言った。
「行く」
ユウトも即答した。
ユウは二人を見る。
「戦闘は避ける。目的は回収じゃない、撤退だ」
「分かってる」
「分かってるよ」
だが、現実は計画通りには進まない。
旧物流区画は、予想以上に荒れていた。
霧が濃い。視界は数メートル先まで。防毒マスク越しでも、喉が焼けるようだった。
「……動いた跡がある」
斥候が、低く報告する。
「NIGHTだな」
ユウは判断する。
「急ぐ」
避難民の一団は、崩れた倉庫に身を寄せていた。
怯えた目。空腹。疲労。誰も、助けを期待していない顔だった。
「……来た」
誰かが呟く。
「静かに。今から出る」
ユウが声をかけた、その瞬間だった。
霧の向こうで、乾いた音が鳴る。
銃声。
「伏せろ!」
夜の中から、人影が現れる。
黒装束。静かな足取り。NIGHT RECLAIMERS。
「……遅かったか」
ユウは歯を食いしばった。
「接触した以上、引けないわ」
ミオが叫ぶ。
「撤退優先だ!」
ユウは即座に指示を出す。
「ユウト、避難民を連れて後退!」
「了解!」
銃声が交錯する。
夜盗たちは狙いが正確だ。殺しではない。削る動き。
「ユウ!」
背後で、悲鳴が上がる。
振り返った瞬間、ユウは理解した。
一人、倒れている。
RUINS RAIDの若い回収屋だ。腹部を撃たれている。
「……くそっ」
選択肢が、瞬時に迫る。
救助か。
撤退か。
ユウは、ほんの一秒、迷った。
その一秒が、命を分ける。
「撤退を続行!」
声が、思ったよりも硬く響いた。
「……了解」
仲間が倒れている。その横を、他の者たちが走り抜ける。
誰も振り返らない。振り返れない。
ユウトは、歯を食いしばりながら、避難民を押し出していた。
「急げ! 走れ!」
最後尾に、ユウが残る。
敵を牽制し、距離を稼ぐ。
やがて、霧を抜けた。
安全圏に辿り着いた時、夜はまだ深かった。
避難民は、全員無事だった。
だが——
「……死んだ」
ミオの声は、低かった。
「出血が多すぎた」
誰も、言葉を発しなかった。
ユウは、その場に立ち尽くしていた。
自分の判断が、何を切り捨てたのか、理解していた。
「俺が……」
言いかけて、言葉を止める。
謝罪は、軽すぎる。
ユウトが、そっと近づいた。
「……正しかったのか?」
その問いは、責めではなかった。確認だった。
ユウは、しばらく黙ってから答えた。
「分からない」
正直な言葉だった。
「でも……」
拳を握る。
「選んだ。だから、背負う」
夜明け前の空は、まだ暗い。
だが、確かに人は救われた。
同時に、確かに命も失われた。
それが、選択の重さだった。
ミオが、静かに言う。
「指揮官ってのは……こういうことよ」
ユウは、頷いた。
英雄にはならない。
だが、逃げない。
その決意だけが、彼を立たせていた。
第七章は、ここで終わる。
RUINS RAIDは初めて知った。
選ぶということは、必ず何かを失うということだと。
そしてユウは、その重さを抱えたまま、次の戦場へ進む。
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