四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第参幕 霊具

第十五話

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「私に構わず、霰を連れて下山してください」
目を覚ましたささめさんの一言がこれだった。
あの蛇と戦うために力を貸すというわたし達の話を聞き、ささめさんはどこか困ったように笑った。
そしてささめさんを守ると意気込むあられの頭を優しくなでた後、先程の言葉をくれた。
「何言ってるのよ兄様!兄様を置いて下山なんてできないよ!」
「そうですよ。ささめさん、怪我してるのに…」
「いいのです。彼の狙いは私ですから」
「え?」
「皆さん、どうか霰が巻き込まれないように守ってあげてください」
「ちょ、ちょっと待ってよ、兄様」
わたしにもあられにも意味が分からなくて、思わず聞き返してしまう。
ううん、わからないんじゃない。
わかりたくないだけだわ。
蛇に狙われていたのは二人じゃなくて、ささめさんだけ。
それに気づいたささめさんが、あられを逃がそうとしている。
きっと囮になるつもりなんだわ。
怪我をしているから足手まといになる、そんな風に考えているのかも。
「アタシやだよ!兄様と一緒にいる!」
「霰、お前は私と一緒にいてはいけないんだ」
「やだやだ!絶対に嫌!」
困ったように笑うささめさんにあられは抱きつく。
絶対に離れないと腕に力を込めている。
「ささめさん、諦めないでください。あられもささめさんも、わたし達が守りますから」
「そういう話では…」
「見ぃつけた」
よしよしとあられの頭を撫でるささめさんの声は、わたしの背後――洞窟の入り口から現れた人物によって遮られてしまった。
はっとして振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
白銀の髪を首元で一本に結い、血のように紅い舌がぺろりと唇と舐めた。
目も普通の人とは違って白目の部分が黒くなった、氷のように冷たい青。
人間の姿をとってはいるが、ところどころに鱗のようなものが見える。
姥妙ばみょう…」
「細ぇ、ちゃんと霰ちゃんに教えないとダメじゃないか」
これ、と言って姥妙と呼ばれた青年が足元を指差す。
そこにはわたし達の足跡がくっきりと残されていた。
しまった、雪の上に足跡を残すなんて、敵を招待しているようなものだわ。
全然気が付かなかったよ。
「その子達、知り合い?」
「お前との騒ぎを聞きつけてきたようだよ」
「んじゃ、俺様の失態か」
まいったなー、と言いながら姥妙は頭をボリボリと掻く。
ささめさんは自分に抱き着きながら姥妙を睨みつけているあられを優しく離し、ゆっくりと立ち上がった。
「外、出ようか」
「ん」
ささめさんは姥妙を促し外へと出る。
そのやり取りは敵というよりも友達といるかのよう。
二人の間に緊張はないし、嫌な空気も流れていない。
わたし達も二人の後を追って外へ出た。
一定の距離を保って歩いていた二人は、その距離を保ったまま立ち止まる。
振り返ったささめさんはとっても優しそうな、それでいてどこか悲しそうな笑顔を浮かべていた。
「ではみなさん、霰を連れて…」
「絶対に嫌!」
「霰、いう事を聞きなさい」
「いやよ!絶対に絶対に嫌!」
涙を浮かべたままあられは姥妙を睨んだ。
「アンタなんかに…」
ひゅるりと、あられの周りで風が吹いた。
積もっていた雪を巻き込み、小さな吹雪の様になる。
「アンタなんかに絶対に兄様を殺させたりするもんですか!」
あられが叫ぶと同時に、あられを中心に風が吹き荒れ、舞い上がる雪がわたし達の視界を遮る。
きゃあ、と小さく叫んでしまったわたしとは違い、迦楼羅丸様は「さすが雪ん子だな」と感心している。
竜巻が雪を巻き込んだ雪竜巻とでも呼ぶべき代物が姥妙へと襲い掛かる。
やれやれとため息をついて姥妙が大きく後ろへと下がった。
雪竜巻は姥妙を追うようにそのまま前進していく。
「これでも…くらえぇぇぇ!」
あられが右手を上にあげる。
すると何もなかったはずの空中に、大きな氷の塊が現れた。
わたしの身長よりも大きいかもしれない。
そのまま手を姥妙に向かって振り下ろすと、氷の塊は勢いよく飛んで行った。
姥妙の視界を遮っていた雪竜巻に突っ込んで霧散させ、そのまま姥妙に襲い掛かる。
「ヒュー。やるねぇ」
口笛を吹き余裕綽々の表情の姥妙は、あっという間に氷の塊の下敷きになる。
「兄様!…行くわよ冬」
「う、うん」
ささめさんの手を引いて走り出すあられの後を追う。
氷の塊は確かに勢いよく飛んで行った。
でもあんなに余裕そうな顔をした姥妙が避けられなかったなんて信じられない。
あれはきっと、わざと避けなかったんだわ。
でも、なんで?
雪の上はとっても走りにくくて、わたしは途中から宿祢に抱えられて飛んでいた。
さすが雪ん子とでも言うべきなのか、あられもささめさんも平坦な道を走っているかのよう。
「霰…。気持ちは嬉しいけれど…」
「アタシは絶対に兄様から離れないから!」
主張を変えないあられに、ささめさんはただ困ったように笑う事しかできないみたい。
自分で走っていないおかげで余裕の出たわたしはささめさんに尋ねる。
「ささめさん、姥妙とかいうあの人とは知り合いなんですか?」
「ええ、まぁ…」
「人の姿をしてましたけど、あの人、さっきまで二人を襲っていた氷鱗とかいう蛇ですよね?姥妙はどうしてささめさんを狙っているんですか?」
「それは…」
わたしの質問にささめさんは言葉を濁す。
あられは『雪ん子を食べる為に襲ってきたんだろう』って言っていたけど、どうも様子がおかしい。
あられは姥妙の事を知らないみたいだったけれど、姥妙はあられの事を知っていた。
ささめさんの事だってよく知っているかのような口ぶりだった。
「ささめさん、一体何を隠して…」
シャアアアア!
大きな声が聞こえたと思ったら、前方が突然爆発した。
足を止めて振り返れば、そこにはあの大きな蛇。
「どうやら、追い詰められたようでござるな」
爆発した方には大きな氷の壁が出来ていた。
尖った氷が、まるでわたし達を威嚇しているかのように見える。
『前門の蛇、後門の氷壁。とでも言ったところかしら』
「お姉さん、今そんな事言ってる場合じゃ…」
『この氷を何とかしない限り、逃げ道は白蛇の向こう側しかないわよ』
「氷なら迦楼羅丸様の炎で…て、あれ?」
迦楼羅丸様の炎で溶かしてもらおうかと思ったのに、肝心の迦楼羅丸様がいない。
洞窟を出たあたりまでは確かに一緒にいたのに…。
まさかはぐれた、なんて言わないよね?
わたしならともかく迦楼羅丸様がそんなヘマをするとは思えない。
『迦楼羅なら「俺は高みの見物でもする」とか言ってどこかに行っちゃったわよ』
「え!?そんなぁ…」
今回は手を貸さないって、そういう意味だったんだぁ。
せめて、ヒントくらいもらえたら…。
わたしを降ろし、宿祢は錫杖を構えた。
あられもささめさんを庇うように立ちはだかる。
いくら霊力を多少操れるようになったとはいえ、戦うだけの力はまだない。
わたしがやるべき事は、どうやってこの場から逃げるのか全力で考える事。
怪我をしているささめさんに負担がかからないようにするには、どうしたら…。
シャアアア!
「はっ」
吐き出された氷の塊を宿祢が錫杖で砕く。
「こんのぉ…!」
あられが再び雪竜巻を起こした。
けれどもそれは姥妙の吐き出した氷の塊で相殺される。
「鬼火」
宿祢が火の玉を出現させ、姥妙に向けて放つ。
けれども手のひらに収まりそうな火の玉一つじゃ何の効果もない。
迦楼羅丸様が出す炎よりも温度も低そう。
元々宿祢は妖術が使えなかったし、火属性とも相性が悪そうだから仕方ないのかも。
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