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第4章 噂の一人歩きは本当にやめて欲しいのです

その2

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荷台に揺られて4日目。
私達はロクシャスという学術都市にやってきた。
途中で立ち寄ったミネという村には異常はなく、ロクシャスも一見平和そう。
学術都市というだけあって学生服のような物を着た人達が沢山いる。
あ、大きな時計塔もある。
「賑やかな街ですね」
「うむ…」
少しはしゃいでしまった私とは対照的に、ゼロさんは眉を寄せている。
「どうしたんですか?」
「活気と魔力不足でうまく探知できんのじゃが、増幅の火種アブド・リヴラドの気配がしておる」
「え?それじゃあ、街のどこかにルナさんが居るって事ですか?」
「いや、ルナとはまた違う気配じゃ」
「蕾、ですか?」
「気配の小ささからして、おそらくは」
隊は今回もプルメルと同じように騎士団詰所に向かうだろうし、そこでいい情報が得られればいいけど…。

「ええ!?そんなはずはありません!」
つい言ってしまった私に、オルレンシアさんは眉を寄せた。
ロクシャスの駐在さんの話によれば、この街にはまったく異常がないとの事。
それどころか今までにないくらい活気で溢れているのだとか。
「何故そう思いますの?」
「だって…」
そこまで言って言葉に詰まる。
さすがにゼロさんが探知した、なんていえない。
「な、なんとなくです」
「……」
「…すみません」
すぅっ、と細くなった目に、私は謝ることしかできなかった。
村と違い街の規模も住人も多い為、騎士団は2日程滞在する事になった。
一週間くらい居てもいいと思うのだけれど、現在被害の報告はなく、他の町や村で不審物の報告がある以上、長くは留まれないのだとか。
そうだよね、たまたま通り道だったから補給も兼ねて立ち寄った訳だし。
巡回の邪魔をしちゃ悪いので、私はゼロさんと2人で観光という名目でアブド・リヴラドを探す事にした。
「フォローできんで、すまなんだ」
「いえ、なんで探知できるのか説明する方が面倒ですから。それに、ゼロさんと騎士団が戦うのも嫌だし」
「ヤヤコくん…」
なぜかはわからないけれど、私にはどうしてもゼロさんが悪い人には思えない。
親切にしてくれたから?
気遣ってくれたから?
一目惚れした訳でもないのに、なぜか信じていい、そんな気がしている。
頼りにしても、この人はきっと裏切ったりしない。
なぜかそんな確信があった。
理由は私にもわからない。
何度も助けてくれたからなのかもしれない。
もし罠なら、私は完全に引っかかってしまったみたい。
騎士の皆さんに囲まれていると緊張しっぱなしだけど、ゼロさんと2人ならそんな事もない。
対等…かどうかはわからないけれど、うん、居心地はいいかな。
一緒にいてなんだか楽しいから。
うん、理由はこれでいいかも。
「しっかし、小難しい本ばかりじゃな。リデルが見たらヨダレ垂れ流しじゃろうなぁ」
「どれどれ…。天文学からみるパロム系数。リュクンセスとクバ…クベバリャンス」
「クヴェラバンス」
「ふぇ…舌噛みそう」
ついでにいえば、何のことかもサッパリ。
「ゼロさん」
「先に言うが、何の事かはサッパリじゃぞ」
「じゃあいいです」
学術都市というだけあって本屋や文具、研究器具や実験素材なんかのお店が多い。
研究には何かとお金がかかるのはこの世界も同じようで、カフェなんかは値段がかなりお安い。
ワンコインランチ、なんてのもある。
この世界もワンコインなのね。
一通り街中を歩き回ったけれども、気配を強く感じる場所はないらしい。
「不思議じゃ。増幅の火種アブド・リヴラドがあれば、大抵何かしらの不調が現れるのじゃが…」
「例えばどんなですか?」
「急に怒りっぽくなったとか、脅迫観念にかられたりとか、病気になったりとか。まあ、笑顔ではいられなくなるな」
「みんな楽しそうですね」
「うむ」
カフェでランチをする人々はみんな笑顔。
試験で赤点取った、なんて声も聞こえたりするけど、学生ならそれくらいはあるだろうし…。
私も歴史でヤバイ点数取ったことあったなぁ。
「夜になると活動し始める奴もおるからな。一晩様子を見てみよう」
「わかりました」
ゴーン、と時計塔の鐘が鳴る。
幸いな事にこの世界も24時間方式で、私は今のところ時間感覚が狂うことはなかった。
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