家畜少女と盲愛魔王

襟川竜

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HISTOIRE.14

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 しょんぼりとしたアンリエッタが戻ってきたのは、丁度ケインの名が呼ばれた時だった。言うまでもないが、麗しの吸血公爵様は一緒ではない。
「今年の最後、やっぱりケインなんだね…」
「そのようだな」
「ラストということは、一番制御が難しい対象なんでしょうね」
「…ごめんね、二人とも。気を使わせちゃって…」
「いや…」
「別に…」
 なんとも微妙な空気が流れる。わたしもルーカスも場を盛り上げるようなタイプではない。どちらかというと二人とも口数の少ないほうだ。お互いに気を使いあうというのは、なんといえばいいか…。さすがにコルトンも居心地が悪そうだ。
「アンリ、おかえり!…ところで、モンランシー様は?」
「彼は吸血鬼ですので…。暗いところで休むそうです」
「そーなんだ」
 この魔王に空気を読めというほうが間違っていることぐらいはわかる。読めるわけがないのは今までの行動でさんざん理解した。けれど、あえて言いたい。空気を読め、と。
「ケインのことだから召喚対象は元竜王のサンセールだと思います」
「サンセール様!私が生まれたときには既に引退していたけれど、伝説級の竜王様だね!」
「ええ。ケインはサンセール様の武勇伝が綴られた伝記が幼少時期からの愛読書ですから」
「わー、すごーい」
 わくわくと目を輝かせながらデュグディドゥさんは会場へと視線を戻す。興味の対象が自分からケインへと移った事にアンリエッタはほっと胸をなでおろした。コルトンと簡易的なあいさつを交わすと席へと着いた。

「よしっ」
 ケインは二度ほど自身の頬を叩く。おそらくは気合でも入れているのだろう。ということは、いよいよ召喚だ。
 何度も言うが、召喚だけならばできる。今年の試験で大事なのは人間界に繋ぎ留めておくための魔力、召喚対象を従わせられるだけの実力だ。
 率直に言ってケインの魔力量でサンセールを使い魔にするのは不可能だ。圧倒的に魔力が足りない。
「おいでませ、偉大なる御方。我は汝の武勇に心打たれた者。我は汝との邂逅を望む者。きたるは雷鳴、生々流転せいせいるてんしるべたれば。雲海の覇者、時すら超ゆる白金たれば。司るは時空、聖域の守護神たれば。我が声届いたならば我に邂逅の許しを」
 魔方陣の上、空間に亀裂が入り白色の稲妻が現れ始めた。
「汝の名を呼ぶ許しを」
 稲妻が激しさを増す。
「我が名はケイン・ロワール。元竜王サンセールとの邂逅を望む者である!」
 目も開けられぬほどの閃光、耳をつんざく轟音。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ワシを名指しとは、元気なワッパじゃてなぁ」
 魔力も体長も人間界に合わせているとはいえ、なかなかどうして威厳漂う竜がいた。全身は白金プラチナのように白く輝き、太く逞しい手足に巨大な翼。後ろへと向かって伸びる角はかけたりヒビが入っている。片目が潰れているものの、それは歴戦を生き抜いた猛者に相応しき傷跡だ。
 感動でもしたのか、ケインの瞳から涙が零れた。
「ワシのような年寄りではなく、現役の竜王だって呼ぶチャンスじゃったろうに。物好きよのぅ」
「あ、貴方……こほん。貴方様の人選…この場合は竜選でしょうか。それが間違っているとは思いませんし、ラ=ジョヴァンセル様もとても素敵な竜王様です。彼が指揮を執ったリドラカッツの戦い、その手腕には感服いたしました」
 最初こそ緊張で声が裏返ったものの、感動やら憧れやらのあふれ出す気持ちを押さえつけて、勤めて冷静に対応をし始める。普段は貴族らしくないケインだが、こういう対応を見ると貴族なんだなと思う。
「ほう…。もうあの戦の情報を掴んでおるとは…。ワッパ、物好きじゃな」
「ですが、失礼ながら申し上げますと、私にとっては貴方様こそが理想の竜なれば」
「『王』とは付けぬか」
「私は竜王を従えたい訳ではありません。貴方様と共に歩みたいのです」
「ふぅむ…。のうワッパよ。お前さん、魔力が足りておらんことは承知しておるな?」
「はい」
「分かっておってワシを呼んだのか?」
「失礼を承知でお呼び立ていたしました。この先も貴方様と共に進むことが望みですが、ここで終わったとて後悔はありません。貴方様にお会いできた。それだけで、悔いなく人生を終われます」
 そう言い切ったケインは、晴れ晴れとした笑顔だった。
「そうか…。ワッパよ、友人を思い浮かべよ」
「はい」
 そういうとサンセールは口から煙を吐き出した。煙は人の姿をとる。アンリエッタ、ルーカス、ついでにわたし。煙が真似たのはわたし達の姿。わたしはケインに友人認定をされているらしい。
 そんなわたし達に向かって猛獣が飛びかかってきた。サーベルのようにとがった牙を持つ巨大なネコ科の動物、サーベルタイガーだ。その姿を認めたケインは魔法具を発動させるよりも早く煙のわたし達を庇うように立ちふさがった。炎を纏わせた拳で思い切り殴るとサーベルタイガーは煙となって消える。
 余談だが、魔法具の発動タイミングが遅い。拳に纏わせる量にも左右でバラつきがあるし、形も不格好だ。もう少し鍛錬を積んだほうがいい。
「なるほどのぅ。お前さん、いわゆる熱血系じゃな。ワシも昔は後先考えない熱血系じゃった。懐かしいのぅ」
「ミルーチェの戦いの頃ですよね。確か、235歳頃の」
「ぬぅ…。お前さん、ワシのファン過ぎじゃろ…」
 目を輝かせるケインに対し、元竜王が若干引いた。これはこれで二度と見られない可能性の高い光景だ。
「熱血系は嫌いにはなれんのぅ…。じゃがのぅ…。ううーむ…」
 悩みに悩みぬいた末、サンセールは結論を出した。
「のう、試験官殿」
「はい」
「ワシはこのワッパが気に入った。ワシに会えるのならば命すら惜しくないなんぞ、中々の阿呆じゃ。加えて考えるより先に体が動くようじゃし、自分の欲に忠実で、なんとも鍛えがいのある子よ。じゃがの、ワシを従えるには魔力が足りん。本人も自覚しとるようじゃ」
 ちらりと視線を向けるサンセールの瞳を、ケインはまっすぐ見返している。
「試験の内容としては不合格じゃろう。じゃが、ワシが不合格にしたくない。ここは元ではあるが竜王のワシの顔に免じて、おまけの合格にしてはもらえんかのぅ」
「サンセール殿の頼みとあれば無下にはできません。ですが、使い魔がいないとなると流石におまけでも合格には…」
「もちろんじゃ。ワッパにはワシの孫の面倒を見てもらいたい。じゃじゃ馬娘で最近は皆手を焼いておってなぁ」
 その言葉にケインが頬を引きつらせた。死すら覚悟していたというのに、予想外の展開に…というよりは、サンセールのいう『孫』に何やら思うところがあるようだ。
「あ、あの…その、お孫さんってもしかして、末孫のロゼ様…ですか?」
「おお!さすがワシのファンじゃ。ロゼのこともちゃんと知っておったか。ならば話が早い」
「お、俺!不合格でいいです!貴方様のお手を煩わせるなんて…」
「なに、遠慮するでないわ」
 慌てて辞退するケインをよそに、サンセールはパチンと指を鳴らした。ピシャーンという稲妻と共に桃色の小柄な竜が召喚された。
「いってー!なんだぁここは!」
「これ、騒ぐでないわ」
「あん?クソジジィ、てめぇの仕業か!ざっけんじゃねーぞコラ!」
「ピーピー喚くでないわ」
 パチン
 ピシャーン
「ぎゃー!」
 もう一度打たれた時には、小柄な竜は人間態へと姿を変えていた。桃色の髪からぶすぶすと煙が出ている。
 ケインはというと、両者のやりとりを口をぽかんと開けて見ている事しかできないでいる。
「何度も何度も雷落としやがってぇ…!もう許さねーぞ!」
 がばりと起き上がると口を大きく開ける。奥に閃光が見えた。竜種得意のブレス攻撃だ。それをみてケインが両者の間に割って入った。おそらくはとっさにとった行動なのだろう。
「す、ストップ!ストーップ!」
「ああん?」
「ここ人間界!こんなとこでブレスなんて使ったら…」
「知るか!どけクソガキ!」
「どかないよ!こんなところでブレスなんて使わせない!君のブレスは魔界の山を一つ吹き飛ばせるんだ!人間界で使ったら大惨事だ!」
「あ?」
「それにブレスを暴発させて大きな湖だって作っただろ。あの威力の暴発はこの国一つ余裕で消せるんだ」
「え?」
「君が怒りに任せてブレスを打った2386回中1201回は暴発してる。50%の確率で暴発するんだから、そんなの止めるに決まっているじゃないか!」
「あの…」
「ブレスにしたってちゃんと魔力を練らずに撃ってはダメだってヴィーニャ=エスメラルダ様からも言われているだろ」
「ええ…」
「カイケン=エステート=マルベック様とケンカした時だって」
「ちょちょちょ、ちょっと待って、ストップ、ストーップ!」
 先ほどまでの威勢はどこへやら、桃竜少女は慌ててケインの話を遮った。目に若干の怯えの色が覗える。
「アンタなんでそんなこと知ってんの!?カイケン兄様とのケンカってついこの間の話なんだけど!?」
「そりゃサンセール様に関する話ならいくらでも」
「いやいや、それはがっつりアタシの話じゃん!」
「あのあとサンセール様まで届いて説教くらってたじゃないか」
「そこから辿る!?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ワシの見込んだ通りじゃ。ワッパよ、ロゼの事はやはりお前さんに任せよう」
「は?…え!?ま、待って!それってまさか…」
「試験官殿、このロゼを彼の使い魔に」
「わかりました」
「いや、俺はサンセール様以外は…」
「待っておじい様!謝る、謝るから!ごめんなさい!態度も改めるから!この変態ストーカーだけは!」
「決定事項じゃ。ワッパよ、見事ロゼを御した暁には再び相まみえようぞ」
「もう一度サンセール様と!?わかりました、謹んでお引き受けいたします」
「ばっ…!断れ!」
「では、さらばじゃ」
 雷鳴と共にサンセールが魔界へと還る。後に残ったのは元竜王たっての願いを聞き入れた事で新たな問題に頭を悩ませる事になったマダム・グラルージュと、新たな使命に燃えるケイン、そして絶望の表情を浮かべて膝から崩れ落ちた桃竜少女ロゼだった。
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