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第四章 ムーリト・リンレール
その2 召還とカエルの王様
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「はあああああああ!」
走る勢いはそのままに、俺は拳に氣力を集中させる。キン、と指輪が一際赤く輝いた。
「はっ!」
そして一気にカエル人間の顔面を殴りつける。スピードが乗っていて重い一撃だったはずだ。ぬめる皮膚も、魔法の指輪のおかげで衝撃を殺される事はない。ジュ、と一瞬で皮膚の水分が蒸発しているようだった。原理はやっぱりよくわからないけれど、これならいける。
壁まで吹っ飛んだカエル人間には目もくれず、俺は奥へと走り抜ける。止まっている時間はない。一刻も早く小部屋までたどり着かないと。
「はっ!」
ムーリトの箒に一緒に乗ったシャーナが、飛びかかろうとしていたカエル人間達に杖をふるう。水で出来た槍のような剣のような状態の杖が、赤い炎を纏っている。
「ゲゴォ」
斬られた、というよりは叩きのめされたカエル人間が地面に転がった。シャーナって、腕力も結構あるよな…。
カエル人間達は意外にしぶとくて、この程度の攻撃じゃ倒せない。ケロっとして復活してくる。
気絶するまで相手していたらいつまで経っても終わらない。だから蹴散らすだけにして奥を目指しているんだ。
アルカディアさんが殿を務めて牽制してくれている。その間に少しでも多くのカエル人間を蹴散らして進路を確保するのが、今の俺の役目だ。
「ゲロッ」
「せいっ」
「ゲゲェ!」
「はっ」
「ゲゴォ」
「はぁぁぁ…」
「ゲロロッ」
「せりゃぁぁああ!!」
殴り飛ばしてもキリがないけど、確実に小部屋は近付いてきている。あと少しだ。何とかムーリトを小部屋までたどり着かせないと。
わらわらとカエル人間達が集まってきて、壁を作る。
「そこをどけぇぇぇぇ!」
拳に氣力を集中させ、二、三匹まとめて吹っ飛ばす。小部屋が見えた。陣が放つ青い光も健在だ。
俺が小部屋に飛び込むと、すぐにシャーナとムーリトもやってきた。
小部屋の中には大きな陣が一つ。青い光を放ち、光の帯が十数本ゆらゆらと揺れている。
陣の中心にはカエル人間が一匹。俺達に背を向けた状態で立っていた。光のせいか、今までのカエル人間と色が違うような気がする。
いや、色だけじゃない。纏っている雰囲気が違う。
「まさか…『蛙の王様』?」
アルカディアさんが呟いた。その声を聴いて、カエル人間がゆっくりと振り向いた。
ケロリとした剽軽な顔は同じだが、身にまとっている衣装が違う。赤いマントに赤い王冠。絵本に出てくる王様のような姿だ。
『この魔法陣はよくできている』
「うわっ、しゃべった!」
『む?お前、言葉を話す種族を見たのは初めてか?』
「え?あ、はい…」
『そうか…。我のように上級種ともなれば、人の言葉を操る事も出来る。一つ勉強になったな』
「はあ…」
威厳があるような口調で話すカエル人間。
まさか魔物から『言葉をしゃべれる魔物もいるんだよ』なんて教えてもらえるとは思わなかった。
「話せるのなら話が早い。今すぐ魔界へ戻っていただけませんか?」
『仲間を連れて?』
「はい」
アルカディアさんが交渉に入る。まずは話し合い、というのがアルカディアさんのスタイルなんだろう。
魔物というと、凶暴で話が通じないイメージなんだけど…。大丈夫なのかな?
『この魔法陣はとても良い。我らが種に大きな力をくれる』
「それ故に世界のバランスが崩れかけています。境界の大切さはご存知でしょう?」
『もちろんだとも。だが、お主がそれを言うか?』
「目的を果たしたらすぐに戻りますよ」
『そうか。らしい発言だ。…ところで、天使を食すと超回復力が手に入るというのは本当だろうか?』
「それ、古代種の話ですよ」
『試してみる価値はあると思わんかね』
「なるほど…。つまり、交渉決裂という事ですね」
『そういう事だ』
アルカディアさんが弓を引き絞った。鏃が赤く光っている。
偉そうなカエル人間(ややこしいから王様って呼ぶ事にする)は、腰を落とした。
これはつまり、交渉決裂。戦うしかないって事だよね。
俺はすぐに飛び出せるように構える。両の拳に氣力を集中させた。
「ゲゴォォ!」
「!?」
後ろから数匹のカエル人間が飛びかかってきた。
「はっ!」「えいっ」
俺の回し蹴りとシャーナの杖裁きで壁際まで吹っ飛ばす。
『ゲゴッ』
「はっ」
王様が陣から飛び出してものすごい勢いでアルカディアさんへと襲い掛かった。アルカディアさんの放った矢を紙一重でかわし、舌を伸ばす。これを、身を捩ってかわすと同時に新しい矢を取り出してアルカディアさんは再び王様へと矢を放つ。
目で追うのがやっとという早い攻防が繰り広げられる。お互いに攻撃を紙一重でかわしあう。
アルカディアさんが通路に追い詰められている。そんな印象を受けたけれど、実際は違うだろう。
俺達が小部屋に来た目的はムーリトに召還の術を使ってもらう事。アルカディアさんは追い詰められているように見せかけて、王様を通路に誘い出したんだ。
通路の奥にはたくさんのカエル人間が待ち構えている。王様を相手にしながらなんて、アルカディアさんでも大変だろう。
「シャーナ、ムーリトの援護をお願い。俺はアルカディアさんの援護に回るよ」
「わかったわ。気を付けてね」
「そっちこそ。ムーリト、お願いね」
「う、うん。まかせて!」
声も体も震えていたけど、ムーリトならきっと大丈夫。
カエル人間の顔面に膝打ちをかまして地面に沈め、俺はアルカディアさんの後を追った。
※ ※ ※
「ムーリトは召還に集中して。こいつらは私がなんとかするわ」
「で、でも…いっぱいいるよ?」
「大丈夫よ。私、結構強いから」
「でも…。もし、失敗したら…」
「失敗なんてしないわ」
「え?」
「ムーリトを信じている、この私を信じて」
「シャーナ…」
ウインクをして杖を構えたシャーナを見て、ムーリトは深く息を吸った。
「私、必ず成功させる。シャーナ、時間稼ぎお願いね」
「まかせて」
襲い掛かる蛙紳士達を杖で叩き伏せるシャーナに背を向け、ムーリトは魔法陣へと近づく。その気配を察したのか、ゆらゆらと揺れていた光の帯がムーリトへと狙いを定めた。
「水の申し子よ、そなたは境界を侵した。それは世界に背く行為。それは理に背く行為。我等を産み出したる世界に背く行為。どうか、素直に戻りたまへ。今ならまだ、世界も許してくれるであろう」
魔法陣に手をかざし、ムーリトは呪文を唱え始めた。
光の帯の何本かが襲い掛かるが、ムーリトは目を瞑っているため気づかない。
「はっ」
いや、気づいてはいるのだろう。けれども詠唱をやめないのだ。
自分の事をシャーナが守ってくれる。そう信じて、ムーリトは詠唱を続ける。
そして、それに応えるように、シャーナが光の帯を切り落とした。
※ ※ ※
「はっ!」
小部屋に一匹でもカエル人間は入れない。
相変わらず致命傷は与えられないけれど、俺を警戒してカエル人間達は小部屋からどんどん遠ざかっていく。アルカディアさんの援護も兼ねているわけだから、俺も小部屋から離れる事になる。シャーナがいるから多少の事なら大丈夫だろう。
アルカディアさんは相変わらず王様と激しい攻防を続けている。早すぎてカエル人間達にも手は出せないらしい。
雑魚の相手は俺一人で十分だ!なんて言えればカッコイイのだろうけど、さすがにこの数相手はしんどいかな。
短い時間で氣力を集中、安定させるなんてことは、実をいうとそんなにやった事がない。
武芸民族だから幼い頃から学び舎で氣は扱ってきた。体全体を氣で覆ったり、今みたいに拳に集中させたりと、一通りの技は身についている。
だけど、こんなに短時間で何度も氣を集める事はほとんどなかった。
そもそも、ヤークティ共和国は平和だったから。
カエル人間の攻撃を防ぐために氣を体全体にまとって防御力を上げたり、瞬時に解除して拳に集中させたり、遠くから舌で攻撃してくるカエル人間に気功弾を放ったり。実践になって初めてやる事ばかりだ。
時折飛んでくる矢は、俺を狙っているカエル人間を正確に捉えている。
つまり、アルカディアさんは王様と戦いながら俺の様子にも気を配り援護してくれているのだ。
これじゃあどっちが援護しているのかがわからない。
アルカディアさんって、どこか抜けているように見えて実は凄い人だったんだな。なんだかちょっと間抜けだな、なんて思ってごめんなさい。
「ゲゴォ」
「うわっ」
伸ばされた舌が俺の脚首に巻きつき、そのまま俺を逆さ吊りに持ち上げた。すぐさま他のカエル人間達が飛びかかってくる。
確かに魔物との戦闘は初心者みたいなものだけど、俺をあまり舐めてもらっては困る。
「はぁぁぁぁ…」
手のひらを合わせ、その間に氣を集める。指輪の力が加わって、赤い氣の球が出来上がる。出来上がった気功弾を、俺は勢いよく地面へと投げつける。
「火炎飛沫」
バァン、と音を立てて炎を纏った気功弾が飛び散った。水飛沫のように幾重にも分かれた小さな気功弾がカエル人間達に襲い掛かる。
「ゲェ…」
「ゲコゴ」
飛びかかってきたカエル人間達は気功弾に撃ち落されて地面にひっくり返る。その隙に体をひねって俺を宙吊りにしているカエル人間に向けて気功弾を放つ。
「ゲガァ」
「よっと」
ひるんで足から舌が離れた。着地と同時に地を蹴り、宙吊りにしてくれたカエル人間にお礼の一撃を入れる。
「らぁ!」
「ゲェェェ」
岩壁にめり込んだカエル人間は気絶でもしたのかぐったりとしたまま埋まっている。
「ゲェェェ!」
俺の後ろから声が聞こえ、飛びかかってきている気配を感じる。ここにきて、どうやら気配を察知する能力が上昇しているらしい。実践で花開く俺の能力ってところだろうか。
厳しい戦いだっていうのに、心のどこかでわくわくしてきている自分がいる。これが女統族で育った俺という人間なんだろうか。
「なーんてちょっと哲学みたいなことを考えてみたりしてっ!」
振り向きざまに気功弾を数発放つ。何発かはカエル人間に命中したけれど、近距離からの気功弾をかわして何匹かが向かってくる。
「ゲゴ」
「ゲゴガ」
「はぁ! やぁ!」
かわして、突き上げて、蹴り飛ばして。今身につけている衣装『蝶舞』の名の通り、俺は舞うようにカエル人間の間を移動しながら戦う。
だんだんとあしらい方がわかってきた。これなら、いけるかもしれない。
俺から仕掛けるよりも、攻撃をかわして反撃する方がダメージを与えられるみたいだ。けどここはやっぱり派手に動いて注意を惹きつけるべきかな。
ムーリトの術がどれくらい時間がかかるかわからないけれど、今のところ負ける気がしない。
アルカディアさんはさらに入り口に向かって王様を誘い出している。小部屋で多少の変化があってもこれなら気づかないだろう。
ムーリト、今の内に頼むからね!
走る勢いはそのままに、俺は拳に氣力を集中させる。キン、と指輪が一際赤く輝いた。
「はっ!」
そして一気にカエル人間の顔面を殴りつける。スピードが乗っていて重い一撃だったはずだ。ぬめる皮膚も、魔法の指輪のおかげで衝撃を殺される事はない。ジュ、と一瞬で皮膚の水分が蒸発しているようだった。原理はやっぱりよくわからないけれど、これならいける。
壁まで吹っ飛んだカエル人間には目もくれず、俺は奥へと走り抜ける。止まっている時間はない。一刻も早く小部屋までたどり着かないと。
「はっ!」
ムーリトの箒に一緒に乗ったシャーナが、飛びかかろうとしていたカエル人間達に杖をふるう。水で出来た槍のような剣のような状態の杖が、赤い炎を纏っている。
「ゲゴォ」
斬られた、というよりは叩きのめされたカエル人間が地面に転がった。シャーナって、腕力も結構あるよな…。
カエル人間達は意外にしぶとくて、この程度の攻撃じゃ倒せない。ケロっとして復活してくる。
気絶するまで相手していたらいつまで経っても終わらない。だから蹴散らすだけにして奥を目指しているんだ。
アルカディアさんが殿を務めて牽制してくれている。その間に少しでも多くのカエル人間を蹴散らして進路を確保するのが、今の俺の役目だ。
「ゲロッ」
「せいっ」
「ゲゲェ!」
「はっ」
「ゲゴォ」
「はぁぁぁ…」
「ゲロロッ」
「せりゃぁぁああ!!」
殴り飛ばしてもキリがないけど、確実に小部屋は近付いてきている。あと少しだ。何とかムーリトを小部屋までたどり着かせないと。
わらわらとカエル人間達が集まってきて、壁を作る。
「そこをどけぇぇぇぇ!」
拳に氣力を集中させ、二、三匹まとめて吹っ飛ばす。小部屋が見えた。陣が放つ青い光も健在だ。
俺が小部屋に飛び込むと、すぐにシャーナとムーリトもやってきた。
小部屋の中には大きな陣が一つ。青い光を放ち、光の帯が十数本ゆらゆらと揺れている。
陣の中心にはカエル人間が一匹。俺達に背を向けた状態で立っていた。光のせいか、今までのカエル人間と色が違うような気がする。
いや、色だけじゃない。纏っている雰囲気が違う。
「まさか…『蛙の王様』?」
アルカディアさんが呟いた。その声を聴いて、カエル人間がゆっくりと振り向いた。
ケロリとした剽軽な顔は同じだが、身にまとっている衣装が違う。赤いマントに赤い王冠。絵本に出てくる王様のような姿だ。
『この魔法陣はよくできている』
「うわっ、しゃべった!」
『む?お前、言葉を話す種族を見たのは初めてか?』
「え?あ、はい…」
『そうか…。我のように上級種ともなれば、人の言葉を操る事も出来る。一つ勉強になったな』
「はあ…」
威厳があるような口調で話すカエル人間。
まさか魔物から『言葉をしゃべれる魔物もいるんだよ』なんて教えてもらえるとは思わなかった。
「話せるのなら話が早い。今すぐ魔界へ戻っていただけませんか?」
『仲間を連れて?』
「はい」
アルカディアさんが交渉に入る。まずは話し合い、というのがアルカディアさんのスタイルなんだろう。
魔物というと、凶暴で話が通じないイメージなんだけど…。大丈夫なのかな?
『この魔法陣はとても良い。我らが種に大きな力をくれる』
「それ故に世界のバランスが崩れかけています。境界の大切さはご存知でしょう?」
『もちろんだとも。だが、お主がそれを言うか?』
「目的を果たしたらすぐに戻りますよ」
『そうか。らしい発言だ。…ところで、天使を食すと超回復力が手に入るというのは本当だろうか?』
「それ、古代種の話ですよ」
『試してみる価値はあると思わんかね』
「なるほど…。つまり、交渉決裂という事ですね」
『そういう事だ』
アルカディアさんが弓を引き絞った。鏃が赤く光っている。
偉そうなカエル人間(ややこしいから王様って呼ぶ事にする)は、腰を落とした。
これはつまり、交渉決裂。戦うしかないって事だよね。
俺はすぐに飛び出せるように構える。両の拳に氣力を集中させた。
「ゲゴォォ!」
「!?」
後ろから数匹のカエル人間が飛びかかってきた。
「はっ!」「えいっ」
俺の回し蹴りとシャーナの杖裁きで壁際まで吹っ飛ばす。
『ゲゴッ』
「はっ」
王様が陣から飛び出してものすごい勢いでアルカディアさんへと襲い掛かった。アルカディアさんの放った矢を紙一重でかわし、舌を伸ばす。これを、身を捩ってかわすと同時に新しい矢を取り出してアルカディアさんは再び王様へと矢を放つ。
目で追うのがやっとという早い攻防が繰り広げられる。お互いに攻撃を紙一重でかわしあう。
アルカディアさんが通路に追い詰められている。そんな印象を受けたけれど、実際は違うだろう。
俺達が小部屋に来た目的はムーリトに召還の術を使ってもらう事。アルカディアさんは追い詰められているように見せかけて、王様を通路に誘い出したんだ。
通路の奥にはたくさんのカエル人間が待ち構えている。王様を相手にしながらなんて、アルカディアさんでも大変だろう。
「シャーナ、ムーリトの援護をお願い。俺はアルカディアさんの援護に回るよ」
「わかったわ。気を付けてね」
「そっちこそ。ムーリト、お願いね」
「う、うん。まかせて!」
声も体も震えていたけど、ムーリトならきっと大丈夫。
カエル人間の顔面に膝打ちをかまして地面に沈め、俺はアルカディアさんの後を追った。
※ ※ ※
「ムーリトは召還に集中して。こいつらは私がなんとかするわ」
「で、でも…いっぱいいるよ?」
「大丈夫よ。私、結構強いから」
「でも…。もし、失敗したら…」
「失敗なんてしないわ」
「え?」
「ムーリトを信じている、この私を信じて」
「シャーナ…」
ウインクをして杖を構えたシャーナを見て、ムーリトは深く息を吸った。
「私、必ず成功させる。シャーナ、時間稼ぎお願いね」
「まかせて」
襲い掛かる蛙紳士達を杖で叩き伏せるシャーナに背を向け、ムーリトは魔法陣へと近づく。その気配を察したのか、ゆらゆらと揺れていた光の帯がムーリトへと狙いを定めた。
「水の申し子よ、そなたは境界を侵した。それは世界に背く行為。それは理に背く行為。我等を産み出したる世界に背く行為。どうか、素直に戻りたまへ。今ならまだ、世界も許してくれるであろう」
魔法陣に手をかざし、ムーリトは呪文を唱え始めた。
光の帯の何本かが襲い掛かるが、ムーリトは目を瞑っているため気づかない。
「はっ」
いや、気づいてはいるのだろう。けれども詠唱をやめないのだ。
自分の事をシャーナが守ってくれる。そう信じて、ムーリトは詠唱を続ける。
そして、それに応えるように、シャーナが光の帯を切り落とした。
※ ※ ※
「はっ!」
小部屋に一匹でもカエル人間は入れない。
相変わらず致命傷は与えられないけれど、俺を警戒してカエル人間達は小部屋からどんどん遠ざかっていく。アルカディアさんの援護も兼ねているわけだから、俺も小部屋から離れる事になる。シャーナがいるから多少の事なら大丈夫だろう。
アルカディアさんは相変わらず王様と激しい攻防を続けている。早すぎてカエル人間達にも手は出せないらしい。
雑魚の相手は俺一人で十分だ!なんて言えればカッコイイのだろうけど、さすがにこの数相手はしんどいかな。
短い時間で氣力を集中、安定させるなんてことは、実をいうとそんなにやった事がない。
武芸民族だから幼い頃から学び舎で氣は扱ってきた。体全体を氣で覆ったり、今みたいに拳に集中させたりと、一通りの技は身についている。
だけど、こんなに短時間で何度も氣を集める事はほとんどなかった。
そもそも、ヤークティ共和国は平和だったから。
カエル人間の攻撃を防ぐために氣を体全体にまとって防御力を上げたり、瞬時に解除して拳に集中させたり、遠くから舌で攻撃してくるカエル人間に気功弾を放ったり。実践になって初めてやる事ばかりだ。
時折飛んでくる矢は、俺を狙っているカエル人間を正確に捉えている。
つまり、アルカディアさんは王様と戦いながら俺の様子にも気を配り援護してくれているのだ。
これじゃあどっちが援護しているのかがわからない。
アルカディアさんって、どこか抜けているように見えて実は凄い人だったんだな。なんだかちょっと間抜けだな、なんて思ってごめんなさい。
「ゲゴォ」
「うわっ」
伸ばされた舌が俺の脚首に巻きつき、そのまま俺を逆さ吊りに持ち上げた。すぐさま他のカエル人間達が飛びかかってくる。
確かに魔物との戦闘は初心者みたいなものだけど、俺をあまり舐めてもらっては困る。
「はぁぁぁぁ…」
手のひらを合わせ、その間に氣を集める。指輪の力が加わって、赤い氣の球が出来上がる。出来上がった気功弾を、俺は勢いよく地面へと投げつける。
「火炎飛沫」
バァン、と音を立てて炎を纏った気功弾が飛び散った。水飛沫のように幾重にも分かれた小さな気功弾がカエル人間達に襲い掛かる。
「ゲェ…」
「ゲコゴ」
飛びかかってきたカエル人間達は気功弾に撃ち落されて地面にひっくり返る。その隙に体をひねって俺を宙吊りにしているカエル人間に向けて気功弾を放つ。
「ゲガァ」
「よっと」
ひるんで足から舌が離れた。着地と同時に地を蹴り、宙吊りにしてくれたカエル人間にお礼の一撃を入れる。
「らぁ!」
「ゲェェェ」
岩壁にめり込んだカエル人間は気絶でもしたのかぐったりとしたまま埋まっている。
「ゲェェェ!」
俺の後ろから声が聞こえ、飛びかかってきている気配を感じる。ここにきて、どうやら気配を察知する能力が上昇しているらしい。実践で花開く俺の能力ってところだろうか。
厳しい戦いだっていうのに、心のどこかでわくわくしてきている自分がいる。これが女統族で育った俺という人間なんだろうか。
「なーんてちょっと哲学みたいなことを考えてみたりしてっ!」
振り向きざまに気功弾を数発放つ。何発かはカエル人間に命中したけれど、近距離からの気功弾をかわして何匹かが向かってくる。
「ゲゴ」
「ゲゴガ」
「はぁ! やぁ!」
かわして、突き上げて、蹴り飛ばして。今身につけている衣装『蝶舞』の名の通り、俺は舞うようにカエル人間の間を移動しながら戦う。
だんだんとあしらい方がわかってきた。これなら、いけるかもしれない。
俺から仕掛けるよりも、攻撃をかわして反撃する方がダメージを与えられるみたいだ。けどここはやっぱり派手に動いて注意を惹きつけるべきかな。
ムーリトの術がどれくらい時間がかかるかわからないけれど、今のところ負ける気がしない。
アルカディアさんはさらに入り口に向かって王様を誘い出している。小部屋で多少の変化があってもこれなら気づかないだろう。
ムーリト、今の内に頼むからね!
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