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3.血酒の果て
⑧
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ルチアナがスパイルに到着したのは、夜も更け朝日が昇ろうかと言う時間帯だった。
相変わらず人気のない店内に足を踏み入れると、過激な出迎えがルチアナを待っていた。
「ル、ルチアナッ! 良かった! 良かったよぉ!」
声と共に、ハンナが飛び付いて来たのだ。
ルチアナの腰に抱き付いたハンナは、顔をぐちゃぐやにして泣きじゃくっていた。嗚咽と共に漏れる安堵の言葉に、ルチアナは思わず口元を緩め、金色の頭をそっと撫でた。
そしてカウンターに腰掛けているヨハンに視線を投げると、笑顔のまま感謝を述べる。
「ありがとうございます、ヨハンさん。約束通り、ハンナちゃんを連れて来てくれたんですね」
「はい! 傷一つだって付けてないです!」
その心地良い返事に満足したルチアナは、ハンナを腰に引っ提げたままヨハンの許へ行き、頬を撫でる。
「大変だったでしょう。あの場から無傷で連れ出すと言うのは」
「はい。屋敷は燃えていまし、そこらじゅうで殺し合いが起きていて……でも途中、本物のヴォルフラムさんに助けて貰ったのですんなりと屋敷から逃げられました」
「……本物のヴォルフラムさんですか」
ルチアナの脳裏に一瞬だけ邂逅することのできたヴォルフラムの姿が浮かぶ。
だがそれも一瞬、考えても栓無いと判断したルチアナは手に持っていた酒をカウンターに置いた。それを見たヨハンは吃驚し、まさかと声を漏らす。
「これ……『魔女の涙』ですか?」
「ええ、そうです。とっても美味しいお酒、の『魔女の涙』ですよ」
とっても美味しいお酒、を強調したルチアナの声は心なしか弾んでいた。だがそんな声も、腰に抱き付いたハンナによって塗り潰されてしまう。
「えぐえぐ……ルチアナ……ヨハンの肩が……ひっく……ヨハンの肩がっ……!」
「怪我をしているんですか?」
「掠り傷ですよ」
ヨハンは両手を上げなんてことないとアピールするも、ルチアナの目はごまかせなかった。
「嘘ですね。痛みに慣れているとは言え、我慢するのは良くないです。とりあえず傷を見せて下さい」
そう言うと、ルチアナはずずいとヨハンに近付く。
その距離があまりに近くて、ヨハンは顔を真っ赤にして目を逸らした。しかしそれを許すほどルチアナは甘くは無く、またヨハン・ケンプファーという人物が頑固であることも承知していた為、強硬手段を取ることにした。
「うわああああ!? な、何するんですか! ルチアナさん!」
思わず上げたヨハンの大声に、ハンナはビクッと肩を震わす。
そしてルチアナが何をしたかと言えば、どこからか取り出したナイフでヨハンの服を切り裂いたのだ。ヨハンが戸惑い慌てている間に上半身の服を器用に切り裂き半裸にしたルチアナは、患部である右肩を見据えると溜息を漏らした。
「はぁ……本当にもう……こ・れ・の! どこが掠り傷ですか!」
怒鳴りつけると同時に、ルチアナは小指で肩口の傷に触れた。
「あぐあっ……!」
堪らず声を上げるヨハン。しかしルチアナは悪戯な笑みを浮かべながら傷口に触れた小指を動かす。
「あれ、おかしいですね。掠り傷じゃなかったんですか?」
「そ、そうです……よ! 掠り、傷、で……ひぐぅ!?」
「の割には随分と痛いそうですね」
ルチアナからの詰り嬲りの行動に、ヨハンはつい意地になり否定してしまう。
「い、痛くなんかないですよ!」
「ヨハンってばわたしに対しても掠り傷だって言い張るんだもん! なら痛くないよね!?」
と追撃を掛けるようにハンナがヨハンの傷口のすぐ傍に触れる。
ただ肌に触れただけなので痛みは無かったが、その行動の意味を察したヨハンは、顔を真っ赤にしながら降参する。
「分かりました! ごめんなさい! 僕が悪かったです! 傷口に触られると凄く痛いです! むしろ何もしてないなくても凄く痛いです! 泣きそうです! もう嘘言ったりしないから許して下さい! お願いします!」
それを聞き届けたルチアナは、満足そうに頷くとカウンターの上に置いてある『魔女の涙』を片付け、再び戻ってくると、左側からヨハンに肩を貸した。
「それでいいんです。私やハンナちゃんの前でまで強がることなんてないんですよ」
「そーだそーだ! ヨハンの意地っ張りー!」
ここぞとばかりにヨハンを詰るハンナは、口ではそう言いつつも右側からヨハンの身体に寄り添い、不器用ながらも力を貸そうとする。けれど実質寄り添っているだけのそれに、ヨハンは思わず苦笑した。
「あ! なんで笑ってるの!?」
「ははっ、ごめん。なんか、いいなぁって」
「何が?」
納得のいかないハンナが問う。しかしヨハンは答えを濁し嬉しそうに歩き出した。
「いや、何でもないよ」
「なによそれー!」
目を真っ赤に腫らしながら憤慨するハンナは、ぐちぐちとヨハンに対する小言を零す。
それを嬉しそうに眺めるルチアナは、店外に出ると一度ヨハンをハンナに預け、店の出入り口の鍵を閉めた。そして踵を返し再びヨハンに肩を化すと、ゆっくりとした歩調で歩き出した。
「さて、この状態のヨハンさんを見て、アルベルさんはいったいなんて言うんでしょうか」
悪戯に笑うルチアナは、小言を言われるヨハンと、小言を言っているハンナを連れて、街の病院へと向かうのだった。
相変わらず人気のない店内に足を踏み入れると、過激な出迎えがルチアナを待っていた。
「ル、ルチアナッ! 良かった! 良かったよぉ!」
声と共に、ハンナが飛び付いて来たのだ。
ルチアナの腰に抱き付いたハンナは、顔をぐちゃぐやにして泣きじゃくっていた。嗚咽と共に漏れる安堵の言葉に、ルチアナは思わず口元を緩め、金色の頭をそっと撫でた。
そしてカウンターに腰掛けているヨハンに視線を投げると、笑顔のまま感謝を述べる。
「ありがとうございます、ヨハンさん。約束通り、ハンナちゃんを連れて来てくれたんですね」
「はい! 傷一つだって付けてないです!」
その心地良い返事に満足したルチアナは、ハンナを腰に引っ提げたままヨハンの許へ行き、頬を撫でる。
「大変だったでしょう。あの場から無傷で連れ出すと言うのは」
「はい。屋敷は燃えていまし、そこらじゅうで殺し合いが起きていて……でも途中、本物のヴォルフラムさんに助けて貰ったのですんなりと屋敷から逃げられました」
「……本物のヴォルフラムさんですか」
ルチアナの脳裏に一瞬だけ邂逅することのできたヴォルフラムの姿が浮かぶ。
だがそれも一瞬、考えても栓無いと判断したルチアナは手に持っていた酒をカウンターに置いた。それを見たヨハンは吃驚し、まさかと声を漏らす。
「これ……『魔女の涙』ですか?」
「ええ、そうです。とっても美味しいお酒、の『魔女の涙』ですよ」
とっても美味しいお酒、を強調したルチアナの声は心なしか弾んでいた。だがそんな声も、腰に抱き付いたハンナによって塗り潰されてしまう。
「えぐえぐ……ルチアナ……ヨハンの肩が……ひっく……ヨハンの肩がっ……!」
「怪我をしているんですか?」
「掠り傷ですよ」
ヨハンは両手を上げなんてことないとアピールするも、ルチアナの目はごまかせなかった。
「嘘ですね。痛みに慣れているとは言え、我慢するのは良くないです。とりあえず傷を見せて下さい」
そう言うと、ルチアナはずずいとヨハンに近付く。
その距離があまりに近くて、ヨハンは顔を真っ赤にして目を逸らした。しかしそれを許すほどルチアナは甘くは無く、またヨハン・ケンプファーという人物が頑固であることも承知していた為、強硬手段を取ることにした。
「うわああああ!? な、何するんですか! ルチアナさん!」
思わず上げたヨハンの大声に、ハンナはビクッと肩を震わす。
そしてルチアナが何をしたかと言えば、どこからか取り出したナイフでヨハンの服を切り裂いたのだ。ヨハンが戸惑い慌てている間に上半身の服を器用に切り裂き半裸にしたルチアナは、患部である右肩を見据えると溜息を漏らした。
「はぁ……本当にもう……こ・れ・の! どこが掠り傷ですか!」
怒鳴りつけると同時に、ルチアナは小指で肩口の傷に触れた。
「あぐあっ……!」
堪らず声を上げるヨハン。しかしルチアナは悪戯な笑みを浮かべながら傷口に触れた小指を動かす。
「あれ、おかしいですね。掠り傷じゃなかったんですか?」
「そ、そうです……よ! 掠り、傷、で……ひぐぅ!?」
「の割には随分と痛いそうですね」
ルチアナからの詰り嬲りの行動に、ヨハンはつい意地になり否定してしまう。
「い、痛くなんかないですよ!」
「ヨハンってばわたしに対しても掠り傷だって言い張るんだもん! なら痛くないよね!?」
と追撃を掛けるようにハンナがヨハンの傷口のすぐ傍に触れる。
ただ肌に触れただけなので痛みは無かったが、その行動の意味を察したヨハンは、顔を真っ赤にしながら降参する。
「分かりました! ごめんなさい! 僕が悪かったです! 傷口に触られると凄く痛いです! むしろ何もしてないなくても凄く痛いです! 泣きそうです! もう嘘言ったりしないから許して下さい! お願いします!」
それを聞き届けたルチアナは、満足そうに頷くとカウンターの上に置いてある『魔女の涙』を片付け、再び戻ってくると、左側からヨハンに肩を貸した。
「それでいいんです。私やハンナちゃんの前でまで強がることなんてないんですよ」
「そーだそーだ! ヨハンの意地っ張りー!」
ここぞとばかりにヨハンを詰るハンナは、口ではそう言いつつも右側からヨハンの身体に寄り添い、不器用ながらも力を貸そうとする。けれど実質寄り添っているだけのそれに、ヨハンは思わず苦笑した。
「あ! なんで笑ってるの!?」
「ははっ、ごめん。なんか、いいなぁって」
「何が?」
納得のいかないハンナが問う。しかしヨハンは答えを濁し嬉しそうに歩き出した。
「いや、何でもないよ」
「なによそれー!」
目を真っ赤に腫らしながら憤慨するハンナは、ぐちぐちとヨハンに対する小言を零す。
それを嬉しそうに眺めるルチアナは、店外に出ると一度ヨハンをハンナに預け、店の出入り口の鍵を閉めた。そして踵を返し再びヨハンに肩を化すと、ゆっくりとした歩調で歩き出した。
「さて、この状態のヨハンさんを見て、アルベルさんはいったいなんて言うんでしょうか」
悪戯に笑うルチアナは、小言を言われるヨハンと、小言を言っているハンナを連れて、街の病院へと向かうのだった。
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文章自体も読みやすく、一つの話が一本の道筋で纏まっていて文句無しの話でした。
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