名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

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第二部 第三章

愛情たっぷり

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 夕日の赤が窓から射し込んでくる。長い旅路の果てにこの家までたどり着き、竈から立ち上る炊煙の縁を切り取って赤く色づかせていた。

 竈の中で赤く熾った火が、鍋の湯を煮え立たせている。ぐつぐつと音を立てながら沸騰し、鍋の中に入っているジャガイモを茹で上げてゆく。



 ソフィは鍋の中を覗き込みながら、真剣な面持ちでジャガイモに鉄串を刺してみた。まだ十分に火が入っていないらしく、鉄串を押してみても抵抗が勝った。

 もう少し茹でたほうがいいだろう。ソフィがそう考えていると、リディアが隣から身を乗り出してきた。



「もういいんじゃないの?」

「いや、まだなのじゃ。もう少し柔らかくなるまで煮るのがよいと以前アデルが言っておった」



 あまり詳しくは聞いていないが、鉄串がすっと入るくらいまでジャガイモを茹でないといけないらしい。

 生のままでは食べられないし、ここは余裕を持って長めに茹でておいたほうがいいはずだ。長い時間茹でたからといって、体に悪いわけでも食べられないわけでもない。

 もう少し待ったほうがいいだろうと思ったのだが、リディアは不満そうに眉を寄せた。



「大丈夫じゃないの? ほら、ちょっとその串貸して」

「む?」



 リディアはこちらの同意を得る前に串を取り上げた。その串でジャガイモをぷすりと刺す。

 その手応えにリディアが頷いた。



「ほら、もう大丈夫でしょ。すって入ったわ」

「リディアがやれば生のジャガイモでも串がすっと入るのじゃ。ここは非力な妾のほうを優先したほうがよい」



 リディアならその鉄串で岩をも貫きかねない。そんな相手の言葉など信用できるはずもなく、ここはじっくりと待ったほうが良い。

 いくら力があったところでイモが早く煮えるわけでもないし、美味しい料理が出来るわけでもない。リディアは鉄串を脇に置いて目を細めた。



「えー? 何よ、意外と時間がかかるわね」

「そうせっかちになるでない。料理というのは時間がかかるものなのじゃ」



 リディアはつまらなさそうに唇を尖らせている。

 料理をしようと言ったのはリディアなのに、リディアは料理についてそれほど詳しくないようだった。特に、ジャガイモという食材についてはまったくといっていいほど知らないようだった。

 難しい料理が出来るわけでもないので、とりあえずはジャガイモを茹でて皮を剥いて潰して味付けをするという簡単なものを作ることにした。



 リディアがジャガイモの皮を洗い、ついていた土などを洗い落とした後、こうやって火にかけている。その時間が意外と長いことにリディアは不満を覚えているようだった。



「ねぇソフィ、ソフィは魔法使いなんだから、こう、パパッと出来たりしないの?」

「無茶を言うでない。炎で焼いたとしても消し炭になるだけで、湯を沸かしたとしても結局普通にやるのと同じ時間がかかるのじゃ」

「ふーん」

「と、いうかじゃな、妾が魔法で湯を沸かし妾が魔法で火を点けたというのにこれ以上人の魔法に頼るべきではないのじゃ」

「いいじゃない、魔法って便利なんだし。いいわよねぇ魔法使い」

「うむ、それはそうかもしれんが、便利使いされるために妾がいるわけではないのじゃ」



 リディアは火打石代わりに自分を使うことに何ら躊躇しなかった。一方、アデルはというとこちらに頼ろうとせずに何でも自分でやろうとする。

 アデルの場合は、もう少し魔法使いという便利な存在に頼ったほうがいいのではないかと思うくらいだった。アデルのためなら力になってやってもいいのに、アデルはあまり頼ろうとしてこない。

 頼るとすれば、こちらの心の負担が軽くなるような場合くらいだ。



 リディアは段々と面倒になったのか、竈から離れて椅子に座った。確かにこうやって鍋の中を見つめていたところで意味はないかもしれない。

 しかし、今更鍋の前を離れるのもなんだか億劫で、ソフィはぽこぽこと沸く湯を眺め続けた。



 そろそろいいかもしれない。再び鉄串を刺してみようかと思ったところで、リディアが声をかけてきた。



「そういえば」

「なんじゃ?」



 背中でリディアの声を受け止めながら、ソフィは鉄串を鍋に近づけた。蒸気が手にまとわりついて、湿り気が手を濡らす。

 リディアは昔のことを懐かしんでいるのか、独り言のような響きで言った。



「あたしって昔っから魔法使いに色んなことしてもらってた気がするわ」

「昔というのはどのくらい昔なのじゃ?」

「いや、騎士団に居たころなんだけどね、ほら、やっぱり貴族が多いから魔法使いばっかりで、しかも魔法使いとしても凄い団員が多かったから」

「ほう……、リディアに使われてさぞ大変な思いをしたのであろう」

「ちょっと何よ、あたしが無理矢理やらせたみたいな言い方して。別に嫌がってる相手にさせたわけじゃないわよ、進んでやってくれただけなんだから」



 ソフィは鉄串をジャガイモに刺してみた。今度はほとんど抵抗もなく串が入り、中までしっかりと火が入っていることがわかった。これだけ茹でればもう十分だろう。

 茹で上がったことをリディアに伝えると、リディアが喜び勇んで隣にやってきた。ジャガイモを鍋の中から取り出し、まな板の上に茹で上がったばかりのジャガイモを載せる。



 触れないほどに熱いはずだが、リディアはなんでもないように皮を剥いてゆく。手伝おうとしたが、ジャガイモが熱すぎてとてもではないが素手で触れない。

 リディアは素早い手さばきでジャガイモの皮を剥き終えると、その中身を木製のボウルの中へと移した。



 後はこれを潰し、塩と胡椒で味付けをすればいい。

 リディアは木ベラを持って豪快にジャガイモを混ぜ始めた。こういう力仕事はリディアのほうが向いているようだ。ジャガイモは蒸気をほくほくと上げながら段々と潰れてゆく。

 ソフィはその隣から塩を少しずつ放り込んだ。どれくらい入れればいいのかよくわからないから、ここは少しずつがいいに違いない。

 それから白胡椒を足してゆく。



 そんな作業をしながら、ソフィはエルナから聞かされた話のことを思い出していた。



「そういえば、妾が聞くところによるとルイゼというお姫さまは魔法も凄いとか」

「凄いわよ、それはもう」

「しかも何やら他にも色々と出来ると聞いたのじゃ」



 剣の達人でもあり、学問をよく修め、楽器も弾けるし絵も描ける、その上馬術に優れていて、歌も上手いし心優しいとか。

 そんなことをリディアに伝えてみる。



「そのような完璧な娘がいるとは思えんのじゃ」

「うーん……、ソフィ、それは事実よ」

「事実じゃと?!」



 思わずリディアの顔を見てしまう。リディアは記憶を閲覧するかのように視線を上に向けている。



「ルゥはなんでも出来たわね、ああいうのを天才っていうのかしら」

「ふむ……、なんじゃ、エルナが言っておったことも間違っておらんかったのか。妾はてっきり話が盛られておるものじゃとばかり」

「盛るどころか、少ないくらいよ。だって他にも色々出来たもの」

「なんと?!」



 一体どんなお姫さまなのかと疑問に思ってしまう。高貴な生まれというだけで恵まれているのに、様々な才能にも恵まれている。

 なんとも不公平なことがあるものだ。



「あっ、でもおっぱいはそんなに大きくないわよ」

「いやそんなものはどうでもよいが……、ふーむ、エルナの言っておったことは本当であったか」

「なに? エルナってあの子でしょ、お芝居で主役をしてた」

「うむ」



 ソフィは今日の出来事を順番に話した。それとなく手を動かしながら、エルナの家を訪れて友達になろうとしたこと、失敗したことなどを話してゆく。

 リディアは適当に相槌を打ちながら話を聞いていたが、首を傾げながら尋ねてきた。



「ソフィ、それってあれじゃないの、エルナちゃんってカールちゃんのことが好きなんじゃないの?」

「む? 何故じゃ?」

「何故って、いやだから、エルナちゃんはカールちゃんと仲良くしたいけど、そこにソフィみたいな子が現れて敵意を剥き出しにしてるってことでしょ」

「なぬっ?!」



 一通り話を聞き終えたリディアは、そのような結論に達したようだった。エルナはカールに惚れているが、そこに自分のような可愛い女の子が現れたことで危機感を募らせているというのだ。

 その話が本当なのかどうかは確かめようもなかったが、エルナの冷たい態度を見る限りでは一理あるような気がした。



 今思えば、確かにエルナはカールには優しかったような気がする。もし本当だとすれば、自分はカールのせいで余計な心労を抱えてしまったことになる。

 カールがエルナを誑かすような真似をしなければ、自分にも女友達が出来ていたのかもしれない。



「うぬぬ、おのれカールめ、可愛い顔をしてなんということをしでかしてくれたのじゃ」



 カールのせいでエルナから不興を買っているのだとすれば、とんだとばっちりだ。

 だが考えようによってはこれは好都合かもしれない。エルナの恋に協力してやると言えば、エルナも余計な不安が払拭されるだろう。

 そうなればエルナも考えを改めるはずだ。



「ふふふ……」

「あらまぁ、悪い顔して笑っちゃって。さて、と、味見してみないとね」



 そう言ってリディアは潰したジャガイモをつまみ、口に運んだ。もぐもぐと味わって、ごくりと飲み込む。ソフィも同じように味見をしてみた。

 どこかべちゃっとした食感が口に広がる。塩とコショウはまだ角が立っていて、舌にピリリと痛い。



「ふむ……、なんというか……、いまひとつじゃのう」

「そんなことないわよ、いや、そうかもしれないけど大丈夫。あたしが愛情こめて混ぜたんだから、三割り増しくらいで美味しいはずよ」

「なんと?」

「アデルだってね、あたしが一生懸命作ったんだからきっと美味しいって言ってくれるわ」

「妾も頑張って作ったのじゃ。妾の愛情でアデルも大喜びに違いないのじゃ」

「でもソフィはお湯を沸かしたり串で刺したりしただけじゃない。全然愛情こもってないじゃないの」

「そんなことはない。妾も愛情をこめて湯を沸かし、愛情を込めて串を刺したのじゃ」

「刺すことのどこに愛情があるのよ、混ぜるほうが愛情こもってるっぽいじゃない」

「ならば妾も今から一心不乱に混ぜてくれる」



 ソフィは木べらを手に取って、ジャガイモをぐにぐにと混ぜ始めた。ジャガイモが重たくてなかなか思うようには混ざらなかったが、愛情は込めておいた。

 これでアデルも大喜びだろう。



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